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『水曜どうでしょう』はなぜ30年経っても古びないのか|第17夜

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    📖第1夜から読める連載まとめ(目次ページ)

    前回は、藤村忠寿さんの周りになぜ人が集まるのかについて考えました。

    61歳になっても全国を回り、イベントを開き、新しい挑戦を続ける藤村さん。その姿を見ると、『水曜どうでしょう』という番組は、単なる「昔ヒットしたテレビ番組」ではないことを感じます。

    先日参加した「61歳まつり!」でも、そのことを強く感じました。会場に集まっていた人たちは、昔の思い出だけを語りに来ているわけではありませんでした。

    「あの頃のどうでしょうは面白かった」という懐かしさだけではなく、今の藤村さんの言葉を聞き、今も続いているどうでしょうの空気を楽しんでいる。

    1996年に始まった北海道の深夜番組が、30年近く経った今でも現在進行形で楽しまれている。これは、考えてみると本当に不思議なことです。

    普通、テレビ番組には時代があります。当時流行していた企画、演出、編集方法、出演者の空気感。時間が経つにつれて、それらは少しずつ「昔のもの」になっていきます。

    では、なぜ『水曜どうでしょう』は30年経っても古びないのでしょうか。今回は、その理由について考えてみたいと思います。

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    大泉さんとミスターの30年前の様々な旅の様子
    (DVD「サイコロ1」「サイコロ2」他より)

    『水曜どうでしょう』を久しぶりに見ると、もちろん時代を感じる部分はあります。画面の雰囲気も違いますし、出演者の若さも感じます。街並みや車を見ると、確かに昔の映像です。

    でも、不思議なことに、大泉洋さんのぼやきや、藤村Dの笑い声、4人のやり取りそのものは、それほど古く感じません。

    なぜなのか。私は、この番組が「時代」を撮っていたのではなく、「人間」を撮っていたからだと思います。

    30年前、水曜どうでしょうの初期の代表的な企画、「サイコロ1」「粗大ゴミで家を作ろう」「闘痔の旅」「サイコロ2」。

    内容だけ見ると、サイコロで行き先を決める企画、拾った材料で家を作る企画、温泉に行く企画と、まったく違うものです。

    でも、第9夜↗からここまで考えてきて気づいたことがあります。それは、私たちが覚えているのは企画の結果ではないということです。

    完成した家、温泉の場所、サイコロで到着した目的地。もちろん、それも企画の一部ですが、本当に記憶に残っているのは、その途中で起きた出来事ではないでしょうか。

    予定通り進まない旅。疲れて出てくる本音。くだらない会話。普通なら編集で削られるような時間。そこにこそ、『水曜どうでしょう』らしさがありました。


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    タレントではないのにいたる所で見る藤村Dの似顔絵
    (DVD「サイコロ2」の裏表紙より)

    第15夜↗では、藤村Dの笑い声について考えました。

    普通のテレビ番組なら、ディレクターは画面の外にいる存在です。スタッフの声や笑い声は、本来なら入らないものかもしれません。でも『水曜どうでしょう』では、その笑い声が番組の魅力になりました。

    大泉さんが何かを言う。藤村Dが笑う。その笑い声を受けて、さらに大泉さんが言葉を重ねる。この関係性そのものが、番組になっていました。

    つまり視聴者が見ていたのは、企画だけではありませんでした。人と人との関係性。その場で生まれる空気。台本では作れない瞬間。そこだったのだと思います。

    考えてみると、私たち自身の思い出も似ています。旅行に行った時、何年も経って覚えているのは、有名な観光地だけではありません。

    道に迷ったこと、予定していたことができなかったこと、移動中に話したくだらない会話。その時は失敗だったことが、後から一番笑える思い出になることがあります。

    『水曜どうでしょう』は、まさにその部分を残した番組だったのではないでしょうか。

    旅の記録ではなく、旅をしている人たちの記録。

    だから時間が経っても古くならない。

    情報には賞味期限があります。流行にも賞味期限があります。でも、人間関係の面白さには、あまり賞味期限がありません。

    大泉さんがぼやく。藤村Dが笑う。嬉野Dがその空気を撮る。ミスターがそこに巻き込まれる。その関係性を見る楽しさは、30年経っても変わりませんでした。

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    「どうでしょう班」全員が揃う貴重なフォーショット
    (雑誌「ダ・ヴィンチ」2019年12月号 表紙)

    今の時代は、効率よく情報を得られるようになりました。短い動画で結論を見ることができ、分からないことはすぐ検索できます。無駄をなくすことが、どんどん求められる時代です。

    でも、人の記憶に残るものは、意外と無駄な時間だったりします。意味のない会話、予定外の寄り道、思い通りにならなかった出来事。『水曜どうでしょう』には、そういう時間がたくさん残っています。

    だからDVDを見返した時、「昔の番組を見ている」という感覚だけでは終わらないのかもしれません。

    久しぶりに会った友人の話を聞くように、またあの4人の旅を見たくなる。それが、この番組が今でも愛され続けている理由なのだと思います。


    そして面白いのは、作っていた本人たちも最初からその答えを持っていたわけではないことです。そのことに気づく大きなきっかけになった旅があります。

    番組初の海外ロケ。
    オーストラリア大陸縦断3,700キロ。

    本来なら、海外らしい景色を届ける旅になるはずでした。しかし、そこで残ったものは違いました。

    広大な大地よりも、車の中で話す4人。美しい景色よりも、大泉洋さんの何気ない言葉。

    『水曜どうでしょう』が本当に撮るべきものが見え始めた旅だったのだと思います。

    次回に続きます。


    (※記事中の画像は、作品紹介および考察を目的として、解像度を下げて引用しています。著作権は各権利者に帰属します。)


    次回(第18夜)は、初海外ロケで生まれた『水曜どうでしょうらしさ』について考えていきます。

    普通の海外旅を撮るはずだった、オーストラリア大陸縦断3,700キロ。しかし、そこで藤村Dたちは気づきます。

    本当に面白かったものは、絶景ではなく車内にあったのだと。

    ※この連載は、これからも『水曜どうでしょう』の魅力を一つずつ読み解いていきます。「❤️スキ」「👤フォロー」で応援いただけると励みになります。


    📌皆さんは、『水曜どうでしょう』が30年経っても古びない理由は何だと思いますか?

    何度見ても笑ってしまう場面や、今だからこそ魅力を感じるところがあればぜひコメントで教えてください。
    (コメントにはできる限りご返信させていただきます)


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    ■運営者(ユウナ)について
    このnoteでは『水曜どうでしょう』をテーマに執筆しています。以下の別アカウントでは、普通の会社員だった私が、FIREを達成するまでの資産形成の実体験を記録しています。

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