
『水曜どうでしょう』大泉洋はなぜサイコロに振り回されるほど面白くなるのか|第11夜
前回までは「闘痔の旅」を通して、『水曜どうでしょう』が普通の旅番組とはまったく違う理由について考えてきました。
目的地に到着することより、そこへ向かう途中で起こる出来事を見る。予定通り進むことより、予定が崩れた時に出てくる人間らしさを見る。
その「おもしろい」の仕組みを、さらに分かりやすい形にした企画があります。
『水曜どうでしょう』の初期を代表する企画「サイコロの旅」。
第2弾となる「サイコロ2〜西日本完全制覇〜」も、始まりからどうでしょうらしさ全開でした。

六本木に来てしまった大泉さん
(引用元:DVD「サイコロ2~西日本完全制覇~」)
東京・六本木プリンスホテルに呼び出された大泉さん。しかし今回も、西城秀さんのインタビューだと騙されて、六本木プリンスホテルに連れてこられてしまいました。
本人はこれから何が始まるのか知らされていません。普通のテレビ番組なら、出演者は事前に企画内容を知っています。
でも、『水曜どうでしょう』では違いました。大泉さんは何も知らない。でも鈴井さんは、サイコロの旅のフリップを持っている。
突然の状況に整理がつかず、その瞬間に感じたことがそのまま言葉になる。ここに、どうでしょう独特の面白さがあったのだと思います。
藤村Dが作っていたのは、大泉さんに「面白いことを言わせる台本」ではありませんでした。大泉洋という人が、自然と面白くなってしまう状況だったのです。
第8夜でも触れましたが、藤村Dは「番組を作っていた」というより、「おもしろいものを作っていた」と話しています。そして、その「おもしろい」には仕組みがありました。サイコロの旅は、その代表例だったと思います。

(引用元:DVD「サイコロ2~西日本完全制覇~」)
旅のルールはとてもシンプルです。
行き先はサイコロで決める。
ただそれだけ。
でも、このシンプルさこそが大きな発明でした。普通、旅番組は出演者を魅力的に見せるために準備します。きれいな景色、美味しい食事、楽しい体験。出演者が輝く場所を用意するのが一般的です。
しかし、どうでしょうは逆でした。出演者から自由を奪う。どこへ行くか選べない。何時に休めるか分からない。いつ帰れるかも分からない。
普通ならマイナスになる条件を作っているのに、なぜか大泉洋という人の魅力はどんどん出てくる。そこが、この企画の不思議なところでした。
サイコロ2の序盤、最初の移動は意外にも快適でした。東京駅から新幹線グランドひかりのグリーン車で新神戸へ。普通なら「いい旅」です。
しかし、見ている側は知っています。これは楽しい旅行ではない。ここから何かが起こる。そして新神戸で再びサイコロが振られます。
ここから、サイコロの本当の怖さが始まります。
大泉さんが避けたいもの。それは深夜バスとフェリーでした。長時間移動で眠れない深夜バス。逃げ場のないフェリー。普通の旅なら選ばなければいいだけですが、この旅では選べません。
すべてサイコロ次第。
そして出てしまうのが、熊本行きの深夜バス「レッツ号」。
行きたくないものほど出る。やりたくないことほど起きる。この理不尽さこそが、サイコロの旅の魅力でした。

(引用元:DVD「サイコロ2~西日本完全制覇~」)
考えてみると、不思議な企画です。出演者が楽しそうに観光するわけではありません。むしろ疲れていく。追い込まれていく。でも、その状態になればなるほど、大泉さんは面白くなる。
なぜなのか。
それは、作られた姿ではなく、本当の反応が出るからだと思います。快適な状態では、人はある程度取り繕うことができます。でも眠い時、疲れている時、予定が狂った時、その人自身が出る。
大泉さんの場合、それがボヤキでした。ただ怒っているだけではありません。状況を言葉にする力。不満すら笑いに変える力。そこに大泉洋という人の魅力がありました。
そしてもう一つ重要なのが、藤村Dとの関係です。普通なら出演者が怒ったら、スタッフは気を使います。申し訳なさそうにするかもしれません。
でも藤村Dは違います。大泉さんが苦しそうにしている。文句を言っている。それを見て笑っている。
一見するとひどい関係に見えるかもしれません。でも、そこには信頼関係がありました。藤村Dは、大泉さんが本当に嫌がっているだけなら成立しないことを分かっていたと思います。
追い込まれた時ほど、大泉洋は面白くなる。
その魅力を誰より分かっていた。だから余計なものを足さなかった。豪華なセットもない。台本もない。ただサイコロを振る。そして、その結果に4人で向き合う。それだけで十分だったのです。
このシンプルさこそ、30年経っても『水曜どうでしょう』が古くならない理由なのかもしれません。時代が変わると、流行の演出は古くなります。流行語も変わります。テレビの作り方も変わります。
でも、人が困った時に出る本音。予想外の出来事への反応。人と人とのやり取り。そこにある面白さは、時代が変わってもあまり変わらない。
サイコロは、行き先を決める道具ではありませんでした。
大泉洋という人間を引き出す装置だった。
自由をなくしたから、不自由になったから、その人らしさが見えてきた。だから私たちは、サイコロに振り回される大泉洋を、何度見ても面白いと思ってしまうのだと思います。
(※記事中の画像は、作品紹介および考察を目的として、解像度を下げて引用しています。著作権は各権利者に帰属します。)
次回(第12夜)は、「深夜バスで壊れていく大泉洋はなぜ面白いのか」について、もう少し掘り下げてみたいと思います。
※この連載は、これからも『水曜どうでしょう』の魅力を一つずつ読み解いていきます。「❤️スキ」や「👤フォロー」をして、続きを読んでいただけると励みになります。
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