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父が心筋梗塞を起こした日、私は生後三か月の娘を抱いていた。

    これは今から3年前の出来事です。

    土曜日


    私は7歳の息子と生後3か月の娘を連れて隣町の実家を訪れていた。一人暮らしを始めた弟の姿はなく、実家には私の父と母、そして父の母、私にとっての祖母がいた。

    祖母は遠方で暮らしていたが、数年前に夫(私の祖父)を亡くし、介護が必要となり、私の実家で暮らしていた。

    父は甲斐甲斐しく祖母の世話をしていた。祖母は認知症が進んで記憶力は衰えていたが、父のことははっきり覚えていた。そのため、父の食事や介助を好んで受け入れていた。

    祖母と私の母は折り合いが悪く、介護が始まった当初は母も積極的に関わっていたが、認知症が進むにつれて、コミュニケーションが取れなくなっていったそうだ。そのため、最近の介護は専ら父が担っていた。

    父が食事と飲み物を用意し、祖母は父の食事にケチをつけていた。父は「これを食べないと弱っちゃうよ」「食べないとダメだ」と、まるで子どもを叱るように祖母をたしなめた。

    父は忍耐強く、そして我慢強い人だった。どんなに介護で疲れていても、祖母に向き合った。

    祖母は父が用意した飲み物のストローに口をつけ、そしてゆっくり箸を手に取った。父はホッと息をつく。祖母から忘れられつつある私は、娘を抱いていて何もできず、見守ることしかできなかった。そろそろ授乳の時間。自宅へ帰ることにした。

    「また来るね」
    「ああ、構ってやれなくてすまないね」

    父は介助をしながら横目で私たちを見送った。

    玄関で夫の車を待っている間、母がそっと近づいてきた。

    「ねえ。最近お父さん、胸が痛いってよく言うのよ。」

    えっ。それ、まずくないか。

    「でも、おばあちゃんのことがあるからって。私が病院に行けって言っても、聞いてくれないのよ。お姉ちゃんからも言ってくれない?」

    わかった。
    その時はまるで、軽いお使いのような気楽さで引き受けて、夫の迎えの車に乗り込んだ。

    日曜日

    母からの電話(1)


    私は娘、7歳の息子、夫とともに自宅でのんびり過ごしていたはずだ。正確に言うと、よく覚えていない。

    昼過ぎに母から電話がかかってきた。

    「お父さんがね、朝から胸が痛いって言って。」

    うん。あれ?昨日も言ってなかったっけ?

    「そうよ!病院に行きなさいって何度も言ったのに。それで近くのクリニックが日曜日もやっていたから、自転車で行ったのよ。」

    うん。

    「それで心電図をとったら脈がおかしいんですって。お父さん、救急車で大学病院に搬送されたのよ。」

    えっ。

    「何か大きい病気かもしれないのよ。詳しいことがわかったら連絡するっていうから。その時にまた電話するわね。」

    …わかった。と言って、電話を切った。
    その何かは、初めの電話から1時間後にわかった。

    母からの電話(2)


    スマートフォンが鳴り、母の名前が表示された。

    「心筋梗塞でした。これからさらに検査するんですって。」

    えっ。

    「それで、奥様を呼んでくださいって。私、今から行かなきゃいけないのよ。」

    おばあちゃんはどうしよう。

    「そう。それで悪いんだけど、お姉ちゃん。今からこっちに来れる?おばあちゃんが一人になるでしょ?認知症があるし、この前もお父さんを探して、家を出て行ったことがあるから。」

    わかった。

    私は授乳がある娘を連れていき、息子は夫と留守番させることにした。娘のオムツや着替えをバッグに詰め、夫の運転する車で実家に駆けつけた。

    母は、もう出かけた後だった。

    祖母の食事やオムツ交換は終わっていた。今は、グッスリ眠っているという。母によれば、最近は寝ていることが多いから、簡単には起きてこないだろう、とも。祖母の寝室を見ると、たしかに深い眠りについていた。物音を立てないように、そっとふすまを閉めた。

    私はリビングでバッグを下ろし、モスリンガーゼを広げ、娘を抱っこ紐からおろした。

    ソファに腰をかけて、思い巡らせた。
    母が言っていたことが、悪い方に的中している。

    私はスマホに「心筋梗塞」と入力して検索した。

    日本での死因第二位。心臓の三つある冠動脈が詰まる病気。前兆に胸の痛み。治療方法にカテーテルとバイパス手術。心筋梗塞の中でも、比較的軽いものはカテーテル、重症のものはバイパス手術が適応。

    治療方法についても調べることにした。

    カテーテルは、心臓の血管の内部に器具を通し、詰まりを取る。傷も小さくて済むらしい。

    バイパス手術とは、心臓の血管の詰まった箇所に、別の部位の血管を採取してつなぎ、バイパスを作る。血管を採取する場所、そして開胸手術の傷ができる。心臓を一時的に止め、人工心肺という装置に命を預ける場合もあるらしい。

    同じ心筋梗塞の治療でも、重みが違わないか。父はどちらの治療法になるのだろう。果たして父の容体は。検査の結果は。

    母から三度目の連絡が来たのは、実家に着いてさらに1時間後のことだった。

    母からの電話(3)


    「これからバイパス手術ですって。」

    ……あぁ。

    「冠動脈って全部で三本あるものが、全部詰まっているんですって。」

    それは……。

    「5時から手術が始まるの。終わるのは10時ですって。何があるかわからないから、ご家族の方を呼んでください、って。」

    わかった。私も行くよ、と言いかけたその時…

    「それで、申し訳ないんだけど……」

    うん。

    「お姉ちゃんは昨日、お父さんに会っているでしょう?弟はお父さんに最近会っていないのよ。だから、悪いんだけど留守番を頼みたいの。」

    ……わかった。娘をチラリと見ながら、私はそっと通話を終えた。

    父の命の危機に際して、焦燥に駆られているはずの母の判断は冴えていた。誰を認知症の祖母のそばに置くか。最近父に会っていない弟。0歳児を連れ歩く私。

    母は感情を一切挟まず、ただ状況の合理性だけを切り取って、私たちをチェスの駒のように配置した。母は昔から冷静だった。

    私は「わかった」と言うだけで、精一杯だった。

    父の手術

    心筋梗塞と聞いた時から覚悟はしていたが、容体は深刻なようだ。あれ。昼の電話を思い出す。

    父、自転車でクリニックに行ってなかったか?

    昔から一人で我慢する人だった。今回はどれだけの痛みを我慢したのだ。

    我慢といえば、働いていた頃は仕事のストレスを多量のアルコールで流し込んで、タバコの煙とともに吐き出していた。母は若いときからずっと心配していたし、注意もしていたな。

    本気で止めていたら、こんなことにならなかったんじゃないか。心の何処かで、父はそんなものだ、なんて諦めていなかったか。

    母と駆けつけた弟は病院、私は実家。
    手術が終わるまで、5時間。

    母はああ言っていたけど、私を病院に呼んでくれたってよかったじゃないか。万が一のことがあったら、なんて、手術中にそんな不謹慎なことを考えては駄目か。

    今、おばあちゃんが起きたらどうしよう。私は赤ちゃんとおばあちゃん、二人の面倒を同時に見られるか。0歳児と91歳の祖母。平均年齢は45.5歳。実感が湧かないな。いや、父の命に比べたら、どうでもよいか。

    おばあちゃん。お父さん、心筋梗塞になっちゃったよ。可愛がってた息子が先に死ぬかもしれないと知ったらおばあちゃん、ショックだろうな。いやいや、まだ生きているか。縁起でもない。

    私がここで何を考えたところで、父の手術成功には何の足しにもならない。冗談を言って自分を慰めたつもりだが、虚しくなる一方だ。せめて前向きなことを考えよう。

    ふと、今日は日曜日なのだと思い出す。今頃テレビではサザエさんが流れている時間だろうか。

    お医者さんは、オンコールで駆けつけてくれたのだろう。家族とくつろぐはずだった時間を削って、父の心臓を繋ぎ止めてくれている。

    お医者さん、どうか父を助けてください。

    けれども理性の隙をついて、最悪のシナリオが浮かんでしまう。

    父は助かるのだろうか。

    すると、お腹のあたりをゴリゴリと押すような、大きな力を感じ始める。ああ、これか。私は大切な家族を亡くした人を見ると、お腹あたりに大きな穴が見える。

    悲しみは人体を削り貫通させるほどの力がある。そして今は私のお腹が、削られようとしている。

    弟からのLINE


    数時間後、LINEが来た。弟からだ。

    「これから実家に行きます。」

    待っています、と入力して、送信ボタンを押した。思わず、ため息が漏れる。

    私は弟とLINEをまともにやりとりしたのは、実は今回が初めてだ。決して仲が悪いわけでも、嫌いなわけでもない。ただ、きっかけがなかっただけだ。だからなのか、妙に緊張感があり、丁寧で恥ずかしい。父は命をかけて、姉弟の間のLINEを取り持ったのだろうか。

    数十分して、弟が実家にやってきた。

    「おばあちゃんの面倒はいいから、お姉ちゃんは帰っていいよ。」

    私を自宅に帰すための交代要員として、母から実家に行くように言われたという。ここでも母のチェスのような采配が垣間見える。

    私はしばらく、弟とリビングにいた。私の娘をじっくり見るのが初めてだった。娘の頬を指で突いて、顔を近づけてあやした。

    「かわいいね。抱いてもいいかな。」

    もちろん。弟はしばし、娘を抱き寄せて、匂いを嗅いでいた。

    だが、どこか弟の様子が落ち着かない。

    もしかして、病院に居たかったの?

    「うん。」

    だったら行ってきなよ。私一人で大丈夫だよ。

    「ありがとう。」

    弟は再び病院に戻った。

    母は頭が冴えている故に、昔から子供の理解を飛び越えて、大切なことを決めるところがあった。それが、母の愛情のつもりなのだ。

    それに私も大概だ。本当は自分が病院に行きたい癖に、弟に譲って強がった。母との電話だって、動揺を悟られまいと、平静を装った。本音を漏らすことが、どうしてこんなに難しいんだろう。

    娘が泣き始める。洋服と下着をたくし上げ、授乳を始める。クックッと母乳をよく飲む音が響く。

    確かにさっきは弟と交代して病院に行くチャンスだった。だが、娘を置いてはいけない。この子は哺乳瓶を拒否し、ミルクを全く飲まないのだ。私がここにいることは、消去法で決まった動かせない現実だった。

    そういえば私は、昼から何も食べていない。実家だから食べるものはあるに違いない。だが、まるで食欲が湧かなかった。娘は私の体から栄養を吸い上げているというのに、私の体は何も受け付けようとしなかった。

    再び、母からの電話


    次の電話は10時27分にかかってきた。
    どうか。どうか、無事でいてくれ。

    「手術、成功しました。」

    母の声は、きっぱりとしていた。
    ああ、よかった。また父に会える。

    「だけど、後遺症が残るって。心臓の細胞は一度傷つくと再生できないみたいなの。」

    …やっぱりそうなのか。
    これから父の回復を見守るしかない。

    「でもね。」

    なあに。

    「主治医の先生が若くて素敵な方なのよ!お姉ちゃんもご挨拶したらいいわ。」

    えっ。父を救ってくれた人が、若くて素敵な人?
    それ、今、言うこと?

    さっきまでの冷徹な采配はどこへやら、今の母はまるでドラマに夢中な少女のようだ。

    それよりも、父にまた会える。話せる。
    娘はおじいちゃんと遊べるんだ。

    私は母に心の底からお疲れ様を伝えて、電話を切った。そして夫に車の送迎を頼んだ。

    祖母の寝室を覗きに、ふすまを開いた。祖母は心地よさそうに、眠ったままだった。起こさないように、そっと閉めた。

    私のお腹には大きなクレーターができていた。悲しみは、私を貫くことはできなかった。

    玄関を見ると、窓からオレンジのハザードランプが点滅していた。私たちは荷物をまとめて帰路についた。

    夫との帰宅


    運転中の夫は前を向いたまま話し始めた。

    「手術、成功してよかったね。」

    うん。

    「食事は摂れたの?」

    …まだなんだ。

    私は窓に映る、暗い夜の向こうをぼんやりと見ていた。娘はチャイルドシートで、スースーと寝息を立てている。

    私も、ようやく。
    しばしの間、瞼を閉じることにした。


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