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『水曜どうでしょう』どうして4人の旅を見続けてしまうのか|第24夜

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    前回は、鈴井貴之さんと藤村Dー、二人の違う考え方から生まれた『水曜どうでしょう』の面白さについて考えました。

    鈴井さんは、自分の中にあるものを形にしたい人。藤村Dは、その場で生まれるものを拾いたい人。

    違う考え方を持った二人が同じ場所にいたからこそ、予定通りではない面白さが生まれていきました。

    でも、『水曜どうでしょう』を作ったのは二人だけではありません。大泉洋さん、鈴井貴之さん、藤村D、嬉野D。この4人がそれぞれの役割を見つけていったからこそ、あの不思議なバランスが完成したのだと思います。


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    エアーズロックを背景に写真を撮る四人
    黒ペンで自作したスタッフTシャツを着ている
    (引用元:DVD「オーストラリア大陸縦断3,700キロ」)

    『水曜どうでしょう』の写真を見ると、不思議に感じることがあります。映っているのは、必ずしもテレビ的な名場面ばかりではありません。

    移動中の何気ない表情、休憩中の姿、ただ4人が笑っている時間。普通の番組なら使われないような瞬間です。

    でも、ファンにとってはその何でもない時間が面白い。なぜ、私たちは4人のおじさんが旅をしている姿を何度も見続けてしまうのでしょうか。

    その理由の一つは、4人全員が前に出ようとする番組ではなかったからだと思います。

    それぞれが、自分が一番目立つ場所ではなく、番組が一番面白くなる場所を見つけていった。その象徴が、実は嬉野Dの存在だったのではないかと考えてみました。


    水曜どうでしょうを観ると、嬉野Dというとカメラの後ろで静かに見守っている印象があります。しかし、それは「話すことが苦手だった」ということではありません。

    むしろ嬉野さんは、とても話が面白い人です。現在、藤村さんと二人で出演している「どうで荘」の数々の動画コンテンツを見ると、その会話の面白さがよく分かります。

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    嬉野さんのエッセイシリーズ(写真は3作目)
    人や日常を見つめる嬉野さんならではの視点が詰まっています

    さらに嬉野さんは文章の魅力もあります。出版されている書籍を読むと、日常の何気ない出来事から人間のおかしさや温かさを見つける視点があり、文章を書く人としての才能も感じます。つまり嬉野さんは、話すことも書くこともできる人でした。


    そんな多彩な嬉野さんですが、番組初期は撮影しながら会話にも参加していたそうです。大泉さんの発言に返したり、車内の会話に加わったりしていた。しかし、編集作業をする中で一つのことに気づいたといいます。

    自分の声が会話に入ることで、その部分が編集しづらくなる。場合によっては、大泉さんの面白い発言まで使えなくなってしまう。そこで嬉野さんは、少しずつ会話から離れていったそうです。

    これはとても大きな判断だったと思います。自分も話せる。自分も会話に参加できる。でも、番組全体を考えた時に、自分が話すことよりも、藤村Dが大泉さんの言葉を受ける方が面白くなる。

    そう気づいた人が、あえて一歩引いたところに、この番組のバランスがあったのだと思います。

    普通なら、前に出られる人は前に出たくなるものです。面白いことを言えるなら、会話に入りたくなる。自分の存在を残したくなる。でも嬉野さんは、自分が話すことより、番組として一番面白い形を選びました。

    これは目立たない役割ではなく、むしろ番組全体を見ていたからこそできた重要な選択だったのではないでしょうか。


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    嬉野Dが二人を撮影している様子が分かる貴重なシーン
    (引用元:DVD「オーストラリア大陸縦断3,700キロ」)

    考えてみると、『水曜どうでしょう』の4人は全員が違う役割を持っています。大泉さんは、どんな状況でも言葉にして面白くする。藤村Dは、それを受け止め、さらに転がしていく。

    鈴井さんは、普段は静かでも突然大きな一言や行動で流れを変える。そして嬉野Dは、そのやり取りが一番面白く残る場所を選んだ。

    誰か一人が中心になっていたわけではありません。全員が同じ役割を取り合わなかったから、あのバランスが生まれました。

    もし4人全員が前に出ようとしていたら、あの車内の会話はもっと騒がしいものになっていたかもしれません。逆に、誰かが完全に引きすぎても、あの密度は生まれなかったと思います。


    普通、テレビではより目立つ人が注目されます。たくさん話す人、強い個性を出す人が番組を動かしているように見えます。でも、『水曜どうでしょう』は少し違いました。

    話すことだけが参加ではなく、前に出ることだけが役割ではなかった。だからこそ、4人でいる時間そのものが番組になったのだと思います。

    『水曜どうでしょう』が30年愛され続ける理由。それは、すごい場所へ行ったからでも、大きな事件が起きたからでもありません。

    4人が、それぞれ自分の一番良い場所を見つけたから。そして、その関係性が変わらず画面に残っているから。

    私たちは旅の結果を知っています。どこへ行くのかも、どんなトラブルが起こるのかも、最後にどうなるのかも知っています。

    それでも、また同じ旅を見てしまう。

    それはきっと、目的地に到着する瞬間を見たいからではありません。

    予定通りにいかない出来事に笑い、くだらない会話を楽しみ、4人が同じ時間を過ごしている姿をもう一度見たいからなのだと思います。

    『水曜どうでしょう』が残したものは、旅の記録だけではありませんでした。

    大泉さん、ミスター、藤村D、嬉野D。

    違う4人が同じ車に乗り、それぞれの役割を見つけながら作り上げた時間。その時間そのものが、30年経っても見続けたくなる理由なのかもしれません。


    (※記事中の画像は、作品紹介および考察を目的として、解像度を下げて引用しています。著作権は各権利者に帰属します。)


    次回(第25夜)は、次回は特別編です。

    芸能生活30周年を迎えた大泉洋さん。

    横浜アリーナで開催された「大泉洋リサイタル2-リベンジ-」ツアーファイナルをきっかけに、なぜ大泉洋さんは30年愛され続けるのかを考えます。

    『水曜どうでしょう』で文句を言いながら旅をしていた青年は、30年後、多くの観客を笑顔にするエンターテイナーになりました。

    でも、その魅力の原点は、実はあの頃から変わっていなかったのかもしれません。

    藤村D・嬉野Dが語ったリサイタル幕間映像の話も交えながら、「スターになっても変わらない大泉洋さんの魅力」を読み解いていきます。

    ※この連載は、これからも『水曜どうでしょう』の魅力を一つずつ読み解いていきます。「❤️スキ」「👤フォロー」で応援いただけると励みになります。


    📌皆さんは、『水曜どうでしょう』で「この4人だから面白い」と感じた瞬間はありますか?

    好きな掛け合いや、何度も見返してしまう場面があればぜひコメントで教えてください。
    (コメントにはできる限りご返信させていただきます)


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    ■運営者(ユウナ)について
    このnoteでは『水曜どうでしょう』をテーマに執筆しています。以下の別アカウントでは、普通の会社員だった私が、FIREを達成するまでの資産形成の実体験を記録しています。

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