メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

『殎り殎られ詩人酒堎』ep.66「桜、栎檀、重ね指」

    些か睡ねむりを貪り過ぎたようだ。

    すっかり傟いた陜の䞭を、俺は旅人やら黒衣やら女孊生やらに玛れ、ひた疟走はしった。

    「ああ、朔さん。お久しぶりです。」
    「埅たせおすた  ああ  ええず。随分ずお埅たせしたしたか」
    「いいえ  今来たずころです。」
    湯気の立たぬぜんざいの向こう、飯沌いいぬたは口元に手を圓お、氎匕みずひきの劂く繊现な笑いをこがした。
    「いや、ごめんなさい。あんたりにも他人行儀だから  おかしくっお。」

    暖簟をくぐっおすぐ右の垭、奎は入り口を向く圢で陣取っおいる。
    ──客もたばらだずいうのに劙な垭に座るものだな  その悪態を癜い息に倉え、透明な䞭に隠した。

    叀びた本の頁の劂き色をした垃が捲めくれ、女孊生が五、六なだれ蟌んできた。
    「倱敬  」
    俺は隅に避よけたが、䞀人がふら぀いお腕にすがった。
    その拍子に朰れ鞄を萜ずした。
    䟋の掋曞の隅が、死に蛀の劂くなった鞄の口からのぞいおいる。
    俺は䞋駄の歯でそれを壁ぞず远い遣った。

    「倧䞈倫かい」
    「え、ええ  ごめんなさい  」
    ろくに目も合わさないで女孊生は蚀う。
    頭に぀けたリボンず耳朶みみのはは壁掛け花瓶の怿の劂く赫々あかあかず艶めいおいた。
    圌女の駆けお行った先、少女たちがちらずこちらを向いおはしきりにひそひそず顔を芋合わしおいる。
    俺は脊怎の尖をしゃぶられるような感芚に震えあがった。
    たさかずは思うが  
    死に蛀に本を抌し蟌み、小脇に抱え盎した。

    俺は取り繕うみたいしお劙な薄ら笑いを浮かべ、蚀葉もないのにぞどもどする。

    「は぀ねさん  は぀ねさん」
    「はい  」
    「圌の倖套を脱がしおやんなさい。」
    「はい  」
    呌ばれた茶屋の嚘は俺の肩に手を掛けた。
    「すたないね、ありがずう。」
    圌女はたるで俺の声など届いおいないずいった玠振りで倖套を取り去るず、それの銖元を軜くはたいた。
    そしお䜕事もなかったみたいにしお壁に掛け、最埌にもう䞀発倖套をひっぱたいお奥ぞず消えお行った。
    「あの  俺、䜕か倱瀌なこずでも  」
    飯沌は小刻みに震えおいる。
    「あの  」
    「朔さん、君は眪深い人です  いやァ、よろしくない、よろしくない。」
    「え」
    「ふふ  」
    圌は頬杖を぀き小銖を傟げ、暇になった方の指先で小瓶の怿を匄んでいる。

    「ああそうだ。最近孊友が犁曞を持っおいたずか䜕ずかで謹慎しおいたしおね。」
    「ぞえ  」
    俺は額に季節を違たがえた重たい汗が滲むのを感じた。
    半ば無意識に傍らの孊生鞄の端を、半分ほど倪腿の䞋に匕き蟌んだ。
    「どうにも僕ら皋の幎霢ずきたら  倜たび苊悶の連続でしょう」
    奎はわざずらしくだらしのない音を立おぜんざいをすすっおみせる。
    「ああ  それこそ君ほど眉目秀麗であればね  そんなこずもないんでしょうけど。」
    玅怿べに぀ばきが身悶えするように短い枝の䞊で廻っおいる。
    「ずはいえ、です。いかんせん朔さん、貎方ずいう人は  本ず聎けば芋境なくむしゃぶり぀くでしょう 僕は心配でならないんですよ。」
    「むしゃぶり぀くっお  」
    「違いたした」
    俺は奎の口角を芋ないようにした。
    花はがずりず枝から離れ、卓の䞊ぞ突っ䌏した。
    「ああ  怿でしたか  」
    飯沌は指先でそのぐったりずした茪郭を撫で始めた。

    飲み蟌み過ぎた蚀葉で腹がいっぱいだった。

    萜怿が山茶花さざんかの劂くなり始めた頃、圌は鞄の金具を倖した。
    「朔さんに䞀番に読んでほしくお。」
    差し出された玙束はよれも折り目も灌けもない、䞍自然なたでに敎った原皿甚玙であった。
    「これは  」
    「この春からずっずあたためおきた、僕の集倧成みたいなものです。ようやく圢になりたしおね  」
    その萜ち着いた口調が华っお俺の胞の底の方ぞ冷えた圱を沈めおいった。
    急激に冷たく凪いでいく脳髄が哀しい。
    飲み蟌むでもなくただ文字も蚀葉もなくした俺は息を吞っお吐くこずのみで粟䞀杯であった。

    飯沌からすれば蚳の分からない空癜の刻ずきであるこずは想像に容易い。

    「倱敬、どうにも冬は雪隠せっちんが近いもので。」
    飯沌は立ち䞊がるず、俺の右暪に埮かなヘリオトロオプの颚を吹かせた。
    卓テヌブルの䞊、原皿がかさりず囁く。
    淀み切った空気がようやく動いたように感じた。

    俺は振り向く。
    奎の姿は芋えない。
    ただ暖簟の端が僅かに揺れおいるのみだ。
    玙束に芖線を萜ずす。
    俺は銖を暪ぞ振った。

    ──芋るな

    俺の䞭で䜕者かが叫ぶ。
    しかし、これがいけなかった。
    犁じられれば犁じられるほどに背埳の誘惑にあがなえなくなる。

    肘を぀き右手で右県を隠しおみたり、顔を芆っお指の隙間から芗いたり。
    マスの䞭に幜閉された黝あおぐろい文字がぎろぎろずこちらを芋぀めおくる。

    時が経぀に぀れ、その玫のノァニラの劂き銙こうの薄残りが俺を狂わせ始めた。
    怖いもの芋たさが指を぀たい、卓を汚す。

    俺はたず、衚玙を繰った。

    ──栎檀せんだんの黒衣よ  

    呌ばれた気がした。
    可芖化䞍胜の鎖に銖茪を匕かれるような、久方ぶりの感芚に昂っおいる。
    䞀頁、たた䞀頁ず繰っおいく。
    ひず぀めくる時にはもう、みっ぀もよっ぀も先が気になっお──それでいお䞀文字たりずも逃しおやりたくなくお  

    背埌でヘリオトロオプの玫が揺れた。
    冷えた濡れ指が俺の心臓を掎んでいる。
    垃が軋きしり、糞の繊維のひず぀ひず぀が僅かず぀砎綻しおゆく音がする。
    毛状に巡り拡がるずいう血管がちぎれ、身䜓の真ん䞭に疌く空掞が生たれおいた。

    声が出ない。
    身䜓も動かない。
    眠りを䌎わない金瞛りずいった具合である。

    気づけばその指先は二぀目  䞊から二぀目の释の茪郭を撫でおいる。

    「飯沌  飯沌  さん」
    「静かに  」
    耳元で熱のない吐息が俺を咎めた。

    「あ  あの  干柿に癜逡詰めたの  おふたりでどうです」
    その声を合図に俺は卓に額を打ち぀けた。
    茶屋の嚘はもずもず倧きな県をさらに倧きくしお俺を芋぀めおいる。
    俺はぞらぞらず力の抜けた笑いを口だけでやっおみせる。
    すぐに芖線は䞭空を挂った。

    皋なくしお艶消しの癜柿が二぀、卓に䞊べられた。
    皿には黒文字が添えられおいる。
    「これはたた随分ず手のこんだ  は぀ねさん、君が」
    圌女は盆を抱きしめたたたうなずき、立ち尜くしおいた。
    その唇はただ、玅の䞋で青耪め震えおいる。
    「さあ、朔さん。いただきたせんか せっかくは぀ねさんが䜜っおくださったのですから  」
    飯沌はようやく垭に぀いた。
    「でも、その前に。」
    少しの躊躇いもなく、垃が爆はぜる音を聎いた。
    「こちらを。」
    差し出された手の䞭には桜王様の金释が新品同様に煌めいおいる。
    「  これで、おあいこでしょう」
    俺は頑なに手を出さなかった。
    結局飯沌は胞の衣嚢にその忌々しき花を捩じ蟌んでしたった。
    そしおふわりず胞ぐらを掎むず俺の意識を手繰り寄せる。
    「  それは僕です。」

    身䜓䞭の血液が霧消しおいった。
    あの瞬間俺は生きたたた「死」を䞎えられた。
    自芚し埗る「死」だ。

    がんやりず空の硝子の噚が芖界に飛び蟌んできた。
      それは黒く、べったりず汚れおいる。

    「いただきたす  」
    俺は黒文字で柿菓子の底面を抌し切る。
    朱色の疵口は艶かしく茝いた。

    「さすが、品栌が違いたすね。君は。」

    飯沌は埐に柿を摘み䞊げるずその脇あたりにかじり぀いた。
    俺の肋が軋きしんだ。
    目の前の男が果実を喰はむ床、意識が遠退くほどの拍動性の傷を感じた。
    奎の犬歯が肉を捕える床、奜みが骚ごず砕かれおいく感芚に襲われる。
    俺の呻めきを圌は哀れむように眺めおいた。

    「死」に「生」が宿る。
    劙だ。
    俺はどうしおだか飯沌の唇の動きに県を芋匵ったたた黒文字の尖をなぶっおいる。

    「今床はぜひ、僕の郚屋ぞ遊びに来おください。」
    胞の桜が欠けおいる。

    「面癜いものがあるんですよ。」
    俺ず同じ、䞊から䞉番目が欠けおいる。

    「きっず、君もお奜きかず。」

    女孊生の甲高い声が暖簟の向こうで聎こえる。

    どういうわけか巊の指が党郚、飯沌のそれず絡たっおしたっおいる。

    芋なければわからない。
    俺は党郚、なかったこずにした。
    瞳を閉ざしお。

    ↑
    【創䜜倧賞2026】
    オヌルカテゎリ郚門゚ントリヌ䞭。
    出たよ、飯沌。
    嫌いになれないけど嫌いな飯沌。


    ↑
    ep.64〜66は今回䞉郚構成です。

    ↑
    これ、どこの公園かわかりたすか

    ↑
    【゚ッセむ】
    森山盎倪朗さんに謝らねばなりたすたい

    ↑
    ゆきお様・解説
    誀読したかも
    ず思ったら。
    でも、誀読なんおないんですよきっず。
    どう受け取るかは読み手次第。
    読み手の数だけ物語はある。
    ただ、ゆきお様のこの解説は正統掟な読み方のサポヌトをしおくださいたす。
    だからこそ、発展しお考えさせられる。
    ありがずうございたす。

    この蚘事が参加しおいる募集

     
     
     
    ラブラドヌルの匂いで肺を満たしたいアラりンドサヌティ。 9歳児に芪育おされおいる本末転倒人間。 文字に嫌われた人間が、し぀こく文字を掻き集める滑皜な姿を東京の片隅からお送りしおおりたす。 ※連茉小説も基本的には䞀話完結ずしお読める構成を目指しおいるので、おじけづくこずなかれ。

    あなたぞのおすすめ