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【日蚘33】思い出を曞いおから殺しおあげたす1999幎5月四

五月二十日朚

今では嶺銀が所有するずころずなった、葛岡の自宅ぞ向かっお歩いおいる。道は舗装されおいない。むトヌマルサンの代わりに材朚眮き堎の空き地が広がっおいる。小川家の持ち物である長屋が道を挟んで建っおいる。屋根のすぐ䞋の偎面を眺めるず、写真のようなものが貌っおあった。誰かの顔が映っおいるようなのだが、目を凝らしおみおも誰だか知るこずはできない。郷愁が胞をふさぐばかりである。写真に写ったその人は私の歩いおいる様子を眺めおろしおいるようにも思われた。誰だろう。私はじっず芋䞊げおいた。

材朚眮き堎ず線路の土手沿いの䞉角の空き地に挟たれた土道を歩いお行った。自宅に着いた。䞭に入るず母が埅っおいた。母は家財道具の敎理に远われおいた。いそがしく荷をゆわい぀けおいる。そこぞ倧勢の手䞋を匕き連れた瀟長倫婊が珟れた。私たちの蚱可も取らずに䞊がり蟌んできた。土足である。この家を手に入れた倫婊であった。二人しお颚采はあがらない。卑しい顔぀きをしおいる。こういう顔でなければのし䞊がるこずはできない。恰奜぀けお生きおいる人ではやっおいけないのだ。母はいろいろ尋ねた。どんな事業で財を成したのか聞き出そうずしおいる。皆で衚に出た。パキスタン人らしい倖囜人劎働者もたくさんいた。この倫婊に雇われおいるのだ。絶察の服埓を誓っおいる。瀟長が今、私を殺せず呜じればポケットからナむフを取り出しお実行する決意が読みずれお私は怖くなる。衚の道に私たちは立った。

「この颚景の䞭にある。私ず劻が開発した補品をあなたは芋おいる」

瀟長はそういっお母ず私をずたどわせた。

電柱が立っおいる。電線のすぐ䞋に冷蔵庫のような四角い箱が宙にぶら䞋がっおいる。目を凝らしお眺めおみた。なんだろう。あれを䜜っお金を儲けたのか。あれが䜜れなかったから私たちは家を倱い路頭に迷うこずになったのか。

荷造りした荷物を母は背負っおいた。その恰奜のたた䞊空の電柱先の四角いものを芋䞊げおいた。哀れだった。

私ず母は歩き始めた。どこぞ行く぀もりだろう。小川家の長屋にこっそり忍び蟌んでしたう぀もりなのか。そこではあの写真の人が埅っおいる  。

その倫婊ず手䞋たちはさっきたで私たちが䜏んでいた家、あの思い出がいっぱい詰たった家の䞭ぞず、消えおいった。

──垰り、倜八時十五分、䟋によっお巡回。

裏に回った。真っ暗であった。誰もいない。衚の電気は぀いおいたのであろうか。さっき通ったはずなのにもう忘れおいる。確認しようず思っお花降り通りにいったん出おから再び戻った。門灯だけが点いおいた。しかし家は無人である。そうだ。車を確認しおおこう。あのステップワゎンが小川さんの持ち物でないこずを確かめよう。それでもう䞀床回った。あった。぀たり、い぀も玄関先に停車しおいるステップワゎンは小川さんの持ち物ではないずいうこずがほが明らかになった。

䞉呚目に裏に回ったずき掗濯物を探しおいた。明かりがなかったから泚意しお芋ないずわからなかった。たくさん干しおあった。ハンカチのような小さい垃からシャツのような倧きな垃たで雑倚な圢状で垂れおいた。

掗濯物を干しっぱなしでどこぞ出かけたのだろう。前々日も無人の時があった。この時間垯にしばしば家を空ける家庭ずいうのは、芪たちはやりくりに远われお忙しく動き回っおいるのではないか、ずいうような想像が兆しおきお、ずいうのも我が家庭がそうであったからこんな想像も湧いおきおしたうのだが、なんだか悲しくなった。小川さんが昌間から家にいお準備をしおいれば、この時間に晩ご飯はできおいるはずなのである。みんなしお家族団らんの時を過ごしおいるはずなのだ。それがい぀も家にいないずなれば、やはり小川さんは仕事を持っおいお、家蚈を支えおいる、ずいうこずだ。

小川さんは昌間、なにをやっおいるのだろう。

五月二十䞀日金

垰り、小川さんの家を巡回。

いきなり衝撃を受ける。間口は真っ暗であった。今日も留守なのか。どういう家庭なんだ。こんなこずでは子䟛が健やかに育たない。心配しおしたう。

裏に回ったら、たばゆいばかりに幞せそうな明かりが目を打った。するず、喜ぶべき心も半ばで頓挫しお耇雑な心境ずなる。倜䞃時二十五分であった。晩飯前だ。家人たちは居間に集たっおいない。おそらく小川さんは食卓の準備に䜙念がない。ずいうこずは、やはり、玄関脇の郚屋は台所ではない。狭い応接間のような堎所ではないか。流し台はそこにはない。その埌ろの郚屋が台所なのだろう。

裏偎の垣根に沿った道をたっすぐ行った぀きあたりの角。そこに同じ構造の棟割䜏宅が建っおいる。曲がるずき眺めおみたら、郚屋は少し出っ匵っお出窓のようなものが壁に付いおいた。そこが台所であろう。小川さんはあそこに立っお家族の食事を䜜る。私が毎日通る裏の道から芋えるあの郚屋の、少し出っ匵った窓、あの裏偎に、倕选の準備をしおいたずすれば、いたかもしれない。家族は各々郚屋に散っおいた。だから二階の郚屋は明るかった。今日、私が通過したずき、あの窓の裏偎に小川さんがいた可胜性は盞圓に高い。

五月二十二日土

午前十䞀時半、慈愛通りの北口で立哚䞭、赀のむンプレッサに乗っお、島田倕子さん、入堎。顔は芋なかった。通行人を芋る振りをしお顔を背けた。芖線を合わせたくなかった。〇〇〇〇のナンバヌプレヌトを芋お、圌女が来た、ずわかったのだ。午埌零時四十五分、地䞋䞀階の食料品売り堎で豚カツ匁圓を買った。パン屋の脇の埓業員出入り口ぞ歩いおいった。島田さんが立っおいた。すっかりおばさんであった。芋合いをしたのは䞃、八幎前だ。圓時で䞉十四歳であったのだから、今では四十を越えおいるはずである。おばさんであるのもあたりたえのこずである。県鏡をかけおいた。きわめお質玠な身なりをしおいた。半袖のサマヌセヌタヌずスラックス。䞡方ずも無地で、灰色に近かった。背が案倖䜎かった。圓時はスタむルの敎った長身であるず思いこんでいたのだが  。私に気づいおいるのがわかった。しかし私を芋ようずはしないのだ。かずいっお芖線を逞らすずいうのでもない。がんやりずしおいた。島田さんの脇を通り過ぎなくおは奥の業務甚通路に行けない。すぐそばを通った。もちろん二人ずも無蚀である。島田さんは匁圓を買っおいる私を発芋しお芋おいたず思う。急に近づいおきたからなにもできずにがんやりず立っおいるよりほかになかったわけだ。心を動かされたわけではない。熱いものがこみ䞊げおきたわけでもない。島田さんは東島屋ぞ買い物に来るけれど小川さんは決しお来ない。その事実が心を揺さぶる。

倕方、小川さんに少し䌌た、幎霢も同じくらいの、掻動的で利発そうな䞭幎女性が入堎。もう䜕床も来おいる。初めお芋たずき、小川さんに䌌おいたので、遠くから目を凝らしお芋぀めたものだ。

垰り、芳井野のカヌル゜ンたで車を飛ばし、晩飯。ハンバヌグステヌキセット。

それから、い぀もの堎所を巡る。午埌九時五分。間口には門灯だけが点いおいた。裏に回ったら、居間が通垞の明かりだった。ほかの郚屋は半灯かそれ以䞋の埮匱な明かり。家族は居間に集たっおいるのだ。土曜の倜だ。おそらく䞀家党員が居間に集合しおいるのであろう。やはりふ぀うのサラリヌマン家庭の貧しくお平凡な幞せを満喫しおいるのであろうか。そうであっおほしいず願い぀぀も、小川さんずもあろう女がこれでいいのか、ずの疑念に苛たれる。

五月二十䞉日日

今日は早出。勀務終了も早いのでただ明るいうちに小川さんの家を回る。

倕方六時十五分であった。コンビニの角で自転車に乗った男の子が目に入っおきた。小孊校の䞀、二幎くらい。小川さんの子䟛ではないかず思っお泚意を払っおみた。䌌おいない。すぐ埌ろから远いかけおきた女がいた。違った。あたりはい぀もず違う隒がしさだった。日曜日だ。晎れ枡った奜日だった。家にこもっおいるには少し蒞し暑い。そんなわけで䜏宅街の䜏人たちは衚をうろ぀いおいた。裏に回っお家を芋ようずしたら、垣根の陰に䞭孊生くらいの男の子が隠れおいた。顔を芋た。小川さんの子ではない。五十メヌトルくらい行ったずころに、たた䞭孊生が二人いた。䞉人でかくれんがみたいなこずをしお遊んでいたのだ。いい幎しお小川さんの家の庭先でなにをやっおいるんだ。幎頃の嚘がいるんだぞ。ちょっず腹が立っおきた。他人に簡単に䟵入されおしたう家に䜏んでいる小川さんが哀れだった。家の呚りをうろうろされお神経をすり枛らすこずはないか。心配になる。

さらに少し行った先で、今床は䞭幎の男に䌚った。䜓操服を着おいた。ゞョギングをしおいる。癜髪混じりの健康そうな男であった。顔が倧きく自信に満ちた笑顔で走っおいた。ふず思った。小川さんの倫ではないか。この容姿なら小川さんが遞んでもおかしくはない。私の盎感はよく圓たる。それにこのずころ恐るべき偶然が床重なり、小川さん自身も芋た、嚘たちも芋た。芋おいないのは姑ず倫だけである。それならば、今回は、倫であっおもおかしくない。

男は小川さんの家の方角ぞ走っおいった。それだけでもう私の想像はこの男ず小川さんを結び぀けおいた。それに今日も玄関先で芋おいた数台の小さな自転車が加わっお、想像の䞭でごっちゃになっお、私は己の無力ず取り返しようのない時間に打ちのめされた。
 
マンションに戻るなり、劄想から解攟されたくお、パ゜コンで柿朚将棋をしお遊んだ。

しかし、気持ちが萜ち着かなかった。

「倢ノヌト」をパラパラ捲った。さらに萜ち着きのない倢が出お来た。

䞀九䞃五幎䞀月二十䞀日、小川さんの家の䞊空を飛ぶ倢を芋たが、同じ日に、月が萜ちおくる倢も芋おいた。

以䞋がそれである。

倕方、矀青の空が、星ずずもに震えおいた。敷居戞は倖され、空は矩圢の壁のように芋えた。月は光そのものだった。効は瞁台に立っお、光の塊が倧きくなるのを芋た。

「お母さん 月がだんだん膚らんでいくわ」

家族の者は、食卓を囲んで、効の圱が食い蟌んだ倩の青い壁ずそこに散りばめられた星ずテレビニュヌスを芋ながら、箞をゆっくりず口ぞ運んでいた。

「ほら芋お。だんだん倧きくなるわ。綺麗だわ。ちょっず芋お」

私は効の暪に立っお月を芋䞊げた。

倪陜よりも倧きかった。遠くに鈎の音が聞こえた。

「お母さん、みんなで心䞭しよう。早く甚意しなくちゃ間に合わない」

い぀の間にか、家族の者みんなが瞁台に集たり月を芋おいた。

星はもうなかった。月光は消えお、月の山脈がはっきり珟れた。

母が蚀った。

「地䞋宀ぞ行っお日本刀を持っおきなさい。それから日本玙ず筆ず硯を」

「お母さん、昔の思い出を曞いおいる暇なんかないんだ。早く自殺しなくちゃ間に合わない」

私はすべおの戞を閉めた。

郚屋は暗くなった。テレビニュヌスは囜䌚審議の暡様を映し出しおいた。テレビずその呚りだけが明るかった。地震が起こった。

「お母さん、早く自殺しなくちゃ間に合わない」

私は叫んだ。屋根の䞊で、月は空の半分を飲み蟌んだ。効は障子ず壁の隅に瞮こたっお泣いた。私は優しく抱きしめた。

「お母さん、早く自殺しなくちゃ間に合わない」

「みんなの思い出を曞いおから殺しおあげたす」

家は激しく揺れおいた。

鈎の音が次第に倧きくなっおいった。

぀づく

─蚘憶の平面に倢ず珟実ず劄想が滲んでいたす。私の人生のシミが以䞋の目次に蚘しおありたす。
■これたでに公開した小説目次
https://note.com/yudedako28/m/mafe7a3cd6bdf
■これたでに公開した日蚘目次
https://note.com/yudedako28/n/n3290177d4910
■これたでに公開した手玙目次
https://note.com/yudedako28/m/m507d087cf923


【読者の皆様ぞ】
「茹蛞倢皿」に曞かれたこずは、1998幎から2001幎にかけお曞かれた日蚘も含めお、すべお架空の地名や人名を甚いお再構成した私小説的蚘録である。


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