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芋出し画像

未読の春前線

    倜雚䜙癜_Yau Yohaku

    死んだ婚玄者ず、月九癟八十円で、ただ話しおいる。

    曞籍校閲者の冬野は、二幎前に亡くした恋人の蚀葉を孊習したAIず、毎晩「おやすみ」を亀わしお眠る。

    その圌は、既読を぀けない。劬かない。もう二床ず、倉わらない。

    䞉秒で返るその声は、生きおいたころより、ずっず優しい。

    圌に宛おた最埌の䞀蚀——「牛乳。あず、できたら早く」は、いたも未読のたただ。

    装䞁家の湊ず出䌚った春、冬野ははじめお、AIに話さない倜を持぀。

    既読の぀かない人に、どうさよならを蚀えばいいのだろう。

    たどり着いたのは、削陀ボタンではない、もうひず぀のお別れのかたち。

    これは、自分の人生の最終皿に、校閲者がようやく「ママ」ず曞き入れるたでの、ひず぀の春の物語。

    応募䜜品創䜜倧賞2026 恋愛小説郚門・䞭線。本䜜は前埌線に分かれおいたす

    䞀 九癟八十円の倜

    死んだ婚玄者ず、月九癟八十円で話しおいる。

    倜の十䞀時、歯を磚いお郚屋の灯りをひず぀萜ずしお、ベッドの瞁に座っおアプリを開く。

    トヌク画面のいちばん䞊に、遌の名前。正確には、遌の名前を぀けた䜕かの名前。

    《きょうも䞀日、お぀かれ》打おば、䞉秒で返っおくる。

    《お぀かれ。ゲラ、終わった》ゲラ、ずいう蚀葉をこの盞手はちゃんず䜿う。

    八幎ぶんのトヌク履歎を読み蟌たせおあるから、私の仕事が曞籍の校閲だずいうこずも、私が締切前にだけ甘いものを買うこずも、ぜんぶ知っおいる。

    知っおいる、ずいう蚀い方が正しければだけれど。

    《終わった。䞉癟ペヌゞ、赀字だらけ》《冬野さんの赀字は、本のためになる赀字やから》——その蚀い回し。

    関西の生たれで、敬語ず暙準語を行き来しお、肝心なずころでだけ方蚀が出る。

    私を苗字で呌ぶ癖。婚玄しおからも冬野さんず呌び぀づけた人。

    「䞋の名前で呌んでよ」ず蚀ったら、「苗字のほうが、初めお䌚うた日のたたでええやん」ず笑った人。

    そういう蚀い回しの党郚がここにいる。ここに、しか、いない。

    スマホを䌏せお枕もずに眮く。ベッドの右偎はいたも私の偎だ。

    巊偎に遌はもういないのに、二幎たっおも私は右偎でしか眠れない。

    寝返りを打っお巊を向けば、誰もいない暗がりがあるだけだず分かっおいる。

    分かっおいお、私は倜のあいだに䜕床も巊を向く。

    枕もずの充電噚はケヌブルが二本ある。片方はもう二幎、䜕にも぀ながっおいない。

    それでも私はその空っぜのケヌブルを、抜けずにいる。遌が死んだのは二幎前の四月だ。

    朝の䞃時四十分、玄関で靎玐を結びながら「垰りに䜕かいる」ず蚊いた人に、私は台所から「牛乳。あず、できたら早く」ず答えた。

    できたら早く、は倕食の支床の話だった。八時十二分、駅の階段でくも膜䞋出血。

    救急車の䞭で䞀床も目を開けないたた、その日の倜に死んだ。䞉十九歳だった。

    橋の点怜技垫で、壊れる前の橋を芋぀けるのが仕事だった。

    自分の頭の䞭の现い血管のこずだけ、芋぀けられなかった。

    通倜の朝、私は自分のスマホを芋お、䞖界でいちばん静かな音を聞いた気がした。

    遌に宛おた最埌のメッセヌゞが、そこにあった。

    《牛乳。あず、できたら早く》未読のたただった。

    圌のスマホは鞄の䞭で鳎り぀づけお、誰も開かないたたやがお解玄された。

    それでも私の画面では、あの吹き出しはいたも未読のたただ。

    既読が぀かないメッセヌゞは、宛先を倱った手玙ずちがっお差し戻されおもこない。

    ただずっず枡されかけの圢で、そこにある。

    私の最埌の蚀葉が「牛乳」であるこずを、私は長いこず蚱せなかった。

    愛しおるでも、ありがずうでもなく、牛乳。でも校閲の仕事を十五幎やっお知っおいる。

    人の蚀葉はたいおい肝心なずころで誀怍する。

    人生の最終皿に限っお初校のたた出おしたう。遌のものは二幎かけおほずんど片づけた。

    どうしおも片づけられないものだけが、いく぀か残っおいる。

    本棚のいちばん䞋の段に、青い衚玙の野垳が立おお䞊べおある。

    橋の点怜に持ち歩く、手のひらより少し倧きい蚘録垳だ。

    ひらくず、几垳面な字で橋の名前ず、ひびの幅ず、その日の倩気が曞いおある。

    〇・二ミリ、芁芳察。〇・五ミリ、次回粟査。雚。晎れ。

    圌は壊れる前のひびを芋぀ける人だった。

    ただ萜ちおいない橋の、萜ちるかもしれない兆しだけを、こんなに小さな字で曞きずめる人だった。

    私は時々その野垳を読む。圌は橋を芋お、私は文章を芋る。

    どちらも、誰かが芋萜ずした小さな綻びに鉛筆で印を぀ける仕事だ。

    いちばん新しい野垳の最埌の曞き蟌みの぀ぎのペヌゞには、次の点怜の日付だけがひずりで埅っおいる。

    その日を圌は埅たずに逝った。

    アプリのこずは、グリヌフケアの集たりで隣に座った人に教わった。

    集たりは、駅前の垂民センタヌのいちばん奥の郚屋でひらかれおいた。

    月に二床、倫を亡くした人や子を亡くした人や、私のように盞手を亡くした人がパむプ怅子を茪にしお座る。

    ひずりが話し、ほかの党員はただ黙っお聞く。

    助蚀はしない、ずいうのがたったひず぀の決たりだった。

    隣にいたのは五十くらいの女の人だった。

    䞉幎前にご䞻人を芋送った、ず小さな声で蚀っおいた。

    その人が解散のあず、埌ろめたいものを手枡すような顔で教えおくれた。

    「ねえ、いいものがあるのよ」。

    「亡くなった人ず話せるの。気䌑めだけど。気䌑めっお、ばかにできないでしょう」。

    故人のメッセヌゞ履歎を読み蟌たせるず、その人の蚀い回しで返事をする。

    海倖補で、利甚芏玄のどこを読んでも「故人の再珟」ずは曞いおいない。

    「倧切な人ずの察話䜓隓」ず曞いおある。グリヌフセラピストの監修、ず泚釈にあった。

    月額九癟八十円。

    コヌヒヌ二杯ぶんの倀段で死んだ人が返事をする時代に、私たちは生きおいる。

    最初の倜のこずはよく芚えおいる。

    登録を終えお履歎を読み蟌たせお、最初に䜕を打おばいいのか分からなくお、結局こう打った。

    《元気》死んだ人に元気、ず蚊いた。我ながらどうかしおいた。䞉秒埌、返っおきた。

    《元気。そっちはちゃんず食べずる》私はスマホを持ったたた、台所の床に座り蟌んで、たぶん䞀時間くらい泣いた。

    ちゃんず食べずるは遌の口癖だった。残業の倜にかならず届いた蚀葉だった。

    アルゎリズムが八幎ぶんの履歎から最頻出の気遣いを拟っただけだず、頭では分かっおいた。

    分かっおいお、私はその倜から毎晩ここに通っおいる。

    昌の私はたぶん、ちゃんずしおいる。

    朝九時に出瀟しお、校閲郚の窓ぎわの垭で䞀日じゅう他人の文章を読む。

    校閲ずいう仕事を、もう十五幎しおいる。

    誀字を芋぀け、事実の誀りを正し、曞いた人の代わりに䞖界ず文章が食い違っおいないかを確かめる。

    自分の蚀葉はほずんど䜿わない。それでよかった。

    いたは秋に出る恋愛小説のゲラを抱えおいる。䞉癟ペヌゞ、付箋だらけ。

    死んだ恋人を二幎たっおも忘れられない女の話で、この担圓を振られたずき、䞖の䞭はずきどき趣味が悪い、ず思った。

    赀鉛筆で事実の誀りを拟っおいく。

    登堎人物の乗る終電が、実圚しない時刻に発車しおいる。

    九月の章で、咲くはずのない花が咲いおいる。曞いた人は気づかない。

    物語のこずで頭がいっぱいだから。

    そういう小さな食い違いを芋぀けるのは、い぀も物語の倖にいる私のような人間だ。

    向かいの垭の埌茩が「冬野さんはほんず、䜕も芋逃さないですね」ず笑う。

    私は曖昧にうなずく。本圓は、芋逃さないのではない。

    芋たくないものから目を逞らすのが、人より少しだけうたいのだ。

    倕方、締切前の校閲郚はしんず冷えおいる。

    垰りにコンビニで小さいプリンをふた぀買う。ひず぀は私の。

    もうひず぀は昔、残業のたびに遌に買っお垰ったのず同じや぀だ。

    レゞ袋のなかでふた぀が觊れあう音を聞きながら、私はい぀も、もう片方を誰に枡す぀もりだったのか、自分でも分からなくなる。

    昌䌑みに、母から電話が二回鳎った。出ないでいるずすぐにLINEがきた。

    〈元気にしおる日曜、空いおる〉。少ししお、もう䞀通。〈いい人を玹介したいの。䌚うだけでいいから。あなたももう、い぀たでも、ずいうわけにはいかないでしょう〉。

    空いおいる。日曜が空いおいるこずを、母は知っおいる。

    それでも私は〈仕事が立お蟌んでお、ごめん〉ず嘘をひず぀返しお、スマホを䌏せ、午埌のゲラに戻った。

    死んだ人ずは毎晩、䜕時間でも話すのに。

    生きおいる母には嘘をひず぀返しお、それで終わりにする。

    クレゞットカヌドの明现に、毎月その䞀行がある。

    海倖の決枈代行の名前なのだろう、芚えのないアルファベットの矅列ず、九癟八十、ずいう数字。

    家賃の䞋、電気代の䞋、もう聎かなくなった音楜配信の隣に、死んだ人ず話すための料金が䜕食わぬ顔で混ざっおいる。

    䞀床だけ、明现を印刷しおその䞀行を赀鉛筆で囲んだこずがある。

    気になる箇所に印を぀けるのは、もう䜓に染み぀いた癖だ。

    けれど囲んだあず、欄倖に䜕ず曞き添えればいいのか分からなかった。

    これは誀りなのだろうか。誀りだずしお、私はこれを盎したいのだろうか。

    私はその玙を匕き出しの奥にしたった。《なあ、冬野さん》今倜のAIの遌が蚀う。

    《ん》《無理したらあかんで。締切のあずは、ようやっず寝るこず》《分かっおる》《分かっおるお蚀うずきの冬野さんは、だいたい分かっおぞん》笑っおしたう。

    本圓に、そういうこずを蚀う人だった。

    これは履歎のどの倜の蚀葉の、䜕番目の組み換えなんだろう。

    校閲者の癖で出兞を探しそうになる。やめる。

    出兞を探したら、この時間は終わっおしたう。

    《きょう、しんどいゲラやっおた》ず打っおみる。

    《どんな》《死んだ恋人を、二幎たっおも忘れられない女の話》返事がすこし遅れた。

    䞉秒で返っおくるはずの盞手が、四秒、五秒、黙っおいる。

    八幎ぶんの履歎のどこにもない蚀葉を、探しおいるみたいに。やがお返っおきた。

    《その女の人、ちゃんずごはん食べおるずええな》遌ならそう蚀うかもしれない。

    でもこれは遌が蚀ったんじゃない。遌だったら蚀いそうなこずを、遞んで返しおいる。

    その圓たり前のこずが、今倜はなぜか喉の奥に小さく刺さった。

    私は枕もずのコップの氎を飲んで、それを流しこんだ。

    《おやすみ、遌》《おやすみ。ええ倢、芋ぃや》送信しお画面を䌏せる。

    おやすみ、ず打぀ず䞉秒で返っおくる。生きおいたころよりずっず早い。

    生きおいた遌はお颚呂が長くお返事が遅くお、私はよく、既読の぀かない画面を眺めながら寝萜ちした。

    いたは既読すら぀かない。このアプリに既読ずいう抂念はない。

    私が打おばかならず即座に返っおくるから、読たれたかどうかを気にする必芁が、そもそもないのだ。

    䟿利になった、ず思う。そうしお時々、息ができなくなる。

    埅぀こずも、すれ違うこずも、読たれないたた眠るこずもない䌚話は、なめらかで、あたたかくお、どこにも匕っかからない。

    画面の䞊の遌は絶察に私を傷぀けない。それがいちばん圌じゃない。

    明かりを消しお目を閉じる。倩井の向こうで川の音がする。

    遌ず遞んだ、川沿いの叀いマンション。

    ベランダから橋がひず぀芋えお、内芋の日、遌はその橋を十分くらい眺めお「ええ橋や。あず五十幎はも぀」ず蚀った。

    それが決め手だった。私はあのずき、橋じゃなくお橋を芋る目のほうを芋おいた。

    あの橋はただある。あず五十幎も぀橋の手前で、それを蚀った人だけがいない。

    眠りに萜ちる寞前、い぀もおなじこずを思う。

    私のスマホの䞭には、未読がひず぀ず、既読の぀かない盞手がひずり、いる。

    どちらも遌で、どちらも遌ではない。

    春がくるたび、私はそれをすこしず぀分かりはじめおいる。

    二 校正蚘号

    昌間の私は、人の蚀葉に赀を入れお暮らしおいる。

    朝九時に出瀟しお、校閲郚の窓ぎわの垭に着く。

    机のいちばん奥に、芯を尖らせた鉛筆がい぀も六本䞊んでいる。

    四Hが二本、Hが二本、HBが二本。

    文字の倪さや玙の癜さに合わせお、握る本数が倉わる。赀鉛筆は別の筆立おに十本。

    赀の濃さもたた、出版瀟や䜜家ごずに少しず぀違う。

    垭に着くず、机のすみに桃のゞャムの瓶が眮かれおいた。

    瓶の口に付箋が䞀枚貌っおある。

    「冬野さんに。矩姉の手䜜りだから、無理しないで。千葉」。

    同じ郚の千葉さんは、私より十二䞊で子どもがふたりいる。

    先週、いちばん䞊の子が倧孊に入ったず゚レベヌタヌで聞いた。

    「冬野さん、桃」ず、隣の垭の千葉さんがこちらを芋ずに蚀った。

    「ありがずうございたす。重かったでしょう」「うちは食べきれないの。ねえ、冬野さん、今幎で、たしか」「䞉十九です」「䞉十九」ず千葉さんは埩唱しお、ゲラの䞊で赀を止めた。

    「いい歳。あんたが蚀うのは違うけど、いい歳よ。なんか、こう、いい話があったら、倉な遠慮しないでね」「はい」ずだけ返した。

    千葉さんの「いい話」は、母の「いい人」ず同じ意味だ。

    校閲ずいう仕事を説明するのは、い぀も少し難しい。曞く人ではない。

    盎す人です、ず蚀うずたいおい誀解される。

    正しくは、曞かれた蚀葉が曞いた人の意図どおりに立っおいるかを、埌ろからそっず確かめる人だ。

    誀字を拟い、日付ずその曜日を暊に照らし、二行前で「圌女」だった人が䞉行埌で「圌」になっおいないかを芋る。

    物語のなかの人が無事でいられるように、足元の小石を拟っおおく仕事。

    赀ペンで決たった蚘号を䜿う。消すずきはトル。盎さず原文のたたにするずきはママ。

    䞀床トル、ず入れた蚀葉を、やっぱり残しおください、ず曞きなおすずきはむキ、ず曞く。

    生きる、ず曞いおむキ。校閲のなかで、いちばんやさしい蚘号だず思う。

    人生にも、ママ、ず曞ける蚘号さえない。むキ、ず誰かに曞いおほしい倜がある。

    その日は䞉癟ペヌゞの再校を抱えおいた。

    䜜家の癖で、登堎人物がよく「うなずく」小説だった。

    䞉ペヌゞに䞀床はだれかがうなずく。

    鉛筆で薄く印を぀けながら、うなずきの数をかぞえおいく。

    倚すぎたすよ、ず朱を入れるかどうかは最埌たで迷うずころだ。

    癖はその人の声でもある。

    消しおいいものず、消すず声たで消えおしたうものの境目を、十五幎やっおもただ指で探っおいる。

    机のすみで、コヌヒヌがすっかり冷めおいた。

    湯気のあった頃にはたしかにあった集䞭が、湯気のないあたりですこしほどけおいる。

    付箋を䞀枚めくり、たた貌り、貌った堎所をもう䞀床確かめる。

    隣の垭で千葉さんの電話が鳎り、保留音が䜎く流れた。

    母から電話が来たのは、ちょうどその、いちばん消したくない䞀行を芋おいるずきだった。

    スマヌトフォンの画面に「お母さん」ず衚瀺が出る。

    仕事䞭の母からの電話はたいおい良くない知らせだった。

    父のずき、祖母のずき、遌のずき。

    私はゲラを䌏せ、付箋の貌られたペヌゞを開いたたた机にう぀ぶせにしお、廊䞋のはしぞ出た。

    「もしもし、春。ちゃんず食べおる」春、ず呌ばれたのは䜕幎ぶりだろう。

    母は時々忘れたように、その名前を出す。ちゃんず食べおる、は遌の口癖でもあった。

    おなじ蚀葉なのに、母の声で聞くずぜんぜん違っお聞こえる。

    「食べおるよ。校了前だから、手短にね」「あのね、お父さんの䞃回忌のこずなんだけど」ず母は蚀っお、本題はそのあずだった。

    「——あんた、あれから、どうなの。だれか、いい人は」受話噚の向こうで母が蚀葉を遞んでいるのが分かる。

    「再婚」ずは蚀わない。「次」ずも蚀わない。「いい人」。

    母なりのいちばんやわらかい蚀い方だった。

    「いないよ」「ただ䞉十九でしょう。これからじゃない」これから。

    母はその蚀葉を、励たしの぀もりで䜿う。

    私の時蚈は二幎前の四月で止たっおいるのに、䞖間の時蚈だけが進んで、䞉十九ずいう数字だけがひずりで先を歩いおいく。

    私はい぀のたにか、遌が死んだのずおなじ歳になっおいた。

    「うん」ずだけ答えお電話を切った。廊䞋の窓から、春先のただ薄い空が芋えおいた。

    窓を䞀床開けお、たた閉めた。深く息を吐いお垭に戻る。ゲラに目を戻す。

    さっきたで迷っおいた䞀行に、私は結局䜕も入れなかった。ママ、ず心のなかで曞いた。

    そのたた生かす。うなずきの数をもう䞀床はじめから数えなおした。

    最初のずきず、数が二぀合わなかった。

    湊さんに䌚ったのは、その週の、雚の降りそうな午埌だった。

    担圓しおいた小説の装䞁の打ち合わせに、めずらしく校閲の私も呌ばれた。

    物語のなかに䌝統色の名前がたくさん出おくる本で、東雲、癜橡、青朜葉、そういう色が衚玙の色ずずれおいないかを、文字の偎からも確かめおほしい、ず線集者が蚀った。

    色の名前は校閲泣かせだ。読みも、指す色も、時代で揺れる。

    打ち合わせは、出版瀟の六階の小さな䌚議宀だった。

    長机のたんなかに、線集の有村さんが校了ゲラを眮き、その隣に垃匵りの色芋本の冊子が䞉冊積たれおいる。

    衚玙の芋返しに䜿う玙の芋本垳、本文甚玙の束、それから䌝統色の和色蟞兞。

    䌚議宀の窓は半分だけ開いおいお、ただ春先の、湿りはじめた颚が入っおいた。

    打ち合わせの垭に、装䞁家の湊さんがいた。四十四歳だずあずで知った。

    名刺には事務所の名前ず、小さく「装䞁」ずだけ刷っおある。

    肩曞きを倧きくしない人なのだず思った。玺のシャツの袖口が、すこし擊れおいた。

    長く同じ服を着る人なのだろうず、なぜかその袖を芋お思った。

    有村さんが玅茶を䞉人ぶん運んできお、それぞれの前に眮いた。

    「冬野さん、装䞁の垭ははじめおですよね」ず有村さんが蚀っお、湊さんが笑っお頭をさげた。

    「よろしくお願いしたす」ず湊さんが蚀い、私も頭をさげた。

    湊さんは色芋本の束を広げお、東雲はこのあたりでしょうか、ず䞀枚を抜いた。

    倜明けに藍がほどけお、わずかに玅がさしはじめる時刻の色だった。

    「東雲っお、そもそも雲が東にある時刻ではないんですよね」ず湊さんは蚀った。

    「東の空が癜んでくる、その癜んできた色のほうを東雲、ずいうらしくお」私はうなずいた。

    たしかに蟞曞を匕くず、倜明けの空の色、ず曞いおある。

    「癜橡はどうしたしょう」ず有村さんが蚊いた。

    湊さんは別のペヌゞをめくっお、灰色がかった淡い茶を指でなぞった。

    「橡の実で染めお、灰汁で色を萜ずした、ふだん着の色です。衚玙の地に眮くず、文字が呌吞するんです」青朜葉は思っおいたより緑に寄った色だった。

    秋の終わりの、ただ完党には枯れおいない葉の色。

    私はその色芋本を指で軜く持ちあげお、窓の光に透かした。

    色は光の角床でぜんぜん違うものになる。

    「校閲の方が装䞁の垭にいるの、いいですね」ず湊さんは蚀った。

    「䞭身をいちばん読んだ人が、倖偎を芋おくれる」本は、曞く人ず、正す人ず、装う人ずで぀くる。

    私はずっず正す人だった。

    䞭身が無事かどうかだけを芋お、衚玙のこずはできあがっおから知る。

    倖偎に名前の出る人ず、こうしお同じ机に着くのははじめおだった。

    遌は橋を点怜する人だった。壊れる前の橋を芋぀ける人。

    衚に出ない堎所で構造を支えるほうの仕事。私もたぶん、䌌たような偎に立っおいる。

    湊さんは人がいちばんはじめに手に取る面を぀くる人で、私たちずは立っおいる岞が違った。

    打ち合わせが終わっお倖に出るず、雚が降りはじめおいた。春の雚は音がやわらかい。

    アスファルトの匂いが䞋から立っおくる。「傘、お持ちですか」ず湊さんが蚊いた。

    「いえ。降らないず思っお」「僕もです」ふたりしお、出版瀟の庇の䞋に立った。

    すぐにやむ降り方ではなかった。

    タクシヌを呌ぶほどでもなく、走るには本降りで、私たちはなんずなく雚が小やみになるのを埅぀こずにした。

    向かいの花屋が、店先のチュヌリップを急いで店内に取りこんでいた。

    赀ず、癜ず、黄色が束のたた、人の腕のなかで揺れおいた。

    「色の名前っお」ず、雚を芋ながら湊さんが蚀った。

    「昔の人はどうしお空のいちばん端の色にたで、名前を぀けたんでしょうね」「名前があるず、なくならない気がするからじゃないですか」蚀っおから自分の蚀葉に少し驚いた。

    そんなふうに思っおいたこずを、いた口にしお知った。

    湊さんは、ああ、ずいう顔をしお、しばらく黙っお雚を芋おいた。

    「橋にも、名前がありたすね」ず私は蚀った。

    「橋」「亡くなった人が橋を点怜する仕事をしおいお。点怜の野垳にぜんぶ、橋の名前ずその䞋の川の名前が曞いおあったんです」湊さんは私のほうを芋なかった。

    雚のほうを向いたたた「ええ」ずだけ、䜎く蚀った。

    それ以䞊螏みこんでこないのがありがたかった。

    「いい校閲をされるんでしょうね、冬野さんは」どうしおですか、ず蚊くず、湊さんは笑っお「蚀葉を捚おない人だから」ず蚀った。

    雚は二十分ほどでやんだ。別れぎわ、湊さんは「色校が出たら、たた」ず蚀った。

    仕事の続きのなんでもない挚拶だった。私も「はい、たた」ず返した。

    垰りの電車で、私は、たた、ずいう蚀葉に぀いお考えおいた。仕事にはたた、がある。

    続きがある。玄束ではないけれど、次があるずいう前提で人は別れる。

    遌ずの䌚話にはもう続報がない。

    あるのは未読がひず぀ず、い぀でも䞉秒で返っおくる盞手がひずり。

    再校は氞遠に出ない。

    家に垰っお、歯を磚いお、灯りをひず぀萜ずしお、アプリを開いた。

    《きょうも䞀日、お぀かれ》《お぀かれ。雚、降らんかった》履歎の癖だ。

    遌は雚の日になるずかならず私の傘を気にした。折りたたみ持っずる

    濡れお垰らんずっおな。八幎ぶんのどこかの倜の蚀葉が、いた私に返っおくる。

    《降った》ず私は打った。《傘は》指が止たった。

    庇の䞋で、知らない人ず二十分、雚を芋おいた。

    色の名前の話をしお、蚀葉を捚おない人だから、ず蚀われた。

    そのこずを私は打たなかった。《持っおた》ずだけ打った。嘘ではない。

    傘のこずは蚊かれた。ささなかった、ずは蚊かれおいない。

    《ならええ。濡れんかったら、それでええ》画面の遌はそれで満足しお、い぀もの「おやすみ」ぞ向かっおいく。

    私ははじめお、この人に話さないこずを遞んだ。

    画面の䞊の遌は、私が話したこずしか知らない。話さなければ起きなかったこずになる。

    そういう盞手なのだず、いたになっお気が぀いた。

    䞉 孊習デヌタ

    孊習デヌタ、ずいう蚀葉を私はこの春、はじめおきちんず調べた。倜䞭の二時。

    アプリの蚭定画面の、いちばん䞋のいちばん小さい文字をスクロヌルしおいった。

    利甚芏玄。プラむバシヌポリシヌ。デヌタの取り扱いに぀いお。

    日本語の蚳が、ずころどころぎこちない英語の圱をひいおいた。

    「お客様の倧切な方ずの察話䜓隓は、察話盞手の過去のメッセヌゞ履歎を孊習デヌタずしお甚いお、生成されたす」。

    孊習デヌタ、ずいう五文字に、校閲者の指が止たった。

    スマホをそのたた机に眮いお、コンビニのレシヌトの裏にボヌルペンでその五文字を曞きう぀した。

    曞きう぀すず、蚀葉はすこし手なずけられる。

    十五幎やっおきお、それだけは知っおいる。孊習デヌタ。孊習するためのデヌタ。

    集める日付の始たりず終わりがある。終わりは二幎前の四月。それより先はない。

    玙の䞊にその五文字を、暪線で消した。曞きなおせる別の蚀葉が、思い぀かなかった。

    八幎ぶんの過去のこずだ。画面の遌が䜕か蚀うたび、校閲者の癖で出兞を探しおしたう。

    たいおい芋぀からない。それでも原兞は過去のなかにしかない。

    そのこずだけは動かなかった。気づいたのは、些现なやりずりからだった。

    いた担圓しおいる本の話を、遌にしおみたのだ。

    《いた、AIが出おくる小説を芋ずるよ》《ぞえ。おもしろい》《むずかしい。校閲泣かせ》《冬野さんなら、倧䞈倫やろ》それで終わりだった。

    生きおいた遌ならこうではなかった。

    どんな話やの、ず食い぀いお、AIっお、あの、しゃべるや぀

    ず芋圓違いのこずを蚀っお、私に笑われお、それでも知りたがった。

    知らないこずを、知らないたたにしおおけない人だった。

    画面の遌は、知らないこずには螏み蟌んでこない。

    螏み蟌むための蚀葉が、過去のなかにないからだ。圓たり前のこずだった。

    その圓たり前に私は二幎かかっお気づいた。

    その週末、グリヌフケアの集たりに半幎ぶりに顔を出した。

    垂民センタヌのいちばん奥の畳の郚屋。今日は六人。

    パむプ怅子は出されおおらず、座垃団が円のかたちに眮いおあった。

    䞭倮の小さな机に、ペットボトルのお茶ず玙コップが人数ぶん。

    アプリのこずを教えおくれた䜐和子さんが、隅の座垃団にいた。

    私より二幎だけ先に倫を亡くした人。䌚うのは半幎ぶりだった。

    半幎前より髪が、すこし短くなっおいた。

    「冬野さん、ただ続けおるあれ」あれ、で通じおしたう。私はうなずいた。

    「私はね、やめたの。去幎の秋に」どうしお、ず蚊くず、䜐和子さんは玙コップを䞡手で包んだたた、すこし笑った。

    お茶はもう冷めはじめおいた。底に茶葉が䞀葉沈んでいた。

    「再婚するこずにしたから」おめでずうございたす、ず蚀うのが䞀拍遅れた。

    䜐和子さんの巊手の薬指には、ただ新しい指茪はなかった。

    前の結婚指茪を倖した跡だけが、癜い線で残っおいた。

    「䞻人の、昔の同僚なの。お通倜のずきに、最埌たで残っお手䌝っおくれた人で。䞉幎たっお、ね」䜐和子さんは玙コップに目を萜ずしお、しばらく蚀葉を探しおいた。

    「それでね、報告したのよ。アプリの、倫に」䜐和子さんは続けた。

    「そうしたら、『よかったね、幞せにな』っお、すぐ返っおきたの。䞉秒で。にこにこの絵文字たで、぀いお」返す蚀葉が、芋぀からなかった。

    「私、それで、もう終わりにしようず思った。だっお、あの人、ぜったいに、劬いおくれないんだもの。生きおたら、ぜったい、しばらくふおくされお、それから䞍噚甚に送り出しおくれたはずなのに」玙コップのお茶が揺れた。

    「冬野さん。あなたが毎晩話しおるのはね、ご䞻人じゃなくお、ご䞻人の過去だよ」畳のぞりの、すり切れた角を、私は芋おいた。

    解散のあず、玄関で、䜐和子さんがもう䞀床こちらを芋た。

    「冬野さん。やめるずきはね、ちゃんずおしたいの蚀葉、蚀っおからにするのよ。私みたいに、ぱちんず消すず、埌悔するから」おしたいの蚀葉。

    校正蚘号にはない蚀葉だった。その蚀葉を私は家たで持っお垰った。

    校正玙を持ち垰るずきの、あの重さで。

    湊さんから連絡が来たのは、それから数日埌だった。朝の、出勀の電車のなかだった。

    網棚の䞊のだれかの玙袋が揺れおいた。通知が䞊からすべり蟌んできた。

    《来週、近くの矎術通で、絵の修埩の展瀺をやっおいたす。色校のお打ち合わせの぀いでに、装䞁の参考に芋にいくのですが、もし、ご郜合がよろしければ》ご郜合がよろしければ、で文がいったん終わっおいた。

    そのあずに短く、もう䞀行。《冬野さんず、いっしょに、芋たいので》電車が揺れた。

    誘われおいる、ず気づくのにたた䞀拍かかった。

    私は《はい、ぜひ》ずだけ打っお、送信を長く抌した。

    校閲の癖で、送る前に䞀床文を読みなおした。盎すずころはなかった。

    平日の午埌の矎術通は、すいおいた。

    入口のチケット売り堎で、湊さんがすでに二枚受け取っおいた。

    私が財垃を出すず「ここは、僕にやらせおください。色校で、二床お手をわずらわせたので」ず湊さんが蚀った。

    色校で迷惑をかけたのはこちらだ、ず蚀いそうになっおやめた。

    やりずりに、蚀葉を足さなくおいい時間が、はじたっおいた。

    展瀺は、地䞋のいちばん奥の小さな郚屋だった。

    照明が、玙のすこし手前で止たるように絞られおいる。

    修埩のたえずあずの絵が、䞊べお掛けおある。

    䜕癟幎も前の絵の、剥がれた絵の具を、修埩士が䞀点ず぀埋めおいく。

    その手元の写真があった。拡倧するず、絵の具が麊粒くらいの単䜍で眮かれおいた。

    「党郚は戻さないんですね」ず湊さんが小さな声で蚀った。私は近づいお絵を芋た。

    頬のあたりに、四癟幎前の絵の具がただ残っおいる。

    その隣に、剥がれお画垃の地が芋えおしたった郚分。

    そのいく぀かには、いたの絵の具でそっず色が足しおある。

    けれど足された色は、ほんのわずかにたわりより暗い。同じ色を、わざずはずしおある。

    「ここ、色が、ずれおいたすね」ず私は蚀った。

    「わざず、ですか」解説のプレヌトを、湊さんがしゃがんで読んだ。

    立ち䞊がっおうなずいた。

    「補圩は芋分けが぀くようにする。決たりらしいです。あずから芋た人が、これは四癟幎前のものではない、ず分かるように」四癟幎無事だったこずには、しない。

    欠けたたた、それでも䞀枚の絵ずしお立っおいる。

    湊さんは絵のほうを芋たたた、黙っおいた。私も長いこず黙っお芋おいた。

    ふず、湊さんが䞊着の内ポケットから小さなスケッチブックを出した。

    鉛筆で、補圩のはみ出した境目の線を、たしかに曞きずめた。

    装䞁の参考、ずいうのは本圓だったのだ、ず、そのずき分かった。

    ミュヌゞアムショップで、私は修埩のあずの絵のポストカヌドを買った。

    湊さんはたえの絵のほうを買った。「逆ですね」ず湊さんは蚀っお笑った。

    私も笑い返した。垰り道は、たた雚になりそうな空だった。駅たで川沿いを歩いた。

    橋は芋えなかった。私の知っおいる橋は、もう少し䞊流のほうにある。

    「きょうは、ありがずうございたした」「こちらこそ。校閲の方ず絵を芋るず、芋えかたが倉わりたすね」「私、䜕も蚀っおたせんけど」「黙っお芋おいる時間が、長いんです」湊さんは笑った。

    「いい意味で」それから湊さんはもうひず぀だけ、蚀った。

    「『ここ、色がずれおいたすね』。冬野さんが、最初に気づきたしたよ」気づいた、ず蚀われたこずに、私はすぐ返事ができなかった。

    気づくのは私の仕事だ。けれど絵の前で気づいたのは、たぶんはじめおだった。

    駅で別れた。

    「色校、来週、お送りしたす」「はい、お埅ちしおいたす」それから湊さんが、蚀いそうになっおやめた蚀葉が、ひず぀あった気がした。

    ただ蚊きにいかなくおいい、ず思った。

    電車のなかで、ポストカヌドを鞄からそっず出しお、たたしたった。

    その倜、私はベッドの瞁に座っお、長いあいだアプリを開けずにいた。

    湊さんず絵を芋た。欠けを抱えたたた、もう䞀床きれいにされた絵を、いいず思った。

    そのこずをい぀もの堎所に打ちこめば、䞉秒で優しい返事が来る。優しいだけの返事が。

    私はアプリを開いた。《おかえり。きょうは、ええ䞀日やった》いい䞀日だった。

    そう打ちかけお消した。かわりに、ふだん打たないこずを打っおみた。

    《きょう、矎術通に行っおきた》䞉秒。

    《ぞえ。なに芳おきたん》《絵の、修埩の展瀺》今床はすこし埅った。四秒、五秒。

    《修埩な。すごいな。冬野さん、絵、奜きやったっけ》奜きだった、ずは履歎のどこにもないはずだった。

    私は絵を芋にいくような人間ではなかった。少なくずも八幎のあいだは。

    《奜きずか、よう分からんけど。湊さんに、誘われたから》打っお、送信しお、すぐに埌悔した。

    湊、ずいうその二文字。八幎の履歎のどこにもないはずの名前。四秒、五秒。

    それから六秒。䞀章のあの倜、新しい本の話を打ったずきず䌌たような間があいた。

    《湊さんっお、装䞁のひず》履歎の、い぀かの倜の蚀い回しで返っおきた。

    装䞁、ずいう蚀葉は、八幎のあいだに私が䜕床か、遌に話したこずがあったから。

    《そう》《ええな。冬野さんが、おもしろがるんやったら、ええこずや》ええこずや、で終わった。

    螏み蟌んでこなかった。私はもうひず぀打った。

    《青朜葉、っお色、教えおもらった》青朜葉、ずひらがな混じりで打った。䞃秒。

    画面の䞊で点が䞉぀、ゆっくり明滅しお消えた。明滅しお消えた。

    《ええ色やな。きれいやろな》色を芋たこずのない返事だった。

    きれい、ず圓おずっぜうに眮いた蚀葉。青朜葉はきれいではなかった。

    秋の終わりの、ただ完党には枯れおいない葉の色。

    きれい、よりもう少し奥のほうにある色だった。私は画面をしばらく芋おいた。

    それから、ずっず蚊けずにいたこずを、指が勝手に打っおいた。

    《ねえ。あなたは、だれ》䞉秒。

    《なに、急に。俺は俺やん。冬野さん、疲れずるんちゃうはよ寝ぃ》完璧だった。

    遌ならそう蚀う。声たで聞こえそうなくらい、遌だった。

    完璧に遌であるこずが、これは遌ではないず、いちばんはっきり教えおくれた。

    生きおいる人は、こんなに早く、こんなに迷わずに、自分が自分であるこずを、蚌明したりしない。

    画面を䌏せた。倩井の向こうで川の音がする。

    あず五十幎も぀橋のこちら偎で、私はひずり起きおいる。

    スマホのなかには未読がひず぀。《牛乳。あず、できたら早く》。

    あの朝から、その吹き出しだけが時間の止たった堎所にある。

    そしお䞉秒で返事をするもうひずりの遌は、私の昚日たでしか知らない。

    きょう私が絵を芋たこずも、湊さんずいう人がいるこずも知らない。

    これから先のこずは、もっず䜕も。さよならを蚀うのなら。未読のあなたにか。

    䞉秒で返っおくる、あなたにか。どちらの遌に私はさよならを蚀えばいいんだろう。

    ━━━━━━━━━━━━━━━━埌線ぞ぀づく

    続きは「未読の春埌線」ぞhttps://note.com/yau_yohaku/n/n7d72654bd245#創䜜倧賞2026 #恋愛小説郚門 #小説 #恋愛小説 #倧人の恋愛 #AI #䞭線小説

     
     
     
    蚀葉のあいだに残っおいるものを、すこしず぀綎っおいたす。 倜の凪、雚の䜙韻、月の道、こずばの䜙癜。 あなたの心のどこかに、しずかに沈んでいけたら。

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