
【第8章第9話】「むかし、むかしは終わっていない」 ー 不死と記憶の物語 ー
【第8章】桃太郎 ― 向き合うということ ―
第9話「斬りたいもの」
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「むかし、むかしは終わっていなかった」
桃太郎は悩んでいた。
滝を斬る感覚。
あの日、一瞬だけ滝の向こう側が見えた。
確かに手応えはあった。
だが、それ以降が続かない。
滝の前に立つ。
刀を振る。
何度繰り返しても同じだった。
「……違う」
桃太郎は刀を下ろした。
護心静命流で戦う時は違う。
相手を見る。
動きを読む。
集中する。
そうやって戦ってきた。
だが滝を斬れそうだった時。
自分は滝に集中していなかった。
むしろ逆だった。
滝を見ない。
自分の感覚に集中。
そんな感覚だった。
「じゃあどうすれば……」
答えは出ない。
その時だった。
「珍しく難しい顔してるわね」
胡喜媚だった。
いつの間にか近くの岩へ腰掛けている。
桃太郎はため息をついた。
「狼牙たちはどうなんだ」
「順調よ」
胡喜媚は笑う。
「後はあの2人次第ね」
桃太郎は少し黙る。
そして今の悩みを話した。
胡喜媚は最後まで聞いていた。
「だったら別の修行をしてみない?」
「別の修行?」
「ええ」
胡喜媚は扇を揺らす。
「瘴気を扱う修行とか」
桃太郎は即座に首を振った。
「そんな鬼の力なんてごめんだ」
胡喜媚は少し首を傾げる。
「でも今までも使ってたじゃない」
「は?」
桃太郎が顔を上げる。
胡喜媚は当然のように言った。
「鬼備団子」
「あれには少しだけど瘴気が含まれてる」
「だからあなたたちは強くなれてる」
桃太郎は言葉を失った。
鬼備団子。
今まで何度も食べてきた。
だがそんなことは知らない。
「瘴気って……鬼になる原因だろ」
「そうね」
胡喜媚は否定しない。
「でも使い方次第」
そう言って桃太郎の首元を見る。
首飾りだった。
「それも面白いわよね」
「何がだ?」
「それ」
胡喜媚は首飾りを指差した。
「瘴気を吸うだけじゃない」
「中に溜め込んでる」
桃太郎は目を見開く。
「溜め込む……?」
「ええ」
胡喜媚は笑った。
「もしそれを解放できたら……」
桃太郎は無意識に首飾りを握った。
父さんから貰ったもの。
いつも身につけているもの。
その中に瘴気……
解放……
強くなりたい。
その言葉が頭をよぎった瞬間だった。
ブワッ――。
黒い靄が噴き出した。
「っ!?」
桃太郎の目が開く。
首飾りから手が離れない。
靄はどんどん溢れ出す。
空気が重い。
息が苦しい。
何かが身体の中へ入り込もうとしていた。
「っ……!?」
胡喜媚は慌てない。
静かに鉄扇を開く。
そして舞うように扇いだ。
風が生まれる。
黒い靄が揺れる。
流れる。
巻き戻るように首飾りへ吸い込まれていった。
やがて全て消える。
桃太郎はその場へ膝をついた。
全身が重い。
酷い疲労感だった。
胡喜媚が扇を閉じる。
「それはそんな簡単に扱えるような力じゃないの!」
桃太郎は黙った。
首飾りを見る。
さっきまでの感覚が残っていた。
湧き出てくる強い力。
なんでもできそうな万能感。
だが同時に恐ろしさを感じた。
その夜。
囲炉裏の火が揺れていた。
刀鍛冶が酒を飲みながら言う。
「少し困ったことがあってな」
桃太郎が顔を上げる。
「何ですか?」
「折れた刀だけじゃ少し鉄が足りん」
刀鍛冶は頭を掻いた。
「何か使えそうなもんはねぇか」
桃太郎は少し考える。
そして首元へ手を伸ばした。
首飾り。
今日の出来事を思い出す。
少しだけ迷う。
だが。
「……これとか使えませんか」
首飾りを差し出した。
胡喜媚がじっと桃太郎を見ていた。
桃太郎は気付かないふりをする。
瘴気。
あの力。
正直、少し怖かった。
だから手放したかった気持ちもあった。
「……使ってみるか」
刀鍛冶は首飾りを受け取った。
翌日。
桃太郎は1人で木陰に座っていた。
護心静命流。
これまで教わった技を思い返す。
一ノ型:守身(しゅしん)
相手の攻撃を真正面から受けず
最小限の動きで流す基本となる防御の型。
二ノ型:真観(しんかん)
呼吸、視線、癖、重心などから
相手の動きや狙いを読む。
三ノ型:迅隔(しんかく)
踏み込み、引き、重心移動によって
素早く移動し、相手に有利な距離を作らせない。
四ノ型:閃撃(しんげき)
相手の攻撃の瞬間へ合わせ、
最小動作で斬る迎撃の型。
五ノ型:芯断(しんだん)
護心静命流最大の殺傷技。
相手の核・心臓・瘴気の流れなど、
“芯”となるものを断つ一撃。
先生との修行の日々。
そして――
不意に昔の記憶が蘇った。
まだ道場にいた頃。
みんなで先生を囲んでいた。
「奥義見せて!」
「見たい!」
先生は困ったように笑う。
そして紙を1枚取り出した。
空へ放る。
ひらひらと落ちる紙。
先生が刀を振るう。
だが。
紙は斬れなかった。
「斬りたいものだけを斬る」
「失敗しただけじゃん!」
みんなで笑った。
先生も照れたように笑っていた。
だが。
今なら思う。
「あれも……」
奥義の一端だったんじゃないか。
桃太郎は立ち上がる。
落ちてくる葉を見る。
刀を抜く。
振るう。
葉は綺麗に真っ二つになった。
桃太郎は葉を見つめる。
斬りたいものだけを斬る。
言葉にするのは簡単だ。
だが実際は違う。
もしかしたら――
それこそが奥義への道なのかもしれない。
桃太郎はもう一度刀を構えた。
やるべきことは決まった。
(つづく)
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第1章 第1話「むかし、むかしは終わっていなかった」
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