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Photo byfish_binetsu18

【短編小説】数字の海で息をする 「第三章 慰められるはずだった夜」 part3

    「その日、傷ついていたのは私も同じだった。」
    その日の予定は、本当は違った。

    会う約束をしていた人がいた。マッチングアプリで知り合った人。
    関西に住んでいて、会うだけでも新幹線代がかかる距離だった。
    だから、簡単に「また今度ね」とは言えない。
    やっと決まった約束だった。

    一週間前。
    「骨折した。」
    そんな連絡が来た。
    「え、大丈夫?」
    そう返した。

    でも、その日の夜。
    何気なく開いたBeRealには、その人が普通に友達と遊んでいる写真が上がっていた。
    「あれ?」
    違和感だけが残った。
    それから返信は少しずつ遅くなった。既読になるまで半日。返事は一言。
    前日の夜になって、ようやくメッセージが届く。
    「ごめん。やっぱり行けなくなった。」
    それだけだった。
    理由を聞こうとは思わなかった。
    関西から東京まで来るのは、お金も時間もかかる。
    簡単に決められることじゃない。責められる話じゃない。
    頭では分かっていた。

    それでも。
    ずっと楽しみにしていた予定が消えるだけで、一日ってこんなにも長くなるんだと思った。
    その日だけは、一人でいたくなかった。
    だから、この子を誘った。この子に慰めてもらうつもりだった。

    居酒屋では、たくさん笑った。
    「男なんて最低。」
    そう言いながら乾杯して。失恋話を聞いてもらいながら。
    このまま終電で帰って、
    「今日はありがとう。」って終わる夜だと思っていた。

    でも。
    店を出た瞬間だった。
    さっきまで私の隣にいたこの子が、知らない人に話しかけられていた。
    何度も目が合っていた、あの人だった。
    最初は少しぎこちなかった会話が、気づけば二人とも笑っていた。
    私は少し離れたところで、その様子を見ていた。
    さっきまで「今日は一人にしないでね」と思っていたのは私だった。

    なのに。
    気づけば、また一人だった。
    もちろん違う。この子は悪くない。ただ話しかけられただけ。笑って返しただけ。それだけなのに。
    胸の奥で、小さな声がした。

    どうして、いつもこの子なんだろう。

    私は、すぐ人を好きになる。
    「また好きな人できたの?」
    呆れたように笑われる。
    「うん。」
    「懲りないね。」
    「ほんとね。」
    傷ついても。振られても。また誰かを好きになる。
    でも。
    誰かに本当に選ばれたことは、一度もなかった。
    それでもまた誰かを好きになってしまう。それが私だった。

    だけど、その夜も。
    結局、声をかけられたのはこの子だった。
    私は、選ばれる側じゃなかった。
    そんなことを考えてしまう自分が、嫌だった。
    私は、恋を探してばかりだ。
    アプリを開いて。誰かと会って。また期待して。

    なのに。
    恋の方からやってくるのは、いつもこの子だった。
    その理不尽さを、私はどうしても受け入れられなかった。


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