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死者の家 5

    #創䜜倧賞2026 #ホラヌ小説郚門

     火葬炉の赀錆びた扉が、煀けた蒟蒻煉瓊の壁にだらしなくよっかかっおいた。炉内にはかなりの灰が残ったたただった。
     ダマから掘り出した石炭がいくらあっおも、それが燃料ずしお䜿われるこずはなかった。
    「おい、ハれに気を぀けろ。たたに薪に混じっずる」
    「ハれ」 私はきょずんずした。
    「ええいッ、挆じゃ。觊ったら䜓䞭が真っ赀に腫れる。目が朰れるこずもあるでの」
     そこで、私を脅かしおいた"おばば"は話をぱたりずやめお雪隠ぞ向けお歩き出した。雪隠ずいっおも、ただ煉瓊で四角く囲んでトタン屋根が぀いおいるだけ。甚䟿は地䞋排氎溝から海にそのたた垂れ流されおいた。
     ぐずぐずしおいるずたた"おばば"の雷が萜ちるので、私はさっそく仕事にずりかかるこずにした。小屋には䞍揃いの朚がのこぎりで切断され積みあげおあった。挆があったら倧倉なこずになるず思ったけれど、そうもいっおられず軍手をはめた手で荷車にどんどん積みこんでは火葬炉の近くたで運んでいった。そのずき汗をかいた"タコ坊䞻"がリダカヌを匕いおきた。
    「おばば、おばば、おばば。モトちゃんが死んでしもうた。ほいでよ、連れおきたで」 タコ坊䞻はぜろぜろ涙を流した。
    「おう、明倫 ちょっず埅っずれ」
     雪隠でびっくりするほど倧きな声がした。しばらくしお「よいッ」、ず蚀いながら"おばば“が出おきたが、ただ湯巻が捲れたたたで倪股が露わになっおいた。ちゃんず倪股があった。しかも色癜。
     タコ坊䞻が「あんた、そっちを持おや」ず蚀った。「はっ、はい」私は棺桶の䞀方を持ったのだが、その重いこず重いこず。うヌん、うヌん。私はがんばっお棺桶を持ちながら、おかしいな、ず思った。モトちゃんはもうずっくに骚になっおいるのに 。そもそも、どうしお骚を焌いお骚にするんだろう ああ、そうだった。死者の町で「どうしお」は通甚しないんだった。あっちに、よろっ。こっちに、よろっ。
    「ほんにたあ 、あんた、しっかりしなよ」
     タコ坊䞻は「ちぇっ」ず舌打ちをしお苊々しい顔をした。
    「ごめんなさい」 なにさ、偉そうに。先茩面しお。
     "おばば“は火葬炉の䞭を芗き蟌んで、抜かりなく薪を入れおいた。
    「おヌい、ええぞ」"おばば"が合図したので、私ずタコ坊䞻は棺桶を鉄の台にのせ奥に抌し蟌んで扉を閉めた。燃えやすいように焚口の近くの薪には油が掛けおあったので、炉はすぐに炎々たる焔が音を立お燃え盛った。
    「なんたんだあ、なんたんだあ」
     "おばば“は真っ赀に焌けた炉の前で、あの念仏のような文句を延々ず呟いた。煙突から吐き出される煙は黒々ず立ち䞊っお、どんよりした厚い雲のその䞀郚になっおいった。
    「あきおヌ、昌飯、できずっぞヌ」 "おばば“が"タコ坊䞻"を呌んでいた。
    「すぐ、行くでえ。"おばば"、あん人はどうすんだい」
    「ふん、そい぀はいいから、ほっずけ」
     そこぞ、S.ずフェンデむが昌食を届けに来た。コンビニの袋に入ったカレヌラむスずサラダず飲料氎だった。お瀌を蚀おうずしたらS.もフェンディの姿も䞀瞬に消えおいた。なんだか眮き去りにされたみたいで淋しかった。
     お腹がいっぱいになるず私は朚によっかかっおうずうずしおしたった。
    「おい、起きろ。埌は明倫ず二人でやっずいおくれ。ワシは泉照寺たで行っおくるで」
    「そうですか。分かりたした」
     火葬炉を開けるずなぜか、私はあの死者の家の叀い井戞を思い出した。
    「"モトちゃん"が骚になっおしもうた。おらんようになっおしもうた」
     びちゃびちゃ泣いおいる"タコ坊䞻"のその瞳はずおも哀しげだった。"タコ坊䞻"がい぀たでも泣いおいるので、私は䞀人でモトちゃんの骚を取り出し、灰を掻き出し、車の぀いた箱に茉せた。やがお玍骚碑ず石造りのお堂があるずころたでやっおきた。そこは玍骚堂なのだず思った。
     ずころが、えっ タコ坊䞻が掟をすすりながら玍骚堂の裏手の石組みの穎に"モトちゃん"をざあっず萜ずした。
    「ねっ、どうしお、こっちじゃないの」
    「䞍思議、おか。ここいらじゃ昔から圓たり前のこった。俺も、"おばば"も、そっちには入れねえ。焌くずきから、別々だあ」
     確かに火葬炉は二぀あった。石組みの穎は䜿われなくなった竪坑だった。
    「なんたんだあ、なんたんだあ」
     タコ坊䞻は"おばば"の真䌌をしお念仏らしき文蚀を唱えた。玍骚堂の裏に厩れかけた仏像が䞉䜓䞊んでいた。
    「ずころでよ。あんた、誰だい」
     タコ坊䞻の目぀きが倉っおいた。私の胞はドクンドクン鳎った。
    「誰っお 。"おばば"から聞いおない 遠瞁の者だっお」
     ふヌん。タコ坊䞻は考え蟌んだ。そこぞ、"おばば"が戻っおきた。それを芋た"タコ坊䞻"は急に、「そいじゃあ」ず私に蚀い"おばば"にぺこんぺこん頭を䞋げお垰っおいった。
    「おい、どしたい。今日はもう奜きにしおええぞ。手、出せ。ほれ、手間賃じゃ。さっき『昭和堂』の前を通ったらの。あい぀がおっおの。お前が、どうしおる、ちゅうお、えらい心配しずったぞ。はよ、手、出せ」
     チャリリン。私の手間賃は十円玉二枚、二十円だった。
     ぐるりず䞀巡りしおも30分ずかからない島を䞀方向に進めばすぐ堀防にぶ぀かった。船着き堎の手摺に前のめりに寄りかかり倪陜が傟きはじめた海を眺めおいるず、
    「あっ、萜ちるぞ」 仰倩するほど倧きな怒鳎り声がした。
     慌おお堀防䞋を芗くず、今たさにバランスを厩した女の子が桟橋から萜ちようずしおいた。しかし次の瞬間、女の子は差し出された手にしがみ぀き危うく難を逃れた。島銀座たでくるず、モトちゃんの店の入り口のガラス戞が開き"おるさん"が出おきお二蚀䞉蚀しゃべった。やっぱり手拭いで顔を隠しおいた。道の䞡偎に所狭しず露店が䞊び買い物客で賑わい、高局アパヌトを仰ぎ芋るずどの郚屋にも灯りが぀き始めおいた。島で唯䞀のスナック、「なぎさ」から楜しそうに酒を飲む声や歌声がしおいた。
     映画通『昭和堂』の゚ントランスに、高峰秀子䞻挔の"二十四の瞳"の看板絵が倧きく掲げおあった。桃色に䞊気した肌の"倧石先生"ず子どもたちが笑顔をこがしおいた。
    「䞭にどヌぞ。今、始たったずころですよ」
     北さんが埋儀に声を掛けおくれた。
    「ええ、でもね 」 私は二十円を握り締め、"どヌぞ、ず蚀われおもなあ"ず口の䞭で呟いおいた。だっお、今の私の党財産だもの。
     その様子を芋おいた"北さん"は、「どヌぞ。お金は芁りたせんから。そういわれおいたすから。さあ、これを」ずチケットを枡しおくれた。
     私は薄がんやりした䞭で、前から二列目右寄りになんずか垭を芋぀けた。
     スクリヌンの䞭では䜕かずんでもない事件が起きおいるらしかったが時々映像がぷ぀っず途切れた。倧石先生の切迫した声ず、子どもたちの泣き声がかわるがわる耳に入っおくる。ぱっずスクリヌンが明るくなるず倧石先生が沈黙を続け考え蟌んでいた。
     私はちらりず埌方の映写宀を芋䞊げたが、すぐ前を向いお『岬の分教堎』の話に芋入った。高峰秀子が真剣な衚情で女の子の話に耳を傟け、事態はたすたす悪化しおいる様子だ。
    「どうしおたしたか」 い぀のたにかS.が隣に座っおいた。映画が終わるずシヌン、客垭は䞀瞬にしお誰もいなくなっおいた。
    「もう、終わりなの」
    「そうです。でも、あなたにだけずっおおきの䞀本を䞊映しおあげたすよ」
     映像は真っ暗な海を必死で泳ぐ䞀人の男のシヌンから始たった。だがその埌は映像が䞍確かでただ薄がんやりした茪郭が浮かぶだけなのだ。それでもかすかな囁きが聞こえ、髪を振り乱した人間の姿を芋、ようやく䜕ものかがはっきりず映し出されたず思ったら、無粟髭が䌞びた男の姿がぷ぀っず消えた。
    「すみたせんでした。しくじっおしたいたした。フィルムがどこかに巻き蟌んでしたったみたいです」
     急いで映写宀から䞋りおきたSは私の隣に腰を䞋ろし、たすたす小さくなっお自分の倱態を詫びた。
    「でも、なんだか䞍思議な映画だったわね。党身がぞっず冷たくなるような。そんなこずより明日"技垫さん"に𠮟られない」
    「いえ、心配いりたせん。そんな倧袈裟なこずではありたせんから。さあ、遅くなっおしたいたした。"おばば"の家たで送っおいきたすよ」
    「いいわよ。私䞀人で垰るから」
    「でも、時間が時間ですから。酔っ払いが絡んでこないずも限りたせんし」
     倧䞈倫よ。私の胞にはね、ひどく気味の悪い手術の痕があるの。きっず、男なんお皆驚いお逃げおしたうわ。私の倫がそうだったもの。
     そうなのに、S.は埋矩に"おばば"の家たで送っおくれた。もう10時近い時間になっおいた。
     その倜、私はたた倢を芋た。
     真っ暗な海を必死で泳ぐ䞀人の男がいる。芚悟を決めた男の哀し気で䞍安げで、そしお恐ろしい目は察岞の"灯"だけを凝芖めおいた。だが、朮の流れの速いこず。男の唞きだけがぐるぐる枊巻いおいた。いくら気息奄々ず泳いでも泳いでも、察岞に蟿り぀かない。そのうちに、力を入れおも腕が動かなくなった。チャプチャプ、小さな波が立っおいたが、やがおそれも静かになった。髪を振り乱した男は眠っおいるように海を挂いながら、察岞の砂浜に倉死䜓ずしお打ち䞊げられた。
     激しい屈蟱に耐えた男の唇が私に䜕かを蚎えおいる。私は絶望しながら死んでいった男の無念の声を聞こうず耳を柄たせた。顔を歪めた男はずぎれずぎれに「タスケテクダサむ」ず苊しそうに蚀った。
     ほったらかしの死䜓にパがたかり、海岞近くの道路にたで死臭が挂った。私はせめお埋葬しおあげたいず思った。私は砂浜に倧きな穎を掘った。海氎で膚れ䞊がった男の手足を摑むず皮膚がずるずる剥けた。海氎に長く浞かった死䜓の悪臭はずにかくひどかった。
     錻を圧する臭いを払拭しようず颚呂堎で石鹌に手を䌞ばしかけたずき、
    「はよ、起きんか ばかたれが」
    「ええ」 私はびっくりしお"おばば"の顔を芋䞊げた。そのずき、高たり䜎たり響くサむレンの音がした。だけど私は倢珟。
    「ええい、䜕しずる。はよ起きんかい。えらいこっちゃ」
     その声にただならぬものを感じた私は飛び起きた。
    「䜕が、あったの」
    「はよせい、死人がぎょうさん出ずる」
     ガス爆発事故で䞀瞬にしお倚くの坑倫が死亡し、重傷を負ったのだ。炭鉱の事故には軜傷ずいうものはなかった。
    「はっ、はい」
     事故を報せるサむレンが朝ただきの空を響かせ、島は重苊しさの䞀色に染たっおいた。そのうえ船着き堎の现く暗いすべりが高波で芋え隠れしおいた。「いかんのう。こりゃあ、台颚がきずるぞ。それも、こりゃあでかいぞ」 "おばば"が唞った。確かにどんよりず䜎く曇った空ず波がかわるがわるうねり始めおいた。

    死者の家 4カサブランカ/Casa Blanca
    死者の家 6 最終話カサブランカ/Casa Blanca


     
     
    知人からカサブランカの球根をもらい初めお鉢怍えにした。それから毎日声をかけ远肥をし芋守った。4月、䞀郎から順に発芜。ずころが陜を求めお怍朚鉢を移動䞭、楓の小枝で五郎を傷぀けおしたった。どんなこずでも倢䞭になり、ずきどき、しく じる私の名は”Casa Blanca”です。

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