
【第5章第6話】「むかし、むかしは終わっていない」 ー 不死と記憶の物語 ー
第5章:桃太郎 ― 復讐ということ ―
第6話「選んだ牙」
▼第1章 第1話から読む
「むかし、むかしは終わっていなかった」
「終わりだ」
黄土色の鬼の腕が、振り上げられる。
重い圧が、空気ごと押し潰す。
――速い。
「……っ!」
桃太郎は地面を蹴った。
迷いはない。
狼の腕を掴み、そのまま強引に引き寄せる。
次の瞬間。
鬼の一撃が地面を叩いた。
轟音。
土が爆ぜ、視界が揺れる。
「……っ」
衝撃を背に受けながら、距離を取る。
数歩。
止まる。
狼を放す。
「……」
狼は膝をついたまま、荒く息を吐いている。
立てない。
だが、まだ目は死んでいない。
「……」
桃太郎は懐に手を入れた。
取り出す。
鬼備団子。
もう一度、差し出す。
「食え」
短く言う。
狼は、動かない。
視線だけが、団子へと落ちる。
だが――
「……」
その目には、まだ拒絶が残っていた。
「……」
桃太郎は、歯を食いしばる。
時間がない。
次が来る。
分かっている。
それでも――
「……食え!」
声を張る。
「これでまだ動ける!」
一歩、踏み込む。
狼の目が揺れる。
だが、決断には至らない。
「……」
その迷いに、苛立ちが走る。
「……ふざけるな」
低く、吐き捨てる。
「ここで終わる気か」
狼の目が、わずかに上がる。
「死にたいなら、やれること全部やって死ね」
言い切る。
強く。
逃がさないように。
「後悔するような戦い方、すんな」
その言葉に――
一瞬だけ。
空気が、止まる。
桃太郎の脳裏に、顔が浮かぶ。
――道場。
木漏れ日。
静かな声。
『勇気と無謀は違います』
あの時の、自分。
動けなかった。
守れなかった。
「……」
拳を握る。
「……お前がここで死んだら」
低く、押し出すように言う。
「次は、あの子だ」
狼の目が、見開かれる。
「さっきの子だよ」
吐き捨てるように。
「逃げただけで、終わったと思うな」
一歩、踏み込む。
「その次は――」
間を置く。
「お前が守ってきた場所だ」
狼の呼吸が止まる。
「町だ」
言い切る。
「どうなるかは分かるだろ……」
静かに。
だが、確実に。
突き刺す。
「……」
沈黙。
風が、止む。
後ろで、鬼が動く気配。
だが、視線は逸らさない。
「……選べ」
団子を、さらに近づける。
「死ぬか」
一拍。
「やるか」
それだけだった。
押し付けない。
だが、逃がさない。
――選択。
狼の中で、何かが揺れる。
過去。
群れ。
潰された光景。
逃げた自分。
そして――
さっきの子供。
震えていた背中。
「……」
歯を食いしばる。
理解できない。
納得もしていない。
人間は嫌いだ。
変わらない。
「……」
だが。
終わらせていない。
このままでは。
終われない。
「……くそが」
低く吐き捨てる。
その目が、桃太郎を見る。
一瞬だけ。
迷いが消えた。
「……一度だけだ」
絞り出すような声。
桃太郎は何も言わない。
ただ、差し出す。
狼は、ゆっくりと口を開いた。
――噛む。
団子を、口にする。
その瞬間。
「……っ!」
体が、震えた。
内側から、何かが膨れ上がる。
熱。
力。
血が、騒ぐ。
「……!」
黒い靄が、溢れ出した。
体を包む。
視界が歪む。
骨が、軋む音。
肉が、変わる。
「……がぁっ!」
声にならない咆哮。
地面が震える。
桃太郎は、一歩下がった。
(失敗……)
だが、目を離さない。
逃げない。
「……」
靄が、膨れ上がる。
渦を巻く。
やがて――
弾けた。
風が吹き抜ける。
黒が、払われる。
そこに立っていたのは――
「……」
二本の脚で立つ影。
灰色の毛並み。
引き締まった体躯。
だが、形が違う。
前足は、腕へ。
指が、地面を掴む。
爪が、鈍く光る。
そして――
その目。
先ほどと同じ。
だが、より強く。
意志を宿していた。
「……」
ゆっくりと、顔を上げる。
黄土色の鬼を見る。
鬼が、わずかに目を細めた。
「……ほう」
口元が歪む。
「面白ぇ」
笑う。
空気が、変わる。
圧が、ぶつかる。
狼が、一歩踏み出す。
地面が、軋む。
「……」
低く、息を吐く。
その声は、もう“ただの獣”ではなかった。
――次の瞬間、空気が裂けた。
(つづく)
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