
【第3章第3話】「むかし、むかしは終わっていない」 ー 不死と記憶の物語 ー
第3章:桃太郎 ― 守るということ ―
第3話「それでも、守ったもの」
▼第1章 第1話から読む
「むかし、むかしは終わっていなかった」
砂煙が、ゆっくりと静まっていく。
その中で――
鬼の身体が、崩れ始めていた。
「……」
黒い靄のようなものが、体の内側から溢れ出す。
皮膚がひび割れ、形が保てなくなる。
やがて――
ボロボロと崩れ、粒子のようにほどけていく。
風に乗り、空へと溶けていく。
跡には、何も残らない。
ただ、地面に刻まれた傷と、壊れた建物だけが現実を示していた。
「……」
静かに息を吐く。
倒したはずなのに、終わった気がしない。
胸の奥に残る感覚。
勝った。
守れた。
――本当に?
視線が、崩れた団子屋へと向く。
柱は折れ、屋根は落ち、面影はほとんどない。
「……」
言葉が出ない。
その時だった。
――視線。
ふと、背筋に何かが触れた気がした。
「……?」
桃太郎はゆっくりと顔を上げる。
だが、そこには何もない。
風が木々を揺らすだけ。
気のせいか――
「……」
ほんのわずかに眉をひそめるが、すぐに視線を戻す。
その遠く。
ひとつの影が、静かに佇んでいた。
長い髪が風に揺れる。
細められた目が、戦場の中心を見つめている。
「……桃太郎…ね」
かすかな声。
それだけを残し、影はふっと消えた。
まるで最初からいなかったかのように。
――誰も、その存在に気づかない。
ただ一人を除いて。
少し離れた場所。
木陰に身を潜めていた男が、ゆっくりと息を吐く。
「……」
おじいさんだった。
目の前で繰り広げられた戦い。
そのすべてを、見ていた。
「……あいつ」
小さく、笑う。
だが、その目はどこか潤んでいた。
「強くなったな……ほんとに」
胸の奥に込み上げるものを、ぐっと押し込む。
あの頃は知らなかった。
鬼ヶ島に行って、鬼を倒した。
その結果だけしか。
納得と、少しの寂しさが混じる声。
そのまま、静かに視線を外した。
桃太郎の背中を、見送るように。
――翌朝。
村はまだざわついていた。
壊れた建物。片付ける人々。
完全に元通りとはいかない。
桃太郎は、ゆっくりと歩いていた。
昨日の場所へ向かう。
足取りは重くもなく、軽くもない。
ただ、確かめるために。
「……」
崩れた団子屋の前に立つ。
瓦礫の山。
その中で、2つの影が動いていた。
団子屋の親子だ。
「……あんた」
女将が気づく。
子供も振り返る。
「桃のにいちゃん!」
ぱっと表情が明るくなる。
その顔を見て、ほんの少しだけ肩の力が抜けた。
「……大丈夫か」
「うん!」
元気な声。
女将も、小さく頷く。
「助かったよ。本当に」
その言葉に、桃太郎は視線を落とす。
「……だけど店は」
言いかけて、言葉を切る。
分かりきっていることだった。
だが――
「いいんだよ」
女将が、あっさりと言った。
「店はまた作れるさ」
そう言って、崩れた柱を軽く叩く。
「それより」
子供が口を挟む。
「ありがとな!」
まっすぐな声。
「かあちゃんが作る団子はさ!」
胸を張る。
「どこで作っても最高なんだ!」
その言葉に、女将が苦笑する。
「まったく……」
だが、どこか誇らしげだった。
「……」
桃太郎は、しばらく何も言えなかった。
守れた命。
守れなかったもの。
その両方が、そこにある。
「……そうか」
小さく、頷く。
「また食わせてくれよ」
それだけを言った。
子供が笑う。
「うん!絶対な!」
桃太郎も、わずかに笑った。
――村の外れ。
桃太郎は歩みを進めていた。
振り返らない。
そのまま、前へ進む。
「……」
ふと、思い返す。
昨日の戦い。
あの感覚。
「……なんだったんだ」
あんな動き。
今まで出来たことはない。
見えていた。
全部。
――いや、“見えすぎていた?”
「……」
首元に触れる。
ペンダント。
そして――
懐に残る、団子の感触。
「……」
だが、答えは出ない。
今はまだ。
分からなくてもいい。
その目は、もう次を見ていた。
桃太郎は、再び歩き出した。
(第3章・完)
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