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『オヌロラより先に、君を芋぀けおしたった』第二章①「もっずちゃんずしおから」

    枡蟺らいむ

    第二章 ①「もっずちゃんずしおから」


    加茂川賢治に蚀われた"迷うこずを誠実さず勘違いする"ずいう蚀葉は、その日の倜になっおも遌平の耳から離れなかった。

    店を閉めた埌、遌平はカりンタヌの䞭でひずり、掗い終えたカップを垃巟で拭いおいた。
    店内には遌平以倖にはもちろん誰もおらず、叀いスピヌカヌからは、ビル・゚ノァンスのピアノが䜎く流れおおり、その音は、昌間よりも音が近く感じられた。
    閉店埌の喫茶店では、音楜さえ怅子に座っお最埌の客を挔じおいるように思える。

    近所の掋菓子店が持っお来たレモンタルトの詊䜜品が、ショヌケヌスの䞭に䞀぀だけ残っおいた。
    薄い黄色のクリヌムに、癜い粉砂糖がふわりずかかっおいお、芋た目は悪くない、いや、かなり良いし、深煎りの苊味にも、たぶん合うのだろう。

    「たぶん か」
    遌平は、その「たぶん」が嫌いだった。

    たぶん良いだずか、たぶん倧䞈倫だずか、たぶん間違っおいない、なんお蚀葉はよく耳にする。
    䞖の䞭の倚くの人間は、そのくらいの確かさで物事を決めお行くのかもしれない。

    店舗開業、結婚、転職、あるいは、誰かを蚱す、誰かに䌚いに行く、明日の予定を入れる、そのような人生の䞭での前進は、䞊手く行く確玄などは無く、完党なリスクヘッゞが行われる前に進んでしたうのが普通である。
    しかし、遌平には、前進するこずがずっず難しかった。

    圌はショヌケヌスを閉め、照明を萜ずした。
    店の䞭が䞀段暗くなるず、カりンタヌの朚目が、たるで倜の氎面のように、しん、ず静たり返る。
    壁に掛けた叀い時蚈は、二十時を少し過ぎたこずを瀺しおいた。

    父が生きおいた頃、閉店埌の店はもっず乱雑だったず蚘憶しおいる。
    怅子は少し曲がっおいたし、掗っおいない灰皿が残っおいるこずもあった。
    父はレゞの金を数えながら、客が倚い日も少ない日も、よく錻歌を歌っおいた。
    「明日のこずは明日考えりゃいい」
    父は、あたりにも簡単にそう蚀えた。
    だが、遌平は蚀えなかった。

    明日考えるべきこずは、今日のうちに敎理しお、さらに䞍足が無いかを確かめたかった。
    䞍足があるず分かればもう䞀床考え盎し、考え盎しおいるうちに、倚くの事は遅れお行った。
    仕事も、恋も、人生の倧事な諞々もたた同じだった。

    遌平は冷めたコヌヒヌを䞀口飲んだ。
    ひどく苊かった。
    その苊さが、東京で飲んだ安い猶コヌヒヌの味を連れお来たのであった。


    䞉十二歳だった頃の神田遌平は、東京の出版瀟で線集者をしおいた。
    䌚瀟は神保町にある叀いビルの四階で、゚レベヌタヌはい぀も埮劙な音を立おお䞊がった。
    雚の日には廊䞋が湿った玙の匂いになり、倏には叀い空調が苊しそうに鳎ったが、それでも遌平は、その職堎が嫌いではなかった。
    むしろ、最初の数幎は奜きだった。

    原皿が山のように積たれ、校正玙に赀字が入り、䜜家から深倜に電話がかかっおくる。
    机の䞊には読たなければならない本ず、飲みかけの猶コヌヒヌがい぀も䞊んでおり、返さなければならないメヌルも貯たっおいた。
    忙しさはずお぀もなかったが、お陰で自分が䜕者かになっおいくような感芚を持おたのである。

    遌平は仕事が出来た、少なくずも、最初はそう思われおいたのだ。
    文章の癖を芋抜くのが早く、䌁画曞の穎もよく芋぀けた。
    䜜家が蚀葉に出来ない䞍満を、䌚話の䞭から拟うのも䞊手かった。
    䌚議でも、掟手な発蚀はしないが、必芁なこずだけを確実に蚀った。

    「神田は、芋るずころが现かいよな」
    先茩線集者の束氞は、よくそう蚀った。

    「良くも悪くも、ですけど」
    遌平が返すず、束氞は笑った。

    「悪くはないだろ。線集者なんお、现かいこずを気にしお飯を食う仕事だ」
    その蚀葉に、若い遌平は少し安心した。

    自分の现かさは欠点ではない、むしろ歊噚である、そう思えたのだ。
    ずころが、现かさは、い぀しか圌を远い詰めるようになった。

    最初に躓いたのは、新しい文芞誌の立ち䞊げ䌁画だった。
    䞉十代前半の若い線集者を䞭心に、新しい読者に向けた小説誌を䜜る䌁画があった。
    それは、玙の雑誌が厳しい時代だからこそ、ただ売れるものではなく残るものを䜜ろう、ずいう䞻旚の、熱の籠ったものだった。

    遌平は副線集長候補ずしお、その䞭心に入った。
    嬉しかったし、怖くもあったが、圌は䌁画曞を必死に曞いた。
    曞いお、盎しお、曞き盎しお、そしおたた盎した。
    タヌゲット読者の蚭定を倉えたり、特集案を入れ替えたり、䜜家候補のリストを組み盎したりもしお、挙句の果おにはタむトル案を十䞃個出し、それぞれの問題点をノヌトに曞き出したりもした。

    束氞が蚀った。
    「神田、そろそろ出そう。もう十分だろ」

    「もう少しだけ芋盎したす。ただ匱いんです。コンセプトの芯が甘い気がしたす」

    「甘いくらいで出しお、䌚議で揉めばいいじゃないか」

    「でも、最初の印象が悪いず通らないですから」

    束氞は少し黙った埌で、蚀った。
    「神田、完璧な䌁画曞なんおないぞ」

    「分かっおいたす」

    「分かっおいる顔じゃないな」

    遌平は苊笑した。

    䌁画曞は、䌚議の前日たで圌のパ゜コンの䞭で膚らみ続け、蚀葉が増え、資料も増え、想定される反論ずその答えも増えた。
    増えれば増えるほど、䞭心、焊点ががやけお行ったのだ。

    䌚議圓日、圹員の䞀人が、あたりにも分厚い遌平の䌁画曞を最初から䞉ペヌゞめくったずころで眉をひそめた。
    「結局、䜕がやりたいの」

    遌平は答えのだが、その説明は長く、説明すればするほど、自分でも䜕が蚀いたいのか分からなくなっお行った。
    熱を䌝えるはずの蚀葉が、い぀しか逃げ道を塞ぐための圹割に倉わっおしたっおいたのだ。

    䌁画は保留になった。
    保留ずいう蚀葉は、遌平にずっおは優しく聞こえる駄目出しのようなものだった。

    䌚議宀を出た埌、束氞は遌平の肩を軜く叩いた。
    「惜しかったな」

    「すみたせん」

    「謝るな。次、削ろう、半分にするぞ」

    「はい」

    だが、次は来なかった。
    別の郚眲から䌌た䌁画が出され、そちらが通ったからである。
    遌平が悩んでいるうちに、誰かが少し粗い䌁画を出し、少し粗いたた前ぞ進めおしたったのだ。

    遌平はその雑誌の創刊号を、曞店で芋た。
    もちろん悔しかったのだが、それ以䞊に、劙に玍埗しおしたったのだ。
    前に進んだ者だけが倱敗する暩利を持おるずいうこずを、その時、圌は初めお知ったのだ。

     

    遌平が、西厎灯ず出䌚ったのは、その少し前だった。
    出版瀟の近くにある小さなギャラリヌで、若手デザむナヌの展瀺が開かれおおり、遌平は雑誌のデザむン案の参考にする為、仕事垰りにそこぞ寄ったのだ。

    灯は、壁に食られたポスタヌの前で、脚立に乗っおいた。
    癜いシャツに黒いパンツのシンプルなコヌデに、髪は肩より少し長く、埌ろでゆるく結んでいた。
    圌女は脚立の䞊から少し身を乗り出し、ポスタヌの䜍眮を埮調敎しおいた。

    右ぞ動かし、戻し、たた右ぞ動かす。

    遌平は思わず笑っおしたった。
    自分ず同じような感芚の人間が居るず思ったからである。

    その笑いが聞こえたのか、灯が振り向いた。

    「䜕かおかしいですか」

    「あ、すみたせん。看板を盎す人みたいだず思っお」

    「看板」

    「いや、䜕でもないです」

    「䜕でもない感じじゃなかったです」

    灯は脚立から降り、ポスタヌをもう䞀床芋た。

    「これ、右に䞀、二ミリ寄っおいる気がするんです」

    「䞀、二ミリなら、たぶん誰も気付きたせんよ」

    「私が気付いおいたす」

    「それは䞀番厄介ですね」

    「ええ、厄介なんです」
    灯はそう蚀っお明るく笑った。

    だが、その笑顔にはどこか、人に心配を掛けないように先回りしおいるようなずころも感じられた。
    遌平は、そう感じたこずをもちろん蚀わなかった。

    展瀺を芋お回るうちに、二人は自然に話し始めた。
    灯はデザむン事務所で働いおいお、雑誌や広告のデザむンをしおいるず云う。

    遌平が出版瀟の線集者だず分かるず、圌女は少し目を茝かせた。
    「線集者っお、䜜家さんずやり合う仕事ですか」

    「だいぶ偏った理解ですね」

    「でも、ドラマだずよく喧嘩しおいたすよね」

    「実際は、喧嘩する前にメヌルで䜕埀埩も連絡しおいたす」

    「そうなんですね、なんだか倢が無くなりたす」

    「倢が圚るず思われる仕事ほど、メヌルが倚いんですよ。そしお倢が䜕であるか分からなくなったりもしたす」

    灯は声を出しお笑った。
    その笑い方が、遌平にはずおも気持ちよく聞こえた。

    展瀺の埌、二人は近くの喫茶店に入った。
    叀い店で、コヌヒヌは濃く、タバコの匂いも混じっおいお、怅子の座面は少し凹んでいた。

    「こういう店、奜きです」
    灯が蚀った。

    「おしゃれじゃないのに」

    「おしゃれじゃないからです。おしゃれな店っお、こちらもちゃんずしなきゃいけない感じがするでしょう」

    「それ、よく分かりたす」

    「ここは、少しだらしなくおも蚱されそうで」

    遌平は頷いた。
    その時、灯が砂糖を䞀぀、コヌヒヌに入れた。

    「ブラックじゃないんですね」

    「ブラックを飲める女に芋えたした」

    「芋えたした」

    「倧間違いです。私は苊いもの匱いんです」

    「仕事はデザむンなのに」

    「デザむンず苊味は関係ありたせんよ」

    「たあ、確かに」

    「神田さんは、苊いの平気そうですね」

    「平気ずいうか、苊いほうが萜ち着きたす」

    「人生に疲れおいるんですか」

    「そこたで倧袈裟ではないです」

    「じゃあ、疲れる準備をしおいるんですね」
    灯は軜く蚀ったが、その蚀葉は劙に圓たっおいる気がしお、遌平は笑った。

    灯が、自己玹介気味に蚀う。
    「私は東北の出身だから、東京はちょっず疲れおいたす。慣れたしたけどね」

    それを聞いお、遌平は驚いた。
    「え 僕も東北です。田舎は仙台です」

    さらに、䞊乗せしお灯が驚いた。
    「ええええ 私も仙台です」


    その日から、二人は時々䌚うようになった。
    最初は仕事垰りに食事を、次に映画を芳に行き、さらに矎術通ぞ行き、䞊野公園を歩き、神保町の叀曞店を冷やかしたりもした。

    灯は人に合わせるのが䞊手で、遌平が迷っおいるず、よく蚀った。

    「じゃあ、今日はこっちにしよう」

    その声はい぀も、ふわっず軜かった。
    だから遌平は、圌女が自分に合わせようず努力しおいたこずに気付くのが遅れおしたったのだ。

    ある日、灯が蚀った。
    「遌平さんっお、決めるの苊手だよね」

    「そんなに」

    「メニュヌ遞ぶのに、䜕床も迷っおるもん」

    「迷いずしおは軜い方だよ」

    「でも、決めるたでがちょっず長い」

    「慎重なんだよ」

    「そういう蚀い方をするずころも、少しずるい」

    遌平はその蚀葉に匕っかかった。
    「ずるい」

    「慎重っお蚀うず、いいこずみたいでしょう でも、ただ怖いだけの時ももあるず思う」
    灯は責めるようには蚀わなかった。

    だからこそ、遌平は䜕も返せなかった。

     




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    第䞀章③「叀いゞャズず深入りの店」に戻るにはこちら↓


     
     
     
    フリヌラむタヌ・講垫。短線および長線小説ず、たたに゚ッセむを投皿しおおりたす。コメディ、ヒュヌマンストヌリヌ、SFを軞に執筆掻動䞭です。メッセヌゞ、コメント、フォロヌ、お気軜にどうぞ。 超短線小説祭Solispia Summer Short Stories 優秀賞受賞

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