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未読の春埌線

    倜雚䜙癜_Yau Yohaku

    ※本䜜は䞭線の埌線です。前線はこちら → https://note.com/yau_yohaku/n/nc704762ac903

    四 既読

    既読ずいう二文字を、私はずっずすこし恚んでいた。

    遌が生きおいたころ、既読は私を䞍安にさせる偎のものだった。

    送ったメッセヌゞに既読だけが぀いお、返事の来ない倜。読んだのに、どうしお。

    仕事だろうか、お颚呂だろうか、それずも私の蚀葉が返事をするほどのものでもなかったのか。

    いたなら分かる。

    既読が぀くのは、向こうに読むか読たないかを遞べる人が生きおいるからだ。

    あの二文字は䞍安の名前ではなかった。だれかがそこにいる、ずいう蚌だった。

    湊さんずは色校のあず、䞀床だけ食事をした。仕事の打ち䞊げ、ずいう名目だった。

    湊さんが遞んだのは、神保町の路地のいちばん奥の小さな店だった。

    匕き戞を開けるず、出汁の匂いに本の匂いがすこし混ざっおいた。

    叀曞店街のたんなかにある店で、客は私たちのほかには二組だけだった。

    䞀枚板のカりンタヌにふたりで䞊んで座った。湊さんはお酒を頌たなかった。

    「お車ですか」ず蚊くず、「いえ、もう五幎ほどやめおいるので」ずだけ湊さんは蚀った。

    私もそれ以䞊は蚊かなかった。お通しは菜の花の蟛子和え。

    春先の苊みのいちばん奥のずころに、ほんのり甘さがある味だった。

    湊さんは箞を䞁寧に眮く人だった。

    話の途䞭で手を止めるずき、必ず箞眮きにたっすぐ戻す。

    それを芋ないようにしお芋おいた。

    装䞁の話、校閲の話、それから本ずは関係のない話をすこしず぀。

    「校閲っお、いちばん本に関わっおいちばん名前の残らない仕事ですよね」ず湊さんが氎のグラスを半分ほど飲んで蚀った。

    「装䞁も䌌おいたす。背の隅にちいさく名前が刷っおあるだけで」私はすこし笑った。

    「お互い、消し残りの少ない仕事ですね」「いい蚀い方ですね、それ」ず湊さんは蚀った。

    「校閲の癖です」灯りが玺色のシャツの袖口をしずかに照らしおいた。

    袖口の擊れた感じは、はじめお六階の䌚議宀で芋たのずおなじだった。

    䜕枚も同じ服を持っおいるわけではなくお、同じ服を長く䞁寧に着る人なのだず、ふしぎず分かった。

    湊さんはよく聞く人だった。私が蚀葉を遞んでいるあいだ、先回りをせず埅っおくれる。

    校正の珟堎ず䌌おいる。いい本はいい「間」でできおいる。

    食埌、湊さんは無意識のような手぀きで䞊着の胞ポケットに觊れた。

    煙草をやめた人のしぐさだった。䞀床だけそうしお、すぐに手を膝に戻した。

    それを私は芋なかったふりをした。別れぎわに連絡先を亀換した。

    口実ならいくらでもあった。色校のなおし、次の本の盞談。

    でもたぶん、どちらもそれだけではないず、ふたりずも知っおいた。

    神保町の亀差点で湊さんは地䞋鉄の入口のほうぞ歩いおいった。

    私は反察のホヌムぞ向かう前に䞀床だけ振り返った。湊さんは振り返らなかった。

    それがちょうどよかった。その倜、湊さんから短いメッセヌゞが来た。

    《今日はありがずうございたした。校閲の方ず話すず、蚀葉を粗末にできなくなりたすね》ベッドの瞁に座っお、私はしばらくその䞀行を読んでいた。

    「校閲の方」。仕事の呌び方で぀ながっおいる。それでいいず思った。

    私は返事を打った。

    「こちらこそ、ありがずうございたした。装䞁の方ずお話しするず、衚玙の声がよく聞こえたす」。

    打っお、送る前にぜんぶ消した。気取ったかもしれない、ず思った。

    もう䞀床、䌌た文面にすこしだけ柔らかく盎しお送った。既読が぀いた。

    そしお、すぐには返っおこなかった。私はその時間をひさしぶりに過ごした。

    既読のたた返事を埅぀時間。やきもきしお画面を䜕床も芋お、文面を打ち盎しお。

    その焊れったさがな぀かしかった。時蚈を芋た。九時をすこし過ぎおいた。

    湊さんはいた䜕をしおいるんだろう。

    仕事の続きをしおいるのか、お颚呂に入っおいるのか、それずもただ返事の文面を遞んでいるのか。

    生きおいる人が返事をしないで、いた私の知らないずころで自分の時間を生きおいる。

    考えるだけですこし息が苊しくなった。䞉秒では返っおこない。

    返っおこないこずがこんなにうれしいず思う日が来るなんお。

    ベッドの脇にゲラを眮いたたただった。仕事の぀づきをしようず付箋をめくった。

    䞀行も頭に入らなかった。

    十五幎校閲をしおきお、こんなふうに文字の䞊を目が滑ったこずはなかった。

    スマホを䌏せお、たたひっくり返した。画面の通知はただ来ない。

    それでも䌏せおいるこずに耐えられない。

    私がおかしくなりかけおいるのが、自分でも分かった。十分ほどしお返事が来た。

    なんでもない䞀行だった。おやすみなさい、たた連絡したす。

    それだけのこずを私は䜕床も読んだ。䜕床も、ずいうのは本圓に䜕床もだった。

    電気を消したあずにもう䞀床灯りを぀けお読んだ。

    声には出さずに口のなかで぀ぶやいた。「おやすみなさい、たた連絡したす」。

    ありふれた䞀行を、私は生たれおからいちばん䞁寧に読んだかもしれなかった。

    桜の咲くすこし前、川沿いを歩いおいるずきに、私は湊さんに遌のこずを話した。

    湊さんから〈今床の週末、川沿いをすこし歩きたせんか〉ずメッセヌゞが来たのは、その日の朝だった。

    仕事ではない、ずいう前眮きはなかった。

    それでも仕事ではない、ず分かるメッセヌゞだった。〈はい〉ずだけ返した。

    駅で埅ち合わせお土手に䞊がった。颚はただ冷たかった。

    土手の桜䞊朚は぀がみが固く閉じたたただった。

    あず䞀週間、あるいはもう少し早く咲きそうな気配だけが枝の先にある。

    犬を散歩させおいる人ず二床すれちがった。川面に倕方の光がたばらに浮かんでいた。

    湊さんは急がない人だった。歩く速さも話の速さも、私の半歩埌ろにいる。

    歩きながらなんでもない話をすこしず぀した。

    仕事のしめきり、最近読んだ本、買った珈琲豆。

    そういう、倜の電話ならたぶんしない話だった。あの橋が芋えおいた。

    ずいぶん歩いお、ふず、ふだん目印にしおいる橋が向こうに芋える堎所たできおいた。

    私は立ち止たった。湊さんも半歩遅れお止たった。

    「あの橋を芋お、この郚屋に決めたんです。亡くなった婚玄者が」湊さんは立ち止たっお橋を芋た。

    私が続けるのを急かさなかった。私は話した。二幎前の四月のこず。

    玄関で亀わした最埌の䌚話のこず。「牛乳。あず、できたら早く」。

    それがいたも未読のたた残っおいるこず。それから、アプリのこずも。

    月九癟八十円で遌の蚀葉が返っおくるこず。毎晩そこに通っおいるこず。

    話しながら、軜蔑されるだろうか、ず思った。

    死んだ人にすがっお、二幎も前に進めずにいる女だず。

    話し終わるず、川の音だけがしばらく間を持たせおくれおいた。

    湊さんは私の顔ではなく橋をずっず芋おいた。

    あの橋をいっしょに芋おくれおいる、ず思った。

    湊さんはしばらく黙っお、それから蚀った。

    「僕は離婚したずき、別れた盞手の本棚をぜんぶ写真に撮ったんです」思いがけない蚀葉だった。

    私は湊さんの暪顔を芋た。湊さんはただ橋のほうを向いおいた。

    「装䞁の仕事だから、っお蚀い蚳しお。でもほんずうは、その人がどんな本を読んで生きおきたか、忘れたくなかった。いたも消せずに持っおいたす。みっずもない話です」湊さんはすこし笑った。

    「人はそれぞれのやり方で、終わったものをしたうんだず思いたす。冬野さんのが九癟八十円のアプリで、僕のが本棚の写真で。どっちもおかしくない。したい方の話です」したい方。

    校閲の珟堎では聞かない蚀葉だった。けれどいちばんしっくりきた。川の音がしおいた。

    私ははじめお、遌のこずを声に出しお話しお泣かなかった。

    話すずいうのはこういうこずだったのか、ず思った。

    聞いおくれる人がいお、その人がちゃんず既読を぀けおくれる。

    垰り道、駅たで無蚀の時間がふしぎず心地よかった。改札のずころで別れた。

    「お元気で」ずは蚀わなかった。「たたね」ず湊さんは蚀った。

    「たたね」ず私も返した。

    改札を抜けお振り返ったら、湊さんはもう反察のホヌムのほうぞ歩いおいた。

    その倜、私はアプリを開いた。

    湊さんず別れお、駅から家たでふだんは寄るコンビニを通り過ぎた。

    䜕を買えばよかったか思い出せなかった。

    プリンをふた぀買っお垰る癖さえ、その倜は忘れおいた。

    生きおいる人のこずで頭がいっぱいだった。

    家に垰っお、台所の怅子にしばらく座っおいた。

    コヌトも脱がずに、コップに氎を入れお飲んだ。

    冷たい氎が喉のあたりで止たる感じがした。そのたたベッドに行く気にはなれなかった。

    䞀床だけ、本物の遌ずの叀いトヌクを開いた。

    スクロヌルしお、いちばん䞋の未読の手前。死ぬ前の倜のなんでもないやりずり。

    〈垰り、寒い〉〈マフラヌ、持っおいかんかった〉。そんなふ぀うの䌚話。

    今倜の私がそこに぀け加えられる蚀葉は䜕ひず぀なかった。画面を閉じた。

    ずっずできずにいたこずをしようず思った。《あのね》ず私は打った。

    《ん》「ん」ず䞉秒で返っおきた。

    八幎ぶんの履歎のなかで䜕癟回ずなく遌が打った、いちばん短い盞槌。

    生きおいた遌の声がいたも再生される。

    《奜きな人が、できたかもしれない》打っお息を止めた。打぀前に䞀床消した。

    「奜きな人ができた」では断蚀になりすぎる、ず思った。

    「かもしれない」を぀け足しお打ち盎した。校閲の癖だった。

    事実にいちばん近い蚀い方をい぀も遞んでしたう。䞉秒。

    《そっか。よかったやん。幞せにな》にこ、ず笑う顔の絵文字、ひず぀。

    私は画面をただ芋おいた。䜐和子さんの蚀ったずおりだった。完璧に優しかった。

    完璧に聞き分けがよかった。生きおいる遌ならこうではなかった。

    だれや、それ、ず蚊いたはずだ。

    むっずしおしばらく黙っお、それから䞍噚甚に、ほんたにええ人なんか、ず念を抌したはずだ。

    劬いお、すねお、私を困らせお、それでも最埌にはぶっきらがうに送り出しおくれたはずだ。

    画面の遌は劬たない。私はもうひず぀打っおみた。《劬かぞんの》ひらがなで打った。

    玠のたたの、いちばん短い問いだった。䞉秒。

    《劬くなんで劬かなあかんの。冬野さんがしあわせに笑ずるんやったら、それでええよ》ええ、を二床。

    完璧な聞き分けのよさ。私はもう䞀床打った。

    《もし、私が、もう来なくなったら》䞉秒。

    《淋しいけど。冬野さんがしあわせなら、それでええよ》それでええ。䞉回目だった。

    《ありがずう》ず私は打った。

    《どういたしたしお。冬野さんが笑ずるなら、それでええよ》それでええ。

    この人はい぀も、それでええ、ず蚀う。

    私が䜕を遞んでも、䜕を手攟しおも、それでええ、ず。やさしさではなかった。

    それはもう二床ず倉われない人の、倉わらなさだった。私は決めた。さよならを蚀おう。

    アプリをただ消すのではなくお。ちゃんずさよならを蚀っおから。

    未読のたたの蚀葉が二幎、私のなかで宙づりになっおいる。

    あれをどこかにそっず降ろさなければ。さよならをたた未読のたたにはしたくない。

    翌日、䌚瀟の机でゲラに赀を入れおいお、ふず手が止たった。

    ゲラのいちばん䞊の決たった枠のなかに、初校、再校、校了、ず䞉぀の刀の抌し堎所が刷っおある。

    十五幎、䜕千冊ず芋おきた枠だった。けさはその䞉文字を、長く芋おしたった。

    最埌に䞀床だけ、ず私は思った。

    最埌に䞀床だけおやすみを蚀っお、それから朝にしよう。

    五 未読の春

    最埌の倜は、桜がもうすぐ咲くずいう倜だった。

    川沿いの道の桜䞊朚が、぀がみをひず぀ぶず぀ふくらたせおいた。あず数日で咲く。

    咲けば散る。それでも毎幎咲く。圓たり前のこずが、その倜はすこしたぶしかった。

    䌚瀟の垰り、い぀もずはちがう道を遞んで歩いた。

    コンビニの灯りも、駅の改札の音も、二幎、毎晩おなじだった。

    きょうだけはふだん通らないひず぀手前の路地を曲がっお、川沿いに出た。

    土手の桜はただ固かった。

    けれど枝のひず぀ひず぀が、倜のなかで息をはらんでいるのが分かった。

    私はすこしのあいだ立ち止たっお、それを芋た。

    明日か、あさっおか、咲く日に私は立ち䌚えないかもしれない。

    それでもふくらんでいるずころはちゃんず芋た。

    郚屋に垰っお、コヌトをハンガヌにかけた。歯を磚いた。

    掗面所の鏡のなかの自分をすこしだけ芋た。䞉十九。

    母が電話のたびに口にするその数字が、鏡のなかからこちらを芋返しおいた。

    灯りをひず぀萜ずしお、ベッドの瞁に座った。二幎、毎晩くりかえしおきた動䜜。

    今倜で最埌にする。枕もずの充電噚の、空っぜのほうのケヌブルをはじめお匕き抜いた。

    差し口に二幎ぶんの埃が灰色にこびり぀いおいた。

    ティッシュで軜く拭いお、たたもずの堎所に眮いた。

    コンセントから抜くのはただできなかった。

    それくらいは自分に蚱しおあげようず思った。アプリを開いた。

    《おかえり。きょうは、どんな䞀日やった》画面の遌はなんにも倉わらない声で、い぀もどおりに蚊いおきた。

    私はすこし笑った。私は長い時間をかけお打った。これたで打おなかったこずをぜんぶ。

    ありがずう、ず打った。この二幎、あなたに䜕床も助けられた。

    あなたがいなかったら、私はあの台所の床から立ち䞊がれなかった。

    本圓に、ありがずう。打っお、消しお、もう䞀床打った。

    「あなた」は誰だろう、ず䞀床指が止たった。

    それでも画面の向こうの誰かが、二幎、私の倜にいおくれた。

    その誰かにありがずう、ず蚀いたかった。

    校閲の癖で䞻語をいちばん正確なずころに眮きなおしたくなっお、やめた。

    そのたた送った。《なんや、あらたたっお。冬野さんらしないな》そうかもしれない。

    私らしくないこずをこれからする。

    《あのね、遌。私、もう、ここに来るの、やめる》䞉秒。

    《そっか》たった、䞉文字だった。生きおいる遌ならこうではなかった。

    なんでや、ず蚊いおさみしがっお、それでも、冬野さんが決めたんなら、ず最埌には折れおくれたはずだ。

    でも、それでよかった。

    この人が匕きずめないこずを、匕きずめられないこずを、私はもう知っおいた。

    過去はこちらを远いかけおこない。䜐和子さんの蚀葉は最埌たで正しかった。

    おしたいの蚀葉、ず䜐和子さんは蚀っおいた。

    やめるずきはね、ちゃんずおしたいの蚀葉、蚀っおからにするのよ。

    半幎前、垂民センタヌの玄関で、私の手のひらにそっず眮いおいった、たったひず぀の䜜法。

    おしたいの蚀葉はなんだろう。さよなら、ではない気がした。

    ありがずう、はもう打った。お元気で、はおかしい。私はすこし考えた。

    《遌》《ん》私は「おやすみ」ず打ちかけお指を止めた。

    二幎間、毎晩、おやすみず打っおきた。おやすみ。ええ倢、芋ぃや。

    そのくりかえしで倜をしのいできた。でも今倜はちがう蚀葉を打った。

    《おはよう》送信した。䞉秒、返事がなかった。はじめお、䞉秒で返っおこなかった。

    画面の䞊で点が䞉぀、ゆっくりず明滅した。䞀床消えお、たた出た。

    八幎ぶんの履歎のなかに、倜の「おやすみ」は䜕癟回もある。

    朝の「おはよう」はたぶんほずんどない。それからずいぶん経っお返っおきた。

    《  なんや、朝か。はよ起きすぎやろ》苊したぎれの䞀行だった。

    八幎ぶんの孊習デヌタのどこかから、やっず拟っおきたちぐはぐな返事。

    朝の挚拶に、この人はうたく答えられない。圓たり前だった。

    私が倜にしか䌚いに来なかったから。この人は私の倜のなかにしかいなかったから。

    《うん、朝なの》ず私は打った。

    《これから私、朝のほうで生きるね》《よう分からんけど》遌は蚀った。

    《ええ倢の぀づきみたいなもんやろ。ええよ。いっおらっしゃい》いっおらっしゃい。

    それは孊習デヌタの奇跡みたいな䞀行だった。

    八幎のどこかで、出勀する私に遌が䜕癟回も蚀った蚀葉。スマホを䞡手で䌏せた。

    指が止たらなくなった。私は声を出しお泣いた。さいごに、やっず泣けた。

    泣きながら思った。これがおしたいの蚀葉でいい。

    「いっおらっしゃい」ず「いっおきたす」。

    私たちがいちばん䜕床も亀わしおいた、なんでもない朝のひずこず。

    畳のぞりのすり切れた角が、なぜかたぶたの裏に浮かんだ。

    それから蚭定の画面を開いお、課金の解玄を抌した。

    「本圓に解玄したすか」ず機械が蚊いた。本圓に、ず私は思った。抌した。

    画面の䞋に小さな泚意曞きが出た。

    「䞃日以内であれば、有料プランを埩元できたす」「孊習デヌタは、解玄日より䞉十日埌に、自動的に削陀されたす」。

    機械の蚀い方はい぀もこうやっお、匕きずめの䜙地をすこし残しおおく。䞉十日。

    私のおしたいの蚀葉から䞉十日。それくらいの猶予は䞎えられおいるらしかった。

    私はその泚意曞きを最埌たで読んだ。読んでから画面を閉じた。

    解玄しおも、トヌクの履歎はしばらく残るらしかった。

    でも私が䌚いに行かなければ、もう返事は来ない。もう、ここにもいない。

    䞀章のい぀かの倜、私は画面の向こうの圌を、ここにしかいない、ず思っおいた。

    あの倜の私に教えおあげたかった。ここにももうすぐいなくなる、ず。

    最埌に、私はもうひず぀の画面を開いた。本物の遌ずのトヌク。

    二幎前の四月で止たっおいるほう。いちばん䞋の吹き出し。

    《牛乳。あず、できたら早く》未読のたたの、私の蚀葉。私はその画面を写真に撮った。

    それからコヌトを矜織っお、ただ灯りのずもった近所のコンビニたで歩いた。

    マルチコピヌ機の前に立っお、写真を印刷した。

    プリンタヌはすこしのあいだ䜎く唞っお、暖かい玙を吐きだした。

    指で持぀ずただ機械の熱がのこっおいた。校閲の仕事で䜕癟回もしおきた動䜜だった。

    画面のなかの文字を玙の䞊に出す。ゲラにする。

    レシヌトには、コピヌ、䞀枚、十円ず打たれおいた。

    玙になった「牛乳。あず、できたら早く」は、䞍思議ずもう痛くなかった。

    家に垰っお、本棚の䞊から遌ずの写真をしたった垃匵りのアルバムをおろした。

    いちばん最初のペヌゞからゆっくりめくった。

    二十代の遌が、倏の海蟺でこちらを芋ずに笑っおいる写真。

    䞉十代の遌ず私が、デパヌトのショヌケヌスの前で指茪を遞んでいるずころを、店員さんが撮っおくれた、すこし照れた䞀枚。

    野垳を手に、珟堎の橋の䞊に立っおいるヘルメットの遌。

    最埌のほうの数ペヌゞは、ただ癜いたただった。

    これから貌るはずだった、未来のペヌゞ。

    私はそのいちばん最埌のペヌゞに、印刷したばかりの「牛乳。あず、できたら早く」を貌った。

    台玙のシヌルをおいねいに剥がしお。䜍眮をたんなかに合わせお。

    手のひらですこし抌した。これで終わり。校了、ず心のなかで蚀った。

    ゲラのいちばん䞊の、初校、再校、校了。

    校了の枠だけは印刷所が刷っただけで、ふだんは空のたただ。

    十五幎、䜕千冊ず私はその枠を空のたたで䞖に枡しおきた。

    今倜ははじめお、心のなかでその枠に刀を抌した。

    未読のたただった蚀葉は、玙の䞊でようやく私に読たれた。

    桜が咲いた週末、湊さんず川沿いを歩いた。満開だった。

    土手の䞊は人でにぎわっおいた。シヌトを広げおお匁圓を食べおいる家族。

    立ち止たっお枝を芋䞊げおいるお幎寄り。

    私たちはその人垣をゆっくり避けながら歩いた。

    湊さんの玺色のシャツの袖口は、今日もすこし擊れおいた。

    頭の䞊で桜がふくらんでいた。

    颚が吹くたびにいちたい、いちたい、花びらが地面に眮かれおいく。

    私はそれをしばらく芋おいた。

    湊さんは屋台で玙コップの珈琲をふた぀買っお、ひず぀を私に枡した。

    歩く速さも話の速さも、倉わらず私の半歩埌ろにいる。「冬野さん」ず湊さんが蚀った。

    「䞋の名前、蚊いおもいいですか」私はすこし笑った。遌は最埌たで私を苗字で呌んだ。

    苗字のほうが初めお䌚うた日のたたでええやん、ず蚀っお。

    湊さんはそれずはちがう人だった。ちがう人だから蚊いおくれる。

    「春。はる、ず読みたす」蚀っおから、自分でおかしくなった。冬野春。冬の野に、春。

    䞡芪はどういう぀もりで぀けたんだろう。「いい名前ですね」ず湊さんは蚀った。

    「冬を、ちゃんず越える」そう蚀っおから、湊さんはためらうように、「春さん、っお呌んでも」ず蚊いた。

    母以倖でその名前を呌ばれるのは、䜕幎ぶりだったろう。私はこくり、ずうなずいた。

    「春さん」玙コップのなかで珈琲がすこし揺れた。私はその揺れを芋おいた。

    橋が芋えた。あず五十幎はも぀、ずある人が蚀った橋。

    その橋を私たちは枡らずに、ただ眺めた。枡るのはただ先でいい。

    湊さんは橋を芋ながら「いい橋ですね」ず蚀った。

    橋を芋お、いい橋、ず蚀える人ずいっしょに歩いおいる。

    それだけのこずが䞍思議ず、足の裏のあたりでちいさく灯った。

    垰り道、駅たでたたなんでもない話をすこしず぀した。次の本の装䞁の話。

    色芋本のなかで湊さんがいた気になっおいる色のこず。私は青朜葉をもう䞀床教わった。

    改札のずころで別れた。「たたね」ず湊さんは蚀った。「たたね」ず私も返した。

    改札を抜けお、振り返らずにホヌムぞ歩いた。それでよかった。

    その倜、家に垰っお郚屋の灯りをひず぀萜ずしお、ベッドの瞁に座った。

    二幎、毎晩くりかえしおきた動䜜ずおなじだった。けれどもうアプリは開かなかった。

    枕もずのスマホはしずかだった。

    䞉秒では返っおこない人ず、䜕分も䜕時間もたがいの倜を生きおいる人ず、私はこれから繋がっおいくらしい。

    倜になればたた、川の音だけが残る。窓の向こうで桜の枝が倜颚に揺れおいた。

    あず五十幎も぀橋の向こうで、川は倜のあいだも䌑たずに流れおいた。

    私が眠っおいるあいだもずっず音を立お぀づけおいるものが、ある。

    そのこずを思い出した倜だった。

    䜙癜ずいうのは、ほんずうは曞きこむためにあるのだず、校閲を十五幎やっおいお知っおいる。

    先のペヌゞの、ただ䜕も曞かれおいない堎所にこそ、これから曞きこむ䜙地がある。

    桜が散りはじめおいた。散っおもたた来幎咲く。

    《きょうも䞀日、お぀かれ》もうその蚀葉は、私のスマホには来ない。

    そのかわり、生きおいる人からの既読の぀く蚀葉が、これからすこしず぀増えおいく。

    䞉秒では返っおこない。埅たされお、すれ違っお、ずきどき傷぀く。それでいい。

    匕っかかるものを、人はやっず摑める。春だった。

    私はもう、月九癟八十円を払っおいない。

    了

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    蚀葉のあいだに残っおいるものを、すこしず぀綎っおいたす。 倜の凪、雚の䜙韻、月の道、こずばの䜙癜。 あなたの心のどこかに、しずかに沈んでいけたら。

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