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転生したら後宮妃!? ―料理で陛下の胃袋を掴んだら、寵妃になってしまいました― 第18話

    ◆第1話はこちら

    第3章 底辺だった妃が、陛下の寵妃になって出世街道まっしぐら!

    7 華南宮へ

    「凜貴人さま、あまり時間はありませんので、お話は手短にお願いいたします」
     黒幕をあぶり出すために開いた女子会の翌日。一心はどうしても気になることがあり、とある場所を訪ねた。
    「分かってるって、ちょっと話をするだけだからさ」
     林杏に釘を刺された一心は、何度も頷く。
     訪れた場所は寧貴妃が住まう華南宮であった。門の前に立つ侍衛に袖の下を渡し、一心は華南宮に足を踏み入れた。

     陛下の一番の寵妃だった頃の賑わいは今はなく、宮殿内はしんとしていた。
     ここへ来たばかりの頃の月明宮を思い出す。
     以前は取り巻きの苑嬪も編殿で暮らしていたが、寧貴妃の禁足処分により他の宮に移ったため、華南宮は現在、寧貴妃と最低限の侍女と太監しかいない。
     一心はまっすぐ正殿に向かった。正殿の前には取り次ぎをする侍女もいない。
     仕方なく扉を叩いて呼びかける。

    「寧貴妃さま、開けてください。李凜花です」
     扉をノックし、自分が来たことを告げる。扉は開かない。けれど、中で人の気配はする。
     数分待った後、ようやく薄く扉が開いた。外の様子を伺うように、侍女が目だけを覗かせ立っている。
    「凜貴人さま?」
    「おう、中に入れてくれないか」
     寧貴妃の侍女は扉を開け、一心を中に招き入れる。

     部屋の中は灯もつけず薄暗い。こんな暗い所で過ごしていたら気も滅入るだろう。
    「寧貴妃さま、凜貴人さまです」
    「凜貴人ですって?」
     寝所の方から声が聞こえた。長椅子に寧貴妃がシンプルな寝間着姿で寝そべっている。
     一心は口元をにやつかせた。
     ゴージャスに着飾った姿もいいけれど、こういう素朴な装いでも、寧貴妃の美しさはそこなわれない。むしろ、アンニュイの感じがさらに色っぽさを増していい。
     寧貴妃は側にいる侍女に視線をやる。下がれという合図だ。

     側仕えの侍女紫蘭を失った寧貴妃にとって、今や頼りになる侍女はいない。
    「李凜花っていうから、誰かと思ったじゃない。何しにきたのよ」
    「どうしてるか気になって様子を見に来たんだ。元気そうだな」
    「はあ? おまえの目はおかしいの? 私のどこが元気そうに見えるっていうのよ。それに、昨日会ったばかりでしょう。ていうか、その態度と言葉使いはなに? 私の方がおまえよりも位が上よ!」
    「まあまあ、腹減ってないか? 菓子の差し入れも持ってきたんだ。私が作ったから安心して食べろ」
    「おまえが作ったから安心だという保証はないでしょう」
    「私は料理人だ。料理で人を害すことは絶対にしない」
    「なにが料理人よ。いつから料理人になったのよ。ついこの間までまともに食事も貰えず、惨めに泣いてばかりいたおまえが」
     悪態をつきながらも、テーブルに並べられた料理を見て、寧貴妃はごくりと喉を鳴らす。

     一心は提盆おかもちの蓋を開け、菓子をテーブルに置く。マシュマロをベースにビスケットやドライフルーツ、ナッツなどを混ぜた雪花酥|《シェーフアソー》。さくさくとした食感が特徴だ。
    「これは小窩頭シヤオウォトウ、寧貴妃のために頑張って作った」
     小窩頭とはトウモロコシの粉を練って円錐形にした蒸しパンのようなもの。元々貧しい庶民の主食だったが、かの西太后が農民が出したこれを気に入り、宮廷に帰ってから料理人に命じ作らせた。宮廷で西太后に出したレシピは白砂糖、甘い香りの金木犀を捏ねて蒸したものに、レシピを作りかえたという話がある。粉はきめ細かくなければいけないので、目の細かい絹を張った篩に何度もかけるため、手間暇がかかるのだ。そして最後に宮中で噂の一心特製湯円。

     ごくりと喉を鳴らし菓子を見ていた寧貴妃は、ふと一心のお腹に注目する。
    「おまえ、そのお腹……」
     一心の腹がぽっこり膨らんでいるのを見て、寧貴妃は不機嫌そうに眉根を寄せた。
    「陛下に興味がないって言いながら懐妊? 私のことが心配と言って、本当は身ごもったことを自慢しにきたわけ。あんたって、意地が悪いのね!」
     寧貴妃はふんとそっぽを向き、小声で付け加えた。
    「皇子が産まれないように呪ってやる」
     怒って頬を膨らませてる顔もかわいいじゃないか。いやいや、そうじゃなくて。

    「冗談やめてくれ。寧貴妃を喜ばせてやりたいと思って来たんだ」
    「喜ばせたいだなんて、ほんと嫌な女。ムカつくわ。帰って、顔も見たくない!」
    「だから、見てくれよ」
    「うるさい……!」
    「ワン!」
     犬の鳴き声に寧貴妃の目が見開かれた。一心の膨らんだ腹がもぞもぞと動き、襟元から小黒がひょこんと顔を覗かせた。
    「良い子だな。ほうら、出ておいで」
    「小黒!」

     小黒を抱き上げ、寧貴妃の手に渡す。
    「生きていたのね! でもどうして?」
     主に会えて嬉しいのか、小黒は尻尾を振り、涙を流す寧貴妃の頬をペロペロと舐める。
    「この前、偶然花園で見つけたんだ。すぐに寧貴妃に届けようと思ったんだけど、華南宮の出入りは禁じられていたから、なかなか来られなくて」
    「保護してくれたのね。だけどよく他の者に気づかれなかったわね」
    「小幽子がこっそり面倒を見てくれたんだ。彼には感謝だ」
    「そう。ありがとう、いちおう礼は言うわ」
     寧貴妃は愛おしそうに小黒を胸に抱き、頬をすり寄せる。その姿を見た一心はやっぱりな、と呟く。

    「噂は嘘だったんだな。寧貴妃が小黒を処分したってのは」
     寧貴妃はきっと目をつり上げた。
    「残酷なこと言わないでよ! 私がそんなことするわけがないじゃない。だけど、今でも腑に落ちないわ。今まで人に吠えて、驚かせるなんて一度もなかったのに、あの日に限って、突然華南宮にやって来た皇后に飛びかかったの」
     一心はあごに手をあてた。

     しばらく小黒を預かっていたが、寧貴妃の言う通り、吠えたり暴れたりはなくおとなしい子だった。おかげで、周りに気づかれずに保護できたのだ。
    「どうして皇后が来た途端、襲いかかったんだろう」
    「襲いかかったのとも違うわ。皇后の足元を横切って、部屋から飛び出そうとしただけよ。それで皇后は驚いて足をよろめかせ、頭をぶつけた」
    「その時の状況は?」
    「状況? 特に変わった事なんて何もないわ」
    「何でもいいんだ。些細なことでも何でも」
    「陛下が花園にいると紫蘭から聞き、出かけようと思った矢先だったわ。皇后が突然華南宮を訪れたの……今思えば、何の用だったのかしら」
     ふと、寧貴妃は一心の持ってきた金木犀の菓子、小窩頭に視線を落とす。
    「そういえばあの日、皇后はいつもと違う香水をまとっていた」
     一心は、うんと頷いて話の続きを促す。
    「金木犀の香り。それも、気持ちが悪くなるくらいきついにおいだった」
     それだ! と、一心は膝を叩く。
    「犬は金木犀や柑橘系の香りが苦手なんだ。それで、部屋から逃げ出そうとした。なるほど、これは意図的だな」
     事実、寧貴妃は皇后を怪我させた罪で禁足となり、小黒は処分されることになった。同時に宮中では寧貴妃の悪い噂が広がった。皇后を害そうと、寧貴妃が愛犬を仕向けたと。
    「すべて皇后の仕業だということか。しかし、なんでそんな噂を?」
    「いつものことだわ。皇后にとって私は邪魔者だから。これまでだって、何度殺されそうになったことか」
    「まじか?」

     まさか寧貴妃が命を狙われてきたとは思いもしなかった。
    「私の命を狙うのは皇后だけとは限らない。ここは後宮。誰かを陥れたり、裏切ったりなどは日常茶飯事。常に陛下の言動に一喜一憂し、生きるか死ぬかに怯え、まるで薄氷をふむように慎重に暮らして行かなければならない。そうでなければ、ここでは生き残れない」
     いったん言葉を切り、寧貴妃は真剣な目で一心を見る。
    「あんたも気をつけなさい。特に皇后には」
    「はは、実はすでに命を狙われかけた」
     寧貴妃は驚かなかった。それどころか、やはりというように納得している。

    「寵妃となったあんたが邪魔になったのよ。よく生きていられたわね」
    「そのことなんだけど」
     これだけは確認しなければと思い、寧貴妃に問う。
    「殺された紫蘭が毒入りの茶が入った袋を林杏に渡したのを見たんだ」
    「紫蘭に命じたのは私じゃないわ」
    「もちろんそう思ってた。だがなぜ、皇后は寧貴妃の侍女を使い、私を殺すよう命じたんだろう」
    「弱みを握られたか、銀子をちらつかせられたか、今より高い地位を約束されたか。用が済んだら殺されるとも知らず甘い言葉にのせられたのよ。殺されて当然。同情なんてしないわ」

     寧貴妃は静かに視線を窓の外へと移した。
    「あれほど可愛がってあげたのに、年頃になったら良い縁談を見つけ、嫁荷もたくさん持たせて送り出そうと思っていたわ。なのに……主を裏切った報いよ!」
     紫蘭に同情はしないと言うが、寧貴妃の目には涙がにじんでいた。
     信頼していた侍女に裏切られた悲しみと、頼れる者がいなくなった絶望感。
     泣いているところを見られて恥じたのか、寧貴妃は涙を拭う。

    「小黒を助けてもらった礼をしなければいけないわね」
     立ち上がった寧貴妃は寝所に行き、小さな袋を手に戻ってきた。
    「礼なんていいよ。私は寧貴妃のことが好きだから、まあ、これを機に仲良くできたらなあっていう下心があったりなかったり?」
     デレデレと口元を緩める一心に、寧貴妃はふっと笑った。

    「相変わらず気持ち悪い笑い顔ね。だけど、本当に変わったわね。以前のおまえはうじうじして嫌いだった。言いたいことも言えず、いつも下を向いて、弱くて不細工で何一つ取り柄がなくて、どうしてこんな女が後宮に来たのかと不思議に思った。後宮では生きていけないと……」
    「そうだったんだ。心配してくれていたんだ凜花のことを」
     一心は瞳を潤ませ寧貴妃の手を取った。

    「な、なによいきなり」
     寧貴妃は形のよい眉をしかめた。握った手はすぐに振り払われる。
    「弱い者は後宮では生き残れない。凜花のことを嫌いと言っておきながら、本当は気にかけてくれていた。だから、凜花をかまっていたんだろ? 思えば初めて出会った時も、粗末なものを食べてるなら御膳房に口を利いてあげるって言ってくれた。寧貴妃は、本当は優しい人だったんだね」
     優しいと言われて寧貴妃は、照れたのか頬を赤く染めふんとそっぽを向いてしまう。
    「ほんとに、おまえは変わったわ、別人のようね!」
     一心ははは、と笑う。

     はい、別人です。

    「これを持って行きなさい。いつか必ず役にたつはず。もちろん、使わなければいいにこしたことはないけれど」
     寧貴妃は手にした小袋を一心に差し出した。
    「なにそれ?」
    「私の一族、劉家に伝わる秘伝の製法で作られた解毒薬よ。たいていの毒ならこれで効くはず。簡単に作れるものではないから残り二つしかないけれど、一つはあんたにあげるわ」
     一心は手を振って遠慮する。
    「いいよ。そんな貴重な物もらえないよ」
    「小黒を助けてくれた礼だと言ったでしょう」
     寧貴妃は一心の手に解毒剤の入った袋を押しつける。

    「これで貸し借りはなしよ」
    「別に貸し借りだとか思ってないよ。寧貴妃が困った時や、危ない目にあったら、オレはすぐに助けに駆けつけるから、いつでも頼れ」
     寧貴妃は鼻で嘲笑う。
    「オレだなんて、まるで男ね。本当に変わった人」
     しかし、すぐに寧貴妃の顔が真面目なものとなる。

    「ねえ、このさいだから皇后から陛下を奪い、完全に寵妃としての立場を手に入れなさいよ。皇后という地位からあの女を引きずり下ろすために」
    「ほんとにさあ、誤解されると困るんだけど、まじで燕鶯に恋愛感情なんてないんだ。寧貴妃が寵妃として返り咲けばいいじゃん」
     いや、だめだ。寧貴妃はオレのものにしたいんだった。
     寧貴妃はにっと笑った。

    「もちろんそのつもりよ。いつか、陛下の寵愛を取り戻し、後宮の頂点に登り詰めてみせるわ。おまえをけしかけたのは、皇后よりも御しやすいと思ったからよ」
     なるほど、オレならチョロいってやつだ。
    「そして、私をこんな目にあわせた皇后に仕返しをしてやる。紫蘭の仇も……」
    「その意気だ。ちょっと安心したよ。いつもの強気な寧貴妃の姿を見られて。じゃあ、名残惜しいけど、そろそろ戻るよ。寧貴妃の禁足が解けるよう、オレもいろいろ動いてみる」
     あまり長居はできない。無理を言って華南宮に忍び込んだのだから。
    「けっこうよ。おまえの力なんて借りなくてもなんとかなるわ!」
     強がる寧貴妃も可愛い、などと思いながら、一心は華南宮を後にした。

     寧貴妃は一心が持ってきてくれた湯円に手を伸ばし、匙ですくって一口食べる。
    「おいしい……お母さまの味を思い出すわ」
     そう呟いて、ぽろりと涙を落とした。

     それからの林杏は、とにかく凜貴人に忠実であった。
     最初に出会った頃は、いちいち小言が多かったが、あの一件以来、少しは減ったような気がする。だが、忠誠心が厚すぎるのも困ったもので。
    「凜貴人さま、これまで他の妃嬪たちの凜貴人さまに対する無礼を黙って見過ごしてきましたが、これからは私も遠慮いたしません」
     林杏はぐっとこぶしを握り力説する。

    「林杏、突然どうしたんだ?」
    「凜貴人さまは、陛下の寵愛を得ていないといって、これまでバカにされてきました」
    「事実その通りだし」
     一心は肩をすくめた。そもそも、寵愛なんていらないし。
    「凜貴人さまを見下してきた妃嬪に私が何か言っても、責められるのは結局、凜貴人さまだと思ったからです。ですが、今は違います」
     腰に手をあて林杏はにやりと笑う。

     なに、その含み笑い。

    「陛下の寵妃という立場を不動のものにするのです」

     はあ?

    「陛下の子を身ごもり、必ずや皇子を産み、後宮の頂点に登り詰めましょう!」
     一心は口をあわあわさせる。

     突然何を言い出すんだと思ったら、とんでもないぞ!

    「いや! 別にそんなの望んでないし、後宮の頂点って、それ、皇后に対する不敬罪になるんだろ? 林杏がよく言ってたじゃないか。口を慎みなさいって」
     皇后に対する不敬罪という言葉で林杏を黙らせようとしたが――。
     だめだ変なスイッチが入っちまってるよ!
    「先程も言いましたでしょう。もう遠慮はしないと。さあ、凜貴人さま。美しく着飾りますよ!」

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