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『水曜どうでしょう』「登山家・大泉洋」は、なぜ何度見ても笑えるのか|第91夜

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    前回の第90夜では、もみじ饅頭から始まった「甘いもの攻め」と、ミスターの反論を消すことで“一方的に攻められる被害者”を作り上げた編集について考えました。

    広島から富山へ移動した一行は、立山黒部アルペンルートを通って山を越えます。そこで姿を現したのが、『水曜どうでしょう』を代表する即興キャラクターの一人、「登山家・大泉洋」です。

    サングラスをかけ、緊迫した表情を崩さず、意味の分からない言葉を堂々と叫ぶ。その姿は何度見ても笑えますが、実際に大泉さんが登山家を演じていた時間は、それほど長くありません。

    それでも私たちの記憶には、立山黒部の旅全体を支配していたかのように残っています。登山家・大泉洋は、なぜこれほど強いキャラクターになったのでしょうか。

    始まりは、ミスターが口にした「登山家」

    登山家というキャラクターは、最初から用意されていたものではありません。

    富山へ向かう列車の中で、ミスターが日本アルプスの話をしたことから、大泉さんは架空の登山家を演じ始めます。

    「私は仲間を何人も亡くしたんだ」

    それまで普通に移動していた大学生が、突然、過酷な山を知り尽くしたベテラン登山家のように語り始める。誰かが設定を説明したわけでも、台本を渡したわけでもありません。

    ミスターが口にした「登山家」という一つの言葉を、大泉さんが拾った。それだけで、新しいキャラクターが誕生しました。

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    ミスターの話をきっかけに、
    ベテラン登山家を演じ始める大泉さん
    (引用元:DVD「サイコロ4」より)


    帽子とサングラスで、ホラ話が現実になった

    一行が立山駅へ到着すると、大泉さんは売店で帽子とサングラスを購入します。

    列車の中では言葉だけだった登山家が、ここで目に見える姿を持ちました。帽子をかぶり、古めかしいサングラスをつけると、大学生の大泉さんは完全に別人になります。

    小道具は、誰かに用意してもらったものではありません。大泉さん自身が売店で見つけ、これを使えば先ほどの話を続けられると考えたものです。

    『水曜どうでしょう』では、即興の笑いが一度きりで終わらず、次の場所まで持ち越されることがあります。移動中の何気ない会話を、大泉さんが次の場面で姿に変えるからです。

    ホラ話として終わるはずだった登山家は、帽子とサングラスを手に入れたことで、立山黒部アルペンルートを進む一人の登場人物になりました。

    自分で「寝る」という展開まで作っていた

    高原バスへ乗り込んだ大泉さんは、険しい山を進む登山家として周囲へ警戒を呼びかけます。

    「寝たら駄目だ。寝たら死ぬぞ」

    冬山でよく聞く言葉を口にし、仲間へ注意を促す。しかし、約50分のバス移動が続くうちに、大泉さん自身が本当に眠ってしまいます。

    全員へ寝るなと言っていた本人が、誰よりも先に寝ている。その姿を見つけた藤村Dから、容赦のないビンタが飛びました。

    この場面が面白いのは、単なる寝落ちではありません。大泉さんが先に「寝たら死ぬ」というルールを作っていたから、そのルールを自分で破った瞬間にオチが生まれています。

    本人は笑わせるために寝たわけではありません。暑いバスの中で、本当に眠かった。しかし、眠る前に作った物語があったため、現実の疲労まで登山家のコントへ組み込まれました。

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    仲間へ「寝たら死ぬ」と警告しながら、
    自分が眠ってしまった登山家
    (引用元:DVD「サイコロ4」より)

    大泉さんは、絶対にカメラを見ない

    後の解説で特に興味深いのは、大泉さんが登山家を演じている間、ほとんどカメラを見ないという指摘です。

    大泉さんは、カメラへ向かって「いまから登山家を演じます」と説明しません。周囲へ注意を払い、険しい山を警戒しているような顔を作り、あくまでそこに登山家が実在しているかのように振る舞います。

    実際の登山家がすることとは、かなり違うはずです。それでも大泉さんは、自分の中にある「登山家らしさ」を、わずかな知識と表情だけで押し通します。

    「ほかの国では」と語ってみる。「周りを見ろ」と注意する。詳しい知識があるわけではないのに、知っている言葉をつなぎ、堂々とした態度によって専門家のように見せていきます。

    そして、どれだけ藤村Dが笑っても、大泉さん自身は笑いません。演じている本人が笑わないからこそ、視聴者は登山家の世界へ入り込めるのです。

    「トローリー!」に意味は必要なかった

    登山家・大泉洋を象徴する言葉が、「トローリー!オー!」です。

    大泉さんの中には、おそらく「登山家は山で何かを叫ぶ」という曖昧なイメージがあったのでしょう。そこで選ばれた言葉が、乗り物の名称である「トローリー」でした。

    山へ呼びかける言葉として正しいわけでも、仲間へ指示を出しているわけでもありません。何を意味しているのか分からないのに、緊迫した表情と大声によって、何か重要な言葉のように聞こえます。

    後の解説では、「トローリー」と叫んだのは三回ほどだったと語られています。しかし、映像を見た印象では、登山家がもっと長い時間、何度も叫び続けていたように感じられます。

    短い即興が、編集によって一つの大きな場面へ育てられたからです。

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    立山黒部アルペンルートで
    「トローリー!オー!」と叫ぶ大泉さん
    (引用元:DVD「サイコロ4」より)

    乱暴な編集が「異常な登山家」を作った

    後の解説で藤村Dは、登山家の場面について、自分の編集は「すごく乱暴」だと話しています。

    大泉さんが演じ始めると、その姿を何度もつなぐ。前に撮影した場面を、別の場所へもう一度入れる。話の流れを丁寧に説明するより、大泉さんの異常さが最も伝わる順番を優先していました。

    本来の撮影では、大泉さんが電話ボックスへ駆け込み、「鈴井君がいなくなった」と助けを呼ぶ未公開の展開もありました。一方で、何かを説明しようと仕切り直したところ、嬉野Dにカメラを切られ、がっくりした場面も残っています。

    大泉さんが登山家として行ったことを、すべて順番に見せているわけではありません。面白さが弱くなれば切り、使える表情があれば別の場面へつなぐ。

    第90夜で、ミスターの反論を消して「被害者」を作ったのと同じです。藤村Dは今回も、現場で起きた出来事をそのまま並べず、編集によって漫画的なキャラクターを作り上げました。

    本人は、何が面白いのか分かっていなかった

    驚くのは、大泉さん自身が、登山家をそれほど面白いと思っていなかったことです。

    後の解説では、藤村Dが大笑いしているため、「何か使うのだろう」くらいには考えていたはずだと語られています。しかし、後に番組を代表する場面になるとは、撮影中には分かっていませんでした。

    それでも大泉さんは、目の前にある帽子とサングラスを使い、登山家の顔を崩さず、疲れ切るまで演じ続けます。

    面白さを確信していたから、やり切ったのではありません。藤村Dが笑っているという反応を信じ、自分が拾ったキャラクターを最後まで離さなかったのです。

    大泉さんが即興を出し、藤村Dが笑う。その笑いを聞いた大泉さんが、さらに演技を続ける。そして、撮影された断片を藤村Dが編集し、一つのキャラクターへ完成させる。

    登山家・大泉洋は、一人の芸によって生まれたのではなく、演じる人と笑う人の往復から生まれていました。

    若さと疲労が、もう一度作れない瞬間を残した

    登山家を演じていた大泉さんは、まだ二十代前半でした。

    売店で見つけた帽子とサングラスを身につけ、バスへ乗った瞬間から顔を作る。ロープウェイやケーブルカーで疲れても、最後にもうひと踏ん張りして「トローリー!」と叫ぶ。

    後の解説では、その姿を見ながら、なぜこんな馬鹿げたことへ、これほど一生懸命になれたのだろうと振り返っています。

    当時の大泉さんは、自分が全国的な俳優になる未来も、この場面が何十年も見返されることも知りません。ただ、目の前の旅を少しでも面白くしようとしていました。

    だから、登山家・大泉洋は何度見ても笑えるのだと思います。

    設定の完成度が高いからではありません。意味の分からない言葉を、本気の表情で叫んでいる。その無駄な一生懸命さと、本当に疲れている若者の姿が、編集によって永遠に続く登山へ変えられたからです。

    実際の登山は、思っているほど長くありませんでした。

    しかし、大泉さんが最後まで笑わず、藤村Dがその異常さを何度もつないだことで、登山家は立山黒部の山を越え、視聴者の記憶の中をいまも歩き続けています。


    (※記事中の画像は、作品紹介および考察を目的として、解像度を下げて引用しています。著作権は各権利者に帰属します。)


    次回、第92夜では、ゴール目前で札幌から遠ざかっていく「サイコロ4」最終夜について考えます。

    この連載は、これからも『水曜どうでしょう』の魅力を一つずつ読み解いていきます。「❤️スキ」「👤フォロー」で応援いただけると励みになります。


    📌今回の内容を踏まえて、皆さんは……

    A:最後まで笑わず、「登山家」を演じ続ける大泉さんが面白かった
    B:短い即興を大きな物語へ変えた、藤村Dの編集が面白かった

    どちらに近いでしょうか。理由もあればぜひコメントで教えてください。
    (コメントには必ずご返信させていただきます)
    今後の『水曜どうでしょう』考察の参考にさせていただきます。


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    ■運営者(ユウナ)について

    このnoteでは『水曜どうでしょう』をテーマに執筆しています。以下の別アカウントでは、普通の会社員だった私が、FIREを達成するまでの資産形成の実体験を記録しています。

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