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『オヌロラより先に、君を芋぀けおしたった』 第䞀章②「叀いゞャズず深入りの店」

    枡蟺らいむ

    第䞀章②「叀いゞャズず深入りの店」


    昌を過ぎるず客足が途切れた。
    遌平はカりンタヌの䞭で、メニュヌ衚を眺めながら、新しい季節限定のケヌキを入れるかどうか迷っおいた。
    近所の掋菓子店から、レモンのタルトを眮いおみないかず提案されおいたからである。
    これに぀いお悩み始めおから、既に䞉日が過ぎようずしおいたのだ。

    悪くない、むしろ良い、しかし、『MINOR SEVEN』の深煎りに合うかどうかが気になる。
    甘酞っぱさが店のトヌンから浮くかもしれない。

    若い客は増えるかもしれないが、増えたら増えたで、店の空気が倉わっおしたうんじゃないだろうか。
    垞連は喜んでくれるのだろうか。
    店の空気を守るべきなのか、それずも新しい客を掎む為に眮いおみるべきなのか。

    ケヌキ䞀぀で、ここたで悩める自分が少し嫌だった。

    遌平はメニュヌ衚を眮き、豆の瓶を䞊べ盎した。

    そのずき、入口のベルが鳎った。
    寝がけたような音が、店内に響いた。

    入っお来たのは、芋慣れない幎配の男性だった。

    背は高く、歳は䞃十過ぎぐらいで、老いの圱をたずいながらも、若い頃の名残を残すような颚栌を挂わせおいた。
    癜い髪を短く刈り、顔には深い皺が刻たれおおり、服装はベヌゞュのゞャケットに少しくたびれた革靎を合わせ、手には叀い垆垃のバッグを持っおいた。

    圌は壁のレコヌドゞャケット、カりンタヌ、スピヌカヌ、窓際のテヌブルの順に店内を䞀床だけ芋回した。

    それから遌平を芋るず、䜕かを玍埗したように頷いた。
    「いい店だね」

    初察面の客が、泚文より先にそう蚀うのは珍しかった。

    「ありがずうございたす」

    「耒めるのは埗意じゃないんだけどね」

    「そうなんですか」

    「結果的にそう蚀っおしたっただけだよ」
    男はそう蚀っお、カりンタヌの真ん䞭に座った。

    遌平は䞀瞬、返す蚀葉を探したが芋぀からなかった。

    「ご泚文は」

    「深いや぀で」

    「コヌヒヌでよろしいですか」

    「コヌヒヌ以倖に深いのなんお無いでしょ」

    䜐䌯が文庫本から少しだけ目を䞊げた。
    矢島も新聞の圱からその男をちらりず芋た。

    遌平は苊笑しそうになったが、ぐっず堪えた。
    「深煎りのブレンドでよろしいですか」

    「それでお願い。苊くお、少しだけ甘いのだず嬉しい」

    男はカりンタヌに肘を着き、店の奥のスピヌカヌぞ耳を向けた。

    「チェット・ベむカヌか」

    「お奜きですか」

    「奜きずいうより、䜕床か助けられたよ」

    「音楜に、ですか」

    「音楜ず酒ず女には、男は倧抵、䞀床は助けられる。その埌、同じ数だけ痛い目にも遭う」

    それを聞いおいた矢島が新聞の奥で吹き出した。

    遌平は豆を挜いたが、い぀もより少しだけ粗くした。
    なぜそうしたのか自分でも分からないが、その男の声には、现かく敎え過ぎた味は䌌合わないような気がしたのだ。

    湯を萜ずし、粉が膚らみ、やがお銙りが立぀。

    男は黙っおそれを芋おいた。

    遌平は、この男が只者ではないこずを、なんずなく感じ取っおいた。
    もしかしたら厄介な客かもしれない、ずも思った。

    「お埅たせしたした」

    遌平がコヌヒヌを出すず、男はすぐには飲たず、カップを手に取っお銙りを確かめ、口元に近付けたたた少し目を现めた。

    「マスタヌ」

    「はい」

    「この店は、お父さんから継いだの」

    遌平は驚いた。
    「どうしお分かったんですか」

    「諊めたものが残り過ぎおいる印象だね」

    「諊めたもの、ですか」

    「いい意味でだよ。若い人間が党郚プロデュヌスした店だず、時々無理な䞻匵も混ざっおいたりする。でも、ここは違う。誰かが残したものを、消すか残すか迷いながら觊った跡が芋える。そしお、䜕かを諊め、乗り越えようずしおいる気配が感じられるね」

    遌平は䜕も蚀えなかった。

    男はコヌヒヌをひず口飲んだ埌、ふっず口元を緩めた。
    「矎味いな」

    「ありがずうございたす」

    「でも、少し考え過ぎおいる味かもね」

    遌平は思わず男を芋た。
    「味に、そんなこず出たすか」

    「出る。コヌヒヌに限らんよ。料理にも文章にも歩き方にも出る。人間は隠した぀もりのものを、䞀番よく䜿うずころに吐き出しおしたうもんだ」

    遌平はカりンタヌの䞊を拭いた。
    カりンタヌは既に綺麗だったが、手を動かしおいないず、どうにも萜ち着かない気分だったからである。

    「初めおご来店されお、そんなこずをお話されるお客様は、今たでいらっしゃいたせんでした」

    「初察面だからこそ蚀い易いんだよ」

    「二回目以降は蚀わないんですか」

    「蚀うに決たっおる」

    「じゃあ、理由になっおたせんよ」

    男は嬉しそうに笑った。
    「お、返しおきたな」

    「接客業ですから」

    「接客で皮肉を蚀う店は信甚出来る」

    「そんなの初めお聞きたした。でも、なんか嬉しいです」

    䜐䌯がたた少し笑った。
    文庫本のペヌゞは、さっきからほずんど進んでいなかった。

    男はカップを眮いお、蚊いた。
    「名前は」

    「神田です」

    「䞋の名前は」

    「遌平です」
    遌平は、店甚の名刺を男に差し出した。

    「遌平さんか。いい名前だね。平らに遌か」

    「名前の解説たで始めるんですか」

    「名前には、芪の願いが入る。本人がその通りに生きるずは限らんけどね」

    「耳が痛いですね」

    「痛む耳があるだけマシだ。で、歳は」

    「四十二歳です」

    「そっかあ、䜕かず濃い時期だね。深入りかもしれないね」

    男はたたコヌヒヌを飲んだ。

    遌平は、少しだけこの男に興味を持ったが、同時に、あたり深く関わらない方がいい気もした。

    「お客様は、この蟺りの方ですか」

    「最近、戻っお来た」

    「仙台にですか」

    「ああ。昔、少し䜏んでいた。若い頃だけどね」

    「お仕事は」

    「船に乗っおいたよ」

    「船員さんですか」

    「たあ、そんなずころだ。䞖界を少し回った。少しず蚀っおも、普通の日本人が䞀生で芋る分よりは遥かに倚く芋ただろうなあ」

    「すごいですね」

    「すごくはないよ。遠くぞ行っただけだ。遠くぞ行けば偉いなら、枡り鳥は党員ノヌベル賞をもらえるよ」

    矢島がたた新聞の圱で笑った。

    男はそれを聞き逃さず、矢島の方をちらりず芋た。
    「そこの旊那、笑うなら堂々ず笑っおもいいんですよ。新聞が揺れおいるねえ」

    「いやあ、倱瀌したした」

    「いやいや、構わんです。笑いを我慢するのは䜓に悪い。怒りを我慢するよりマシだけどね」

    店の空気は、次第に和んで行った。
    それはたるで、カップの䞭のコヌヒヌにミルクを入れお、軜快にスプヌンでかき混ぜるかのような倉化であった。

    それたで『MINOR SEVEN』は、客それぞれが静寂を持ち蟌み、コヌヒヌで少し薄めお垰っお行く、぀たりはそんな時間を静かに受け入れる店だった。
    そしお、その静寂を邪魔しないように立っおいる、それが遌平の圹割だった。

    だが、この男に限っおは違った。
    静寂の䞭で、隠れおいたものを勝手に掘り起こしおしたう、そんな客なのだ。

    遌平は、この男を危険かもしれないずは思ったが、䞍思議ず嫌な気にはならなかった。

    「お名前を䌺っおもいいですか」

    遌平が尋ねるず、男は少し姿勢を正した。
    「加茂川賢治です。加茂氎族通の“加茂”にリバヌの“川”、宮沢賢治の“賢治”です。歳は䞃十二、これからどう青春しようか思案䞭です」

    「加茂川さん」

    「賢治でいい」

    「いえいえ、さすがに初察面で、しかも人生の倧先茩にそれは」

    「じゃあ、奜きにどうぞ。俺はそのうち勝手に呌び方を倉えるかもしれないよ」

    「どういう意味ですか」

    「人ずの距離は、名前の呌び方で倧䜓分かる。最初はマスタヌでいい。そのうち、神田さんになるかもしれん。もっず近付けば、遌平ちゃんだね」

    「ちゃん、ですか」

    「四十過ぎた男に“ちゃん”を付けるず、本性が芋えおくるかもね」

    「出したくない本性もありたすけどね」

    「隠しおも無駄だよ。そう蚀われるず剝がしたくなるなあ」
    加茂川は悪びれもせずに蚀った。

    その日、加茂川賢治はブレンドを二杯飲み、チヌズトヌストを食べ、䌚蚈の際に「たた来るよ」ず蚀った。

    「明日も是非」

    「明日のこずは決めおいないよ」

    「では、たたい぀か」

    「そういう曖昧な別れ方はあたりお奚めしないな。人生の埌悔は、“たたい぀か”から始たる」

    遌平は、レゞの前で固たった。

    加茂川は小銭を眮き、扉ぞ向かった。
    寝がけたようなベル音が鳎った埌、冷たい春の颚が少しだけ入っお来た。

    遌平は、加茂川の背䞭を、通りの角を曲がるたで芋おいた。

    「面癜い人でしたね」
    䜐䌯が蚀った。

    「面癜いずいうか、ちょっずした台颚みたいでした」

    「コヌヒヌお代わりするぐらいだから、きっずいいお客さんですよ」

    「それもそうですね」

    䜐䌯は文庫本を閉じ、䌚蚈を枈たせお垰った。

    矢島も新聞を畳み、立ち䞊がった。
    「あの人、たた来たすよ」

    「どうしお分かるんですか」

    「居堎所を芋぀けた人の顔をしおいたした」
    そう蚀っお、矢島は店を出た。

    遌平はカりンタヌに残ったカップを掗った。
    加茂川が䜿ったカップには、コヌヒヌの銙りがい぀もより匷く残っおいる気がした。



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    フリヌラむタヌ・講垫。短線および長線小説ず、たたに゚ッセむを投皿しおおりたす。コメディ、ヒュヌマンストヌリヌ、SFを軞に執筆掻動䞭です。メッセヌゞ、コメント、フォロヌ、お気軜にどうぞ。 超短線小説祭Solispia Summer Short Stories 優秀賞受賞

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