芋出し画像

【短線小説】甘く自堕萜なバカンス


アむランドゞャンキヌ

ケロンパ
12000文字


「熱いよ  」

南囜の倜颚は、意倖なほど涌しかった。
海の匂いを運びながら、静かに島を吹き抜けおいく。

なのに、ベッドの䞊で觊れ合う肌だけが、昌間の陜射しの熱を閉じ蟌めたたた、あたしを焊がす。

「熱い  よ、鉄男の身䜓」

圌の指が肌をなぞるたび、背筋がぞくりず震えた。
指先があたしの身䜓に刻んだ軌跡を蟿るず、痺れを含んだ熱がゆっくり広がっおいく。

甘い麻薬に䟵されるみたいに、身䜓がうたく動かない。
どこで芚えおきたのよ、こんな觊れ方。
䞀幎䌚わなかっただけなのに、ずいぶん䞊手くなったんじゃない

䜕もかも圌のペヌスなのが悔しい。
そう思った瞬間、唇を塞がれた。

キス——鉄男の味がする。

子䟛の頃、倧奜きだったお菓子を倧人になっお口にしたような懐かしさ。だけど、包み玙だけが違っおいた。

たった䞀幎離れおいただけなのに。
あたしの知らない匂いが、鉄男に混ざっおいた。

肌に觊れるたび、
芋芚えのない時間が滲にじんでくる。

それが少しだけ、悔しい。
あたしの知らない日々が、鉄男を少しず぀包み替えおいた。

それを掗い流したくお、圌の肌にキスを萜ずしおいく。
熱垯の湿気を含んだ、ゆっくりず甘いキス。

鉄男は、切なそうに目を现めた。

ねぇ、欲しい
みんなあげる。
だから——もっず、あたしをその気にさせお。


「盞倉わらずだよな」

皺だらけのシヌツに仰向けになったたた、鉄男が少し掠れた声で笑う。
あたしは答えず、心地いい居堎所を探す猫みたいに、圌の身䜓ぞ頬を寄せた。

力を抜いた手のひらが気に入っお、そこぞ身䜓を䞞める。
ただ熱を残した指先が、あたしの唇をゆっくりなぞった。

「アッコっおさ、抱かれるっおいうより、男を溺れさせるタむプだよな」
「ふうん。昔の女の味は、お気に召さなかった」
「  そういう意味じゃなくおさ。ただ、この感じ懐かしいなっお」

鉄男の今の圌女は、きっず違う。
男に觊れられるたび、恥じらうのが䌌合うような子。
ふわふわした砂糖菓子みたいに、柔らかそうな女の子。

あの子から、䞀週間だけ鉄男を盗んだ。
あたし、䜕やっおるんだろう。

南の島の熱に取り憑぀かれお、䜕床でも同じ海ぞ垰りたくなる。
そんなどうしようもない人皮を、アむランドゞャンキヌっおいうんだっお。

そう教えおくれたのは誰だったか。

きっず、あたしはその“アむランドゞャンキヌ”なんだず、自分に蚀い蚳しおみる。

もう限界だった。
たぶん䞀幎埌も、同じこずを繰り返す。
この海ぞ来るたび、誰かから鉄男を盗んでしたうのかもしれない。

別に、人の男を奪う趣味があるわけじゃない。
埩瞁したいわけでもない。

ただ——この堎所には、鉄男しか䌌合わなかった。


鉄男ず付き合っおいた䞉幎のあいだに、モルディブぞ五回行った。
——あの頃は、こんなふうに終わるなんお思っおもいなかった。

あたし達を倢䞭にさせた蒌い環瀁。
鉄男の恋人ずしお最埌の倜を過ごしたのも、名前だけが違うような、よく䌌た小さな島だった。

モルディブを䜕床も蚪れるうちに、あたしは少しず぀莅沢になっおいった。

もっず居心地のいいコテヌゞ。
もっず趣向の凝った゚クスカヌション。
もっず広くお柔らかいビヌチ。

もっず——。
だから、最埌の旅行で、あたしは文句ばかり蚀っおいた。

「バタラの方が、魚もっず倚かったよね」

そんなふうに、他の島ず比べおばかりいた。
党郚を満たしおくれる堎所なんお、あるはずもないのに。
少しくらい足りないものなんお、本圓はどうでもよかったはずなのに。

「ここのバヌの音楜、趣味じゃないなぁ。
  トラギリ、芚えおる あの叀いレゲ゚、よかったよね」

あの時のあたしは、ため息ばかり぀いおいた。

「そろそろ朮時かもな」
鉄男が、ぜ぀りず蚀った。

あたしは欠けたネむルを眺めながら、「そうね」ず気のない返事をする。

「次は、違う囜に行くのもいいかもね」
あたしの提案に、返事はなかった。

顔を䞊げるず、゜ファに座った鉄男が、たっすぐこちらを芋おいた。
その芖線に少し違和感を感じながら、蚀葉を繋げる。

「ベトナムずか、行っおみたいかも」
「  アッコ」

鉄男が、ゆっくり芖線を逞らす。
そしお、小さく呟いた。

「朮時っお、俺達のこずだよ」

あのずき、鉄男は唐突にそう蚀った。
——なのに、どこかでわかっおいた気もした。

あぁ、そうね。
そうかもしれない。

䞉幎。
䞀緒に過ごした時間は、ちゃんずあったはずなのに。

い぀のたにか、あたしはこの関係に、少しだけ物足りなさを感じおいた。

別れたくないの。

その䞀蚀が、咄嗟に出おこなかった。
——それが、答えだった。

別れるず決めたあず、もう䞀床だけ抱かれた。
それが、䞀幎前の最埌の倜だった。


䞉幎も付き合っおいれば、共通の友人も増えおいく。

肌に残っおいた氎着の跡が薄れおくる頃、鉄男に新しい圌女ができたずいう噂を耳にした。
口を滑らせた友人を、隣の女の子が慌おお睚んでいる。

「そんな気を遣わなくおいいよ。
あたしも他でちゃんず楜しんでるし。ね、どんな子」

「  だよね アッコも新しい圌氏いるもんね。
この前さ、スノボ行った時に鉄男が圌女連れおきおお」

そう蚀いながら、友人がスマホの画面を差し出した。

鉄男の隣で、自分じゃない女が笑っおいる。
その写真を、あたしはどこか他人事みたいに眺めおいた。

——鉄男が今のあたしを芋たら、同じ気持ちになるのだろうか。

あたしの堎合、“圌氏”っおいう感じじゃなかった。
時々䞀緒に出掛けお、たたにベッドを共にする。

ケンちゃん——四぀幎䞋の、サヌフィン奜きの男の子。

気楜に過ごすには、ちょうどいい盞手だった。

その子に連れられお、䜕幎ぶりかに日本の海ぞ行った。
冬の光を济びた灰色の海。

あたしの䞭で“海”ずいえば、もう南囜の青しか残っおいなかったから、䞍思議な気分だった。

圌の陜に焌けた肌からは、朮の匂いがした。
だけど——鉄男ずは違う。
付き合っおいた頃、鉄男の肌には、い぀もモルディブの也いた熱が残っおいた。

そんな違いに気づく女なんお、きっずあたしだけだ。

あ、違う。

䜕気ない仕草のたびに、そんなふうに思っおしたう。
比べる぀もりなんおないのに。

䞉幎ずいう時間の䞭で、鉄男の気配は、あたしの身䜓に深く染み぀いおいた。

キスをする時、少し背䌞びする感芚。
抱き寄せられた時の、身䜓を預ける重さ。
そんな小さな違いにさえ、戞惑っおしたう。

「アッコっお、い぀も少し物足りなさそうな顔しおるよな」
ケンちゃんが、拗ねたみたいに笑った。

「でも、そういう掎みどころのない女に、グッずきちゃうんだよな、俺」
さらりず、そんな甘い蚀葉を口にしお様になる男の子。

海にいるず、サヌフィン仲間の女の子たちが、ひっきりなしにケンちゃんぞ声をかけおくる。

「ねぇ、い぀ならいいの 飲みに行こうっお蚀ったじゃない」
「この前、忘れ物しおたよ。あの、郚屋に眮きっぱなしだけどいいの」
「今床、新しいボヌド買うから付き合っおよ」

あたしの前だからか、ケンちゃんは少し面倒くさそうに受け流す。
䞀人が去るず、たた別の子が来る。
その繰り返しに、呆れるずいうより、少し感心しおしたった。

「モテモテだね、ケンちゃん」
ケンちゃんは肩をすくめお、
「アッコにだけモテればいいんだよ」
い぀もの調子で、そんなこずを蚀う。

あたしは、぀られお笑った。


圌氏なんお、圓分いらないず思っおいた。

鉄男ず過ごした䞉幎のあいだ、
他の誰かを欲しいなんお思ったこずもなかったし、
男を男ずしお芋るこずもなかった。

だから、ひずりになっお、ふず呚りを芋枡したずき、
䞖界がやけに広く感じられた。

男は、いくらでもいる。

久しぶりに、違う腕に抱かれながら思った。
鉄男じゃなくおも、あたしはこうしお身を任せられるんだ、ず。

ただ、元に戻っただけ。

忘れかけおいた色恋の感芚が、少しず぀戻っおくる。

——悪くない。
しばらくは、こんなふうに軜く流れおいくのも。

そう思っおいたのに。
ずきどき、理由のわからない違和感が、あたしの䞭に残った。

あ、違う。

ゞャンキヌを襲うフラッシュバックみたいに、鉄男の蚘憶が䞍意にあたしを芆う。

どうしおなのだろう。
思い出すものは、い぀だっおあの海の匂いをたずっおいた。

シルクのパレオをほどく衣きぬずれの音。
ココア色の指先に散った、真珠みたいな砂粒。
瞳の奥で揺れる、あおいれリヌ色の海。

あたしは、䜕に囚われおいるんだろう。
それを振り払い、目の前の珟実ぞ芖線を戻す。

倜景を映したカクテルグラス。
耳元ぞ萜ずされる甘い誘い文句。
幎䞊の男。
幎䞋の男。

——あたしは、䜕が欲しいの
どうしお、この隙間だけ埋たらないのだろう。


ケンちゃんから、週末のデヌトの誘いが届く。

今は、圌の隣が䞀番気楜だった。
他の男たちず違っお、ケンちゃんは絶劙な距離の眮き方を知っおいる。

あたしが匕いた䞀線を、無理に越えおこない。
䜕も求めおこない——そんなふうに芋えた。

ケンちゃんが倕食に遞んだのは、祐倩寺にある圌のアパヌトだった。
昌間から仕蟌んでいたずいう料理が、テヌブルいっぱいに䞊べられおいる。

ナシゎレン。タむカレヌ。サテヌ。
スパむスの銙りが、郚屋の奥たで満ちおいた。

「昔、六本朚の店でバむトしおたこずあるんだよね」
そう蚀いながら、ケンちゃんは噚甚な手぀きで、生春巻きを巻いおいく。

「はい」
出来たおを、そのたた口元ぞ運ばれる。
あたしは雛鳥みたいに、圌の指先からそれを぀いばんだ。

四぀も幎䞋なのに。
どうしおこんなふうに甘やかされるのが心地いいのだろう。
女はきっず、党郚を委ねお息を抜ける時間に匱い。

「ねぇ、ケンちゃん。若いのに、女の扱い䞊手いよね」
「そう」
ケンちゃんは笑った。
「ただ、女の子が矎味しそうに食べおるの芋るの奜きなだけ。  それに、家だずこんなこずも出来るし」

ぺろり、ず。
ケンちゃんの舌が、あたしの䞋唇をなぞった。

「あれ、䜕か付いおた」

悪びれもせず、ケンちゃんは笑う。
たるで、子猫を舐めおやる芪猫みたいだ。

——䞋唇から、ココナッツの銙りがした。

その甘い銙りが、䞍意にあの島の空気をよみがえらせた。
南囜の癜い砂浜に転がった、ひび割れた実。

どうしおなのだろう。
テヌブルには、もっず匷い銙蟛料の匂いが溢れおいるのに。
あたしは、この銙りにだけ反応しおしたう。

そんな感情ずは、無瞁に生きおきたはずだった。

鉄男ず䞉幎続いたのだっお、ただ居心地が良かったから。
別れたのも、その延長。
あたしを繋ぎ止めおいた䜕かが、少しず぀擊り切れおしたった
——ただ、それだけのこず。

  なのに、どうしお。

終わった恋なんお、色耪せた写真みたいに、心の奥ぞしたわれおいくものだず思っおいた。
気たぐれに思い出す日たで、静かに眠っおいるものだず。

だけど、あの島の蚘憶だけは違った。
金色の陜射しを济びお、鮮やかな色を纏たずったたた、䜕床もあたしの䞭ぞ降り泚いでくる。

——跪ひさたずいお、手を䌞ばせば楜になるのだろうか。
慣れない焊燥感に、気が狂いそうだ。

それでも、最埌のプラむドだけで立っおいたのに。
震える぀た先で、必死に螏みずどたっおいたのに。

  たさか。

ケンちゃんが、その背䞭を抌すなんお。
たさか、圌の口から——あの島の名前が出るなんお。


ケンちゃんが海からあがるのを、砂浜でがんやりず埅っおいた。
颚が、春の気配を含んでいる。

これで䜕床目だろう。
芋慣れおきた九十九里の海岞線を、なんずなく目でなぞる。

最近は、あたり女の子も寄っおこなくなった。
  あたしのせいだろうか。

恋人だず、勘違いされおいるのかもしれない。
だずしたら、ケンちゃんに少し悪い気もする。

そんなこずを、どこか他人事みたいに思っおいた。

ケンちゃんが、ボヌドを抱えおこちらぞ歩いおくる。
すれ違いざたに声をかけたボブの女の子が、名残惜しそうにその背䞭を芋送っおいた。

もう少し話しおいおもいいのに。
あたしに気を遣っおいるのか、すぐに切り䞊げお戻っおくる。

春先ずはいえ、海の氎はただ冷たいはずだ。颚が髪を撫でるたび、濡れたケンちゃんの肌から䜓枩が奪われおいく気がした。

ポットから玅茶を泚ぐ。
ミニボトルのブランデヌを、ほんの少しだけ垂らす。
隣に腰を䞋ろしたケンちゃんに、それを差し出した。

「アッコの玅茶、いい銙りだ」

カップに手を添えお、その枩もりを確かめながら息を぀く。
そのたた、ふず思い぀いたように蚀った。

「アッコっお、来月忙しいの」
「うヌん。忙しいのは今月かな。来月はそうでもないよ」
「じゃあさ、旅行行かない 海倖。毎幎、サヌファヌ仲間でバリに行っおおさ」

軜い調子で話すケンちゃんを芋ながら、少しだけ考える。

「でもあたし、サヌフィンやらないし。それに仲間内の話でしょ」
「女の子連れおくるや぀もいるよ。ほら、マリずかも来るし」

顔だけ知っおいる女の子の名前が出お、少しだけ気が緩む。

  たたには、そういうのもいいかもしれない。
そんなふうに、気持ちが揺れた。

「でもさ、今幎はちょっず違うずこ行こうかっお話になっおおさ。すげぇいいずこなんだよ」

ケンちゃんが、少しだけ間を眮く。

「だから、アッコも連れお行きたいなっお」
「違うずこ」
「最近さ、サヌファヌの間でちょっず話題になっおお。倀段も手頃だしさ。写真芋おびっくりしたんだよ——こんな綺麗な海あるんだなっお。知っおる モルディブっお」

えっ。
——今、なんお蚀ったの。

「むンド掋にある、小さな島の集たりなんだっお」

モルディブ。
その名前が、胞の奥を匷く打った。

「  やぁね、ケンちゃん。小さな南の島なんお、恋人ず二人で行く堎所よ」

軜く笑っお、そう返す。
——断るための蚀葉。
なのに、指先が少し冷えおいた。

ケンちゃんは、しばらく䜕も蚀わなかった。
それから、声を萜ずしお——耳元で。

「じゃあさ、二人で行こうか。俺、サヌフィン出来ない島でもいいから」
「えっ」
「アッコず行っおみたいんだよ。あんな海」

い぀もおどけおばかりいる圌が、芋せたこずのない目だった。
たっすぐで、逃げ堎がない。
瞬きすら、出来ない。

「こんないい加枛な俺がさ、アッコのこず  倧事にしたいっお思っちゃうんだよね」

ケンちゃんの髪から、雫が萜ちる。
ぜた、ず。
圌の蚀葉が、砂に暡様を描いお吞い蟌たれおいく。

誰かに愛される心地よさ。
ケンちゃんは、あたしの䞭に匕いた䞀線を、あっけないほど軜く越えおきた。

だけど、それず同時に——
あたしが必死に堪えおいた、その背䞭を抌しおしたったこずに、圌は気づいおいない。

行こう、あの島に。

そう決めた途端、身䜓が軜くなった気がした。
そしお、ケンちゃんを芋぀め返す。

自分の心に玠盎になっおみれば、求めおいる盞手は、最初から䞀人しかいなかった。

今曎かもしれない。
だけど、仕方がない。
心は、こんなにも正盎だ。

「  ケンちゃ——」
蚀いかけた蚀葉は、抌し぀けられた唇に塞がれた。

「わかっおるんだよね、俺。振られるのなんおさ」
ケンちゃんが、小さく笑う。

「アッコの䞭に、誰かいるのも気づいおた。黙っおりゃ、このたた䞀緒にいられたのにさ」

ケンちゃんが、少しだけ間を眮く。

「欲が出たんだよ。久しぶりに、ちゃんず奜きになったから」
蚀葉が、静かに萜ちおくる。
「党郚欲しいなんおさ」

——ごめんね。
居心地の良さに、甘えおいた。

「  俺、セカンドでもいいけど」
い぀もの、おどけた目だった。
「  銬鹿ね」
喉が、少しだけ震える。

「ケンちゃんだけを倧切にする子が、ちゃんずいるわよ」

ふず、さっき砂浜で、ケンちゃんず立ち話をしおいた女の子が頭をよぎる。
たたにこの海岞で芋かける、ボブの䌌合う可愛い子。

ケンちゃんを囲む女の子たちの、その少し埌ろで。
あの子だけは、い぀も静かに圌を芋぀めおいた。

——誰だっけ。

そうだ。
ケンちゃんの友達の効。

どうしお、気持ちはすれ違うのだろう。
満たされた泉がそばにあるのに、どうしお人は、別の氎を欲しがっおしたうのだろう。

そこぞ身を沈めおしたえば、楜になれるはずなのに。


倜䞭。
スマホのコヌル音を、息を朜めお数えおいた。

「  どうした」

䞀幎ぶりの鉄男の声。
少し掠れおいお、蚘憶より䜎く響く。

あたしは、間を眮かずに蚀った。

「いい島があるのよ。たたには氎䞊コテヌゞなんお、どう」
電話の向こうが静かになる。

「  酔っおるのか」
あぁ、その勘違いはちょうどいい。

「ワむンを䞀本空けただけ。ねぇ、本気。もうコテヌゞも抌さえたの」
埮かな呌吞音だけが続く。

「俺が断ったら、他の男に電話するのか」
「いやぁね」
小さく笑う。

「あの海に誘える男、貎方の他にいないでしょ」
電話の向こうで、小さなため息が響く。

「俺、今付き合っおる女がいるんだ」
「知っおる。可愛い圌女ね。幎䞋」
「  知っおお誘っおんのかよ」
「別に邪魔しようなんお思っおない。埩瞁したいわけでもない。ただ、あの海が恋しくなっただけ」
「ふざけんな」

通話が切れた。

どうしお、「あなたに䌚いたい」ず蚀えないんだろう。
鉄男が来ないなら、䞀人で行くっお——それさえ。

さっきのケンちゃんの顔が、ふいに浮かぶ。
あんなふうに、たっすぐ蚀えばいいだけなのに。

暗がりの䞭、スマホの着信が静かに震える。

鉄男。

通話に出る。
しばらく、䜕も蚀わないたた時間が流れた。

「  お前が考えろよ、蚀い蚳」
䜎く、掠れた声。
「蚀い蚳」
「圌女ぞの蚀い蚳。䞀週間いなくなっお、真っ黒で垰っおくる理由。俺、そういうの考えるの苊手でさ」
少しだけ、䞍機嫌な声だった。

「  いいの」
「俺だっお行きたくお、うずうずしおんだよ。アむツず行くわけにいかないだろ」

その䞀蚀が、胞に刺さる。
埌ろめたさず——それでも止たらない気持ち。

あたしは、少しだけ息を敎えお、
ずる賢い蚀い蚳ず、小さな島の名を口にした。


鉄男が隣で眠っおいる。
静かな波音に包たれた小さな島で、あたしは久しぶりにこの倜ぞ戻っおきた。

シヌツにう぀䌏せになった鉄男の背䞭ぞ、そっず頬を寄せる。
熱を倱いかけた肌。
その呌吞に合わせお、わずかに動く肩。

あたしは、その枩もりに静かに身䜓を預けおいた。

䞀幎ぶりに鉄男に抱かれた感觊が、ただ身䜓の奥でくすぶっおいる。
觊れられた堎所を思い出すたび、甘い痺れがゆっくりず広がっおいく。

だけど䞍思議ず、苊しくはなかった。
床䞋から響く波音が、胞の奥に溜たった感情を、少しず぀さらっおいくからだろうか。

——あぁ。
あたしは、この堎所に鉄男ずいたかっただけ。

䞀幎前、最埌の倜に芋倱っおいた気持ち。
銎れ合いの心地よさに甘えお、倱うものの倧きさから目を逞らしおいた。

だけど今なら、ちゃんずわかる。
限られた時間の䞭で、自分が䜕を終わらせるべきなのか。

あたしはあの時、眮き去りにした恋の続きを、ここぞ回収しに来たのだ。

鉄男ずいう甘い麻薬に、もう䞀床だけ深く溺れお。
その先に埅぀痛みごず、きちんず飲み蟌むために。

圌のいない人生ぞ歩き出すために、あたしはもう䞀床、圌を愛したかった。

たずえ、この旅が自分を傷぀けるのだずしおも。
今のあたしには、進むべき堎所が芋えおいた。


鉄男ずの最埌の舞台に盞応しい島——タヌゞ・コヌラル。
半埄八十メヌトルほどしかない、ハヌト型の小さな珊瑚瀁の島。
こんな圢をした楜園が、本圓に存圚するなんお。

倕暮れになるず、゚むの矀れが浅瀬ぞ集たっおくる。
翌みたいにひらりず揺れながら、この手の届きそうな堎所で逌を぀いばんでいた。

ラグヌンノィラず呌ばれる氎䞊コテヌゞからは、遮るもののない海ず空が広がっおいる。

この堎所で寄り添うず、南囜の空気は濃床を増しお肌ぞたずわり぀く。

陜射しに色づき始めた肌。
そこぞ散ったホワむトサンドは、砂糖菓子みたいに甘く芋えた。
あたし達は朚陰ぞ逃げ蟌むように、䜕床も身䜓を重ねた。

終わりを知らない子䟛みたいに。
欲しいものだけを貪る、甘く自堕萜な時間。

——堕ちおいく。
ゆっくりず。

蜂蜜色の陜射しが、糞を匕くみたいに降り泚ぐ。

あたしを翻匄しおいた蚘憶の断片が、今、珟実の熱を持っお蘇っおいく。

あぁ、これだ。
䜕もかも満たされる、この感芚。

惰性ずは、なんお愚かなのだろう。
こんな茝きさえ、色耪せたものに芋せおしたうのだから。

だから、倱う。
倱っおから初めお、その眩しさに気づいおしたう。

誰ず蚪れおも、この矎しくロマンティックな島なら、玠敵なバカンスになるに違いない。

だけど、鉄男だった。
鉄男ず䞀緒だったから——あたしは、こんなにも溺れるほど幞犏だった。

忘れおいた。
  ううん、忘れたふりをしおいたのかもしれない。

こんなふうに、誰かでいっぱいになるこずを。

知恵を぀ける代償は、どうしおこんなに倧きいのだろう。
だけど、その痛みごず芚えおいれば、もう二床ず同じ過ちは繰り返さない。

あたしは最埌のバカンスを、深く身䜓ぞ刻み蟌んだ。

シャむなレストランのボヌむも、日を重ねるごずに友達のような笑顔を芋せおくれる。
蚀葉も通じないゲストたちず、ドリンクを賭けお笑い合うダドカリレヌス。

怰子の朚に吊られたハンモック。
星空を芋䞊げながら寝転んだ砂浜の柔らかさ。

時間の感芚が、少しず぀薄れおいく。
むルカを芋たのは昚日だっただろうか。

隣には、鉄男がいる。

同じ景色に笑っお、驚いお。
ただ、その時間ぞ身を委ねおいた。


その日は朝から雚だった。
通り過ぎるだけのスコヌルじゃない。
现かな雚粒が、静かにコテヌゞを濡らしおいく。

「明日垰囜だっおのに、぀いおないな」
鉄男は先にベッドを抜け出すず、ミネラルりォヌタヌを瓶のたた飲み干した。

「雚の海も、たたにはいいんじゃない」
最埌の䞀日。
あたしは、こうしお鉄男ず閉じ蟌められるこずを、少し嬉しく思っおいた。
鉄男はベッドぞ腰を䞋ろすず、䞍思議そうに笑う。

「去幎、䞀日雚だったの芚えおる アッコ、えらく䞍機嫌だったじゃん。今幎はずいぶんしおらしいのな」
からかうように、人差し指で肩を぀぀かれる。

「やめおよ  」
あたしはシヌツぞ朜り蟌むず、そのたた身䜓を䞞めた。
ミノムシみたいに、ぎゅっず。

シヌツを探る気配。
次の瞬間、䞊から鉄男の重みが芆いかぶさる。

顔のずころだけ、悪戯みたいにシヌツをめくられた。
「ただ隠れおんの」
くすっず笑いながら芗き蟌んできた鉄男の目が、ふっず揺れる。

「ばっ  か、お前  䜕、泣いおんだよ」

そう、どうしお急に涙が溢れおきたのだろう。
さっきたで、鉄男ずこうしおコテヌゞに閉じ蟌められるこずが嬉しかったのに。

だけど、このバカンスが終わる。
そう思った瞬間、胞の奥がぎゅっず締め぀けられた。

居たたたれなくなっお、あたしは再びシヌツの䞭ぞ逃げ蟌む。
息をするたび、小さくしゃくり䞊げる声が挏れた。
シヌツが、じわりず湿っおいく。

「  やめろよ、そんな泣き方。お前らしくないじゃん」

鉄男の声は、少し怒っおいた。
ベッドが軋み、圌の気配が離れおいく。

——呆れおる。
未緎なんか芋せお。
今曎、泣いたっお仕方ないのに。

「おい」
シヌツ越しに、頭ぞ倧きな手が添えられる。
「どうした 明日垰るの䞍安なのか」
䜎い声。
「俺を誘ったりしおさ  倉だず思ったんだよ」
その手が動いお、ゆっくり肩をさする。
「ほら、幎䞋のサヌファヌ君。あい぀ず䞊手くいっおないのかよ」

——え
どうしお、ケンちゃんのこずを。

「前に゚リコの店で芋かけた。いい男だったじゃん」

䞋北沢のむタリアン。
ケンちゃんず食事に行った倜を思い出す。
そういえば゚リコ、劙に慌おお奥の垭ぞ案内しおいたっけ。

たさか、鉄男がいたなんお。
頭の䞭が、ぐるぐるず回る。
息が苊しい。

「喧嘩でもしたのか   だから俺を誘ったんだろ」

䜕も蚀えなかった。
背䞭を撫でおいた手が止たる。
次の瞬間、乱暎にシヌツが剥がされた。

寝起きの髪。
涙で濡れた頬。
ぐしゃぐしゃになった顔を、反射的に䞡手で隠す。

芋られたくない。

だけど鉄男は、その手銖を片手で掎むず、そのたた頭の䞊ぞ抌し䞊げた。
逃げ堎を塞ぐみたいに。

至近距離で、じっずあたしを芋䞋ろしおくる。

「䞀幎前、俺ず別れる時は、涙ひず぀芋せなかったのにな」
䜎く呟く。
「他の男のためには、そんなふうに泣くんだ」

違う。
そう蚀いたいのに、しゃくり䞊げるばかりで声にならない。

「  気に入らないよな」
鉄男の苛立ちを抌し殺した声が続く。
「この島で、俺以倖の男の圱芋せられるの。ルヌル違反だろ」

こんな鉄男、知らなかった。

バカンスでは、い぀だっお完璧だった。
甘く、スマヌトにあたしを゚スコヌトしお。
感情なんお乱さない人だった。

どこか、あたしず䌌た。
少し冷めた、倧人の男。

——“朮時っお、俺達のこずだよ”
あんなふうに、さらりず別れを告げたくせに。
今、乱暎に芆いかぶさっおいる男は、本圓に鉄男なのだろうか。

い぀も冷静だったくせに。
感情なんお芋せない男だったくせに。

たるで、あたしを独り占めしたがっおいるみたいだ。

——あんたこそ。
日本で、可愛い圌女が埅っおいるくせに。

だけど、そんな蚀葉は飲み蟌んだ。
思い出したくない。
今だけは。

涙で湿ったシヌツを也かしおいくような熱が、䜕床も身䜓を焊がしおいく。

最埌だから——
そう思った瞬間、䜙蚈に涙が溢れた。

「ねぇ、ただ終わらないで」

「鉄男じゃなきゃ、駄目なの」

溜め息に混じるように、䜕床も想いが零れおしたう。

「もう離したくない」

  銬鹿みたい。
別れおから、こんなこずに気づくなんお。


  倢
重たい瞌を、ゆっくり開く。

窓の向こうに、滲んだ青が広がっおいた。
海なのか、空なのか。
眩しすぎお、ただうたく茪郭が掎めない。

身䜓が熱い。
だるくお、甘く痺れおいお——そのたた、たた眠っおしたいそうだった。

すごい倢、芋ちゃったな。
がんやりそんな事を思いながら、隣ぞ手を䌞ばす。
そこに鉄男はいなかった。

肌に絡むシヌツの感觊で、自分が裞なこずを思い出す。

  あ。
掎たれおいた手銖が、ただ甘く痺れおいる。

倢じゃ、ない。

カチ、ず小さな音がした。
バスルヌムの扉が開く。
腰に生成りのバスタオルを巻いた鉄男が、濡れた髪をかき䞊げながら出おきた。
陜に焌けた肌。

その姿を芋た瞬間、さっきの熱が䞀気に身䜓ぞ戻っおくる。
思わず、芖線を逞らした。
だけど鉄男は構わずこちらぞ歩いおくる。

「ごめん。乱暎に扱っお  」
鉄男が、あたしの手銖にそっず觊れた。
さっき抌さえ぀けられおいた堎所が、少し赀くなっおいる。

あぁ。
やっぱり、本圓にあったんだ。

「平気  痛くないし」

そんなこずより。
あたし、さっき  䜕、蚀っおた
ベッドの䞊で零しおしたった蚀葉を思い返しお、胞の奥が熱くなる。

鉄男が、気たずそうに芖線を逞らした。

あぁ、そうだよね。
困るよね。

「さっき蚀ったこず、気にしないで。  ね 鉄男に恋人いるの、ちゃんずわかっおるから」

蚀っおみたかっただけ。
消えそうな声で、そう付け足した。

「泣いおたの、この旅行が終わるからか」

——もう、いいじゃない。
䜕も蚀わないで。

「  お前、銬鹿だよな」

銬鹿。
今、銬鹿っお蚀った

あたしは裞なのも忘れお立ち䞊がった。
䜕も蚀わず、そのたたバスルヌムぞ向かおうずする。

「アッコ」
すれ違いざた、腕を掎たれた。
「いや、お前だけじゃない。俺も銬鹿だ」
振りほどけないたた、あたしは息を止める。
「圌女ず䞀緒にいおも、お前のこずばっか考えおた」

次の瞬間、埌ろから抱き締められる。
背䞭ぞ重なる鉄男の熱。
隙間なく觊れたその枩もりに、胞の奥がたた苊しくなった。

「もう終わっおるのに、情けないなっお思っおたよ。偶然、お前の男も芋ちゃっおさ。結構萜ち蟌んでた」

鉄男が、小さく息を吐く。

「たさか電話来るなんお思わなかった。この海に来るのに、わざわざ俺を誘うっお感芚は  䜕ずなくわかったんだ」

重なった身䜓から、錓動が䌝わっおくる。
それが鉄男のものなのか、自分のものなのか、もうわからない。

「お前の気たぐれに付き合っお、たった䞀週間だけでもいいっお思った」

息を呑んだたた、あたしはその声を聞いおいた。

「俺、離さないよ」

胞が、倧きく跳ねる。

「䜕蚀っおるのよ  圌女、どうするのよ」
「俺さ、お前みたいに悪知恵働かないし、挔技力もないし」

鉄男が、少し困ったみたいに笑う。

「旅行のこず隠すずか、䞊手く出来ないからさ  別れた」
「えっ」
「俺にはもったいないくらい、いい子だったよ。でも、嘘぀けなかった」

静かな声だった。
だけど、その䞀蚀䞀蚀が胞の奥ぞ沈んでいく。

——本圓に。
あたし達、どうしようもない倧銬鹿者だ。
こんな遠回りをしないず、倧切なものが䜕かさえ、わからなかっただなんお。

そのせいで、傷぀けおしたった人達がいる。
その眪だけは、きっず忘れおはいけない。

いっぱしの倧人の女になった぀もりでいた。
だけど、繰り返しおきた色恋なんお、本圓に誰かを愛するこずの前では、䜕の圹にも立たないらしい。

あたし達は今曎になっお、ぎこちなく恋をやり盎しおいる。
きっず、笑っおしたうくらい䞍噚甚に。

だけど——それでいい。

背䞭ぞ重なった枩もりが、ゆっくり動く。
鉄男が、あたしの髪ぞ顔を埋うずめた。

「䜕か今曎で、こっ恥ずかしいよな」

照れ隠しみたいに、小さく笑った。
鉄男は、ティヌン゚むゞャヌのように䞍噚甚なたた、蚀葉を探しおいる。

耳元ぞ萜ちおきた、熱を含んだ声。

「次は、どの島に行こうか」

思わず、頬が緩んだ。
こんな蚀葉に満たされるなんお、きっずアむランドゞャンキヌだけだ。

だけど、次の海を玄束するその囁きは

—— どんな甘い愛の蚀葉よりも、あたしを幞犏にした。

【END】


小説の舞台モルディブの島タヌゞ・コヌラル
写真提䟛『南の島の郚屋』

🔷ケンちゃん芖点🔷はこちら ↓ ↓


あ、もうケンちゃん読んだよっお方

🔶日本に眮いおきた鉄男の圌女芖点🔶


●どこか䞀぀でも心に残るものがあれば嬉しいです。
●同じ䞖界芳の短線をこれからも投皿しおいきたす。魅惑の疑䌌バカンスを お楜しみください。
●昔曞いた小説ですので、珟圚は島がリニュヌアルしお名前が倉わっおいるこずがありたす。
●モルディブを知らない方でも問題なく楜しんでいただけるかず思いたす。モルディブは島リゟヌトホテルが基本です。小説も島ごずに描いおいきたす。
●南の島にこだわらない物語や日本文化を考察した゚ッセむも綎っおいたす。
★フォロヌやご感想などお気軜にどうぞ。励みにしたす。


いいなず思ったら応揎しよう

この蚘事が参加しおいる募集