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Photo by3373now

私の人生

    朝5時。

    まだ空が青くなる前に、彼女は目を覚ます。

    目覚ましが鳴る前に起きるのは、もう癖だった。

    白湯を飲み、洗濯機を回し、簡単に身支度を整える。
    鏡の中には、少し疲れた顔の自分。

    「今日もやるしかないか」

    そう呟いて、家を出る。

    ⸻

    彼女は、29歳。

    地方の小さな会社で働く営業職だった。

    特別な才能があったわけじゃない。
    実家がお金持ちでもない。
    コネもない。

    ただ、「自分で生きていく」と決めていた。

    大学を出てすぐ就職し、
    一人暮らしを始め、
    家賃を払い、
    奨学金を返し、
    毎月の生活費を計算して生きてきた。

    誰にも頼らず。

    頼れる人が、いなかったわけじゃない。

    でも、
    頼るのが下手だった。

    「大丈夫」
    が口癖になっていた。

    ⸻

    会社では、
    「しっかりしてるよね」
    とよく言われた。

    後輩の相談に乗り、
    上司の無茶ぶりを受け止め、
    取引先には笑顔で頭を下げる。

    家に帰れば、
    靴を脱ぐ前にその場に座り込む日もあった。

    泣きたい日もあった。

    でも泣かなかった。

    泣いても、明日は来るから。

    ⸻

    そんなある日。

    大きな案件を任された。

    ずっと目指していた仕事だった。

    「やっと来た」

    そう思った。

    毎日終電。
    休日返上。
    食事はコンビニ。
    睡眠は4時間。

    それでも、苦じゃなかった。

    自分の努力が、やっと報われる気がしていたから。

    ⸻

    けれど、プレゼン当日。

    最後の最後で、その案件は別のチームに持っていかれた。

    理由は、
    「経験のある人に任せた方が安心だから」。

    彼女の3ヶ月は、
    たった一言で終わった。

    ⸻

    トイレの個室で、初めて泣いた。

    声を押し殺して、
    嗚咽だけが漏れた。

    「なんで私ばっかり」

    その言葉が、
    初めて口から出た。

    ⸻

    その夜、
    珍しく母から電話がきた。

    「元気?」

    その一言で、
    また泣きそうになった。

    「元気だよ」

    そう言ったあと、
    少し沈黙があった。

    母は言った。

    「あなた、小さい頃から頑張りすぎるのよ」

    彼女は黙った。

    「ひとりで立てることは立派。でもね、
    寄りかかることも、弱さじゃないのよ」

    ⸻

    電話を切ったあと、
    彼女はベランダに出た。

    夜風が冷たかった。

    でも、
    少しだけ肩が軽かった。

    ずっと、
    「ひとりで頑張れる自分」
    を誇りにしてきた。

    でも、
    それは時々、
    自分を追い込む鎧にもなっていた。

    ⸻

    次の日。

    会社で後輩に言われた。

    「先輩って、いつも強いですよね」

    彼女は少し笑って答えた。

    「そんなことないよ。昨日、めちゃくちゃ泣いたし」

    後輩は驚いて、
    それから笑った。

    その瞬間、
    彼女は気づいた。

    ああ、
    少し弱くなっても、
    ちゃんと生きていけるんだ。

    ⸻

    その日から、
    彼女は少し変わった。

    困ったら「助けて」と言うようになった。

    疲れた日は休むようになった。

    コンビニのご飯じゃなく、
    ちゃんと好きなものを食べるようになった。

    そして、
    鏡の前でこう言えるようになった。

    「よくやってるよ、私」

    ⸻

    ひとりで努力してきた人は、
    誰よりも強い。

    でも、
    強い人ほど、
    自分に厳しい。

    だからこそ、
    たまには自分を抱きしめてほしい。

    誰も見ていないところで頑張ってきたことを、
    自分だけは、
    ちゃんと知っているのだから。