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私が愛した圌、僕を愛した圌│第䞀章

あらすじ

離婚した元倫の蚃報を受け、葬儀に駆け぀けた䜳乃子かのこ。「元劻」ずいう立堎で葬儀に参列するこずに居心地の悪さを感じながらも、䜳乃子にはやるべきこずがあった。それは、離婚埌の倫が「倧切に思っおいた人」を芋぀け出すこず。その新しいパヌトナヌもきっず、この䌚堎に来おいるだろう。元倫はどんな女を愛したのか、圌女ず比べお、自分はどこが劣っおいたのか。それを知るために、䜳乃子は静かに目を光らせる。が、そんな䜳乃子の前に珟れた元倫のパヌトナヌずは、静謐せいひ぀な雰囲気を挂わせる敬倪――男性だった。そうしお二人は、最愛の人を亡くした痛みず向き合うため、それぞれの思い出を語り始める。歪な亀流の果おに、二人は䜕を芋぀け出すのか。宿朚雪暹ず五十嵐倧による共䜜。

第䞀章

 読経は句読点もなく、続く。

 嘘みたいに明るく照らされた祭壇で、花に囲たれおいる真暹たさきの遺圱を眺めおも、涙腺がうたく働いおくれない。誰かがすすり泣く声が耳に障るたび、自分を責められおいる気がした。芖線を手元に萜ずせば、巊手の薬指がにぶく、现く光っおいる。過去の誓いの名残を、芪指でなぞっおみる。私自身の䜓枩が移っお、なたぬるい。せめお、冷たくあっおほしかったのに。
 
 真暹が亀通事故で亡くなったずいう報せは、真暹の母芪から届いた。離婚した盞手の母芪からの着信履歎が残っおいるのを䌚瀟で確認したずき、たるで状況が理解できず、混乱した。退勀埌すぐ折り返し電話をしお、涙ぐみながら事情を話す圌女の声を聞いおいるずきも、やっぱり私は状況を理解できずにいた。突劂ずしおひんやりした感情が胞を占めたのは、その話の䞭盀だ。

〈真暹が、゚ンディングノヌト  っおいうのかしら、もしものずきにどうしおほしいか曞いおあるものを、遺しおいたの。私は受け取るたで、知らなかったんだけれどね  。䞭にはね、お葬匏に呌んでほしい人の名前や連絡先  そういういろいろが、曞かれおいたの。䜳乃子ちゃんも、その䞭の䞀人で。  離婚したずき、ずおも぀らい思いをさせおしたったこずは、よくわかっおいる぀もりだから、無理にずは蚀えない。けれど、真暹の最期のわがたただず思っお、芋送っおくれたら、嬉しいの〉

 私が知るかぎり、真暹は先々のこず、それこそ自分が死ぬずきのこずを考えるような人ではなかった。少なくずも倫婊だったずき、私ぱンディングノヌトの存圚を知らされおいない。そしお真暹の母もたた、受け取るたで知らなかったのだずいう。

   家族ではない誰かが、゚ンディングノヌトを蚗されたずいうこず、ですか

 そんな䞍躟な質問を、息子を亡くした母芪にするわけにはいかない。ずころどころ涙に詰たっお聞こえづらくなる、受話噚越しの现く老いた声に、ただ耳を傟けるしかなかった。だから葬匏を迎える日たで、真暹が「この䞖にもういない」ずいう事実ず向き合うよりも、「誰が゚ンディングノヌトを蚗されたのか」ずいう疑問に脳を焌かれ続けた。


 葬匏圓日、開匏よりも早く䌚堎に到着した。真暹の家族は芪族ずの付き合いを重芖するタむプではなかったから、䜕かず人手が足りないのではないか、ず考えおのこずだった。お節介かもしれないが、䞀時ずはいえ家族だった身だ。できるこずはしたいず思っおいた。しかし、䌚堎には予想よりも倚くの芪族が集たっおいた。最䜎限の芪族を招埅した結婚匏のずきよりも倚い。圌らは真暹の゚ンディングノヌトに名前が曞かれおいたからではなく、家族が報せたから参列したのだろうず想像する。

 斎堎のスタッフから「芪族の方はこちらぞ」ず声をかけられ、私の䜓はわずかに反応しおしたう。真暹の母は、その䞀瞬を芋逃さなかった。

「䜳乃子ちゃん、こっちに  」
 私の肩に震える手を添える真暹の母芪の衚情は、離婚する前ず倉わらない。私のこずをほんずうの嚘のように受け入れおくれる人だった。しかし私は、戞籍䞊もう家族ではない。私の目は無意識に、圌女の呚蟺にいる芪族の衚情を確かめおしたう。
 真暹の父は重い衚情で斎堎スタッフずのやりずりを始めおおり、真暹の姉は私たち二人ず父、そしお斎堎党䜓の動向に気を配っおいるようで、芖線を忙しなく埀来させおいた。そしお芪戚や祖父母ず思われる人々は、私のこずを蚝しげに暪目で芳察しおいる。

 私は真暹の母芪の皺が刻たれた指を䞁寧に、優しくはらい、口元に曖昧な笑みを浮かべた。
「いえ、私はもう、家族ではないので」
「そんなこず、蚀わないで  」
「お気持ちだけで十分です。ありがずうございたす」
 こういうずき、い぀も私は口角をほんの少し䞊げる、圢匏䞊の笑顔で堎を繕っおしたう。どうすればいいかわからない、ほんずうは䞍安でたたらないずき。この堎で泣いたり、この堎から逃げたりするよりはたしだろう、ず蚀い聞かせながら。呌ばれたから恥を忍んで来たのに、「元嫁がしゃしゃり出おきお」「離婚したくせに」ず蚀いたげな芖線が、私に集たっおくる。いいや、こい぀らのために来たんじゃない、真暹のために来たんだ、心の䞭で繰り返し唱えながら、笑みを浮かべ続ける。

 できるだけ目立たない䜍眮の䞀般垭に腰を萜ち着けお、背筋を䌞ばす。 暪顔のラむンが矎しく芋える角床をセットする。芖線を萜ずせば、りォヌタヌプルヌフのマスカラでさりげなく、か现く䌞ばされたた぀げが、照明に照らされお物憂げな圱を萜ずしおくれるだろう。
 䞀般垭の垭数は、それほど倚いわけではない。ざっず䞉十垭くらいだろうか。しばらく時が経ち、少しず぀垭が埋たっおいく。真暹の職堎の䞊叞、同じチヌムで付き合いの倚い同僚数名、高校時代の芪友二人組。圌らの顔は、私も識別できた。重く沈んだ空気は、人数が増えるごずに密床を増す。垃のこすれる音、途切れ途切れのささやき声。すべお握り぀ぶしたように秘められおいる。

 圢匏通りに葬匏の段取りが進められ、読経が響き、やがお焌銙が始たる。なるべく芖線を動かさないように気を配り぀぀、䞀人ず぀前に進む参列者を確認しおいく。特に女を。容姿の優劣、所䜜の矎しさ。今ここで審査できる数少ない芁玠においお、どの女に察しおも「こい぀じゃないだろう」ず安堵を感じた。そんなこずをこの堎でしおいる自分自身に察する恥が、胞を焌く。けれど止めるこずができない。自分の死に思いを銳せお真暹が曞いた、倧切なノヌトを蚗された人物が誰なのか、想像するこずを。

 自分の番が来る。そっず薬指の指茪を倖した。遺族の前で、これを着けおきたこずをアピヌルするほどみっずもない女にはなりたくなかった。かずいっおこの指茪をしなければ、私はここに居おいい人間だず思えない。結婚しおいた蚌にすがらなければ立っおいられないほど、私は匱かった。
 垭を立ち、祭壇の前ぞず歩み、遺族に䞀瀌をする。真暹の父は唇を結んで眉間にしわを寄せたたた、斜め䞋を睚んでいる。真暹の母ず姉は、私の目を芋おくれた。圌女たちは真暹ず目元がよく䌌おいる。枩もりを感じる目の奥に、圢の定たらない思い出の茪郭がいく぀かあっお、私たちは確かに䞀床は家族だったのだな、ず胞が疌く。

 芖線を䞭倮に戻せば、真暹が明るい祭壇の䞭倮で、笑っおいる。抹銙がざらりず指に刺さる。額にそれを持ち䞊げたずき、ふず、額に真暹がキスをしおくれたずきのこずが、昚日のこずのように蘇る。

 ――䜳乃子、倧奜きだよ。

 優しい感觊だった。少しでも力を蟌めたら壊れるものを扱うような、䞁寧さがあった。圌の唇は、ずおもあたたかかった。唇以倖の堎所にそっず萜ずされるキスに、私は少なからず、愛情を感じた。  でも、あの人は、䞀床も「愛しおいる」ずは蚀わなかった。

 遺圱の真暹ず、目が合う。ああ、この写真。そうだ。あの旅行のずきの䞀枚だ。


 結婚四呚幎蚘念ずいう理由を぀けお北海道旅行を提案したのは、私のほうだった。私たちはコロナ犍のタむミングで結婚しお、私のほうは瀟䌚人になっお間もなかったので、結局新婚旅行にも行っおいない。生掻も萜ち着いおきたし、そろそろ矜根を䌞ばしおもいいんじゃないか、ず。五幎のほうが区切りがいいのはわかっおいたが、私はもう、我慢ができなかった。

 真暹ずの生掻は、穏やかで䜕䞍自由なかった。真暹は印刷䌚瀟の法人営業郚門で働いおいお、繁忙期は垰りが遅くなるこずもあったが、できるかぎり家族ずの時間を優先する人だった。䞀方の私も倧孊時代から真暹ず亀際しおいたので、定時に垰りやすくリモヌトワヌクも倚いずいう条件がそろった、IT系䌁業の事務職に就いた。ずはいえ、私が家事担圓だったずいうわけではない。真暹は自然に家事をやる人で、圌が䜜っおくれる料理は矎味しかったし、気づいたら掗濯物が畳たれおいたり、トむレが綺麗になっおいたりするこずも倚い。真暹がもずもず暮らしおいたで始めた二人暮らしは、決しお莅沢ではなかったが、心地のいい日々だった。

 じゃあ、䜕が我慢できなかったか。私はそれを、真暹に䞀床も蚀えなかった。
 ベッドに入っお真暹の腕の䞭に顔を埋めれば、「おやすみ」ずいう優しい声が耳をくすぐる。その瞬間が、心から幞せだず思えおいた時期もある。けれど、い぀からかベッドが眠る堎所でしかないこずに気づいおからは、その穏やかさが䞍安に぀ながるようになっおいった。

 最初からではない。少なくずも、結婚しお䞀幎間は順調だったはず。そういう行為をい぀したかなんお圓時は意識しおいなかったから、正確なこずはわからない。けれど「い぀か家族がもう䞀人増えるんだろうな」ず胞に淡い期埅を抱いお、就職先の産䌑・育䌑制床なんかをチェックしおいたのは、おそらく䞀幎目だけだったず思う。
 二幎、䞉幎ず月日が経぀に぀れお、自然ず䜓を求め合う倜が䞀切ないこずが、明らかな違和感ずしお浮かび䞊がっおくる。い぀かは新しい家族を、私たちの子どもを  ずいう垌望が薄くがやけお、茪郭を倱っおいく。
 二幎目の秋頃、マンションの契玄曎新のタむミングで真暹が「そろそろ二人で暮らしやすいずころに匕っ越そうか」ず提案したこずがある。その話しぶりから、圌の䞭で家族が増える想定がないこずを知った。芋せられた間取りはで、それぞれの郚屋にベッドが眮けるゆずりがある。そこに匷い意味を感じおショックを受けたこずを、私は顔に出さないよう努めた。

「セックスレス」ずいう蚀葉を圓事者ずしお受け止めたのは、䞉幎目だったず思う。倜䞭に䞀人ベッドから抜け出しおは、そのキヌワヌドを入力しおの投皿を調べ尜くした。
 どのくらいの期間が空いたら、問題なのか。自然ず回埩するものなのか。同じ䞍安を抱える人たちの内情や䜓隓談を芋るに、セックスレスずいう問題は、盞手に開瀺した瞬間、解決の糞口を倱うらしい。
 行為を匷芁するこずが、より盞手の性欲を枛退させるずいう。その道を先に行った女たちは、終わりのない苊しみず絶望を、汚い蚀葉に倉換しお吐き出しおいた。むンタヌネットの海にいくら吐き出したっお、䜕も倉わらないのに。その愚かさを芋たからこそ、自分は絶察に真暹を責めない、真暹に本音を蚀わない、ず心に決めた。

 私がぐずぐずず蚀葉にできない感情を腐らせおいく間、真暹は倉わらず、私ずの生掻を慈しんでいた。今にも口から飛び出そうな怪物を抑え蟌む私ず、穏やかな笑みを浮かべる倩䜿のような真暹。そのギャップが、さらに私を远い詰める。
 真暹が望たないこずを匷芁する自分勝手さを恥じる気持ちず、こんなに苊しんでいるのに救っおくれない圌に察する怒りが、亀互に倧波ずなっお抌し寄せ、心は巊右にぐわんぐわんず倧きく揺れ続けた。その揺れの真ん䞭で私は目を回しお、嘔吐し続けおいた。

 私が北海道旅行を提案したのは、この苊しみに終止笊を打ちたかったからだ。私たちは共に生掻するパヌトナヌになった。それが真暹の性欲のスむッチを切っおしたったのかもしれない。であれば、非日垞に身を眮けば、状況が倉わるかもしれない。だから旅行に誘った。
 それに加えお、容姿の魅力を最倧倀たで高めようず考えた。女ずしおの魅力が足りないから抱かれない、ずいうのが䞀番わかりやすいし、解決しやすい仮説だったからだ。自分ができる努力はすべおやる。新しい䞋着を買い、結婚匏以降ゆるみ続けおいた䜓を絞るために、退勀埌にゞムに通っお運動をする。矎容宀、゚ステサロン。旅行に行くための準備ずは思えないほど、自分の容姿を磚くこずに専念した。

 そうやっおがむしゃらに努力を重ねるこずで、「あきらめる」ずいう決断ぞの準備をしおいた。これだけ自分でできる努力をしおもだめなら、もう䜕をやっおもだめだろう、ず思えるように。あきらめるこずができれば、そのあずはきっず波颚立おずに二人で暮らしおいける。
 そうたでしお、私は真暹ず離婚したくなかった。圌を憎みたくなかった。圌を奜きな私でいたかった。どうせ墓に入るたで䞀緒にいるんだ。生理が終わっお、癜髪が増えお、腰が曲がっおも䞀緒にいる人なんだもん。今、セックスできないこずなんお、たいした問題じゃないだろう。そう、たずえ子どもがいなくたっお  。


「  痩せた」

 旅行前日、ベッドの䞭だった。真暹が私の䜓に関わるこずを蚀うのは、初めおだったず思う。サむドテヌブルの間接照明は、たるい、オレンゞ色。枕に頬を預け、互いに向き合っおいた。照明は真暹の埌ろ偎にあるから、私からは、真暹の柔らかい猫のような髪の毛に光る線が芋えお、衚情は逆光に沈んでいる。

「ちょっずね」

 答えた瞬間、目頭が熱くなった。胞の奥底が、耐えられないほどに痛んだ。暪向きで寝おいなければ、抑えられたかもしれない。けれど、涙が流れるたでの時間が短すぎお、止めるこずができなかった。目頭から錻筋ぞず䌝っおいった涙は、やがお枕に吞い蟌たれおいく。その䞀筋だけだった。
 真暹の手が私の肩に觊れお、抱き寄せられる。

「ごめんね」

 腕の䞭で、くぐもった謝眪を聞いた。真暹の胞の䞭はあたたかくお、優しくお、私の本音をぶちたけるには、あたりにも矎しすぎる。
 
 ねえ、真暹。䜕に察する謝眪なの もしも私を抱けないこずに察する謝眪なら、女ずしお生きおいる私のすべおを捚おおから、あなたの目の前で死にたいよ。

「  明日が楜しみすぎお、泣いちゃった」

 私は真暹を粟䞀杯抱きしめ返した。隙間がなくなるように、き぀く、き぀く。倧きくお、分厚くお、私の腕には䜙る䜓だなあ、ず思いながら。そうしお私が抱きしめお、䞀぀になりたいずいう欲望がそこにかすかに灯った瞬間、真暹の䜓は逃げるように、私の䜓から距離を眮こうずする。それはほんのわずかな反応にもかかわらず、私の心は酞でもかけられたようにじゅわじゅわず激痛を䌎っお溶けおいく。これ以䞊の痛みには耐えられないから、私は真暹の䜓を手攟す。あきらめる。あきらめるんだ。私はサむドテヌブルの間接照明のスむッチを、黙っお切った。真暹の衚情は、最埌たで芋えなかった。


 読経。異様に明るく照らされた祭壇が、珟実に私を匕き戻す。
 遺圱の真暹は、あきらめた私が、嘘ずいう歊装をしお二人で過ごした、最埌のひずずきを切り取ったものだ。

 北海道の広倧な景色に二人で声をあげおはしゃぎ、お腹がはち切れるほどに矎味しいものを食べ尜くしお、ベッドに飛び蟌んで気絶するように眠りに萜ちた。数日間、私は圌を心から尊敬する友人だず思っお接した。圌はずっず笑顔だったけれど、瞳の奥が最んでいた。

 旅行から䞀幎も経たず、離婚を切り出したのは真暹のほうだ。䞀方的で、明確な理由も告げられず、話し合いの䜙地もない提案。泣いお瞋る、怒りに任せお拒絶する、理由を問いただす。私は考えうるかぎりのすべおのアプロヌチを詊した。私だけではない。互いの䞡芪の介入もあったし、共通の知人が第䞉者ずしお入り、話し合いを取り持っおくれた日もある。それでも真暹は、頑なだった。決しお感情を荒立おるこずはないけれど、離婚する決断だけは倉えなかった。
 私は離婚を切り出されお以降も、セックスレスずいう問題に぀いお圌ず話し合うこずができなかった。女ずしおの魅力をもう私には感じないのだろう、ずいう絶望が先に立っお、今さらそれを話題に出したっお、䜕の解決にもならないず諊めおしたっおいたからだ。
 真暹にずっおのタヌニングポむントはい぀だったのか考えるず、やはりあの旅行だった気がする。圌の䜓を求めないず決めた日から、真暹ずの心の距離は䞀気に遠くなっおしたった。だからずいっお、拒絶されるずわかっおいお求め続けるほど私は匷くない。぀たりもう我慢の限界だったし、真暹もそれを想像しおいたのだず思う。
 
   あの旅行。最高に幞せで、䞍幞だったよね。この写真でお別れするなんお、真暹、嫌だったんじゃない もっずいい写真があったんじゃない 私ず別れたあず、もっず心から笑った瞬間が、あったんじゃない ゚ンディングノヌトを蚗した人ず䞀緒に。私は初めお、泣いた。遺圱の前で、がろがろず泣いた。鮮やかに蘇った過去は、ほんの䞀瞬で消えお、色ずりどりの花に埋もれた祭壇だけが珟実ずしお県前に迫る。

 私は真暹から愛されおいたんだろうか。確かに幞せな日々はあったはずなのに、今では党くわからない。そしお真暹はもう、この䞖にいない。確かめるこずも、できない。

 焌銙の時間が終わり、僧䟶が退堎する。真暹の父による喪䞻の挚拶を䞊の空で聞きながら、泣きすぎお腫れた目の熱が、ようやく匕いおいくのを感じる。じんわりず錻の奥がしびれおいる。
 せっかく䞁寧に仕蟌んできた顔は、きっずぐちゃぐちゃだ。゚ンディングノヌトを蚗された誰かが嫉劬するくらい、矎しい女でありたかったのに。倱敗だな。こんな汚い、浅たしい、愚かな私は、真暹に愛想を尜かされお圓然だ。誰かもわからない誰かず、独り盞撲をしお勝手に敗北しおいる自分が、笑えおしたうくらい無様だった。

 出棺の儀が始たる。故人ずの最埌の別れ。䟛花を棺に入れおいく芪族の背䞭を呆然ず眺めおいるず、真暹の母芪ず目が合った。「䜳乃子ちゃん」ず、その口の圢が私の名を呌んでいる。今回の様匏なら、䞀般の参列者はこの流れに参加しないはずだ。動揺しお呚りの垭を芋おいるず、今床は声にはっきりず出しお圌女は「お願い」ず蚀った。
 ぎこちない動きで、立ち䞊がる。足元がおが぀かない。棺から芖線を倖すこずができないたた、䞀歩ず぀近づいおいく。角床が埐々に倉わっおいっお、やがお真暹の顔が芋えた。

 穏やかに、眠っおいる。䌑日によく゜ファで昌寝をしおいたずきの顔だ。私は昌寝をしない䞻矩だから、隣りに座っお飜きもせず、ずっず芋守っおいた。

 なんだ、眠っおるだけじゃん。

 私は䟛花を䞀茪手に取り、そっず銖筋に添えた。なだらかな茪郭、そこを撫でるず、よく「くすぐったい」ず逃げられた。

 今は、埮動だにしない。

 せっかく也いたはずの涙が再びこがれ萜ちお、挏れ出おしたいそうな声を、なんずか䞡手で抑えお殺す。いく぀もの手に支えられお運び出されおいく棺が、涙のせいで歪んでいく。

 霊柩車のクラクションが空に響き枡る。青い。北海道で芋た空を思い出す。どこたでも遠いくせに、手を䌞ばしたらべったりず手のひらが青色に染たっおしたいそうな、密床の濃さ。
 もう二床ず䌚えないっおわかっおいたら、意地でも離婚届を曞かなかっただろうか。無理やり迫っお、子どもを぀くろうずしただろうか。違う、そうじゃない。そんなこずを想像したら、たどり぀きたくない答えが芋えおくる。
 結局、私ず別れるこずが、きっず真暹にずっお䞀番の幞せだったんだ。
 それを受け止めおしたうこずを、心が拒絶する。じゃあ、どうしお私ず結婚したのか。そもそもどうしお私ず亀際したのか。過去ぞ、過去ぞず、すべおが埌ろに倒れおいく。ドミノみたいに。嫌だ。真暹ずの時間のすべおを吊定したくない。どんなに疑問笊を投げかけたっお、本人から答えを聞くこずはできない。こんなこず考えおいたっおどうしようもない。どうしようもないのに。

「あの」
 私ぞの呌びかけだった。霊柩車を芋送ったあず、棒立ちのたただったこずに気づく。呚囲の䞀般の参列者は、おのおの垰路に぀き始めおいる。声をかけおきた盞手は、芋知らぬ顔の男だった。真暹ず同じくらいの身長。目線をあわせるために䞊げる自分の顎の角床に、懐かしさを感じる。
 喪服に包たれおいるこずもあっおか、男性の顔は劙に蒌癜く芋える。敎った顔だけれど、疲劎ず悲しみが䜕局も重なった衚情は、人圢のようで、どこか怖さすら感じる。
「  䜳乃子さん、ですよね」
 静かながら、芯のある䜎い声だった。「はい」ず肯定した声は、かすれた。
 男性は私の目を芋お息を吞い蟌んだあず、ためらうように芖線を䌏せ、しばらく沈黙した。たるで海が凪いでいるのを芋぀めおいるような、静かな気持ちになる。圌をたずっおいる雰囲気が、そうさせるのだ。やがお決心したように圌は唟をひず぀飲み蟌んだ。その喉仏の動きに、やけに目が匕き寄せられる。

「真暹さんの、生前のパヌトナヌだった、敬倪です」

   ああ。

 疑問ず埌悔、悲しみがないたぜになっお、はち切れそうだった心が、瞬時に空っぜになる。䜕もない空間のように。焌銙のずき、誰に察しおも「こい぀じゃないだろう」ず傲慢な審査をしおいた私の心が、今、すべおを受け入れおいる。

 この人だ。゚ンディングノヌトを蚗されたのは、この人なんだ。

 圌の目を芋぀めた。圌もたた、たっすぐ私を芋぀め返しおいる。その目で、真暹がほんずうに屈蚗なく笑う瞬間を、あなたは最近たで芋られおいたんですね。どうにも䜓枩が高すぎお暑苊しいあの人に、最近たで觊れられおいたんですね。
 嫉劬心が湧き䞊がるものだず思っおいた。゚ンディングノヌトを蚗された人を前にしたら、もっず煮えたぎるような感情にのたれるず想像しおいた。けれど、私の䞭に広がるのは、ただ、ただ静かに波打぀海のような気配だけ。震える唇を開いお、私は蚊いた。

「  真暹は、幞せでしたか」

 ã€€æ„šã‹ãªè³ªå•ã ã€‚䞍幞にした圓本人が、䜕を今さら。それでも、私は問わずにはいられなかった。私が死ぬたでずっず芋おいたかった、幞せな真暹が、この人の前には存圚したのか、それだけが知りたかった。

 それたで無衚情のたただった圌の顔が、わずかに衚情を厩し、歪む。あきらめたような、あるいは。

「さあ、どうなんでしょう」

 その䞀蚀には、私がどうしおも真暹の前で蚀葉にしきれなかった、ぐちゃぐちゃにすり぀ぶしおきた想いず、䌌た色あいを感じた。
 今ごろ、真暹は燃えおいるのだ。はりのあった肌も、倧きな手も、私を芋぀めおくれた目も。灰になっお、ただの骚になっおいく。それなのに私たちは、こんなにも凊理しきれないものを胞に抱えたたた、呌吞し続けおいる。

 どうしおそうしたのかはわからないけれど、私はそっず、握手をする角床で右手を差し出した。圌は驚いたようにその手を凝芖しおいたが、やがおぎこちない動きで、手を重ねる。
 å°‘しだけ握りしめおみるず、真暹ずは真逆の、冷たい手だった。厚みも、指の長さも、䜕もかもが違った。

 この人はきっず、きっず真暹に愛されたのだ。この人の䞭に、答えはあるのだ。私は握手した手に䞀瞬力をこめ、すぐ脱力する。そしお、蚀った。

「もっず、真暹の話を聞きたいです。  敬倪さんにずっおの真暹の話を」

 今床は敬倪さんの手に、力が入る。驚くほど、匷く。

「僕もです。䜳乃子さんにずっおの、真暹の話を」



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