
『水曜どうでしょう』ヨーロッパ最終夜、「完全制覇」の結末から見えたもの|第75夜
前回の第74夜では、ヨーロッパ第8夜を通して、バラバラだった4人の目的が、旅の終盤でなぜ一つになったのかを考えました。
21ヵ国を回ることにこだわっていたミスターと、予定よりも目の前の面白さを優先してきた藤村Dや大泉さん。しかし、帰りの飛行機が迫ると、全員の目的は「日本へ帰る」ことへ変わっていきます。
宿を諦め、夜通し車を走らせ、眠った3人を乗せてミスターが一人で運転する。第8夜で描かれていたのは、きれいに肩を組むような団結ではなく、ちぐはぐなまま同じ方向へ進む、どうでしょう班らしい結束でした。
そして迎えた、ヨーロッパ第9夜。
一行はついにパリへ戻ります。しかし、企画名に掲げられた「21ヵ国完全制覇」は達成できませんでした。それでも、この旅の終わりを見ていると、不思議と「失敗だった」という印象は残りません。
なぜ、目標を達成できなかった旅が、これほど記憶に残るのでしょうか。
21ヵ国を回れなかった「完全制覇」
旅の出発時、ミスターは21ヵ国すべてを回ることに強くこだわっていました。後の解説では、事前に工程表まで作り、1日ごとの移動距離を考えていたことが語られています。
しかし、その工程表は旅が始まるとすぐに崩れていきました。
道を間違え、予定外の場所へ立ち寄り、プーさんの風船で遊ぶ。景色の良いホテルを探して時間を使い、最後には宿にも泊まれず、車中泊をしながら走り続けました。

(引用元:DVD「ヨーロッパ21ヵ国完全制覇」より)
結果として、一行が回ったのは13ヵ国。企画名どおりの完全制覇には届きませんでした。
普通なら、ここで「目標を達成できなかった理由」を振り返るはずです。計画のどこに無理があったのか、もっと効率よく移動できなかったのか、何を改善すべきだったのか。成功と失敗を分けるなら、この旅は失敗に分類されるのかもしれません。
けれども、『水曜どうでしょう』はそのような整理をしませんでした。
なぜなら旅の終盤には、21という数字よりも大切なものが、すでに画面の中に残っていたからです。
疲れ切った姿が、旅の長さを伝える
第9夜の4人は、テレビに出る人とは思えないほど疲れています。
大泉さんの目は腫れ、表情からは力が抜け、誰も元気に旅を盛り上げようとはしません。後の解説でも、その姿を見ながら、普段のテレビではなかなか見られない表情だと語られています。
テレビであれば、もう少し元気に振る舞うこともできたはずです。最終夜なのだから、最後の力を振り絞り、明るくゴールを目指す姿を見せてもよかったでしょう。
しかし、4人にはもう、そのための力が残っていませんでした。

(引用元:DVD「ヨーロッパ21ヵ国完全制覇」より)
後の解説では、この姿について「そこまで旅をしているということになる」と振り返っています。
疲れを隠さず、格好をつけず、ただ車に乗っている。その情けないほど力の抜けた姿が、どれだけ長い時間を車の中で過ごしてきたのかを伝えているのです。
『水曜どうでしょう』では、旅の大変さを説明する必要がありません。大泉さんの腫れた目や、誰も話さなくなった車内を見れば、それだけで十分に伝わってきます。
旅の成果は、回った国の数だけではありません。
4人の顔そのものに、旅をした時間が刻まれていました。
凱旋門を見つけた瞬間、4人は笑った
パリへ近づいた車内では、次第に4人にも余裕が戻ってきます。やがて藤村Dから、凱旋門を自分たちで見つけて、きちんとリアクションしてほしいという話が出ます。
ところが、エッフェル塔らしきものが見えても、カメラはうまく捉えられない。パリへ戻る感動よりも、見えた、見えないというやり取りが続いていきます。
そして、ついに凱旋門を見つけた瞬間、車内には自然な歓声が上がりました。
この場面は、後の解説で「ちょっとした青春ドラマ」と表現されています。
確かに、映像だけを見れば、目標を達成した若者たちの感動的なゴールのようにも見えます。しかし、4人は21ヵ国を回り切ったわけではありません。
それでも、凱旋門を見つけた時の笑顔には、紛れもない達成感がありました。
完全制覇を達成したから笑ったのではない。何日も同じ車に乗り、衝突し、疲れ、夜通し走り、それでも4人でパリまで戻ってきたから笑ったのです。
彼らが喜んだのは、計画の成功ではなく、旅を終えられることだったのではないでしょうか。
大感動を語らない、あっさりした終わり
凱旋門を見つけ、いよいよ長かった旅が終わる。ここまで9週にわたって放送してきたのですから、最後には何か感動的な言葉が語られてもよさそうです。
ところが、実際の結末は驚くほどあっさりしています。
「走りました。もう二度と行きません」。
大泉さんが残したのは、その程度の言葉でした。21ヵ国を回れなかった悔しさも、4人で旅をした喜びも、そこから得た教訓も語りません。

(引用元:DVD「ヨーロッパ21ヵ国完全制覇」より)
後の解説でも、これだけ長い旅だったのに、何もきちんと言わないまま、ぱっと終わってしまったと振り返っています。当時の4人には、旅を意味のある言葉にまとめるだけの余力すら残っていなかったのでしょう。
しかし、この総括のなさこそが、『水曜どうでしょう』らしいように思います。
旅を終えた直後に、その旅の意味が分かるとは限りません。疲れ切っている時には、感動よりも「やっと終わった」という気持ちの方が強いこともあります。
そこで無理に教訓を語らず、感動的な結末を作ろうとしない。疲れた4人を、疲れたまま終わらせる。
だからこそ、視聴者は番組側から与えられた言葉ではなく、自分が9週にわたって見てきた時間から、この旅の意味を感じ取ることができたのではないでしょうか。
後から見えた「若い旅」
後の解説でヨーロッパの映像を見返した藤村Dたちは、当時の自分たちを何度も「若い」と表現しています。
何も知らずにヨーロッパへ行き、無理な工程表を作り、ホテルが見つからなければ車で眠る。今ならもっと予備日を設け、安全な計画を立てるだろうとも話しています。
それでも、当時の4人を見ながら感じたのは、後悔ではなく「羨ましさ」でした。
今の自分たちには、もう同じ気持ちで同じ旅はできない。だからこそ、何も分からないまま走り出した当時の4人に対して、「よかったね、君ら。いい旅ができたね」と思う。
この言葉から分かるのは、旅の価値が、何ヵ国回ったかだけで決まるわけではないということです。
無謀だったからこそ出会えた景色があり、若かったからこそ本気で衝突できた。効率よく目的を達成できなかったからこそ、4人の違いが表に出て、それぞれの役割が少しずつ形づくられていきました。
完璧な計画では生まれなかった時間が、そこには残っていたのです。
達成できなかったから、物語は続いた
ヨーロッパ21ヵ国完全制覇は、13ヵ国で終わりました。
しかし、もし最初の旅で21ヵ国すべてを回っていたら、その後の「ヨーロッパ・リベンジ」も、さらに続く長いヨーロッパの物語も生まれていなかったかもしれません。
完全制覇できなかったことが、次の旅へ向かう理由になった。
つまり、この旅の「未完成」は、欠点であると同時に、未来へ続く余白でもあったのです。
『水曜どうでしょう』は、失敗をきれいに成功へ言い換える番組ではありません。目標を達成できなければ、できなかったまま終わる。それでも、その途中で起きたことを面白がり、失敗さえ次の物語へ変えていきます。
ヨーロッパで完全制覇できたのは、21ヵ国ではありませんでした。
旅の目的よりも、4人が過ごす時間そのものを見せる。その中で起きる衝突も、疲労も、無駄な寄り道も、すべて番組の物語にする。
『水曜どうでしょう』という旅の形が、この企画によって一つ完成したのではないでしょうか。
だから私たちの記憶に残っているのは、回れなかった国の数ではありません。
プーさんを見て笑う大泉さん、夜道を一人で運転するミスター、車内に響く藤村Dの笑い声、そしてそのすべてを撮り続ける嬉野D。
21ヵ国には届かなかった。
それでも、4人はパリへ戻ってきた。
「完全制覇」という目標は未完成のまま終わりましたが、その未完成さの中から、後に何度でも帰ってきたくなる『水曜どうでしょう』の旅が始まったのだと思います。
(※記事中の画像は、作品紹介および考察を目的として、解像度を下げて引用しています。著作権は各権利者に帰属します。)
次回(第76夜)は、『水曜どうでしょう』にonちゃんが初めて登場した頃を振り返ります。現在では番組を代表する仲間の一人となったonちゃんは、どのようにして4人の世界へ加わり、欠かせない存在になっていったのでしょうか。
この連載は、これからも『水曜どうでしょう』の魅力を一つずつ読み解いていきます。「❤️スキ」「👤フォロー」で応援いただけると励みになります。
📌今回の内容を踏まえて、皆さんは……
A:目標を達成してこそ、旅は成功したと言える
B:目標に届かなくても、そこで過ごした時間に意味がある
どちらに近いでしょうか。理由もあればぜひコメントで教えてください。
(コメントには必ずご返信させていただきます)
今後の『水曜どうでしょう』考察の参考にさせていただきます。
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