
好きを選ぶということ
たくさんの種類があるものの中から、好きなものを選んでいいよと言われると、どれを選んでいいかがわからない。
自分の好きがわからないのだ。
ずっとずっと小さな頃には、きっと「これが好き」があったはず。
だけれど、物心ついた頃には、太陽は赤かオレンジで書かなければいけない。空は青く綺麗な色で塗らなければいけない。他の色で塗っていると、この色で塗るものなのよと大人から言われ、自分の見えた色、自分の好きな色で塗るのはダメなのだ…そう思ってしまう。
いつしか、何が正解なのだろうか、そう考えて選ぶようになる。何を求められているのだろうか、親が望んでいるのは何か、とその思いを汲み取って選ぶ。
そんな選択ばかりをずっとしてきたからか、「何でも自分で好きなようにやっていいよ」そんな場を与えられると、何を選んでいいかすごく悩むのだ。それは好きなものが沢山あって、選べないのではなく、正解はどれだろうと考えているから。
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正直に言えば、人生折り返しすぎた今も、自分は何が好きなんだろうと度々思う。
冷静に考えてしまうと、余計にわからなくなる。
そんな時は、無意識で世の中の正解を考えてしまっている気がする。
自分の「好き」に自信も持てないのだ。
世の中の正解や、誰かの望みと一致していれば、大丈夫と思える。でももし、それがズレていた時、コレを選んで良いのか?と不安になっている気がする。
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だから今は、とりあえず気になったもの、心に引っかかったものにチャレンジしたり、関わってみたりするようにしている。そうしてやってみた事は、自分の心に無理がないな、と感じる。
つまり、まだ私は「それが好きだ」とか「あぁこれだった」「これが一番楽しい」とまではまだ思えない。
自然と受け入れられる。そんな感覚。
だから、正直に言う。
未だに自分の好きなことがよくわからない。
別の記事で書いた。いや、まだ書いてないか…
自分が愛せてるか、愛していないのかもわからないのと同じ。
自分が好きなのかどうなのかも、もう一つよくわかっていない。
ただ言えるのは、居心地が悪いとか、苦手だなとか、そういうものに溢れていた若かりし頃とは違い、今は心地よく快適な世界にいるそんな感覚がある。
だから、多分きっと私は好きを選べるようになってるんだと思う。
自分のために、自分の好きを選び、自分の人生を生きる。
これが私の課題なのかもしれない。とそう思う。
自分に問い続けよう。
自分の心の好きを選べてる?
写真はJACQUELINE BRANDWAYN 撮影