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【第2章第4話】「むかし、むかしは終わっていない」 ー 不死と記憶の物語 ー

    第2章:桃太郎 ― 語られなかった鬼退治 ―

    第4話「いってきます」


    ▼第1章 第1話から読む
    「むかし、むかしは終わっていなかった」


    朝の空気は、少し冷たかった。

     

    まだ陽は高くない。

    山の向こうから、ゆっくりと光が差し込み始めている。

     

    家の前に、三人の影があった。

     

    桃太郎は、黙って立っている。

    背には簡素な荷物。

    腰には、先生の形見の刀。

     

    すべての準備は整っていた。

     

    「……本当に行くんだな」

     

    おじいさんが、ぽつりと呟く。

     

    「行くよ」

     

    短い返事だった。

    迷いはない。

     

    その横で、おばあさんはじっと桃太郎を見つめていた。

    何か言いたげに口を開きかけては、閉じる。

     

    「……ねえ」

     

    ようやく声が出る。

     

    「覚えてる?」

     

    桃太郎が視線を向ける。

     

    「川で、あなたを見つけた日のこと」

     

    おばあさんの目が、わずかに潤んでいた。

     

    「大きな桃がどんぶらこって流れてきてね」

     

    「まさか中から子どもが出てくるなんて思わなかったわ」

     

    小さく笑う。

    だが、その笑みはすぐに揺れる。

     

    「まるで昨日のことみたいにはっきりと……」

     

    言葉が、そこで途切れた。

     

    桃太郎は少しだけ目を細める。

     

    「……俺も覚えてるよ」

     

    静かに言った。

     

    「どんな時でも優しさで包んでくれたかあさんの手のぬくもり」

     

    「雨の日も風の日も、僕たちの為に働くとうさんの背中の大きさ」

     

    おばあさんが、はっと顔を上げる。

     

    「……そう」

     

    涙をこらえるように、ぎこちなく笑った。

     

    桃太郎は、一歩近づく。

     

    「大丈夫だから」

     

    短く、それだけを言う。

     

    「ちゃんと帰ってくるよ」

     

    まっすぐな言葉だった。

     

    おばあさんは何も言えず、ただ頷いた。

     

     

    おじいさんが、懐から何かを取り出す。

     

    「これ、持ってけ」

     

    差し出されたのは、小さな首飾りだった。

     

    石の欠片を削って作られた、不格好なもの。

     

    「これって……」

     

    桃太郎が目を細める。

     

    「お前が桃から生まれたとき、握ってた石だ」

     

    「それを割ってな、作ってみた」

     

    おじいさんは、自分の首元に手をやる。

     

    同じものが、そこにあった。

     

    おばあさんの首にも、同じ首飾りがかかっている。

     

    「3つで1つだ」

     

    おじいさんは、少しだけ視線を逸らした。

     

    「必ず無事に帰ってこい」

     

    「……それに」

     

    言葉を選ぶように、一瞬だけ間を置く。

     

    「どこにいても、俺たちはそばにいる」

     

    ぶっきらぼうな言い方だった。

     

    だが、その奥にあるものは、はっきりと伝わる。

     

    桃太郎は、黙ってそれを受け取った。

     

    首にかける。

     

    ひんやりとした感触が、胸に触れる。

     

     

    「これも」

     

    今度はおばあさんが、小さな布袋を差し出した。

     

    「今朝、作ったの」

     

    袋を開くと、団子が入っている。

     

    団子にしては少し硬めに作られていた。

     

    「……お団子…鬼備団子」


    「少しは日持ちするはずよ」

     

    「これを食べて鬼なんてすぐに倒してきちゃいなさい」

     

    桃太郎は頷き、鬼備団子を受け取った。

     

     

    「……じゃあ、行ってくるよ」

     

    刀に手をかける。

     

    その一歩は、もう迷わない。

     

     

    「いってきます」

     

     

    振り返らずに、歩き出す。

     

     

    おばあさんは、その背中を見つめたまま動けなかった。

     

    手を伸ばしかけて、止める。

     

    「……」

     

    声にならない。

     

    ただ、祈るように胸の前で手を握る。

     

     

    おじいさんは、震えるおばあさんの肩をそっと抱く。

     

    何も言わない。

     

    だが、その目はずっと桃太郎を追っていた。

     

     

    やがて、その姿が小さくなり、

    木々の向こうへと消えていく。

     

     

    静寂が戻る。

     

     

     

    ――その様子を、もう一人の“おじいさん”が見ていた。

     

    少し離れた木陰。

     

    現代から来たおじいさんは、じっとその光景を見つめていた。

     

    「……ああ」

     

    小さく、息を吐く。

     

    「こんな顔してたか、わし」

     

    懐かしさと、苦さが混じる。

     

    あのとき、自分は何を思っていたのか。

     

    何を考えて、あいつを送り出したのか。

     

    胸に、わずかに力が入る。

     

    手を握る。

     

    だが、すぐにその力を抜いた。

     

    「……いや」

     

    首を振る。

     

    「今のわしは……」

     

    自分の体を見る。

     

    老いも、死も遠い存在。

     

    「待ってるだけじゃ、長すぎるな」

     

    ぽつりと呟く。


    危険はある。

     

    だが―― 


    どうせ、時間はいくらでもある。

     

    それなら。

     

    「……見てみるか」

     

    小さく笑う。

     

    「わしらの知らない、あいつの旅を」

     

     

    木陰から、一歩踏み出す。

     

    足音を殺し、気配を消す。

     

     

    「バレるわけにはいかんからな」

     

     

    桃太郎の進んだ道を、

    少し遅れて辿る。

     

     

    その背中を、追うように。

     

     


    (第2章・完)


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