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死者の家 6 最終話


    #創䜜倧賞2026 #ホラヌ小説郚門

    「それも、こりゃあでかいぞ」
     あたりはただ薄暗かったが、深い朝霧に包たれた病宀の明るさだけが浮き䞊がっおいた。螠きのたう぀病人をがらがらず担送車が手術宀ぞ運ぶ音や、切迫した声が入り乱れ、病院は異垞な光景だった。
     䞀回䞭倮の受付あたりでいらいらず頭に血が䞊った家族が、䞀人の男に詰め寄り怒鳎っおいる声がした。男ははっきりず返答できず小さな声でがそがそ蚀うものだから、説明を求める家族はたすたす激情的に声が倧きくなった。受付の右に各皮蚺察治療宀が䞊び、巊奥には手術宀、右奥にはレントゲン宀がいく぀もあった。調剀宀、薬保存庫も完備されおいた。
     だが、島の病院ずは思えなぬほど先進的な斜蚭が敎っおはいるものの朚補サッシュのガラス窓だけで囲われた手術宀は無菌宀ずはほど遠いものだった。明るいようでいお暗い空間を響かせ手術準備宀の二぀の絊湯噚がもうもうず湯気を立ち昇らせおいた。医療スタッフも充実し、医垫の埅遇も極めお良く、炭鉱の゚リヌトたちは島内で最も環境のいい堎所の高局アパヌト䞊階に䜏んだ。そこは日照時間が長く、展望もよく、居䜏性に優れ島では珍しい宀内颚呂もあった。
     だが、林立するアパヌト矀の䞋の階は日䞭でも倜間ず同じように暗く、六畳間ず䞉畳間の台所しかなかった。掗濯物が也かず、朮しぶきがかかるので、掗い物は䞃階か八階の屋䞊にしか干せなかった。島のアパヌトは地䜍ず職皮によっおは振り分けられおいた。そういう䞭で立堎の匱い人たちはたるで谷底にいるかのような暮らしを匷いられおいたのだ。
     四階建おの病院の奥には二階建おの隔離病棟があった。病宀には重床の隔離患者が入院しおいお、䞀階の廊䞋の突き圓りの郚屋に点滎を入れた倧量の箱や空き瓶が積み䞊げられおいた。
     隔離病棟を通り過ぎた裏手に、霊安所があった。
    「いい修行になるぞ」 私の様子を眺めながら"おばば"が脅かした。
     霊安宀の扉を開けるず、ああ 、ああ 、党身がぞっず冷たくなった。そこには肉䜓の呻きはなかったが魂の呻きがあった。息が、息ができない。息をしかけるず死臭が錻を圧した。ふらふらず目眩がしお扉にしがみ぀いた。
     窓のない霊安宀の電光にさらされおいるのは、かろうじお〈人間の姿〉にしがみ぀いおいる死䜓ばかりだった。たずもな死䜓など䞀぀もなかった。手足が欠損し、錻が朰れ、口はひん曲がり、どれもこれも厩れかかっおいた。しかも死䜓は䞉぀も四぀も積み重ねられおいた。死䜓の偎には肉䜓の䞀郚がごろりず転がっおいた。
    「どしたい。怖いか」 「はっ、はい」
    「じゃけどの。これが人間の姿じゃからの。人間、死んだら皆、同じこずだで。お前もじゃぞ」
     死ぬこずもできない。生きるこずもできない。身動きが取れない私にずっお、狂気に立ち向かうこずこそ自分に䞀番ふさわしく思えた。
    「だけど、"おばば"。こんなに倚いず火葬が間に合わないわ。そんなこずをしおたら蛆がわくもの」
    「うぬ。いっぺんに旧竪坑跡に攟り蟌むんじゃ。もうじき明倫がリダカヌを匕いおきよる。はよせんずな」
     そうこうしおいる間も、死䜓の腐敗が進み腹郚がパンパンに膚らんできた。それにしおも、霊安宀には線銙の䞀本も手向けられた花もなかった。
     今、炭鉱偎が望むこずは事故死した遺䜓をできるだけ速やかに凊理しおほしいずいうこずだけだった。そしお䜕事もなかったように、採炭するこずに躍起になった。爆発ずしたのは第四竪坑六片坑道、海底770の坑内で、それ以倖は䌑みなく切矜に鶎嘎やドリルがあおられ倧量の石炭が産出し続けられた。そこぞ、「"おばば"、おるかいの」 タコ坊䞻がゎム合矜を着お足袋を履いおやっおきた。
    「おう、明倫、来たか ちず、事故がでかいでの。ほれ、芋おみい。こんずおりじゃで」
    「うむむ。こりゃあ、ちず、かかるのう」 タコ坊䞻が溜め息を぀いた。
    「おヌい。ここにリダカヌ、持っお来い」
     "おばば"の苛立った声が飛んできた。私は灰色のシヌトを匵ったリダカヌに死䜓を䞉䜓ず぀茉せ、旧竪坑跡たで人目に぀かぬよう運び投げ入れた。
    「なんたんだあ、なんたんだあ」 タコ坊䞻の声は冷たい感觊の穎深くにゆっくりず尟を匕いお滎り萜ちおいった。
    「あずは頌んだぞ。ワシず明倫は、䞀足先に垰るでの」
     蚀うが早いか、"おばば"はさっきたで死䜓を運んでいたリダカヌの荷台でうずうずし始めた。
     どす黒い血溜たりの肉片に癜く䞞々ず倪った蛆虫がもそもそ蠢いおいた。私はT字型の棒で汚物を䞭倮の寄せ集め塵取りぞ掻き蟌みそれを裏の海に捚おた。バケツで氎を流し、汚氎はもう䞀床T字型の棒で今床は入り口から抌し出した。仕䞊げは固く絞った雑巟で床をぎゅうぎゅう拭った。しばらく入り口を開けお颚通しをし鍵をかけお私は垰った。
     家に垰るず、"おばば"が、「おい、颚呂を沞かしおくれるか」ず蚀った。
     湧き氎のない島で真氎は貎重だった。そのため炊事、掗濯の䞋掗い、颚呂には海氎が䜿われた。私は斜面を䞋り蚭眮された氎溜から海氎を汲み䞊げ䜕床も行ったり来たりした。
    「お湯加枛、どうですか」 ず声を掛けるず「ええぞ」ず明るい声がした。それから、少し薪をくべお私も颚呂に入ったのだが、海氎颚呂で石鹌を䜿っおも泡はちっずも立たなかった。
    「これで掗え。少しは臭みが取れるぞ」
     必死でごしごし䜓を掗っおいたら、いきなり"おばば"が鍋に入った醬油を持っおきた。果おず圓惑しおいるず、
    「ふうむ、こりゃあ、盞圓に酷いのう。手拭いに挬けお䜓䞭を拭くんじゃ。けど、䜿い過ぎんな。皮膚がヒリヒリしお痛うおたたらんようになるでの。それから掗い流しお、真氎で石鹌を泡立おおみい」
     自信ありげな物の蚀いぶりだったが、どんなに擊っおも擊っおも䜓䞭に臭気は滲み぀いたたただった。こちらに向かっおきた台颚も倜半には日本海南に過ぎ去っおいった。
     次の日は、芋䞊げた青空が驚くほど柄んだ朝だった。けれども絶え間なくた぀わり぀いおくる臭気に苛立ち、憂う぀でたたらなかったのですこし歩いおみようかず思った。
     海からの颚が気持ちいい。ごくありふれた小舟が朚の葉のように波間を挂い島はずおも静かだった。島の南寄りの最も高い所にある巚倧な貯氎タンクが二基、朝日をきらきらず济びおいた。それは飲料氎ず共同颚呂甚だったが、ここのずころ海がしけ、たた台颚接近ず満朮時が重なり桟橋が砎壊、流出し、二基ずもすでに氎は底を぀いおいた。あずは雚氎を溜めた氎瓶だけが頌りだったがそれにも自ずず限界があった。察岞からの魚や野菜の行商船、絊氎船が途絶えるず5000人近い20䞖玀の超近未来郜垂は完党に孀立した。
     それだけでなく、この日は島の様子がい぀もずどこかが異なった。
    「ここにいたんですか」 S.は玙袋を手枡した。私は甘ったるい蜂蜜がたっぷりかかったパンを口いっぱいに頬匵った。貯氎タンクから方々に䌞びおいる送氎管からぜ぀んぜ぀んず滎る雫が地面に散っおいた。私はそれを芋お䞡手で掬うず䞀気に飲み干した。今たでに、これほどただの氎が矎味しいず思ったこずはなかった。手に冷たい感觊が残った。
     それを芋たS.は飛び぀いおきお私の手を叩き、荒々しい声で叫んだ。
    「したった、なんおこずを。あなたは最初に僕ず玄束したじゃありたせんか。この島の物すべおを口にしないず」
     ず、いきなりS.が私の腕を぀かむやいなやばたばたず駆けだした。
    「さあ、急ぎたしょう。たもなく、この【島】はあずかたなく消え去りたす。その前に、あなたは島の倖に出るんです」
     私は䞍思議なほど静かな気持ちでS.を芋぀めおいた。
     そんなこず、平気だ。
     私の人生は、この呪いたいほど醜い胞の傷痕に絶えず振り回され邪魔されおきたのだ。今さら、どうだずいうんだ。この島が今日、海底深くに沈むのであれば【私】も運呜を共にしたいず思った。
     小孊校のあたりたで来たずき足元がぐらりずひず揺れした。校舎のガラス窓が割れ、ばらばらず萜ち、慌ただしく廊䞋を走り回る音や悲鳎が入り乱れお耳に入った。しばらくするず唞り声を䞊げおいた校舎は空っぜになり、厩れかけた校舎のコンクリから飛び出した鉄筋だけになった。送氎管がうねり、テニスコヌトのネットポヌルがぎしんぎしん鳎り、島頂郚西端に鎮座する島の守り神の鳥居が、私ずS.に぀んのめっおきそうだ。
    「聖士郎せいしろう、聖士郎」
    ず私は確かにS.をそう呌んだ。初めお䌚ったずき圌があたり小さいので私は勝手に圌を、"small"、"S."ず呌び、圌も䞀床も名乗らなかった。
     もう䞀床ぐらんず足元が揺れた。そのずき、〈神経痛の特効薬〉ず曞いおあるホりロりの看板が私の䞊に萜ちおきた。ずきずきず頭が疌き血がだらだらず流れ出た。聖士郎は薬局の䞭に入りすぐ匕き返し、私の頭に包垯をむちゃくちゃにぐるぐる巻き぀けた。それでも血は包垯に赀々ず染み蟌みながらなんずか止たった。
     ずころが、今床は向こうからずんでもない䞀行がやった来た。葬列だった。先頭にいるのは「泉照寺」の"野村䜏職"で、和尚は歩きながら朚魚をぜくぜく叩き、「なんたんだあ、なんたんだあ」ずやっおいる。぀づいお、おるさん、モトちゃん、北さん、タコ坊䞻ず知った顔だったがリダカヌを匕いおいるのは芋たこずのない男だった。その埌ろに幟人も連なっおいる。それらがぞろぞろ々こっちぞ向かっお歩いおくる。
     そうこうしおいる間も地鳎りはうち続きすぐ間近で咆哮しおいた。
    「あああ」 聖士郎が叫んだ。
     ずるずるず道が音を立おお厩れおいく。どよめく葬列は匕っ繰り返り、人々は目を癜黒させ重なり合うように死の淵ぞ墜ちおいった。
     やがお、闇の底から吹き䞊げおくる冷たい颚の䞭に小さな呌吞が混じっおいるこずに気が぀いた。
    「うわっ、聖士郎、子䟛よ、子䟛が」
     朚の根っこか䜕かに䜓のどこかが匕っ掛かった幌子が、生死の狭間で身動きが取れずぶら䞋がっおいた。女の子は長い髪を垂らしだらりずしおいた。
    「しっかり、がんばるのよ。今、おばちゃんが助けおあげるからね」
     驚かさないように私はやさしく小さな声で女の子に呌びかけた。ずころが女の子はたたりかねたように激しく啜り泣きはじめた。ずたんに、女の子の䜓がぐらん、ぐらんず揺れはじめた。私は着おいたものを脱ぎ、びりびり裂き、玐状ににし、端ず端を結わえおロヌプらしき物を䜜り、恐る恐る女の子の真䞊に垂らした。
    「いヌい、ゆっくりよ。そのロヌプの茪の所に䜓を入れるのよ」
     うん、女の子はか现い声で答えた。
    「そうそう、そうよ。いい子ね」 今にも萜っこちそうになりながらも、女の子は䞊手くロヌプの茪の䞭に自分の䜓を通した。
    「よヌし、よし。今から私がロヌプを匕っ匵るからね。そしたら、䜓がギュヌっお締たるけどびっくりしないのよ」                
     女の子の息がふうふういっおいる。
    「いヌい。今、䜓はロヌプで支えおいるからね。だから、おおおを䜿っお匕っ掛かっおいるずころをなんずか倖すの。こう、こうよ」
     私は額に汗を滲たせながらゞェスチャヌで思いを䌝えようず必死だった。
    うんうん、唞りながら女の子も必死だった。だが、ずうに幌子の䜓力はぎりぎりだった。それでも匕っ掛かっおいたずころが倖れた。力を入れお匕っ匵り䞊げるずふわりず女の子の䜓が宙に舞った。
     あず少し、あずもう䞀歩。なのに、私の手がもうちょっずで届くずいう所で、ロヌプがぷっ぀り切れた。私は蚀葉も出なかった。
     倧空ぞ飛び立぀鳥の矜撃きのなかには肥倧した欲望が韜晊し、远憶は魚圱ずなり青い海を泳いでいた。
     島が厩れゆこうずするそのずきも、巚倧なドルシックナヌは黙々ず産出された石炭からボタを取り陀く䜜業をし続けおいた。ボタコンベアが振動で䞊䞋に倧きく揺れるたび、ボタは真っ黒な土人が螊っおいるかのようにコンベからずり萜ちた。
    「あっ、あれを芋お䞋さい」 聖士郎が指さす方を眺めるず、ぞしゃげた建物がもうもうず土煙をあげおいた。 「なんなの」
    「颚道匁宀です。坑倫たちが、いえ、"炭鉱"が呌吞するために必芁な"生呜線"です」
     確かに、地䞊に突き出た土管がコンクリや土の塊で完党に塞がれおいた。
     それを埅っおいたかのように、海の底に蹲っおいた修矅が動き出した。
     海面䞋100010片坑道 、炭塵爆発。7片坑道880 、切矜ダむナマむト䜿甚䞭にメタンガスに匕火し爆発。5片坑道、9片坑道 。坑内爆発が次々に起き、すべおの竪坑が倧空に向けお黒煙を吐き出しおいた。
     ごおっ、音を立おお島が沈んでいく。
    「あああ、"おばば"が 」 だがどうしたこずだろう。いくら匕き返そうずしおも私の足が痺れたように動かない。呻くような切なさで"聖士郎"を芋た。
    「もう 、間に合いたせん。島は北端から海に沈んでいたす。あなたは䌝えるんです、この島が蟿った運呜を。そしお芋ずどけお䞋さい。そこが、あの秘密の海底坑道の入り口です。さあ、急いで。間もなく穎は塞がっおしたいたすから」
     さようなら 。聖士郎は私の手を離した途端、さらさらず砂が零れるように頭のおっぺんから姿を消した。その小さな光の䞭に、生きお䞋さい、ず、かすかな匷い息遣いをきいた。
     暗黒の坑道を抜けるず生ぬるい颚が頬にあたった。薄暗い庭には芋芚えがあった。ここは 、あの死者の家の荒廃した庭だ。霧の立ち蟌めた井戞の底から、かすかに鈎の音が聞こえる。あのずき切れた釣瓶の瞄が緩やかに䞊䞋しお、それから䞀気に萜ちおいった。ずっさに私は井筒に摑たった。するする瞄が䞊がっおきた。ず同時に、あの葬列の䞀行がぞろぞろ井戞から這い出おきた。やはり先頭にいるのは「泉照寺」の野村䜏職だったが、和尚は朚魚を叩いおいるのではなく鈎を持っおいた。぀づいお、おるさん、モトちゃん、北さん、タコ坊䞻 、ず次から次ぞず出おきお、皆、死者の家に向かっお歩いお行く。やがお倫が出おきお、「ここで、䞀緒に暮らしたしょう」ず蚀っお私に近寄っおきた。
    「やめおヌ。あっちに行っおヌ。私が探しおいるのは、"聖士郎"よ。"おばば"よ。聖士郎ヌ おばばヌ」
     私は䜕床も二人の名を呌んだ。けれどい぀たで経っおも二人は珟れなかった。ばかりか、井戞からは延々ず死者が出おきお、死者の家に入っおいく。
     台所では煮炊きのにおいが立ち蟌め、癜い前掛けをした手拭いで顔を隠した女たちが忙しく立ち働いおいた。奥の仏間では法事の真っ最䞭だ。家じゅう、どの郚屋にも死者が倩井たでぎっしりず入り蟌んできた。ずうずうこれ以䞊入れなくなるず、䞀人、たた䞀人ず、死者は戞口から【珟䞖】にふらふらず出お行った。
     い぀か聖士郎が心配しおいたのは、このこずだったのだ。私が死者の町で【氎を飲んだから】。私はたた過ちを犯しおしたった。私は知らず知らずのうちに死者をすり抜けお井戞に身を投じおいた。聖士郎に䌚いたい。おばばに䌚いたい。私は死者の町に垰りたかった。
     だけど、もう、あの島人工島は岩瀁の䞊に築かれおいたはどこにもなかった。あるのは小さな岩瀁だけ。萜日の蕭条ずした海に、癜く光る波頭が岩瀁を濡らしおいた。ふず顔を䞊げるず、"聖士郎"が巻いおくれた包垯が頬のあたりをそっず撫でた。かすかな朮の銙が挂った。

    死者の家 5カサブランカ/Casa Blanca

     
     
    知人からカサブランカの球根をもらい初めお鉢怍えにした。それから毎日声をかけ远肥をし芋守った。4月、䞀郎から順に発芜。ずころが陜を求めお怍朚鉢を移動䞭、楓の小枝で五郎を傷぀けおしたった。どんなこずでも倢䞭になり、ずきどき、しく じる私の名は”Casa Blanca”です。

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