
【二次創作小説】アイドルマスターTOURS ~それぞれのColor~(中編-1)
前回
早朝の初星学園。
人がいる時間帯は行き交う人々から伸びる影が
多少なりと遮光の役割を果たしてくれるものだけれど、
今はそれが一切ないからか、
大窓から差し込んでくる朝日は一際強く
廊下で反射しているように感じる。
6月も3分の1を過ぎた頃、
しとしとと空から冷たい雨が降り注ぐ日も多い中での
この馬鹿っ晴れ。
これで陰鬱な気分も晴れるかと言えば、
そういうわけでもなく、
何の前触れもなく訪れる
環境の変化はむしろ災害だと思う。
例えるならそう、
台風の目みたい。
たった1日晴れの日を作ったところで
また翌日から雨なんだ。
どうせじめじめした日は続くのだから、
天の神様も私達と一緒で、
梅雨本番中は
最後までペースを落とさず頑張って欲しいな。
1日だけ晴れの日を作れば
地面に足を付けて生きてる人全員が喜ぶと思ったら大間違いだよ。
早速地面に溜まった雨だったものが蒸発して、
肌にまとわりついてくる湿気が不快だ。
身体もそれを察知してか、今朝の眠りも浅かった。
どちらもじわじわと来る分、
有酸素運動よりも体力が削がれる気がする。
晴れるのはやり切ってからにしてよね。
早朝の人気の少ない学園内の廊下の上、
そんな文句を内心で垂れながら、
目的の部屋を目指す。
真横の太陽からぶつけられる朝日を遮るように
私は目横に腕で壁を作りつつ
歩き続けることほんの数分、
目的の部屋の扉をノックする。
すると、内側から飾りっ気のない
「どうぞ」という馴染みのある低い声がしたから、
心置きなくドアをスライドさせる。
「おはようございます、プロデューサー。
……やっぱり早いですね」
学習机を密集させて巨大な1つの机を作り、
その上に書類の束でできた城壁に囲まれている彼は
にらめっこしていたであろうPCの画面から目を離して私に軽く一礼した。
「おはようございます。月村さん。
貴女が一番乗りとは、珍しいこともあるものです」
さっさと部屋の扉を閉めて
強烈な光の洪水から解放された私は
肺に溜まった息を吐いて、
すたすたと移動して彼と向かい合う形で椅子に座った。
……と同時に机の上に突っ伏して全身脱力した。
閉め切った部屋に除湿器の作動音が響く。
「来て早々そんな風になるならいつも通り遅くに来て良かったですよ」
頭上でカタカタとキーを叩く無機質な音が
続いたり止んだり、たまにマウスをカチカチ。
書類とPC画面に目を往復させながら作業しているのだろう。
絶対に私の様子を見て言ってない。
「毎日雨だったのに急にこんなに晴れたら調子狂いませんか?」
キーを叩く音が止まったかと思えば、
ふーっと大きく息を吐く音がした。
今彼は私を見てるな。
「梅雨ってそういうものですから。
毎年必ず来ているものに愚痴をこぼしても
解決なんてものありませんよ」
「じゃあ来て早々こうなっているのも梅雨のせいなので、
私を注意するのは筋違いだと思いますが?」
「別に注意はしていませんが……
でも体調管理には気を付けてくださいね」
なんだか相変わらずの素っ気ない言い方にむっとしたから、
突っ伏したまま正面の彼に顔を向ける。
PCの裏面に被って顔は見えないけれど。
「解決策があるなら教えてください、とまでは言いませんが
少しは担当アイドルを気遣ったらどうなんですか」
「梅雨に関しては個人の感覚で違うものでしょう。
俺は梅雨に関しては雨の日が多い、
くらいの認識しかありませんので。
仮に俺が何か解決策を提示して月村さんが実行したとしても
それが正しく機能するかは怪しいです」
彼は若干呆れ声な気がした。
彼の言い分も分かるが、
もっと何か、民間療法とかプラシーボ効果的な言葉でもいいから
寄り添う姿勢を見せて欲しかった。
Re;IRISのプロデューサーは出会った頃から変わらない。
腕は確かなのだろうけれど、
仕事だけではなく、人に対しても淡々と対応している節はある。
今もこうして書類の城を築いて
PCと籠城している姿も彼の性格そのものの感じがする。
ライブを頑張ればうんと褒めてくれるし、
人間味がゼロというわけではないが、
早朝からこうして作業しているほど、
本人も機械じみている部分があるのは多少なりと自覚はあるみたい。
「……そんなだから学園で
『冷徹鬼畜メガネ』って噂が流れるんですよ」
ガタッと椅子がズレる音と、
PC越しにすぅっと息を吸い込む音がした。
やっぱり少しは気にしていたんだ。
普段の仕返しにちょっと何か言ってみよう。
「さっきみたいに女の子がぐったりしていたら
求められなくても『大丈夫ですか?』って
気にかけるくらいした方が良いですよ?」
「今もぐったりしてるじゃないですか」
「ほら、すぐそんなこと言う。
言葉の揚げ足を取らず、もっと細かいところまで観察して
なんと声をかければいいか考えてくださいよ」
「……心配そうな声色で『大丈夫ですか?』と言えば良いと?」
「私は普段からそれをもっと本心から自然に言って欲しいと思ってます」
どうだ。
これで今後、
この人も少しは人間味のある発言が増えたりしないかな。
PC越しにはぁっと息を吐く音がした。
今度は呆れではなさそう。
「そんな風にぐったりした月村さんのことを
全く心配しなかったわけではありませんよ。
ただ、咲季さんではなく
貴女が一番乗りという珍事ではありましたので、
何かはあるだろうとは思いましたが」
病気ならそもそもここまで足は運ばないでしょうし、
そこまで重篤なものではないだろうと判断しての対応です
と彼は付け加えた。
私は再び机と顔合わせをする。
「だったら少しでも良いので気に掛ける素振りを見せてください」
頭上で椅子を引く音がした後、
再びカタカタと無機質な雨音が聞こえ始めると、
善処します。という一言だけ返ってきた。
もしかしたら彼は親密になりすぎて
アイドルとプロデューサーの関係が
崩れないように気を張ってくれているのかもしれないが、
それにしても何もかもが機械的に徹底されすぎている。
たまに人としてのこの人が心配だと思う。
でも本心は分からない。
Re;IRISを育て上げる責任の重圧もあるのかもしれないが、
こうやって人間だということを思い出させる必要がある
と思うのは彼にとっては余計なお世話なのだろうか。
書類をめくる音に耳を傾け、
机に突っ伏したまま目を閉じていると、
頭上からそういえばこれ、と声がした。
「月村さん、他所の芸能事務所の方たちとは仲良くやれてますか?」
彼がその質問をした瞬間、
心臓がドクンと跳ね、
そのまま時間が止まった気がした。
彼が何の話をしているのか、その意味は痛いほど分かる。
彼は私の名前を呼んでいるが、
何も答えない私を気にかけることもなく彼は一人で話を続ける。
「貴女のことだから何かやらかすかと思って心配していたのですが、
もうすぐで2か月だというのに苦情が1件も来ないので、杞憂でしたね」
私が未だに他所の芸能事務所のアイドルの
誰一人とも親しくなっていないことを彼は知らない。
「実は頭を下げる準備と菓子折りを持参する練習をしておりましたが、
おみそれしました」
ははは、と彼は本日初の笑い声を上げた。
なんでこんなところで感情を出すの。
というかそれ、普通に私に失礼だとは思わないの?
「この間藤田さんと二人の翼さんとの初のライブを拝見しましたが、
藤田さんも負けずとも劣らずで俺もとても誇らしかったです」
それはこの間聞いた。
あの日の咲季のうどんは美味しかったけれど、
正直羨ましさと自分の惨めさの方が記憶に強く残ってる。
思い出すと悔しくて手を強く握りしめた。
「咲季さんはもうすでに3回も参加されているので、
次はいよいよ月村さんの番ですかね」
彼の期待に満ちた明るい声がガラスの破片のようになって
身体に突き刺さる感じがした。
悪気がないのは分かってる。
でも思っていることとは違うことを言ってしまうことがある
この口で面識の浅いプロ相手に喧嘩を売ったらもう、
私は立ち直れない気がして。
……だからごめん、プロデューサー。
私、まだ他所の事務所のアイドルに
満足に話しかけられてもいないんだ。
正面から、おーいと私の名前を呼ぶ声がする。
「寝てます?
それで初星学園から最低1名、
次のMIXING PARADEの合同レッスンでトレーナーと一緒に
『初』の指導のサポートをして欲しいって要請が来ているのですが」
ピラッという紙をめくる音がより大きく聞こえた。
「起きてます!
そしてそれ、私にやらせてください!」
突然立ち上がった私と彼の目が合う。
彼は驚いた顔で私を見上げている。
「貴女がそんなに鼻息を荒くして急に大きな声を出すなんて、
大変やる気に満ち溢れていて結構です。
雨期公演に間に合わせるそうなので、
貴女の全体のスケジュール調整が必要になりますが、よろしいですか?」
「構いません!」
「即答ですか……。
現役のプロと組むことはとても良い経験になるので、
そこまで言うのなら月村さんは参加確定ということで伝えておきますね」
「ええ。よろしくお願いします」
そう言うと、
彼は両手を忙しなく動かしながら
PCを操作し始めた。
「咲季さんと藤田さんの希望も聞いたうえで、
今後のRe;IRISとしての活動予定も組み直さないとですね」
この間咲季から図星を突かれた以上、
私は何としても逃げられない衝動に駆られて
つい口と身体が動いてしまったけれども、
無理を言ってしまっただろうか。
プロデューサーは見るからに大変そう。
しばらく作業を眺めていたが……
それにしても異常な気がする。
「あ、あの、プロデューサー。
今月ってそんなにスケジュール
詰まってなかったような気がするのですが」
彼は息をするように、ええそうですねと言う。
「もしかして私達の成長度合いとかに合わせて
私達に伝えてない予定まで組んでいたりします?」
「そうです。皆さんの習熟度合に応じて
いくつもプランを組んでおります」
「えぇ……」
ドン引きだ。
うっかり体調を崩したりとか、
精神的不調とか、
逆に好調とか、思わぬアクシデントもあるだろうに、
そんなものを組んで意味があるというのだろうか。
いや、だからこそいくつもプランを練っているのだろうけれども、
具体的な数は訊かないことにしよう。
本当、この人は機械みたい。
私は椅子に座り直してじっとプロデューサーの顔を見ていると、
視線に気付いた彼はこちらをちらりと見て、
すぐにPC画面に視線を移す。
「……プロデューサーは表舞台で輝くアイドルとは違って
とても地味な役回りです」
唐突に彼は一人で語り始める。
「外回りといった事務的な仕事の他、
アイドルの面倒も見なければいけません。
言うなれば、一人で複数の職業を
マルチでこなしているようなものです」
「もちろん、事務所があればその役割も
複数人で分担できるものではありますが、
生憎俺は学生なのでそういうわけにもいきません」
「それでも、
貴女達の夢を叶えることの手助けをして、
その先にしか見えない景色を見せてくれるというのなら
俺は何だってやりますよ」
カタカタと無機質な音を立てながら
真剣な眼差しでPCと向き合う彼の姿は
機械のそれとは初めて対照的に見えた。
いつも一体化してる感じだったから。
プロデューサーから視線を反らして窓の外を見る。
曇り一つない晴天。
まだ人気も少ないままだ。
「……だったら、私達がトップに立った時、
その時はプロデューサーもトップですよ」
私は正面を見据える。
「でも無理だけはしないでくださいね」
これは本心。
至って元気そうではあるが、
これも言っておかないと謎の行動力を持っている彼は
何をしでかすか分からない。
すると彼は、ええ、4人でトップです。と
いつものように素っ気なく答えた。
アイドルも大変だが、プロデューサーも大変だ。
MIXING PARADEの老プロデューサーにも夢があるのだろうか。
合同レッスンで訊ねる機会があるのなら訊ねてみよう。
咲季やことねが言うには
誰かと一緒にいるところを見られて
ライブに参加するアイドルを選んでいるようだけれど……。
それが最低条件だとすれば、
プロデューサーの期待に応えるためにも
今度こそ逃げ出さないようにしなきゃ。
中編‐2に続く
次回