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思い出は捨てられない。でも、笑いとともに生きていける。

    私はふだん、さっぱり捨てられるタイプの人間です。

    けれど、夫の思い出を前にしたときだけは、足が止まってしまいました。





    こんにちは💐おそのです。



    クローゼットを開ければ、ぎっしり詰まったシャツやジャージ。


    箪笥の引き出しには、たくさんの下着。


    帽子やカバンもそのままで、

    まるで夫が「ちょっとそこまで出かけてくるよ」

    と言って出て行ったまま、

    まだ帰ってくるような気がして。





    私は途方に暮れていました。


    それでも、いつかは手放さなければなりません。


    思い切って家族や友人の息子たちに声をかけ、

    帽子やカバンを持って帰ってもらいました。


    息子が夫の帽子をいるのを見て、


    「お父さん、若返ってるじゃない!」と、みんなで泣き笑いしました。

    スーツ類は体格のいい息子の友人にもらってもらいました。


    けれど、問題は大量に残ったジャージとシャツやパジャマ。


    仕方なく寄付に出したのですが……



    数週間後、私は病院で腰を抜かすことになります。


    なんと、廊下を歩く患者さんが、

    夫のジャージを着ているではありませんか。


    「あれ? あのライン入りジャージ、絶対見たことある!」


    よく見ると、こっちにも、あっちにも!


    病棟のあらゆるところで、夫の服を着た人たちがウロウロ。



    もう、笑うしかありませんでした。


    「ここは夫のファッションショー会場か!」


    と心の中で突っ込みながら、


    涙と笑いが同時にあふれて止まりませんでした。


    泣きながら処分したはずの服が、

    まさか病院中で第二の人生を歩んでいるなんて。

    日中は生活リズムをつけるため、私服を着る患者さんたち。


    同僚に話すと「そりゃそうよ。ここに寄付したんだから!」と爆笑の渦。


    その日、ようやく私は「手放してよかった」と心から思えたのです。






    ──そんな「泣き笑い」の出来事をnoteに綴ったあと、


    私はさらに気づきました。

    書くことで、心は少しずつ整理されていくのだと。

    泣きながら書いていたはずなのに、


    ふと懐かしくて笑ってしまう。


    涙と笑いが入り混じりながらも、


    最後にはふわりと温かい気持ちが残る。


    思い出を綴ることは、忘れるためじゃなく、


    悲しみをやさしさに変えるための時間なのだと。


    書くことで心が解けていく。


    振り返ると、このnoteが67記事目。


    綴ることでようやく悲しみから思い出へと移り変わってきたような気がします。

    皆さんの記事を読み、共感し、笑い、涙し、学び──


    この4ヶ月間noteと過ごした日々。


    温かいコメントに支えられて、ここまで書いてこられました。

    もし今、あなたが大切な人を亡くして立ち止まっているなら──


    どうか思い出を言葉にしてみてください。


    泣いてもいいし、笑ってもいい。


    その一歩が、きっと心をほどいてくれるはずです。

    私の「泣き笑い」も、そうして少しずつ、勇気に変わっていきました。



    これからも、ここで小さな花束を束ねるように──

    言葉を綴り、あなたに届けていきたいと思います💐



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    夫を見送り、ひとり暮らしを始めた62歳の看護師です。今年4月にFP3級に合格。 健康や年金などのお金のこと、大好きな旅や本、最近気になるAIのこと、日々の小さな楽しみを大切にしながら、これからの人生をゆったりと味わっていく準備を綴っていきます。 Amazonアソシエイト参加中

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