
86歳の母が涙した理由──高齢者の人間関係に起きていること。
「もう、電話に出たくないのよ」
受話器の向こうの声が、いつになく小さかった。
明るくて社交的な母にも、誰にも言えない悩みがある。
その涙の理由には、年を重ねた今だからこそ見える
“人との距離のむずかしさ”がありました。
こんにちは、おそのです💐
先日、母から電話がありました。
「ちょっと相談があるの」と言う声が、少し沈んで聞こえました。
早速、家に行き話を聞きました。
母は86歳。
8年前に、長く闘病していた父を見送り、それからずっと一人暮らしです。
社交的で明るく、人とすぐ仲良くなるタイプ。
電話がよく鳴り、カラオケ仲間と出かけたり、近所の居酒屋さんや喫茶店が“溜まり場”のようになっています。
デイサービスにも週に一度通い、カラオケと運動を楽しんでいます。
そんな母が最近、「もう限界」とこぼしたのが、長年の友人Aさんのことでした。
Aさんは、人の悪口が多く、外食してもお金を持ってこないなどのことが続き、母は少しずつ距離を置いていたそうです。
それでも電話が何度もかかってくることが多かったとのこと。
電話に出るものの、「これから出かけるから切るね。」「お客さんが来てるから」など、理由をつけては断っていました。
そして、知り合いから「軽い認知症が始まっているみたい」と聞いたのです。
何度断っても距離を置いていることを感じてくれず、電話を繰り返すAさん。
母は悩んだ末に、私に「着信拒否にしてほしい」と頼みました。
その言葉には、迷いと悲しみが混じっていました。
けれどその後、Aさんはあちこちに電話をかけ、
「○○さん(母)の電話番号が変わった?」と聞き回り、
さらにはデイサービスのスタッフまで巻き込んで、母の家まで訪ねてきたそうです。
事情を知らないスタッフが連れてきてしまったのでした。
母は驚き、そして深く傷つきました。
「どうしてこんなことに…」と。
連れてきたスタッフさんも、昔仲が良かったとはいえ、母に一報いれるべきでした。
母は、そのことがあってから、共通の友人に事情を話さなければならなくなりました。
Aさんに「今後は連絡先を教えないでね」とお願いしたそうです。
ようやく落ち着いた頃、母はぽつりと
「かわいそうな人ね……でも、悲しいわ」と泣きました。
いくつになっても、人間関係の悩みはなくならない。
そしてシニア世代になると、そこに“認知症”という現実が重なります。
執着や依存、孤独、そして「忘れる」という残酷さ。
自分では制御できない心の動きに、人は巻き込まれていくのです。
母はきっと、自分を慕ってくれたAさんの変わりゆく姿に、
どうしようもない悲しみを感じたのでしょう。
そして同時に、「いつか自分もそうなるかもしれない」という
不安も重なっていたのかもしれません。
私は母の話を聞きながら、
「今はただ、聞くことが大事だ」と思いました。
否定も助言もいらない。ただ、受け止めることが大事なんだと感じました。
長年、昭和時代の亭主関白の父を介護し支えてきた母。
その母が今、ようやく自由に自分の時間を生きている。
もしかしたら、これが“第二の青春”なのかもしれません。
今年、仲の良い友人を見送ったときも、私は母をお通夜へ連れて行きました。
これからもきっと、何度も寂しい別れを経験していくのでしょう。
それが「老いる」ということなのだと、胸の奥で静かに感じました。
だからこそ──
どうかこの穏やかな日々が、一日でも長く続きますように。
母の笑顔が少しでも長く咲き続けますように。
そう願わずにはいられません。