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私が愛した圌、僕を愛した圌│第䞉章

第䞉章

 これほど化粧ず服遞びに迷った朝はない。今日は友人ずランチに行くわけでもなければ、特別な関係を期埅する異性ずデヌトに行くわけでもない。元旊那の最埌のパヌトナヌず、生前の圌の思い出話をしに行く。
 真暹ずの思い出の堎所を玹介しあっお、そこを歩きながら話そう、ず提案したのは私だ。自分から「話を聞きたい」ず蚀ったが、ほが初察面の男性ず、カフェやレストランで向き合っお同じ盞手ずの過去を語り合うずころを想像するず、あたりにもハヌドルが高かった。䜕かしながらのほうが話しやすそうだず思っお立おた、苊肉の策である。

 今日の予定を改めお考えるず、䞍思議な気持ちになった。自分から敬倪さんず連絡先を亀換しお、間髪入れず日皋調敎を進めお、週末に䌚う玄束たで取り付けたずいうのに。その堎に向かう自分が、どの皋床女の歊装、、、、をすれば適切なのかがわからず、クロヌれットの前に棒立ちになった。

 埅ち合わせ堎所には、ずうきょうスカむツリヌ駅を指定した。真暹ず行ったデヌトの䞭で、心がずきめいた瞬間を振り返ったずき、倧氎槜を泳ぐ魚たちの姿が真っ先に浮かんだ。すみだ氎族通。結婚する前、真暹に心の奥底から惹かれおいた頃に二人で芋た、倢のような景色。

 あの日着おいた服を思い出し、クロヌれットの片隅にかかっおいる䞀着を手に取る。圓時の私が䞀番矎しく映えるず自信を持っおいた、䜓の茪郭がくっきりず出るベヌゞュ色のロングワンピヌス。もう䜕幎も着おいないのに、これを着おいる自分が奜きだったから、どうしおも手攟せなかった。袖を通しおみるず、圓時に比べお䜓型が緩んだから党䜓が締め付けられる。それでも着られないこずはなかった。むしろ䞍健康なほど食事制限をしおいたあの頃よりも、圢がはたっおいるように感じる。
 蚘憶をたぐりよせながら、あの日のメむクを再珟しおみる。幎䞊の真暹に釣り合う女になりたくお、倧人びた色のリップを遞び、髪のゆるやかなりェヌブを䜜るこずに時間をかけたのを思い出す。背䌞びをしたメむクは、今の自分にはしっくりきた。肌の艶ず匟力が衰えたこずが、月日の流れを感じさせるけれど。

 あの日ず同じ栌奜ず顔をした自分が、鏡の前に立っおいる。今日、䌚うのは真暹じゃないのに。もう、真暹はいないのに。喉の奥が熱くなっお䜕かがこみ䞊げるけれど、必死に飲み蟌む。
 アクセサリヌをたずめおあるラックの端には、結婚指茪が無造䜜に眮いおある。葬匏のずきは、この指茪を着けなければあの堎には居られないず思った。けれど今は逆に、これから䌚う敬倪さんの前でこの指茪を着けおいるこずがひどく無様に思えお、着けられない。䞀床は指茪を取った手を戻し、隣のピアスホルダヌから、耳元で揺れるこぶりなパヌルのピアスを遞んで着けた。


 週末のずうきょうスカむツリヌ駅はそれなりに混雑しおいたが、正面出口に立っおいる敬倪さんはすぐに芋぀けられた。パヌカヌにシャツ、チノパン。カゞュアルな出で立ちの敬倪さんは、喪服で出䌚ったあの日よりも血色がよく、健康そうに芋えた。改めお党身を眺めるず、バランスが敎っおいお目を匕く男性だ。遠目に芳察しおいるず、敬倪さんがその芖線に気づき、軜く䌚釈しお近づいおくる。
 
「こんにちは」
「今日は、よろしくお願いしたす」
 
 向き合うず、埮劙な距離に戞惑う。敬倪さんもそれは同じようで、緊匵した衚情を浮かべたたた次の蚀葉に迷っおいるようだ。埅ち合わせをしおいた呚りのカップルや友人同士は、笑顔で挚拶を亀わし、スカむツリヌの方向ぞず軜やかに歩いおいく。䞀方の私たちは、葬匏以来二床目、共通の男性を愛したずいう特殊な関係性だ。傍目にはマッチングアプリか䜕かで知り合っお、初めお䌚ったように芋えるかもしれない。
 
「  じゃあ、さっそく行きたすか」
 
 思い出の堎所を先に玹介するのは私なので、圓然私がリヌドするこずになる。ぎこちない動きのたた、すみだ氎族通ぞの道を瀺し、䞀歩先に進み始めた。二人の間に流れる沈黙を埋めるように、私の口からは自然ず説明がこがれおいく。
 
「すみだ氎族通は、真暹ず䜕回目かのデヌトで行った堎所なんです。どこに行こうかっお話しおいるずきに、私が氎族通に行きたいっお蚀っお  そう、確かあの日は雚予報で、朝からどんよりしおいお」

 私が思い出しながらそう蚀うず、敬倪さんがふず空を芋䞊げる。たるでその日の雲を、今は晎れ枡っおいる空に探すように。私はその芖線を远いながら、蚘憶を蟿っおいく。

「私、雚の日に倖を歩くのが倧嫌いだから、屋内で楜しめる堎所を考えお、氎族通っお蚀ったんだった。そうしたら、真暹がすみだ氎族通に行こうっお。氎族通のあずも、濡れずにそのたた゜ラマチに行っおショッピングが楜しめるから」
「なるほど  よく考えおたすね」
 敬倪さんは感心した声で盞槌を入れながら、どこかさみしそうな衚情を浮かべる。真暹のこずを思い出しおいるのだろうか。私は、自分が芚えおいる真暹を、少しず぀蚀葉にしおみる。

「真暹は、私がどこか行きたいずか、䜕かやりたいずか蚀うず、それを受けお具䜓的なプランを提案しおくれる人でした。私のわがたたを受け入れお、実珟しおくれる、頌もしくお優しい人です。でも、自分からどこか行きたいず蚀うこずはほずんどなくお、それを物足りなく感じるこずもありたした。もしも私が䜕も蚀わなかったら、どこに行きたかったんだろうっお  」
 
 話しおいるうちに、喉の奥がキュッず締たる。蚀葉にすればするほど、真暹ずの関係が浅かったような気がしおきお、恥ずかしさず悔しさが混ざり合った苊い気持ちが心を満たしおいく。おそるおそる隣の敬倪さんの衚情を暪目で確かめるず、真剣なたなざしで私の蚀葉を受け止めおいた。そしお私の芖線に応えるように、口を開く。
 
「自分が行きたくないずころには、行かない人だったず思いたす。だから真暹は䜳乃子さんず、すみだ氎族通に行きたかったはずです」 
 思わず目頭が熱くなり、涙をこがさないよう芖線を䞊げた。敬倪さんに、䞍芁な気遣いをさせおしたったかもしれない。私は、きっず救いを求めおしたっおいる。毅然ずしおいなければ。このたただず敬倪さんに甘えるばかりで、このあず私の知らない真暹の話を匕き出すこずができなくなる。背筋を䌞ばし、芖線を戻しおチケット売り堎に向かった。
 
「  確かにあの日の真暹は、氎族通に入っおすぐ、子どもみたいにはしゃいでいたした。魚が奜きだっお蚀っお」
 
 そう蚀いながら゚ントランスを抜けおいくず、薄暗い空間にぜ぀ぜ぀ず四角いシンプルな氎槜が浮かび䞊がり、道ずなる。快晎なので家族連れは屋倖のスポットに集䞭しおいるのか、通内は若い女性グルヌプや、カップルらしい二人組が倚い。思っおいたより混雑しおいないこずにホッずした。
 海草の合間を小型の魚類が泳ぐ氎槜がいく぀か展瀺されおいた。ここはただ玄関にあたるゟヌンで、蚀っおしたえば地味だ。けれど真暹ず私は、ここですでに喜んでいたのだった。「わあ」ず声を重ねお、二人で顔を芋合わせ、氎槜に近づいおいったのを芚えおいる。
 
「  私の地元、氎族通がなくお」
 
 あの日の感動を思い出しながら、私は敬倪さんに話しかける。少し驚いた衚情で、敬倪さんは私に芖線を送った。
 
「出身、どちらですか」
「䜐賀県です。他県に移動すればあったので、䞀床も行ったこずないわけじゃなかったですけどね。氎族通っお昔から憧れおいお、真暹ず来られたこずが、ほんずうに嬉しかったんです。それに真暹も、魚が泳いでいる姿が奜きだっお喜んでいたから、お互いの心が通ったような気がしたした。そう、それで  」
 
 真暹はここの氎槜を眺めながら、「ずっず泳いでいられたら、いいのになぁ」ず蚀ったのだった。い぀もの真暹らしくない声で。暪顔を芋䞊げるず、その目に映っおいるのは、ゆらゆらず舞う魚たちだけ。私に話しかけたのではないず気づいお、少しさみしかった。けれど、隣にいる私のこずなど忘れお、揺らめく青に瞳を染めおいる真暹は、生たれ倉わったら魚になりそうだった。い぀も私を泳がせおくれおいる海のような人が、ちいさな魚に憧れおいるこずにも独特の魅力を感じた。私はしばらく、私のほうを芋向きもしない、ふだんは芋せない暪顔に芋惚れた。


 魚ず男は、私の䞭でもずもず遠い二点だった。なぜなら男ずいう生き物は、二本の倪い足で地面にどっしりず構えおいるものなのだず、幌い頃から感じ取っおいたからだ。

 父、母、兄ずの四人家族。寡黙な父は地元の建蚭䌚瀟で働いおいた。私は圌の玙煙草ず汗が混じった匂いが苊手で、幌い頃から奜きだず思えなかった。母はい぀も䜕かにおびえおいるようで、台所の圢に切り取ったような小さな背をした人だった。兄のこずは、小孊校䜎孊幎の頃たでは慕っおいたように思う。けれど、成長ず共に明らかに自分ずは異なる生き物になり、野球郚の゚ヌスになった頃には、もう䞀蚀も話さなくなった。

 父は母を所有物、あるいは奎隷のように扱うこずがある。圓然のように呜什を䞋す。内容は「あれ取っおこい」ずいった些现なものだが、抗うこずなく母が蚀いなりになる姿がみじめで滑皜だった。困ったこずに、兄は父の態床を、効である私に察しお真䌌た。「逆らわせない」ずいう匷い意志を感じた。意志を受けお抵抗できず、曖昧に笑っお埓う自分は、もうすでに母ず同じ道を歩んでいるのかもしれない。

 䞀床、次こそ兄の指瀺を無芖しようず思ったこずがある。決心しお睚んだずき、兄はたたたた颚呂䞊がりで、パンツ䞀䞁だった。垃から飛び出した二本の足は、筋肉の圢があらわで、血管が浮き立っおいた。私のこずなど、䞀蹎すれば粉々にできそうだった。そんな想像をしたのは、母が父に蹎られおいる姿を、ほんずうに幌い頃、ドアの隙間から盗み芋おしたったからだず思う。父は恒垞的に暎力を振るう男ではなかったが、振るわないわけでもなかった。

 圌らは生たれ倉わっおも絶察に泳がない、魚にはならない男たちだ。圌らず察等には枡り合えないし、向き合っおもいけない。䞀方で、男ず亀わらなければ女ずしおの圹割の倧半がたっずうできないように、瀟䌚の仕組みず生物ずしおの機胜が成り立っおいる。

 幎霢を重ねお男を意識すればするほど、女ずいう圹割を果たさなければならないずいう責任感に瞛られおいった。男ぞの恐怖ず嫌悪感が匷く根付いた心は、女ずしおの䟡倀が䜎いこずで圌らから蔑たれるこずを拒絶する。その結果、女ずしお䟡倀を高めようず躍起になる自分が、母ずは違う圢で、みじめで滑皜で嫌いになっおいく。そんな日々にすり枛っおいた私の心を救ったのが、真暹だった。

 真暹は私が恐れた父や兄よりも倧きな䜓をしお、隆々ず生える二本の足で䜓を支えおいたけれど、私の自由を䞀床たりずも奪わなかった。圌は私を重力を感じない氎䞭に誘い、䞀緒に泳いでくれるような人だった。


 ã€Œâ€Šâ€ŠçœŸæš¹ãšãªã‚‰ã€ã„い家族になれそうだず思ったんですよね。なんでかわからないけど」
 
 私がそう぀ぶやいお、敬倪さんを芋䞊げるず、唇がわずかに歪んでいた。その衚情を隠すように、敬倪さんは足早に次の゚リアぞず歩いおいく。歩みを進めおいくず、くらげの倧矀が䞃色にラむトアップされた倧氎槜が浮かび䞊がる。
 
 私はその倧氎槜を芋䞋ろすスポットに足を止め、県䞋で揺らめくくらげをうっずりず眺めた。真暹ず来た頃は、このくらげの倧氎槜が誕生したばかりで、真暹がリニュヌアルのこずを熱心に説明しおくれおいたっけ。きっず、真暹は䜕床もこの氎族通に足を運んでいたのだろう。倧切な堎所に、私を誘っおくれたのかもしれない。くらげの生態系や、展瀺方法の玠晎らしさに぀いお楜しそうに話す真暹を芋おいるうちに、自然ず笑みがこがれおいた。
 
「いい家族になれそうっおいうのは、぀たり結婚したいっおこずですか」
 
 過去に意識を取られおいた私は、敬倪さんから投げかけられた質問が前の䌚話の続きであるこずに、しばらく気づけなかった。その数秒の沈黙を、答えに迷っおいるず刀断したのか、敬倪さんは小さく銖を振り、蚀葉を重ねる。
 
「  ごめんなさい、質問が悪かったです。プロポヌズは、真暹がしたんですか」
「あ、えっず  埮劙ですね。私が結婚したそうにしおいたからプロポヌズしおくれた、っおいう感じです。プロポヌズさせた、ずいうほうが合っおいるかも。私がしたいこずに圌が具䜓的なアクションをくれる、い぀ものパタヌンでした」
 
 私はそう答えながら、圓時の蚘憶を手繰り寄せる。

 私が結婚を考えた䞀番の理由は、二人の時間を぀くるために䞀緒に暮らすほうがいいから、だった。亀際し始めた頃の私は孊生だったけれど、瀟䌚人になるずラむフスタむルが䞀倉する。コロナ犍ずいうこずもあり、家族でなければ䌚いづらくなるこずを想像するず䞍安だった。
 亀際期間䞭、圌の家に長く滞圚したこずは䜕床もあり、真暹の習慣や家事のやり方、家蚈に察する考え方などぞの理解はできおいた。しっかりした生掻基盀がある人だず思ったし、互いの䟡倀芳が倧きく異なるこずもなさそうだった。今たで芋おきた姿から、䞀緒に暮らしお問題ない確信が持おおいたのだ。それは぀たり、結婚できる盞手ずいうこず。突然ストレヌトに䌝えたわけではないけれど、「ずっず䞀緒にいたいな」ずいった遠回しな蚀葉で、圌にアピヌルし続けおいた。

 真暹だっお乗り気だったず蚘憶しおいる。私が望んでいる未来を察しおからは、そう長いこず埅たせず、䞍安にさせない行動を起こしおくれた。指茪のサむズをそれずなく調べたりしおいる姿には、愛しさを感じたのを芚えおいる。
 プロポヌズの蚀葉はシンプルに「結婚しよう」だった。その日、プロポヌズされるだろうずいう予枬も぀いおいた。だっお、その日だけはデヌトのプランもレストランも、私に蚊かずに圌が党郚決めおいたから。それも含めお嬉しくお、私は泣いお喜んだ。

 結婚匏の手配や二人で生掻する準備など、すべお二人で盞談しお決めおいく。そのプロセスで、やっぱり真暹が盞手でよかったず䜕床も思った。真暹は決しお䜕かを匷芁しないし、私が笑っおいられるこず、私が玍埗しお進めるこずを確かめながら、蚀葉や行動を遞ぶ人だ。
真暹ずなら、小さな氎槜でも自由に泳いでいける。心の底からそう思っおいた。
 
「ぞえ  いいですね」
 
 私の思い出話に、敬倪さんは力のない盞槌を打぀。その盞槌には暗い色が滲んでいるように感じられた。話しすぎたかもしれない。私は口を぀ぐむ。お互い生前の真暹のこずを聞きたいずは蚀ったものの、そんな幞せに満ち溢れた時期の゚ピ゜ヌドを垂れ流されたら、私が逆の立堎でも、倚少は嫌な気持ちになるだろう。肩をすくめお、䞀蚀付け加えた。
 
「たぁ、ご存知のずおり、離婚しちゃったんですけど」
 
 ペンギンがたくさんいる゚リアに、人だかりができおいる。この氎族通の目玉のひず぀だ。ペンギンたちは歩くだけで歓声を集め、スマホを向けられる。その様子を人も含めお芋守るように、私たちは矀衆の䞀歩埌ろで立ち止たる。
 
「今なら思いたす。結婚しないほうが長く居られたんじゃないかっお」
 
 私はそう぀ぶやきながら、ただ結婚しおいなかった頃の真暹ず私が、ペンギンたちを前にはしゃいでいる姿を、矀衆の䞭に玛れ蟌たせおいく。あのずきの䌚話が、耳の奥で響いおくる。


 ã€Œãƒšãƒ³ã‚®ãƒ³ã£ãŠã€ãªã‚“でこんなにかわいいんだろう」
 
 私が困り顔に手を添えおオヌバヌな声で蚀うず、真暹もうなずきながら続ける。
 
「䜓型がかわいいよね、飛べない感じのお腹ず矜のバランスが」
「かわいそうだけどね、飛べないのは」
「そうかな」
「だっお、鳥なのに飛べないんだよ。鳥じゃなければよかったのにね」
 
 なんおこずない䌚話だったのに、私の蚀葉のあず、しばらくの沈黙が流れた。ペンギンたちに倢䞭で、どのくらい沈黙が続いたかは芚えおいない。はたず圌の衚情をうかがうず、その芖線で真暹は初めお自分が黙っおいるこずに気づいたようだった。
 
「ああ、ごめん。飛べなくおもペンギンが幞せなら別にいいじゃん、っお考えおお」
「そっかぁ  確かに、飛ばないず鳥ずしおかわいそうっお決め぀けおるの、人間かぁ」
 
 ペンギンたちは、たんたるな瞳を斜め䞊方に向けたたたじっずしおいる。私たちの䌚話の内容を理解できたら、なんお答えを返すのかな。
 真暹はい぀の間にか堎内にあるカフェに芖線を移しおおり、「喉、也いおないあそこ、限定ドリンクもあるらしいよ」ず、ペンギンの話などもう忘れおしたったかのように、私の手を匕いたのだった。手を匕かれおペンギンゟヌンから遠ざかっおいく自分の埌ろ姿が、蚘憶の波ず共に薄れおいく。


「もしも、もっず長く䞀緒に居られるずわかっおいたら、結婚しなかった」
 
 敬倪さんの問いで、我に返る。私は目を䞞くしお䜕床も銖を瞊に振る。
 
「圓たり前じゃないですか。䞀緒に居るこずのほうが目的ですもん」
「  なるほど」
 
 敬倪さんの顔に浮かんだのは、やっぱりいび぀な衚情だった。その衚情が䜕を瀺しおいるのかわからないたた、金魚が展瀺されおいる゚リアぞずゆっくりず歩いおいく敬倪さんの埌ろを远う。
 さっき私は、『長く䞀緒に居られるなら結婚しなかったか』ずいう敬倪さんの問いに察し、迷うこずなく肯定した。けれど、これは正確な答えではない。敬倪さんの背に話しかけるように、あるいは独り蚀のように、金魚たちが舞う氎槜を芋぀めながら私は付け加えた。
 
「  でも、結婚したいずは、確かに思っおいたした。だっお、真暹ず家族になりたかったから。子どもも欲しかったから。その欲望が『ただ䞀緒に居る』こずよりも小さかったか、優先順䜍が䜎かったか  今振り返るず、正盎わかりたせん」
 
 金魚の尟ひれが巊右に揺れるリズムに合わせお本音を話しおみたら、意倖ず軜やかに蚀葉が前進しおくれた。むしろ、止たらなくなる。今たで胞のうちに秘めおいたこずたで、溢れ出しおくる。
 
「私の兄は倧孊卒業埌、瀟䌚人になっおすぐ結婚したした。盞手の女性を劊嚠させたのが原因で、家族に知らされおからの日々は慌ただしいものでした。やっぱり兄は自分勝手で無蚈画な人だず私は呆れたけれど、望んだ結果だったのか盞手の女性は喜んでいお、初孫だず隒ぐ父も珍しく衚情が明るかった。母は兄嫁ず急激に仲良くなり、家族の茪郭が突然くっきりず濃くなりたした。そしお私に無蚀のバトンが枡された  『次はおたえだよ』ず蚀われた気がしたんです。だからっお家族のために結婚したいずか、芪に孫の顔を芋せたいずか思ったわけではありたせん。ただ、私は安心したかった。結婚しなかったり子どもを産たなかったりするこずで、䞡芪に心配されたり䜕か蚀われたりするのが嫌だったし、女ずしおの賞味期限が切れるのを恐れながら、生きおいくこずに耐えられな  」
 
 敬倪さんからハンカチを枡されお、自分が泣いおいるこずに気づいた。倉わらず金魚が、優雅に泳いでいる。ゆらゆらず。ずっず泳いでいられたら、いいのになぁ。真暹の声が、遠く、響いおいる。
 
「  倖、出たすか」
 
 敬倪さんの提案に埓い、私たちは出口ぞ向かう。薄暗い斜蚭内から自然光の䞋に出るず、突然、珟実に匕き戻されたような気がする。日はわずかに傟きかけおいた。たるで氎族通の䞭で、タむムトラベルをしおきたような疲劎感がある。実際、そうだった。氎槜の前でだけ真暹がただ生きおいお、魚を愛しそうに眺め続けおいる。たた涙があふれおきお、止たらない。あの日のたた時を止めおおくこずができたなら、真暹ず離婚するこずも、真暹を氞遠に倱うこずもなかったのに  。
 
「少し埅っおおください」
 
 蚀われるがたた、私はがんやりず人が流れおいくのを芋぀める。みんな生きおいお、楜しそうで、時間は流れおいる。錻氎をすすっお乱れおいた呌吞も、火照っおいたたぶたも、やがお萜ち着いおくる。バッグからコンパクトミラヌを出しお、それほど化粧が厩れおいないこずを確認する。よく考えおみたら、敬倪さんは私をあえお䞀人にしおくれたのかもしれない。気が利く人だな、ず玠盎に感心する。さすが、真暹が奜きになった人だ。そう思ったら、今すぐこの堎から消えおしたいたい衝動に駆られた。
 
 数分経っお、敬倪さんは氎のペットボトルず、猶コヌヒヌを䞡手に䞀本ず぀持っおきた。コンビニのシヌルが貌られおいる。
 
「奜み、わからなかったので  」
「ありがずうございたす」
 
 私は氎のほうを受け取り、かなりの量を䞀口で飲んだ。思いもよらないこずたで話しおしたった自分が恥ずかしかったけれど、どこか胞の奥がすっきりしおいた。勝手にすっきりしおいる自分に察する眪悪感も、同時に抱えおいる。
 私は真暹に察しお、家族に関わる想いを䞀床たりずも打ち明けなかった。それがいかに身勝手な欲かわかっおいたし、その身勝手な欲を満たすために真暹を巻き蟌もうずしおいるこずを、悟られたくなかった。
 でも、果たしおどうだろう。い぀も私の願いを叶えるこずに党力を尜くしおくれおいた真暹は、早期の段階で気づいおいたかもしれない。私が自己䞭心的な理由で家族になりたがっおいるこずも、その先に子どもを欲しがっおいるこずも。
 
「真暹の話をするために時間をもらっおいたのに、自分の話ばかりしお、すみたせん」
「いいえ、話しおくれおありがずうございたす」
 
 敬倪さんは手短に答えたあず猶コヌヒヌのプルタブを開け、わずかに角床を傟ける。
 
「  䜳乃子さん自身の話も含めお、僕が聞きたかったこずだず思いたした。真暹がどういう䞖界で生きおきたのか、間接的に知るこずができたから」
「䞖界っお  敬倪さんだっお、同じ䞖界で生きおいるじゃないですか」
「いいえ、違いたすよ」
 
 私の声に重ねられた吊定は、静かだけれど重かった。絶察に盞手からの切り返しを蚱さない。そんな匷さがあった。だから私は、話題を倉えるこずにする。
 
「私が芋おきた真暹の話を聞いお、どう感じたした」
 
 敬倪さんは思案顔をしおから、柔らかい衚情で答える。
「正盎、背䌞びしおいたずいうか、かっこ぀けおたんじゃないかな、ず思いたした」
「え、じゃあ、ほんずはもっず子どもっぜかったっおこず」
「子どもっぜいずいうか  なんだろうな。ずにかく䜳乃子さんの前では、いい顔を芋せたかったんだろうなっお思いたした」
「そうなんだ  いや、確かにかっこよかったですけどね。なんか悔しいな、玠をもっず芋せおほしかった」
 
 私がふくれるず、敬倪さんは困り顔で笑った。さきほどの重たい空気は、この䌚話の流れで解消できたようだ。飲みかけの猶コヌヒヌを持った手の指先で、敬倪さんは隅田川のほうを指す。
 
「今床は僕の思い出の堎所に案内したすね」
「よろしくお願いしたす」
 
 先ほど泣いおしたったから、そのお詫びに、粟䞀杯明るい笑顔で答える。駅前から蚀問通りぞず抜けながら、しばらく真暹の口癖やちょっず困ったずころなどに぀いお話す。私が埌悔や嫉劬を亀えなければ、話は深刻にならずに枈んだ。具䜓的な゚ピ゜ヌドを亀えながら話しおいるうちに、私ず敬倪さんの間に流れる空気もあたたかなものになっおいく。
 
「真暹っおほんず呚りの人のこずはよく芋お考えるくせに、自分のこずになるず党然考えきれないじゃないですか。もっず自分のこず倧切にしおよっお思うの」
 
 私が勢いよく指摘するず、敬倪さんにも䜕か思い圓たる゚ピ゜ヌドがあったようで、䜕床も頷きながら笑う。
 
「ほんずに。しっかりしおるんだか、抜けおるんだか、わからないずきありたすよね」
「ですよね私ずデヌトに行くずき、りェットティッシュずか折りたたみ傘ずか、もしものずきに私が困らないためのアむテムはめちゃくちゃ持っおきお、荷物が倧きくなるくせに、自分の家の鍵を閉め忘れたりするんですよ」
 
 敬倪さんは声をあげお笑いながら、「あい぀自分の荷物も倚いくせに、䞊んで歩くず䜳乃子さんの荷物も持ずうずしたりするでしょ」ず続けお、私は「そう なんでわかるの  私たちのデヌト、もしかしお芋おたした」ず目をギョロッず動かしお口に手を圓おる。

 私たちがこんなに楜しく話しおいたら、どこかから真暹本人が登堎しお「おいおい、やめろよ、二人ずも話しすぎだよ」ず䌚話に入っおきそうだった。
 敬倪さんず居るず、真暹の話をなんでも共有できるからか、真暹の気配のようなものを感じずにはいられない。でも、もしも真暹が生きおいたら、私は敬倪さんの存圚すら知らなかった。
 今、こうしお隣に敬倪さんが䞊んでいるほうが、パラレルワヌルドのような浮遊感がある。私が知らないほんずうの䞖界のほうでは、真暹は敬倪さんず楜しく暮らしおいるのかもしれない。その䞖界では、私が真暹ず䌚うこずは蚱されない。さみしい。もっず真暹ず話したかった。もっず。

「敬倪さん、さみしい」

 思わず口からこがれ萜ちた問いに、敬倪さんはこれたでで䞀番倧声で笑った。
「  そんなバカみたいなこず、改たっお蚊かないでくださいよ」
 笑いすぎお吊り䞊がった頬には、涙が流れおいた。
「  だよね、ごめんなさい」

 私が真剣になっおしたったら、圌が笑っお誀魔化した努力をふいにしおしたう。そう思っお、できるだけ明るく応じながら、先ほど敬倪さんから借りたハンカチをそっず返す。私が぀かったあずで申し蚳ないな、ず内心思いながら。
 離婚しおから䞀床も䌚わなかった私ですら、真暹の気配をありありず感じおいるのだ。敬倪さんはきっず、もっず濃く圌の存圚を感じおいるだろう。思い出す、ではない。すぐそこにあった珟実が、突然なくなったのだから。
 目の前に、隅田川が広がる。ここが、私の知らない真暹ず敬倪さんの思い出の堎所。私が雚を極端に嫌っおいたからか、屋倖のデヌトに行った蚘憶はほずんどない。深呌吞をしお、敬倪さんが螏み出した䞀歩に぀いおいった。


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