
【第3章第2話】「むかし、むかしは終わっていない」 ー 不死と記憶の物語 ー
第3章:桃太郎 ― 守るということ ―
第2話「受け継いだ意思」
▼第1章 第1話から読む
「むかし、むかしは終わっていなかった」
振り下ろされる鬼の腕。
だが――
空を切った。
「……」
桃太郎はわずかに身体をずらしただけだった。
重い一撃が地面を叩き、土が跳ねる。
その隙に、一歩。
距離を詰める。
体勢を崩すように肩を押すと、鬼の体が揺れた。
まだ刀は抜かない。
呼吸を整える。
「……落ち着け」
小さく呟く。
視界が妙にクリアだった。
動きが、見える。
その時――
「かあちゃん!!」
甲高い声。
はっとして振り向く。
団子屋の子供が走ってきていた。
「来るな!!」
反射的に叫ぶ。
だが、遅い。
子供の背後――
もう一体の鬼が、腕を振り上げる。
「……っ!」
地面を蹴る。
一瞬で間合いを詰める。
気づけば、身体が先に動いていた。
子供の前に滑り込む。
腕を弾き、軌道を逸らす。
そのまま子供を抱え、体をひねる。
「下がってろ」
低く言い、女将の方へ押しやる。
「そっちへ行け」
二人を背に、桃太郎はゆっくりと立ち上がる。
視線を戻す。
鬼はさらに集まってきて6体。
じり、と囲む。
「……」
ここで、初めて息を吐いた。
胸の奥に残る、あの感覚。
――負けた日の記憶。
動けなかった足。
守れなかった背中。
「……」
拳を握る。
その震えを押し込めるように、懐へ手を入れる。
取り出したのは、団子。
「……」
一瞬だけ目を閉じる。
口に運ぶ。
噛む。
硬い。
だが――
じわりと、身体の奥が熱くなる。
「……っ」
息を吐く。
首元に手をやる。
ペンダントを、強く握る。
冷たい石の感触。
あの日の記憶。
「……守る」
小さく、呟いた。
目を開く。
視界が、さらに研ぎ澄まされる。
鬼が2体、飛び込んできた。
「――」
動く。
最小の動きで、それを流す。
重さを感じさせない。
そのまま背後へ。
「……」
違和感すら覚えるほど、自然だった。
次の1体。
横から爪が迫る。
見えている。
踏み込み。
距離。
タイミング。
すべてが合う。
一歩で、懐へ。
鬼の動きが止まる。
静かに、刀に手をかける。
カチ、と音が鳴る。
ゆっくりと抜く。
刃が、光を反射した。
脳裏に浮かぶのは――
道場。
汗の匂い。
木刀のぶつかる音。
先生の声が、よみがえる。
「力で押すのではなく、見て、考えて、動きなさい」
打ち込まれる木刀。
何度も、何度も。
「あなたたちの剣は、誰かを守るための剣です」
あの言葉。
――
音が遅れて届く。
そして――
「――護心静命流(ごしんせいめいりゅう)」
「――四ノ型」
静かに、呟いた。
「閃撃(しんげき)」
一閃。
一瞬で、間を抜ける。
餓鬼の身体が、その場で止まる。
遅れて、崩れた。
残り5体。
低く唸り、一気に突っ込んでくる。
だが、もう迷いはない。
「……終わりだ」
踏み込む。
刃が走る。
短く、鋭く。
鬼の身体が崩れ落ちた。
静寂。
砂煙が、ゆっくりと収まっていく。
桃太郎は刀を振り、血を払う。
そのまま鞘に収めた。
カチ、と音が鳴る。
「……」
しばらく、その場に立ち尽くす。
呼吸は乱れていない。
身体も軽い。
「……」
ゆっくりと振り返る。
女将と子供が、息を呑んでこちらを見ていた。
「……もう大丈夫だ」
そう言うと、子供が一歩近づく。
「桃のにいちゃん、すげぇ……」
その声に、わずかに表情が緩む。
「……いや」
小さく、首を振る。
視線を落とす。
自分の手。
さっきまで感じていた動き。
「あの動き……」
ぽつりと漏れる。
すぐに口を閉じた。
考えるな。
今は――
「……守れた」
それだけでいい。
首元のペンダントを、もう一度握る。
その感触を確かめるように。
そして、ゆっくりと手を離した。
風が吹く。
崩れた団子屋の匂いが、まだ残っている。
桃太郎は、静かに立っていた。
(つづく)
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