
『水曜どうでしょう』ミスターは、なぜ「番組をやめる」とまで言ったのか|第65夜
前回は、ヨーロッパ第二夜で計画が次々と崩れていくなか、なぜ旅が面白くなっていったのかを考えました。
直線距離だけで組まれた無理のある工程、ブローニュとブルージュの取り違え、そして大雨のなかで続く長い移動。目的地へ順調に着くことよりも、思うように進めない4人の姿が、旅の本編になっていました。
第8章では、『ヨーロッパ21ヵ国完全制覇』を通して、未知の土地へ出た4人の関係がどのように変わっていったのかを読み解いています。
第三夜で表面化するのは、単なる道間違いや疲労ではありません。同じ車に乗っていた4人が、実は同じ目的で旅をしていなかったという事実です。
その違いを最も強い言葉で示したのが、ミスターでした。アーヘンで食事をしていた夜、ミスターは突然、「21カ国を回らないんだったら、俺は番組をやめる」と口にします。
後の解説で、本人はこの発言について「8割本気だった」と振り返っています。
3人が旅を楽しむ横で、ミスターは黙っていた
アーヘンへたどり着くまでの一日は、4人にとって非常に厳しいものでした。道を間違え、大雨のなかを走り、ようやく暗くなった街へ到着します。
食事にありついた3人は、「この日はきつかった」「道を間違えた」「それでも楽しかった」と、旅を振り返っていました。
ところが、ミスターだけは、その会話に入らず黙っていました。ほかの3人が、無事に一日を終えられた安堵を感じていたのに対し、ミスターは、まったく別のことを考えていたのです。
そして突然、「21カ国を回らないんだったら、俺は番組をやめる」と言い出します。

(引用元:DVD「ヨーロッパ21ヵ国完全制覇」より)
この発言だけを見ると、疲れや苛立ちから出た極端な言葉にも聞こえます。
しかし、後の解説を確認すると、ミスターはこの場で初めて21カ国完全制覇にこだわり始めたわけではありませんでした。旅へ出発する前から、一貫して同じことを考えていたのです。
ミスターは、出発前から本気だった
ロケへ出発する前、HTBでヨーロッパの地図を広げたときから、ミスターは「21カ国を回らなければ、この企画は何の意味もない」と繰り返していました。
後に映像を見直した藤村Dは、ミスターが同じ主張を3回ほど繰り返していたことに気づいたと語っています。
一方、大泉さんと藤村Dは、初めて訪れるヨーロッパを楽しむことへ気持ちが向いていました。ワインを飲みたい、名所を見たい、その土地ならではの食事を楽しみたい。
21カ国すべてを本当に回れるとは考えておらず、できる範囲で旅を楽しめばいいという感覚がありました。
ミスターの言葉を正面から受け止めず、旅への期待を語る大泉さんと藤村D。出発前からすでに、4人の間には目的の違いがありました。
ただし、その時点では全員が浮き足立っていたため、その違いは深刻な問題として認識されていなかったのです。
「完全制覇」は、単なる企画名ではなかった
大泉さんたちにとって、「ヨーロッパ21ヵ国完全制覇」は旅を始めるための大きな看板でした。すべてを回れれば理想的ですが、途中で予定が崩れても、その失敗を面白がることができます。
実際、ブルージュへの道を間違えたことも、観光地へ着けなかったことも、番組の面白さへ変わっていました。
しかし、ミスターにとって「完全制覇」は、簡単に諦めてよい言葉ではありませんでした。すべての国を回れる保証がなくても、少なくとも、ぎりぎりまで達成しようとすることが企画の前提だったのです。
その姿勢がなければ、最初から「21カ国完全制覇」と名乗る意味がないと考えていました。

(引用元:DVD「ヨーロッパ21ヵ国完全制覇」より)
だからこそ、ミスターは旅が始まってわずか2日目で危機感を抱きます。
ブルージュを観光し、マジパンを食べ、思うように進まない状況さえ楽しんでいる3人を見て、「この人たちは本気で21カ国を回るつもりではない」と感じたのでしょう。
旅を重ねてから不満が生まれたのではなく、出発前から持っていた目的と、現実の旅との違いが、早くも明らかになったのです。
番組をやめるという言葉は、8割本気だった
後の解説で、この発言が話題になると、ミスターは「案外というか、8割本気だった」と認めています。
藤村Dも、その言葉は本気だったと受け止めています。他の番組であれば、食事をしながら出演者が「番組をやめる」と考えること自体が、通常ではないでしょう。
しかし、藤村Dたちは、その不器用なまでの真剣さを「どうでしょうスピリッツ」と表現しています。番組を盛り上げるために大げさな対立を演じたのではありません。
ミスターは、企画に掲げた目標を守ろうとして、本当に番組を離れることまで考えていました。
ここで興味深いのは、ミスターが「テレビを分かっているから」強い言葉を使ったわけではないことです。
むしろ、テレビとして扱いやすい展開になるかどうかを考えず、自分が正しいと思うことをそのまま口にしてしまう。その不器用さが、結果的に番組へ予想外の深みを与えました。
4人全員が同じ考えなら、物語は生まれなかった
『水曜どうでしょう』の明るい面をつくっているのは、大泉さんと藤村Dの会話です。予想外の出来事を面白がり、失敗さえ笑いに変えていく。
そこへ嬉野Dのカメラが向けられることで、視聴者も同じ車内にいるような感覚を持つことができます。
しかし、それだけで旅が進んでいけば、4人は道を間違えながら笑い続けるだけだったかもしれません。
そこへミスターが、「俺はそうではない」と異なる考えを投げ込みます。3人が想定していなかった言葉によって、それまで同じ方向へ進んでいるように見えた4人の関係に、波紋が広がっていきました。
藤村Dは後の解説で、ミスターが一石を投じることで新しいやり取りの方向が生まれ、人間臭さが膨らんでいくと語っています。
全員が同じ考えであることよりも、異なる考えを持った人が同じ車に乗り続けること。その綱引きが、『水曜どうでしょう』を何度見ても新しい発見のある番組にしていました。
話し合いで解決しない4人
その夜、4人が納得するまで話し合い、旅の目的を一つにしたわけではありませんでした。
後の解説では、部屋も別々であり、ミスターも自分の考えを十分には言葉にせず、互いに少しずつ歩み寄ろうとしながらも、はっきり言わないもどかしさが続いていたと振り返られています。
その後の旅の過程では、大泉さんと藤村Dが会話の流れから話し合い、大泉さんがナビを担当することをミスターへ提案をするという機会も生まれます。
ミスターを説得するのではなく、座席や役割を変えることで、張り詰めた関係を少し動かそうとしたのです。ここにも、この4人らしい問題への向き合い方が見えます。

(引用元:DVD「ヨーロッパ21ヵ国完全制覇」より)
藤村Dは、この旅について「半分は分かりながら作っているけれど、半分はドキュメンタリー」と説明しています。大泉さんと藤村Dは、ミスターとの距離を変えるためのきっかけを用意することはできます。
しかし、その提案にミスターがどう反応し、その後の空気がどう変わるのかまでは、誰にも分かりません。
台本によって対立と仲直りが決められていたのではなく、その場で4人が反応しながら流れが生まれていく。
ヨーロッパ第三夜では、バラエティ番組の演出と、実際の人間関係を記録するドキュメンタリーが、同じ車内に存在していました。
ミスターの本気が、旅に深みを与えた
ミスターの「番組をやめる」という発言は、場の空気を悪くするだけの言葉ではありませんでした。
その発言があったことで、「完全制覇を目指す旅」と「ヨーロッパを楽しむ旅」という二つの目的が、初めてはっきりと見えるようになります。
大泉さんと藤村Dがつくる明るい会話だけでも、『水曜どうでしょう』は十分に面白かったはずです。しかし、そこへ目的を曲げないミスターがいたことで、旅には緊張と葛藤が生まれました。
予定どおりに進めないことを笑うだけではなく、その失敗を許せない人まで同じ車に乗っているからこそ、4人の関係が物語になったのです。
そして、この対立は、話し合いによってすぐに解消されることはありません。大泉さんは、怒りを抱えたミスターへ話しかけ続け、藤村Dも、その会話にミスターを巻き込もうとします。
その先で生まれるのが、「ミスター、あなたの犬は……」という言葉でした。
ヨーロッパ第三夜が示したのは、仲がよいことと、考えが同じであることは別だということです。意見が食い違い、険悪な空気になっても、それでも同じ車から降りずに旅を続ける。
ミスターが本気で投げ込んだ異論は、4人の関係を壊すのではなく、その関係がどのように結び直されるのかを映し出すきっかけになったのです。
(※記事中の画像は、作品紹介および考察を目的として、解像度を下げて引用しています。著作権は各権利者に帰属します。)
次回は、怒りを抱えたミスターに、大泉さんがなぜ話しかけ続けたのか。「あなたの犬は」という言葉をきっかけに、張り詰めていた4人の空気が少しずつ変わっていく、ヨーロッパ第四夜を考えます。
この連載は、これからも『水曜どうでしょう』の魅力を一つずつ読み解いていきます。「❤️スキ」「👤フォロー」で応援いただけると励みになります。
📌今回の内容を踏まえて、皆さんは……
A:目標を掲げた以上、最後まで達成することを優先したい
B:目標にこだわりすぎず、その過程を楽しむことを大切にしたい
どちらに近いでしょうか。理由もあればぜひコメントで教えてください。
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今後の『水曜どうでしょう』考察の参考にさせていただきます。
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