メインコンテンツへスキップ
見出し画像

零式戦隊クロスレンジャー 第8話 偶像

    Previously
    N.W.C.サミット開催中の名古屋中枢特区で、連夜続く暴動の背後に“予測ノイズ”の影を見たアカネたちは、地下網に潜むヴェスパー本隊を追う。Day2、オルドモンドがG.O.A側の提案条項を切り崩す中、クロスレンジャーはニュー・ミライ・タワーの予測中枢を復旧。ヴェスパーを退け、都市はようやく機能を取り戻した──


    1. ふたりの距離


    「ハーハッハッハ!どうした、零ゼロ-Scarletスカーレット!こんなものか、おまえの力は!」

    閃光が走る。土煙が巻き上がり、マグダラの冥葬剣が唸りを上げて迫る。

    スカーレット──神崎かんざきアカネは、咄嗟にブラッドスパイラルを構え、左足で地面を蹴った。剣と剣が激しくぶつかり合い、火花が散る。

    「そこだッ!」

    真紅の影が跳んだ。スカーレットがマグダラの斜め上方から斬りかかる。
    だが──その刀身は、マグダラの身体をすり抜け、虚空を裂いただけだった。剣は石畳を斜めに叩き割る。

    直後、マグダラは片膝をつきながら反撃の一撃を突き上げる。スカーレットはすんでのところで剣を交わらせて受け止めたが、衝撃に耐えきれず後方へと吹き飛ばされた。

    「くっ……!やはり、まだ見切れていない」


    ──次の瞬間、風景が凍りついたように停止する。背景がグリッド状に分解され、戦場は訓練場の人工壁面へと変わった。

    《戦闘バトルシミュレーション、終了します》

    無機質な音声が静かに響く。

    クロススーツを解除したアカネは、その場に膝をついた。唇を噛みしめ、額からは汗が一筋、床に落ちる。

    あの一撃を──せめてあと0.3秒、早く見極められていれば。

    関東湾岸特区に位置するG.O.A日本支部、戦闘訓練施設第七区画にあるシミュレーション・ドームで、アカネは今日で12回目のトレーニングを終えた。

    ドームの高密度投影システムは、マグダラとの実戦で超小型ドローンが記録した映像をもとに、模擬戦闘体“エクステンド・アクター(Extend Actor)”を構築。
    関節部が露出した成人型のフレームに戦闘データを再現させ、“半実体化ホログラム”としてマグダラを召喚。ほぼ実戦同様の戦闘が可能となる。

    「なかなか熱心だな。こないだの戦いが、よほど悔しかったようだね」

    アカネのいるコントロールルームに、ひとりの女性が入ってきた。
    無造作な肩までの金髪。白衣のポケットに両手を突っ込み、くわえ煙草から紫煙をくゆらせながら歩く。

    「……キャロルさん。どうして日本に?」

    キャロル・スペンサー──G.O.A兵装開発部門の責任者。
    “Ωオメガ-FLAMEフレーム”システムの初期設計者でもあるベテラン科学者だ。

    「例の“予測ノイズ”の調査さ。β版とはいえ、あれは脅威だ。ヴェスパーは本気で、科学技術をもってオメガ理論を潰しにかかってきている」

    キャロルの眼差しには、観察者としての冷徹な鋭さが宿っていた。

    「ま、そのついでと言っちゃなんだけど、日本支部こっちにも寄ってみたってわけさ」

    「……そうですか」

    「で、ちょいとあんたに頼みがある」

    キャロルは煙草を指でくるりと回し、ドーム中央に立ち尽くすエクステンド・アクターの人型フレームへと視線を送った。

    「エクステンド・アクターあいつさ。実戦でのテストをしたい」

    「すでにデータ・リプレイモードは、現場でも試されていますが……」

    「そうじゃない。“シンクロモード”とでも呼んでおこうか。実際の戦士の動きをリアルタイムで反映できる。離れた場所にいても、あたかも目の前にいるかのように動く、いわば──“戦場の分身”ってやつだ」

    アカネは眉をひそめた。
    「……制御に遅延は?」

    「ないさ。通常のコネクタとは比べものにならないレベルで処理してる。脊髄反射すら補完できる。理論上は、本人がそこにいるのと変わらない」

    「……」

    「──というわけで、よろしく。あんたは、いつもどおり戦ってくれればいいさ」

    キャロルは軽く手を挙げ、ドームを後にしようとした。
    その背に、アカネが問いかける。

    「……誰が、遠隔でアクターを動かすんです?」

    キャロルは立ち止まり、ちらりと振り返った。

    「いい素材がいるのよ。あんたとなら、きっとうまくやれる」

    そう言い残して、キャロルはくわえ煙草から細く紫煙を漂わせながら、静かに姿を消した。




    夜更け前のジャズバー“シマジ”では、スピーカーが静かに音を鳴らしていた。
    流れているのは、Sonny Rollinsの「You Don't Know What Love Is」。テナーサックスが、何かを確かめるように旋律を綴っていく。

    そのカウンターに、鳴海なるみ蒼あおいがひとり腰掛けていた。

    手元のグラスを指先でまわしながら、どこか所在なげに、けれど落ち着かない様子で時間を持て余している。

    店の扉が開く音がした。
    視線を上げたアオイの目に、年配の男が入ってくる。
    背は高いが猫背ぎみで、くたびれた灰色のジャケットを羽織っていた。

    「──久しぶりだな、アオイ」

    その声に、アオイの表情がわずかに強ばった。

    「……父さん」

    「呼び出してすまなかったな。たまたまこっちに出張でね」

    「そう……」

    会話はそれきり途切れ、ふたりは一つ席を空けて、カウンターに並んで腰を下ろした。マスターのシマジは、何も言わず、ふたりの前にグラスを置く。

    「仕事はどうだ?クロスレンジャー……だったな」

    「うん。父さんは?」

    「ああ……」
    一瞬、言葉を選ぶように目を伏せた。

    「今はオルドモンドのNewPhase Laboratoryニューフェーズ・ラボで研究してる。量子干渉の制御ユニットを扱っていてな。まあ、昔と似たようなことだ」

    「……そう」

    また沈黙が落ちた。
    音楽は少しテンポを変えて、サックスが弱々しく語りかけてくる。
    とぎれとぎれの短い会話が続いた。

    やがて父が立ち上がる。

    「じゃあ、そろそろ行くよ。……ああ、そうだ」

    内ポケットから、小さな包みを取り出す。
    無地の包装紙に、何も書かれていない簡素なものだった。

    「誕生日だったろ」

    「……もう一ヶ月近く前だよ」

    「ああ、でも……な」

    アオイは包みを開いた。
    中から出てきたのは、木で作られた小さな兵士の人形。赤と青で塗られた帽子とコートに、無表情な顔。おもちゃというより、民芸品に近い。

    「……なにこれ」

    「向こうで見かけたんだ。いや、何を買っていいものかと思ってな。まあ、土産だ」

    「……そう」

    「また連絡する」

    マスターに一礼し、背を向けて扉を開けた。
    アオイはその背中を一瞥したあと、グラスの氷をくるりと回す。

    しばらく、その人形を見つめていた。

    「……なんだよ、これ」

    そしてそれを、ポケットにそっとしまった。




    光なき空間に、ひときわ巨大な影と、三つの像が浮かび上がる。

    中央に立つのは教祖アブラクサス。
    周囲を囲むのは、啓示の三柱トリアークと呼ばれる教団幹部。
    それぞれの姿は高密度ホログラムの投影であり、各地から“審議の座”へと接続している。

    「我が至高の預言者アークプロフェット、アブラクサス。我らが教えに心酔する原理主義者レヴナントを核として、さらなる高みに至るべき者たちを、より多く獲得せねばなりません」

    アダムの声が冷ややかに響き、彼の足元に世界地図が浮かび上がった。
    赤い光点が南米、東欧、アフリカを中心に散りばめられていく。

    「啓示はすでに六大陸に浸透を始めています。しかし──」

    アダムは手を動かし、極東地域を拡大表示する。
    とりわけ日本列島の光点は、際立って少ない。

    「たしかに、この地は数的にも問題外。都市人口に対する浸透率は、もはや統計上の誤差にすぎない」
    シグマが片眼鏡を光らせ、つぶやいた。

    「もともと信仰心などないのだろう?」
    マグダラが鼻で笑う。

    「いや、問題は“信仰の欠如”ではない」
    アダムは即座に否定する。

    「日本人の精神構造には、“絶対”を受け入れる器が存在しない。彼らは信仰を心の中心には据えず、共同体への同調や日常の習慣へと置き換える。だからこそ、啓示は彼らにとって“選択肢のひとつ”以上にはなりえない」

    「つまり、叩き起こす必要がある……と?」
    シグマが静かに言葉を挟む。

    「そのとおり」
    アダムはうなずいた。

    「彼らにとっての精神的象徴を、徹底的に崩壊させる。それも──“信じるに値しない未来”の名のもとに。“信仰”という概念そのものを、恐怖とともに刻みつけるのさ」

    ホログラムに、新たな立体映像が浮かぶ。
    古都・奈良。千年の時を超えて受け継がれる巨大な伽藍、そして荘厳な仏像群。

    「フッ、こいつらを壊せば信者が集まるとでもいうのか?」
    マグダラが不満げにつぶやく。

    「ばかばかしい!もっと直接的に布教すればいいだろう。我がアークプロフェット、今こそ──」

    「マグダラ、少し黙れ」
    アダムの鋭い視線が、言葉を封じた。

    「それはまだ早い。我らが求めるのは数ではないのだよ。真に“目覚める”素質を持つ者。あらゆる拘束を否定し、自らの意思で真理へと辿り着く者こそが必要なのだ」

    「……チッ」

    沈黙が流れる。やがて、アブラクサスが静かに口を開いた。

    「よい。ならばその破壊、預言のための礎とせよ。アダム、貴様に一任する」

    「御意」

    アダムは恭しく一礼し、アブラクサスの姿は光とともに消えた。
    彼の口元には、満足とも愉悦ともつかぬ、わずかな笑みが浮かんでいる。

    そのままマグダラに視線を向け──アダムの姿もまた、闇に溶けていった。

    「くそっ、アダムめ。まるで自分が教団を動かしているかのような顔をしやがって」
    残されたマグダラが、吐き捨てるように言った。

    「信者獲得は彼の任だ。あらゆる民族の特性をつかみ、言語をも操る。彼ならではの発想ではないのか?」
    シグマが静かに応じる。

    「人がいいな、シグマ博士は。貴方もそうやって、あの男に操られているのではないのか?」

    「なに?」

    「──バンコクで獲得したリストと、実際の信者数を照らし合わせてみたのか? アダムは油断ならん。せいぜい気をつけるんだな」
    そう言い残し、マグダラの姿も消える。

    「……ふん」
    シグマはつぶやいた。

    「私は私の力で、科学で、オメガ理論を超えてみせるだけだ」
    そして、最後の像も消えた。

    闇だけが、残された。




    「ねえねえ、さっきキャロルさん来てたよ」

    通路を歩くアカネの隣に、キム・セヨンが無邪気な声で並びかけた。

    「ああ、もう会った」
    アカネはわずかに顔を横に向ける。

    「あいかわらず迫力あるよねー。キャロルさんにはさ、藤堂長官もハッキリ言えないらしいよ。だって昔ね──」
    セヨンの他愛のないおしゃべりに、アカネの表情がわずかに緩む。

    「そういえば──」とセヨンは声を潜める。

    「関西エリアで、予測一致率がちょっと気になるの」

    「まさか、また予測ノイズか?」

    「ううん、この前とはちょっと違ってて……奈良北部と京都南部で、48時間平均の一致率が72.3%まで落ちてるの。乖離パターンもバラけすぎてて──トレンド型でもノイズ型でもない、って志摩さんも言ってたよ」

    ちょうどそのとき、医務室のドアが開いて、速水はやみ猛たけしと技術開発兼医療チームの志摩しま透とおるが連れ立って出てきた。速水の右腕には包帯が巻かれている。

    「あれ、速水さん!もう大丈夫なんですかぁ?」

    「ああ、大したことはない。名医のおかげでな」

    「……ったく。ま、ぼくが名医になれたのも、速水君の無茶のおかげかもね」
    志摩がズレた眼鏡を直しながら軽口を返す。

    「おいおい、誰が名医だって?」
    通路の奥から、キャロルがブーツを鳴らして現れた。

    「ひっ……!」
    志摩は咄嗟に速水の背後に隠れようとする。

    「なに隠れてんだい、志摩ァ!」
    鋭い声が飛び、志摩は縮こまって手を振った。

    「べ、別に……ちょっと目が合いそうだったんで……」

    やれやれと肩をすくめ、キャロルはアカネの方へと向き直る。

    「ちょうどいいとこにいた。あんた、奈良に行ってきてくれないか」

    唐突な指令に、アカネはわずかに眉をひそめた。

    「予測データに異常偏差が出てる。藤堂ちゃんの許可も、もう取ってある」

    「他に調査班は?」

    「もちろん向かわせるさ。だがあんたにも現場を見てほしい。それと──」

    キャロルはニヤリと口元を歪める。

    「1時間後にもう一度シミュレーション・ドームに来てくれ。さっそく実戦テストの準備だ。ふふふ……楽しみだねえ」

    そう言い残し、キャロルは軽やかに去っていった。

    しばし、4人の間に沈黙が流れる。

    「ふう……やれやれ。また無理難題を言われるかと思ったよ。ぼくじゃなくてよかったー」
    志摩が深いため息を吐く。

    「やっぱりキャロルさんも気づいてたんだねぇ。アカネ、気をつけて行ってきなよ。アタシは休暇だから♪」
    セヨンがウインク交じりに言うと、アカネは小さくうなずいた。

    「神崎。実戦テストというのは?」

    速水の問いに、アカネは短く答える。

    「エクステンド・アクターです。なんでも実際の戦闘員とシンクロさせるようで」

    「さすが、即断即決だなー。あっという間に長官の許可を取りつけるなんて。藤堂さんを“ちゃん”呼ばわりできるのは、あの人以外いないよ……」

    志摩はさらに深く、肩の力を抜くようにため息をついた。




    「こちら奈良文化遺産保全特別区から中継です。ご覧のとおり、法隆寺の金堂、五重塔、そして回廊の柱二十数本において、表面の木材が一部、急激に劣化して──」

    「薬師寺の東塔でも同様の報告が寄せられています。裳階もこしと呼ばれる各層の装飾的な屋根が、わずか数時間のうちに変色・ひび割れを起こしており、専門家によると“通常の風化速度では考えられない”と──」

    報道ヘリからの俯瞰映像が、朝靄に包まれた奈良を映し出す──
    世界遺産にも登録されたいくつかの古刹で、同時多発的に表面材の腐食や崩落が確認されていると、ニュースは伝える。

    映像が切り替わるたび、現場では住職や文化財担当者たちが神妙な面持ちで事態を見守っていた。

    「……これは……」
    「仏罰でも受けているような……いや、しかし……」

    報道陣が集まる法隆寺・西院伽藍。
    その様子を、小高い西円堂付近の木立から見下ろす不気味な影があった。
    長い衣の裾を風になびかせ、異形の存在がじっと伽藍を見据えている。

    「カーカカカカッ……崩レ落チルナリ、法隆寺!」


    奈良市街地の東縁──新薬師寺の本堂には、凛とした冷気が満ちていた。
    木の床がわずかに軋む音すら、堂内の静寂に吸い込まれていく。

    中央には薬師如来が鎮座し、その周囲を囲むように、十二の武神──十二神将が凛然と立ち並ぶ。

    それをゆっくりと見上げる男。
    やや長めの髪を無造作に下ろし、ダークグレーのコートの襟を立てている。
    サングラスのレンズが瞳を半ば覆い、その表情を読み取らせない。

    「……まるで、護衛のようですね。主尊を囲むその佇まいが、騎士団のようにも見える」

    男のつぶやきに、隣に立つ住職がやさしい調子で応じた。

    「まさにそのとおりです。この十二神将は、薬師如来を守護する存在。昼夜を十二の時間に分け、それぞれの刻を守る神ともいわれております」

    男は顔をわずかに傾け、怒気を宿した面差しの伐折羅バザラ大将の像を見上げた。

    「なるほど……古代のタイムキーパーか」

    「仏教では、苦しみからの解放、煩悩からの浄化を、時を重ねて目指します。それぞれの神将は干支にも対応しており、人々の生を見守ってきたとされているのです」

    「干支……つまり、人間の運命までも司る、と?」

    住職は微笑んでうなずいた。

    「そうとも言えるでしょうな。彼らの武具は実に多様で、三叉戟さんさげき、斧、宝剣、弓──これはおそらく、時代ごとの戦の象徴でもありましょう。武で守り、智で導く。そこに、仏教の知恵と慈悲の両輪があるのです」

    男は口元だけで笑った。
    その奥に、どこか黒く濁ったものが潜む。

    偶像──過去の人類の、有限性の象徴というわけか。
    だが、予測と管理がすべてを覆うこの世界で、人は、なおこの像に祈るのだろうか。
    祈りとは、信仰とは、予測精度を曇らせる誤差程度のものだとすれば──

    ……にもかかわらず。
    この造形には、抗いがたい力がある。
    威風、均整、理性、怒り……
    これが千年以上も、名もなき者たちの祈りを背負って立ち続けてきたというのか。

    「……ククク、実に……素晴らしい」

    男は小声でつぶやき、像に視線を這わせた。
    表面の塗装はところどころ剥がれ落ちていたが、一部には往時の極彩色がかすかに残っていた。

    各像の前に浮かぶホログラムには、朱、藍、緑青、金泥彩色など、創建当時の色彩が忠実に再現されている。

    「なるほど。記憶の再構築か……“召喚”にも似ている」

    「……?」

    小首をかしげる住職をよそに、男はそれ以上語らなかった。

    やがて彼は、伐折羅像からゆっくりと視線を離すと、堂内をひと回りするように歩を進めた。

    その背後に、かすかな風が吹き抜ける。
    仏の前に立つには、どこか異質で、冷たい風だった。




    「え?エクステ……何ですって?」

    浮上型都市ノア・ハブ──G.O.A本部の下層区にある戦闘訓練施設地下1階。
    アオイは怪訝な顔で、兵装開発部の橘たちばな隼人はやとを見上げた。

    「エクステンド・アクターってんだ。なあ、アオイ。頼む!協力してくれ」
    隼人は真剣な眼差しで言った。

    「実は、キャロルさんのご指名なんだよ」

    「は、はあ……」


    地下最下層にあるシミュレーション・ドーム。だだっ広い空間に、アオイはただひとり立っていた。全身には微細な電極のようなデバイスが貼り付けられている。

    「……なんだか、人体実験みたいですね」

    苦笑するアオイの声が、ドームの壁面に設置された通信機器に反響する。

    《よし、記録開始だ。プロトコル:エクステンド・アクター・システム》
    隼人の声が、天井スピーカーから落ちてくる。

    その瞬間、床面がうっすらと光り始め、周囲の景色が変化する。
    眼前に広がったのは、かつてアオイが訪れた訓練フィールドに酷似した丘陵地帯──しかし、これは完全なホログラム映像だ。

    「なんだこれ……すげぇな」

    アオイが感嘆する間もなく、視界の左右から数体の敵影が出現した。
    アオイは条件反射のように構えを取る。

    「──はっ!」

    一体、また一体。身のこなしだけで仮想敵を撃破していく。
    しなやかで、無駄のない動きだった。

    だが──突然、場の空気が変わった。

    「……!」

    丘の上。そこに、ひとりの“女”が立っていた。
    髪は風になびき、その瞳は冷たい光を宿している。
    その気配だけで、これまでの仮想敵とは明らかに一線を画す存在だとわかった。

    「誰だ……?」

    アオイが問いを口にした瞬間、女は跳んだ。
    直後、回し蹴りが飛来し、アオイは咄嗟に腕で受ける。

    「ぐっ──!?」

    踏み込まれ、さらに膝蹴り。たまらず後方に跳び、距離を取る。

    「……隼人さん、このシステム……変身、できるんですよね」

    《ああ。クロスホルスター反応、問題ない。武器もな。いつもどおりでOKだ》

    それを聞いた瞬間、アオイは左手首に手をかざす。

    《ID CODE: ZERO-AZURE》
    《CROSS HOLSTER READY》
    《NEURAL LINK… SYNCHRONIZED》
    《SUIT INITIATION: STANDBY》

    「──クロス・オン、零-Azureアズール!」

    蒼い光の粒子が彼を包み、クロススーツが装着される。だが──

    「なっ……!?」

    女の姿もまた、光に包まれる──そして現れたのは、紅に輝くクロススーツの戦士だった。

    (ク、クロスレンジャー!赤い……戦士)

    一瞬の困惑。だが、女はすでにゼロ・ブレードを構えていた。

    (……よし、やるしかないか)

    アズールもゼロ・ブレードを手に取り構える。

    交錯するふたつの刃。
    アズールの剣筋を軽くいなすように、女の動きは鋭く、そして重い。

    「くっ、あっ──!」

    斬撃。肘。膝。すべてが一点の隙もなくアズールに襲いかかる。
    たまらずよろめき、尻もちをつく。

    「ぐ……これは……生身じゃ……?」

    意識がはっきりしている分だけ、痛みも鮮明だった。
    仮想訓練のはずなのに、感覚は現実とまったく変わらない。

    女は彼に歩み寄ると、見下ろすように言い放った。

    「ま、こんなものか……」

    そして次の瞬間、スーツごとその姿が霧のように掻き消えた。
    静寂が戻る。

    「……隼人さん、これって……いったい……?」

    アズールの声が、虚空に揺れた。



    2. 古都


    東大寺大仏殿から西へ約300m──
    その一角に佇む戒壇堂かいだんどうの脇、鬱蒼とした樹木の枝上に、ひとつの影が潜んでいた。

    ──光学迷彩ナノ粒子展開装置ステルス・ヴェイル。
    環境の色調や明度、光線の角度変化をリアルタイムで反映し、周囲の風景と同化する高密度ナノ粒子が、視覚的存在感を限りなくゼロに近づける。

    ステルス・ヴェイルを身にまとい、アカネは木の枝に膝を折ってしゃがみ込み、小型双眼鏡を覗いていた。
    視線の先、荒れ果てた戒壇堂と、その周囲に集まる人々の動きに意識を集中させる。

    (腐食の進行か。想像以上だ……)

    建物全体に広がる劣化の痕跡。瓦は剥がれ、木材は黒ずみ、戸板は外れかけていた。
    大仏殿、南大門、二月堂──境内の他の重要文化財もまた、同様の損耗を見せている。

    戒壇堂の中から、作業員たちが仏像を慎重に運び出している。
    その背中には、国際NGO「N.C.C.(Network for Cultural Conservation)」のエンブレムが光っていた。

    (文化財保護チームの派遣か……やけに早いな)

    警戒線などは敷かれていないが、周囲には報道陣と観光客が混在し、現場は異様な熱を帯びていた。

    (セヨンが言っていた、“予測一致率の低下”……そして寺院の急速な腐食。とても無関係とは思えない)

    そう心中でつぶやき、アカネはふたたび双眼鏡を動かす。
    そのとき──

    (……!)

    人の波を逆らうように、ただ一人、境内の外へ向かう男がいた。

    ゆるやかに歩くその様は、いかにも自然体だが、どこか違和感があった。
    空気が歪むような圧。重力すらねじ曲げているような“異質さ”。

    (あれは……)

    双眼鏡をぐっと構え直す。
    垂れた前髪の奥に、見覚えのある輪郭。襟を立てたダークグレーのコート。

    (間違いない……アダム!)

    アカネは静かに立ち上がると、足元を確認するように枝から地面へ降りた。その瞬間、ステルス・ヴェイルが音もなく解除される。

    黒いキャップを目深にかぶる。
    人々の視線をすり抜けるように石段を降り、アカネはひとり、アダムの背中を追った。




    樹々の葉がざわめくなか、ひとりの男が古都・奈良の静寂を切り裂くように、興福寺の中心に立っていた。

    ──中金堂、東金堂、そして南大門跡に再現された高精度ホログラム。
    そのすべてを見渡せる位置から、アダムは静かに視線を巡らせる。

    サングラスを外し、天を仰ぐ。
    その先には、雲を背にそびえ立つ国宝・五重塔。

    「フム……修復から40年ほどか。この国の象徴ではあるな」

    つぶやいた声に、背後の空気が微かに揺れた。

    「セラフィム・アーク──“ナグサ”」

    呼び声に応じ、空間が波打つ。
    光学迷彩がひと筋ずつ剥がれ、異形の巨体が衣の裾をなびかせながら、その姿を露わにした。

    「カーカカカカッ。既二、ココ二控エテオリマスル」

    額にはひとつの巨大な眼。肩からは千手観音のように数多の腕が伸び、背面の環状構造体には無数の小型マニピュレーターが蠢く。

    「……あれは……セラフィム・アーク!」
    その姿を見た瞬間、近くの木の影に潜んでいたアカネが小声を漏らす。

    ナグサの額眼が淡く光り、五重塔をスキャンしはじめる。塔の外装に沿って、赤外線のようなグリッドが幾重にも走った。

    「文化記憶、解析完了。分子共振型ナノ酸化エントロピー・サンクタム、放出。サア、朽チ果テヨ!」

    「──待て!」

    キャップを投げ捨て、アカネがその場に飛び出す。
    風に舞う髪、鋭く敵を射る眼差し。
    ゼロ・ブラスターを両手で構え、アダムとナグサの目前に立ちはだかる。

    「ほう……なかなか早い到着だな、クロスレンジャー」

    アダムは笑みを浮かべたまま、興味深そうにアカネを見つめる。

    「ヴェスパーがここで何をしている?寺院の腐食、やはりおまえたちの仕業か」

    アカネが右手を素早く掲げると、周囲に潜んでいたG.O.Aのソルジャーたちが一斉に姿を現す。十数人が配置に就き、銃をアダムとナグサに向ける。

    さらにその頭上──猿沢池方面から、白銀の多用途エアリフト・ゼロリフターが、興福寺境内の上空へと滑空してくる。
    機体下部のハッチが開き、内部から明滅する光が漏れた。

    《神崎隊長、エクステンド・アクター準備完了です!》

    「よし、ノア・ハブにつなげ」

    ──風が強まる。
    アカネはブラスターを構え直し、はっきりと告げた。

    「聞こえてるか、アクター! これより戦闘開始だ──!」

    (第9話へ続く)


    ▼次回以降リンク

    第9話 交差
    第10話 追憶
    第11話 未定
    ……


    ▼この世界の裏側を記した補助記録──File.00

     
     
     
    2025年5月から始めました。初めての小説(断念中)とかエッセイ的なものを書いていこうと思います。たぶん。 長く楽しく続けられれば。よろしくお願いします。

    あなたへのおすすめ