メインコンテンツへスキップ
見出し画像

転生したら後宮妃!? ―料理で陛下の胃袋を掴んだら、寵妃になってしまいました― 第6話

    ◆第1話はこちら

    第2章 みんなのおいしいが聞きたくて

    2 皇帝陛下登場

    「笑い声が聞こえる」
     辰王朝第六代皇帝、燕鶯帝は立ち止まり、楽しげな声がする方を振り返った。
     宮中で明るい笑い声を耳にするなど、珍しいことだ。飾った笑い声ではなく、心の底から出る楽しそうな笑い声。

    「月明宮からですね、陛下」
     御前太監の孫旺千スンワンチェンが、さりげなく燕鶯に告げる。
    「月明?」
    「凜答応さまの住まう宮でございます、陛下」
     ああ、と声をもらす燕鶯の脳裏に、川で溺れた自分を救ってくれた妃の姿が浮かんだ。
     唇に指先をあてる。
     触れた唇の感触はとうにないが、息を吹き込み、自分を蘇生しようと必死になる彼女の顔は今でもはっきりと覚えている。
     燕鶯の足が月明宮の門前へと向き、そこで立ち止まる。

     凜答応か。
     二年前に妃に迎えた記憶はある。もちろん好んで妃にしたわけではない。
     後宮通いが煩わしくなり、しばらく妃たちを相手にしなかった。だが、それが返って裏目に出た。
     陛下が好みそうな女性を、新に後宮に迎えよう。
     世継ぎのためにと重臣らに強制され秀女選抜を行った。凜答応は、その選抜にやってきた娘たちのうちの一人だ。

     地味でおとなしく目立たない娘だった。
     容姿も舞も歌も人並み以下。目が合うと怯えたように視線をそらし、うつむいてしまうつまらない娘。だが家柄が低く、なんの後ろ盾がないところは魅力だった。
     力ある家の娘を妃に迎えれば、その娘の背後の勢力に気を遣う。時には脅威となることも。中にはこちらを脅かしてくる一族もいるのだ。そういう心配がないのは楽でいい。
     妃に選んだのはそういう理由だ。
     答応の位を与え後宮に迎え入れたが、その娘とは一度も会っていない。

    「旺千」
    「はい、ここに」
    「凜答応は何をしているのだ?」
    「料理をしているのだと思います」
     旺千は真面目な顔で見たままを答える。
     もちろん凜答応が料理をしているのは見れば分かる。わざわざ旺千に尋ねたのは、燕鶯自身、目に映った光景が信じられなかったからだ。

     凜答応自らへらを握り、何かを焼いては下の者にふるまっている。おまけに、へらの扱いが妙に手慣れているではないか。そのへらを時にはくるりと回転させると、周りから拍手が起こる。
    「もっと食べろ詩夏。ちゃんと食わねえから、そんなに痩せてんだ。なーんて、現代でそれ言ったらセクハラだな。あはははっ」
    「セク? 姉姉、また意味不明なことおっしゃって」
     門の外に立ち、燕鶯は食い入るように凜答応を見つめていた。

     凜答応はあのように楽しそうに笑う女だったのか。周りにはばかることなく明るい声で喋る女だったか。初めて見た時と印象が違いすぎる。
    「陛下、気になるようでしたら月明宮に寄ってみますか?」
     さりげなく皇帝陛下に進言する孫旺千は、まだ二十代半ばではあるが、燕鶯の信頼も厚く、若くして太監総管に登りつめた男だ。

     皇帝に負けず劣らずの眉目秀麗な男で、宮女たちの間でも密かに憧れの存在である。
     気を利かせた御前太監に、燕鶯はいや、と言って視線をそらし月明宮から遠ざかる。
     結局、この日は月明宮へ立ち寄ることはなかった。


     しかし翌日も、またその翌日も、燕鶯は特別用があるわけでもないのに、月明宮の近くを通るようになった。
     ちなみに月明宮は後宮の中でも北側の一番外れにある場所だ。
     皇帝の居室からも遠く、ともすれば、誰からも忘れさられてしまう、まるで冷宮のような寂しい所である。

     燕鶯が通るたび、いつも月明宮から楽しげな笑い声が響き、食欲を誘うにおいを漂わせ、中を覗くと、凜答応が常に忙しく動き回っている。
     燕鶯は立ち止まった。
     今日は肉の焼ける香ばしいにおいだ。ニンニクの香りがそそられる。
     燕鶯はごくりと唾を飲み込んだ。腹がぐうと鳴る。うまそうなにおいだ。

     凜答応はいったい何を作っているのか。
     もしや、料理で私を誘惑しているのか!

    「陛下?」
     旺千に声をかけられ我に返った燕鶯は、月明宮を振り切り歩き出す。
    「夾竹桃の枝を串代わりにするのはヤバいって! ありゃ猛毒だ。死ぬから気をつけろ」
     背後から聞こえてきた凜答応の大声に、燕鶯はぐっと手を握りしめ、きびすを返す。
    「月明宮へ」
     手にした払子を前方に掲げ、皇帝陛下の行き先を告げる旺千の声。背後に従う侍女や太監、侍衛たちがあたふたと小走りに燕鶯の後を追いかけた。

     月明宮の前庭に炭の入った火鉢を置き、その上に網を乗せ、一心は串焼きをしていた。
     その周りを侍女や太監たちが、椀を手に囲んでいる。
     串には鶏肉や豚、さらに、唐辛子やカボチャ、ニンニク、ネギ、トウモロコシ、他にもたくさんの野菜が刺さっていた。
     炭火で串焼きを炙りながら甘辛いタレをさっと刷毛で塗り、くるくると指先で串を操りじっくりと火を通す。
     焦がしてはいけない。均等に火を通していくのだ。

    「炭火焼きのコツは遠火で強火。炭火と食材の距離がポイントだ。炭は中央を少なく、まわりは多めに並べる。そうすると火力が中央に集まるから均一においしく焼ける」
    「焦がさずに焼くのは難しそうですね。というか、姉姉、串焼き料理なんていつ覚えたんですか?」
    「見よう見まね?」
    「ふうん」
     納得はしていないが、それ以上突っ込んでこないところが詩夏のいいところだ。
     詩夏は興味津々で一心の手元を覗きこむ。
    「もうすぐ焼き上がるからな。おっと、熱いから気をつけろ。火傷するなよ」
     垂れたタレが炭に落ち、小さく弾けて音をたてた。
     立ちのぼる煙が、夕暮れ間近の紫色の空へ昇っていく。

     月明宮の前庭には灯籠が灯され、まるでお祭りのような雰囲気をかもしだしていた。
     一心は焼けた串をみなに手渡す。
    「このままでももちろんいいが、特製タレをつけて食ってもうまいぞ」
    「タレも凜答応さまの手作りですか?」
    「ああ、焼き唐辛子ソースに、レモンソースだ。お好みでどうぞ」
     焼き唐辛子ソースは、焼いた唐辛子をパウダー状に砕いてすり潰し、砕いたピーナッツと塩、山椒パウダーを入れて混ぜたもの。ピリッとした辛みがアクセント。
     レモンソースは、生姜、少々の唐辛子、大蒜をペースト状にし、絞ったレモンをたっぷり入れたさっぱりとしたソース。

    「こんなおいしい串を食べられるなんて幸せです」
    「あはは、私の料理を食べて笑顔になってくれたら、料理人冥利に尽きるってやつさ」
    「また意味不明なことを、凜答応さまはいつから料理人になられたのですか?」
     横でぽつりと突っ込みを入れてくる林杏に、一心は適当に笑って串焼きを手渡す。
    「いちいち細かいことにこだわるな。豚皮だ。肌にいいぞ」
     林杏は串に刺さった豚皮と、一心を交互に見つめる。

    「肌に、いいのですか?」
     以前、肌が荒れていると一心に指摘されて以来、林杏は気にしているのだ。
    「林杏、この間はデリカシーのないことを言って悪かった。許してくれ。そのお詫びといっちゃアレだけど、林杏のために焼いた。豚皮はコラーゲンたっぷりなんだ」
    「コラーゲン?」
    「ああーええと、水菓子みたいにぷるんぷるんの肌になるってことだ」
     一心はさあ、食べろと林杏にすすめる。
    「とってもおいしいですよ、林杏さま。特にこの手作りソース! 唐辛子ソースは、ぴりっとした辛みの向こうに、ほのかに香る山椒が口の中で爽やかに広がるんです。だからお肉も全然くどく感じられず、いくつでも食べられちゃいます。そして、こっちのレモンソースは酸味のあるさっぱりとした口当たり。レモンソースをつけて食べると、少し味が濃いめの唐辛子ソースが食べたくなり、次はレモンソースと、交互に無限に食べられちゃう、まるで悪魔の罠です」
     今日も詩夏の食レポは冴えている。

     串焼きを見つめていた林杏はぱくりと豚皮を頬張った。たちまち林杏の頬に赤みがさす。その表情はおいしいという顔だ。
     一心は腰に手をあて、満足そうに頷いた。
     小言が多く、近寄りがたかった侍女頭の胃袋をがっちり掴んだというところか。
     料理に関しての感想は特に言わないが、無心に食べているところを見ると、気に入ってもらえたようだ。
    「でも、こんなところを誰かに見られたら、私たち処罰されちゃいますよね」
     一人の侍女の言葉に、一心は肩をすくめた。
    「バレやしないよ。こんな後宮の端っこまでやって来る奴なんかいないって。それに、今までだって誰かが訪ねて来たことなんてなかったんだろ?」
     確かに、と皆がいっせいに頷く。
    「本当は、陛下がお渡りになってくださったらいいんですけどね」
    「陛下なんて来ない来ない。来るわけがない」

     てか、来なくていい。その方が好き勝手できて自由だ。

     一心は脚を大きく開いて椅子に座り、右手で新たな串を焼き、左手で肉にかぶりつく。
     串の下の方の肉を歯で噛み、串を横に引いた。
    「姉姉、食べ方まで男前ですね」
     詩夏の男前発言に、林杏はさすがに主のお行儀の悪さを諫めようと口を開きかけた。が、その言葉が飲み込まれてしまう。
    「陛下のおなり」
     陛下の来訪を告げる太監の声に、一心を除くこの場にいた者全員が地面にひれ伏した。
    「あ? 陛下?」
     一心は脚を開いて座った状態で振り返る。

     すぐ後ろに、龍の刺繍が縫い込まれた旗袍をまとう背の高い美男子が立っていた。もちろんその顔に見覚えがある。自分が助けた男だ。
     あの時はずぶ濡れで青ざめ死にそうな顔をしていたが、今、目の前に立つ男の顔は切れ長の目に、すっと通った鼻筋、肌も白く滑らかで美形だ。
     この男こそ、大辰国の皇帝陛下、燕鶯帝だ。
    「それは……?」
     半ばぽかんと口を開け、燕鶯は一心を指差す

    「ああ、これ? 前髪がうっとうしくて」
     一心は頭に手をあてた。串焼きをするのに長い髪が邪魔だったため、手巾を捻って頭に巻いていた。
    「いや、そうではなく……」
     もちろん、女人らしからぬ一心の姿に驚きもしたが、それよりも燕鶯が気になったのは一心の胸元、旗袍の隙間から伸びている長いひげのようなものだ。
    「陛下、おそらくあれは陛下が下賜した高麗人参かと」
     すかさず、孫旺千が声をひそめて耳打ちをする。

    「見れば分かる! なぜそのようなものを肌身離さず持っているのかと聞いているのだ」
     燕鶯は鋭い目つきで孫旺千を睨みつけた。
    「さあ、そこまでは存じ上げませんが、よほど陛下からの贈り物が嬉しかったのでしょう」
    「高麗人参をか?」
    「特級品ですので」
     一心は串の下の方の肉を歯で抜き取ってかぶりつく。
     すぽん、と串から肉が抜けた。口の中の肉を噛みながら。

    「牛串、食うか?」
     と、焼きあがった串を燕鶯に差し出した。
     ざわりと、この場の空気が震えたような気がした。
     しんと静まり帰った中、パチパチと炭が爆ぜる音が響く。
    「姉姉、陛下にご挨拶をなさってください」
    「凜答応さま、さすがに脚を閉じて……」
     側にいた林杏と詩夏が、こそりと呟くのが聞こえた。
     凜答応の無礼な態度に、周りの者は表情を強ばらせているが、当の本人はまったくおかまいなしだ。燕鶯陛下も何も言わない。それどころか、一心が差し出してきた串焼きを見てごくりと喉を鳴らしている。
    「肉、焼きたて、うまいぞ」

     ほら、と一心はもう一度、串をすすめる。なぜか片言だ。
    「は、腹など空いておらぬ!」
     しかし、言ったそばから、燕鶯の腹がぐうと鳴った。それも周りに聞こえるくらい大きな音で。侍女と太監たちが、笑いをこらえ頭を下げた状態で肩を震わせている。
     燕鶯の顔がかっと赤くなる。
    「帰るぞ、旺千!」
    「はい、陛下」
     肩を怒らせ大股で歩く燕鶯の後ろ姿を見つめ、一心は首を傾げる。
    「何だよ。あいつ、何しに来たんだ?」

    #創作大賞2026 #ファンタジー小説部門

     
     
    ◆『霊能師・稜ヶ院冬弥 憑かれた屋敷の秘密』(宝島社文庫) ◆よろしくお願いします😊

    あなたへのおすすめ