
助けたい。でも自立してほしい──母を見守る距離のこと。
こんにちは。おその💐です。
最近、母と一緒に過ごすことが多くなりました。
といっても、私も母も一人暮らし。
普段はそれぞれ予定があって、思い思いのペースで過ごしています。
母の1日は、とても80代とは思えないほど軽やかなんです。
午前中はヘルストロンに座りにいき、そこでおしゃべり。
そのあと、かかりつけ医に寄って、またおしゃべり。
午後はカラオケ。歌って、笑って、またおしゃべり。
こう書くと“独居老人”とは思えないほど元気で、社交的です。
そんな母が最近、「目が見えにくい」と言い始めました。
2年前に白内障の手術をして、よく見えていたはずなのに。
診断は“後発白内障”。
レーザー治療が必要で、町の眼科ではできないため、紹介状を持って大学病院へ行くことになりました。
膝も悪く、長く歩くのはしんどいようです。
「自転車ならどこでも行けるよ」と言いますが、大学病院まではさすがに無理なようです。
結局、私が送迎することにしました。
こうして、母がひとりではできないことが少しずつ増えていきます。
助けたい。
でも、自立していてほしい。
母の自尊心を守りながら寄り添いたい。
このふたつの間で揺れる自分の気持ちが、最近はときどき胸をちくりと刺します。
老いはどうしても避けられない。
どれだけ元気に見えても、
“できること”は静かに減っていきます。
気になるのは、
母が「めんどくさい」と口にすることが増えたことなんです。
本当に面倒なのか、疲れなのか、
それとも気力が少しずつ薄れているのか。
答えはわからないまま、私はその言葉の重さを受け止めています。
だから、必要以上に手を出さないようにしています。
今日も病院に送ったあと、あえて早めに家に戻りました。
母の中にある“自分でできた”という感覚を残しておきたかったから。
老いは止められないけれど、
その人の意思や誇りは守れます。
それが今の私にできる、いちばん自然な寄り添い方なのだと思うんです。
80歳を過ぎても、ひとり暮らしの人は増えています。
できることなら母には、これからもカラオケに励んで、元気な独居老人の記録でも作ってほしいくらい。
私はその少し後ろを歩きながら、
母の人生をそっと見守っていこうと思うのです。
