
社会人として成長した10年、自分を理解した10年
私は20年近く塾講師として働いた。
一生懸命授業した。
生徒のために考えた。
教材も作った。
休日も使った。
でも、
20年間の間に二度、会社を休職した。
今も復帰できるかどうかは分からない。
しかもAIが急速に進化している。
授業の一部はAIで代替できそうだ。
世の中では、
「先生の仕事も危ない」
と言われ始めている。
ふと夜に思う。
あれ?
俺の20年って何だったんだ?
もし今の私の前に、
20年前の自分が現れて、
「その20年、無駄だった?」
と聞いてきたら、
私はどう答えるだろう。
前半の10年は、
とにかく前に進む10年だった。
若くて未完成なことを武器に、
たくさん失敗した。
でも、そのたびに立ち上がった。
休日は勉強。
研修にも行く。
本も読む。
常に向上心を持つ。
自分への投資は惜しまない。
そんな人間だった。
一方で、
向上心のない人を見ると許せなかった。
塾の先生なんだから、
もっと頑張るべきだろう。
もっと勉強するべきだろう。
そんなことを思っていた。
そして、
結構ガンガン行くくせに、
周囲からどう見られているかは気になる。
Facebookで友達の活躍を見る。
キラキラした報告を見る。
自分は仕事しかしてないな。
休日も勉強しているけど、
あとは疲れて寝ているだけだな。
そんな比較もしていた。
そして後半の10年。
うつ病で一度目の休職。
約一年半の休職を経て復職。
すると今度は、
「ちゃんとしなければ」
がさらに強くなった。
頑張る。
もっと頑張る。
ちゃんとする。
もっとちゃんとする。
その結果、
手が付けられないほどの完璧主義者になっていた。
そして二度目の休職。
塾講師として過ごした20年。
前半10年の頑張りも、
後半10年で打ち消された。
そんなふうにも見える。
実際、
休職という結果だけを見れば、
そう評価する人もいるだろう。
私自身も、
何度もそう思った。
もしこの後半10年がなかったら、
私はもっと順風満帆だったかもしれない。
病気にもならず、
仕事も続けて、
それなりに評価されて、
それなりに出世していたかもしれない。
でも、
思い返してみる。
子どもの頃から私は嘔吐恐怖症だった。
人からどう思われるかも気にしていた。
負けるのが嫌だった。
評価されたい気持ちも強かった。
やればそれなりにできてしまうから、
余計に無理をした。
この後半10年は、
そういう自分の中にずっとあった違和感を、
全部回収するかのような10年だった気がする。
何度も言う。
病気はつらい。
だから病気にはならない方がいい。
これは本当にそう思う。
でも、
全部がゼロだったとは思いたくない。
この病気にも意味があった。
そういう言い方をしたい。
もし病気にならなかったら、
私は今ほど人の苦しみに想像力を持てただろうか。
休職する人を見て、
甘えているだけじゃないか。
気合が足りないんじゃないか。
そう思っていたかもしれない。
心が弱いなら鍛えればいい。
体が弱いなら努力すればいい。
そんなふうに考えていたかもしれない。
私はもともと、
こうあるべきだと思うと、
なかなか譲れない人間だった。
だからこそ、
人生のどこかで思い切り転ばないと、
分からなかったのかもしれない。
そして、
病気になったからこそ得たものもある。
奥さんと過ごす時間。
ぱんちゃんと過ごす時間。
一緒に散歩する時間。
何気ない日常。
以前の私は、
そういうものを大切だとは言いながら、
本当の意味では見ていなかった気がする。
仕事。
成長。
成果。
評価。
その先に幸せがあると思っていた。
でも、
幸せは案外、
近くにあるものだ。
だから、
この後半10年がなかったら、
持てていなかったものがたくさんある。
前半10年は、
社会人として成長した10年だった。
後半10年は、
自分という人間を理解する10年だった。
どちらが大事だったかは分からない。
でも、
今の私を作ったのは、
間違いなく両方だ。
だから、
もし20年前の自分に
「その20年、無駄だった?」
と聞かれたら、
こう答えると思う。
無駄ではなかった。
というより必要だった。
最初の10年と後半の10年を合わせて
一つの大切な物語になっていると思う。
むしろ、
遠回りしないと見えなかった景色を、
たくさん見た20年だったよ。
休職259日目

諦めることは後からでもできる。
後悔したくないから。