
『水曜どうでしょう』初期の前枠・後枠から見えた「何もない場所」の面白さ|第78夜
前回の第77夜では、樋口了一さんの「1/6の夢旅人」が、どのようにして『水曜どうでしょう』を象徴する曲になったのかを考えました。
一本の電話をきっかけに生まれた曲は、番組のエンディングで流れ、視聴者の記憶と結びつくことで、作った本人の手を離れていきました。最初から番組の一部として完成していたのではなく、繰り返し使われ、共有されることで意味を増していったのです。
今回取り上げる前枠・後枠も、同じように時間をかけて番組の象徴になったものです。
現在では、前枠・後枠といえば平岸高台公園を思い浮かべる人が多いでしょう。しかし、番組が始まった頃から、すべてがあの公園で撮影されていたわけではありません。
初期の「サイコロ1」では、円山動物園で前枠・後枠が撮影されていました。そこから撮影場所は平岸高台公園へ移り、やがて何の変哲もない公園が、番組本編に負けないほど多くの名場面を生む舞台になっていきます。
なぜ、特別なセットもない普通の場所が、『水曜どうでしょう』を象徴する風景になったのでしょうか。
最初の前枠・後枠は円山動物園だった
『水曜どうでしょう』の前枠・後枠は、番組の冒頭と最後に置かれる短いコーナーです。
前枠では、その日に放送する企画の内容や前回までの流れを紹介する。後枠では、放送を終えた感想を語り、次回を予告する。当初は、視聴者を本編へ案内する役割を担っていました。
「サイコロ1」の前枠・後枠が撮影されたのは、札幌市円山動物園です。

(引用元:DVD「サイコロ1」より)
ミスターと大泉さんは、動物園という場所に合わせた姿で画面に登場します。背景には動物園の施設が映り、その場所を使って番組の始まりと終わりを作っていました。
この時点の前枠・後枠には、まだ「本編とは別に楽しむ短い作品」という印象はそれほど強くありません。中心にあるのは、その日に何が放送されるのかを視聴者へ伝えることでした。
そもそも番組自体が始まったばかりで、視聴者はミスターと大泉さんがどのような人物なのか、どんな番組を見せられるのかを知りません。前枠・後枠には、本編と視聴者をつなぐ案内役が必要だったのです。
しかし、二人が短い時間の中で話し、衣装を着て、何らかのやり取りをするうちに、その部分にも番組本編とは違う面白さが見つかっていきました。
平岸高台公園という、何もない舞台
その後、前枠・後枠の主な撮影場所となったのが、旧HTB社屋のすぐ近くにある平岸高台公園でした。
札幌市豊平区の住宅街にある、芝生の斜面が広がる普通の公園です。大きな観光施設や、テレビ撮影のための設備があるわけではありません。
HTBの公式サイトでは、旧社屋の玄関から徒歩30秒ほどの場所と紹介されていました。番組を制作する側にとって、社屋からすぐに行ける身近な場所だったのです。

(引用元:DVD「ヨーロッパ21ヵ国完全制覇」より)
背景にあるのは、芝生と木々、そして旧HTB社屋です。最初から番組を象徴する風景として選び抜かれた場所というより、日常の仕事場のすぐそばにあった場所でした。
ところが、この「何もないこと」が、前枠・後枠にとって大きな意味を持つようになります。
セットに強い情報がないため、視聴者の目は自然にミスターと大泉さんへ向かいます。二人がどのような衣装を着て、何をして、どんな言葉を発するのか。それだけで短い場面を成立させなければなりません。
何もない芝生の上だからこそ、人間の動きや表情が、そのまま面白さになったのです。
番組案内から、独立した見せ場へ
初期の前枠・後枠では、ミスターが企画の概要や見どころを説明し、大泉さんがその横で反応する形が多く見られました。
ミスターが進行を担い、大泉さんが衣装や動きで笑いを作る。旅本編で大泉さんが何も知らされずに振り回されていたように、前枠・後枠でも、大泉さんが面白い役割を引き受ける構図が生まれていました。
しかし、回を重ねるうちに、二人は企画の説明だけでは終わらなくなります。
本編とは直接関係のない衣装を着る。短い芝居を始める。雪の斜面を滑り、転び、穴へ落ちる。前枠・後枠は、いつしか本編を紹介するための場所から、それ自体を楽しむ小さなコーナーへ変わっていきました。

(引用元:DVD「サイコロ5」より)
面白いのは、舞台が豪華になったから変化したのではないことです。
場所は同じままでした。変わったのは、その場所で何をするか、そしてミスターと大泉さんがどのように振る舞うかでした。
同じ斜面、同じ木々、同じ旧HTB社屋を背景にしながら、衣装と設定だけが毎回変わっていく。その繰り返しによって、視聴者は「今度はこの公園で何をするのだろう」と期待するようになります。
本来は内容を説明するためにあった短い時間が、説明から自由になったことで、番組本編とは別の面白さを獲得したのです。
同じ場所だから、変化が見える
平岸高台公園では、季節を変えながら何度も前枠・後枠が撮影されました。
夏には芝生が広がり、冬には斜面が雪で覆われます。出演者の衣装や年齢、二人の役割も少しずつ変わっていきました。
もし毎回違う場所で撮影されていたら、それぞれの映像は一度きりの風景として記憶されたかもしれません。しかし同じ場所へ繰り返し戻ってくることで、視聴者は場所ではなく、その中で起きた変化を見るようになります。
初期には進行役だったミスターが、次第に体を張る側へ回っていく。大泉さんが横で見守り、ミスターの動きを受けて言葉を重ねる。二人の関係が変わっていく様子も、同じ公園を舞台にしたからこそ、よりはっきり見えるようになりました。
平岸高台公園は、単なる撮影場所ではありません。
同じ場所へ戻るたびに、番組と出演者がどのように変わってきたのかを残す、定点観測の場所にもなっていたのです。
何気ない場所を、記憶に残る場所へ変える
以前の第26夜では、旧HTB社屋と平岸高台公園を取り上げ、札幌の普通の住宅街が、なぜ多くのファンにとって聖地になったのかを考えました。
今回、初期の前枠・後枠からあらためて見えてくるのは、場所の魅力は最初から決まっているわけではないということです。
円山動物園から始まった前枠・後枠は、やがて平岸高台公園へ場所を移しました。そこには特別なセットもなく、目を引く建物があるわけでもありませんでした。
しかし、ミスターと大泉さんがそこで話し、衣装を着て、転び、笑われる。その時間を藤村Dと嬉野Dが繰り返し撮影することで、普通の公園に番組の記憶が積み重なっていきました。
『水曜どうでしょう』は、特別な場所を見つけて面白くする番組ではありません。
どこにでもありそうな場所で、そこにいる人たちを面白がり、起きたことを記憶へ変えていく番組です。それは、目的地よりも移動中の車内を面白くし、有名な観光地よりも宿泊先での会話を名場面にしてきた本編の作り方とも重なります。
前枠・後枠にも、同じ考え方がありました。
何もない公園だから、何かを起こさなければならないのではありません。何もない場所に二人を立たせておけば、やがて二人の関係から何かが起きる。その瞬間を、番組は楽しみに待っていたのだと思います。
平岸高台公園が特別なのは、そこに特別なものがあったからではありません。
毎回同じ場所へ戻り、そのたびに違う出来事を重ねてきたからです。視聴者も長い時間をかけてその風景を見続け、自分の中にある番組の記憶を重ねていきました。
一本の電話から生まれた「1/6の夢旅人」が、何度も聴かれることで番組を象徴する曲になったように、平岸高台公園も、何度も映されることで『水曜どうでしょう』を象徴する場所になりました。
曲も場所も、最初から特別だったわけではありません。
人が集まり、時間が流れ、記憶が積み重なったことで、かけがえのない存在になったのです。
『水曜どうでしょう』が30年愛され続けている理由の一つは、特別ではなかったものが特別になっていく過程を、視聴者と一緒に積み重ねてきたことにあるのではないでしょうか。
(※記事中の画像は、作品紹介および考察を目的として、解像度を下げて引用しています。著作権は各権利者に帰属します。)
次回(第79夜)は、「ヨーロッパ21ヵ国完全制覇」から始まった長い旅を振り返り、初めて4人で過ごした海外での時間が、その後の『水曜どうでしょう』に何を残したのかを考えます。
この連載は、これからも『水曜どうでしょう』の魅力を一つずつ読み解いていきます。「❤️スキ」「👤フォロー」で応援いただけると励みになります。
📌今回の内容を踏まえて、皆さんは……
A:場所の魅力は、景色や施設そのものから生まれる
B:場所の魅力は、そこで過ごした時間や記憶によって育っていく
どちらに近いでしょうか。理由もあればぜひコメントで教えてください。
(コメントには必ずご返信させていただきます)
今後の『水曜どうでしょう』考察の参考にさせていただきます。
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■運営者(ユウナ)について
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