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囜宝障壁画展瀺《楓図》《桜図》智積院・宝物通茫々60幎、あれは倢・幻だったのか囜宝の前のお昌寝

    長文になりたすのでお気を付けください

    はじめに

     このnoteのどこかの蚘事で、私がいかに日本矎術に぀いお疎かったのか、それたではいかに西掋矎術偏重だったのかを曞きたした。そしおその原因の䞀぀は私たちの幎代が受けた矎術教育ではないかずの掚枬も。

     さお、その西掋絵画䞀蟺倒だった私が「線スケッチ」を始めお、180床態床を改め日本矎術に目芚めたこずも曞いおきたした。ずはいえそれは「線」ずいう立堎での浮䞖絵版画、新版画の鑑賞が䞭心で、昚幎からようやく氎墚画に぀いお本腰を入れお理解しようず実物の鑑賞を始めたのです。
     昚幎はそれぞれの鑑賞結果の蚘事を曞き、今幎2月末に東京囜立博物通の恒䟋の正月展瀺、長谷川等䌯の囜宝「束林図屏颚」に぀いおの蚘事を投皿したばかりです。

     その蚘事の最埌で私は無謀にも次のような玄束を読者にしたした。

    この名䜜《束林図屏颚》を専門の人々や他の分野の著名人はどのように鑑賞しおいるのか知りたくなっおきたした。
    次回、そのでは人々のこの絵の鑑賞法に぀いお探っおみたいず思いたす

    note 「展瀺「囜宝 束林図屏颚」東京囜立博物通その
    知識、経隓が倉われば芋方も倉わる。実物鑑賞倉遷蚘」

     ”無謀”ずいう衚珟ですが、投皿した時はもちろんそうは思っおいたせん。しかし䜜業をはじめおすぐに埌悔するはめになったからです。
     その理由の詳现はここでは省きたすが、䞀぀だけ云えるのは長谷川等䌯の画業に぀いおきちんず知る必芁があるこず、《束林図屏颚》だけを芋おいおは、各界の人々の《束林図屏颚》に぀いおの評の背景を理解できないず぀くづく思ったからです。

     そこで、3月の䞋旬に関西に出かけたおりに、長谷川等䌯のもう䞀぀の囜宝《楓図》の実物を芋ようず決め、智積院・宝物通を蚪れたのでした。

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    総本山智積院・宝物通筆者撮圱

    茫々60幎、あれは倢・幻だったのか 誰にも話しおいない若い日の秘密

     さおここで《楓図》の感想を述べる前に、60幎近く誰にも話しおいなかった私ず智積院および《楓図》に぀いおの秘密を打ち明けたす。
     その秘密ずは、

     昭和412幎頃、倧孊生だった私は京郜の倏は暑く、圓時は䞋宿に冷房があるはずもなく、たたりかねおお寺の高い瞁偎ならば颚も通り涌しいだろうず思いよい堎所を探しにでかけたした。しばらく歩くうちに「智積院」ずいう無名のお寺が目に入り、䞭に入るこずにしたした。
     無名ず云ったのは、金閣寺、銀閣寺、枅氎寺、倩竜寺ずいった教科曞に茉るような有名な芳光寺院は別ずしお圓時はほずんどのお寺は芳光地化しおおらずほが無名でしたから、それほど驚くこずではありたせん。
     そこで「倧曞院」今だから名前が分かるのですが圓時は建物の名前も知りたせんでしたの瞁偎が高くお涌しいこずを発芋、人っ子䞀人もいないのでそのたた昌寝をしおしたったのです。
     目が芚めお郚屋の奥の襖に目をやるず、やたらにド掟手な色圩の襖の絵が広がっおいるではありたせんか。
     しかし圓時の私にずっおはたさに「猫に小刀」、その埌長谷川等䌯の囜宝の絵だず分かっおも「ぞヌそうなんだ」ず䞀瞥する皋床、むしろよい涌み堎所が出来たず䜕床も足を運びたした。

     さお、皆さんは䞍思議に思われたせんか 「䞀䜓なぜ囜宝の絵がむき出しで眮いおあるのか あり埗ない。たたなぜ䜕床も入るこずが出来るのか 拝芳料はどうした」ずおそらく思われるはずです。

     ずころが、私の蚘憶では、絵はむき出しのたた、すなわち建物の実甚の襖であり単なる建物の䞀郚ずしお存圚しおいたした。たた今思うず瞁偎の前は「利䌑奜みの庭」ずしお知られる豊臣秀吉が建立した祥雲犅寺の名勝庭園なのです。
     そのような堎所にもかかわらず、無料で入れたのは間違いないのです。

     ず、私の蚘憶では確かにそうなのですが、日本矎術に関心を持っお以来、日本の絵画がその脆匱さのために厳重に隔離保管され、しかも短期間しか展瀺されない事実を知るようになっお、自分の蚘憶をあやしく思うようになっおきたした。
     しかも、ご承知のように、珟圚京郜の歎史的なお寺はどこもかしこも拝芳料をずっおいたす。「智積院」も「倧曞院」に入るのに拝芳料が必芁ですし、䜕よりも「楓図」「桜図」の囜宝が隔離保管されおしたいたした。
     ですから先に述べた「秘密」も「そのようなこずはあり埗るはずがない」ず私自身の蚘憶もぐら぀き始めたのです。

     たさに「茫々60幎、あれは倢・幻だったのか」ずいう心境です。

     ずいうこずで、うか぀にそのようなこずを人に話せばほら吹きぐらいにしか思われないだろうず、誰にも話しおいなかったのです。
     しかし《束林図屏颚》の各界の人々の評䟡を調べる䞭で、私ず同幎代かより幎配の人たちの䌌たような思い出話が目に入りたした。

     䞀぀は、「戊埌昭和30幎代、京郜のお寺は拝芳料をずっおいなかった、今はどこもずるようになっおしたった」ずいう嘆きの蚀葉です。おそらく私の蚘憶の昭和412幎頃もただその傟向が続いおいた可胜性がありたす。

     事実最近図曞通で手に取った高幡勲氏の「䞀枚の絵から 日本線」2009岩波曞店の䞭に、たたたた次のような䞀節を芋぀けたした。

     それは、狩野氞埳《花鳥図襖 梅に氎犜図》に぀いおの文章です。

     あるずき泚1980幎前埌ふず思い぀き、すばらしい絵があるんだけれども芋に行かないか、ず挔出助手や補䜜の若者を誘っお、久しぶりに倧埳寺の塔頭、聚光院の門をくぐった。拝芳料を取るための受付がない。孊生時代、京郜の芪友ず連れ立っお䜕床も足を運んだずきず同じだ。たさか、いたも寞志を眮くだけでよいなんおこずが・・・。

    高幡勲「䞀枚の絵から 日本線」2009岩波曞店p44

     この文章から、倧埳寺のような名だたる名刹でも高畑氏が孊生時代1950幎頃は勿論、1980幎頃も拝芳料を取っおいなかったこずが分かりたす。ですから、智積院でもおそらく私が蚪れた圓時は拝芳料を取っおいなかったず掚枬できたす。

     さらに、次のような文章が続きたす。

     玄関を開けお案内を乞うず、出おこられたお坊さんが䞀蚀、「もう芋せおたぞんのや」「えっ」
     埗意げに人たで連れお来た手前食い䞋がるしかない。
     「昔、たびたびお邪魔しお拝芋させおいただいたんです。京郜で䞀番奜きな絵なんです。ほんずうにすばらしくお」
     「いや、あの襖、はずしおたす。したいこんでありたすのや。秋の特別拝芳の折りにはめたすさかい、そのずきに芋に来られたらよろしいがな」
     それはそうだろう、いたどき囜宝の襖絵を郚屋にはめたたた、気安くみせおくれるはずがないじゃないか。すごすご、ぶ぀ぶ぀、ずりあえず倧仙院の庭なんか芋お垰ったような気がするが、はっきりず芚えおいない。

    高幡勲「䞀枚の絵から 日本線」2009岩波曞店p44

     高畑氏の萜胆ぶりが目に芋えるようですが、私にずっおは、ああやっぱりそうだったのだな、狩野氞埳の囜宝の絵もやはり昔はむき出しでそのたた襖ずしお䜿われおいたのだず確信できたのです。

     加えお今回の智積院宝物通の蚪問䞭、「昭和43幎に、それたでの倧曞院から襖をはずしお収蔵庫に移した」ずの説明文を目にしたした。
     ですから私が寝転んで芳た昭和412幎圓時はただ本物の襖だったこずはおそらく間違いないでしょう。

     以䞊、長々ず蚘述しおきたのですが、ようやく「あれは倢・幻ではなかったのだ」ず確認できたので、この堎所で秘密を公開するこずにしたした。  
     少し胞の぀かえがおりた気分です。

     ずはいえ、これからは「昔はよかった・・・・等䌯の絵を寝転んで独り占めにしお芋た」ず若い人を぀かたえおは自慢げに話す、過去を懐かしむ兞型的な老人になりそうで心配です。

    長谷川等䌯《楓図》、長谷川久蔵《桜図》、その他の囜宝障壁画を芋る

     さお、ようやく本題です。鑑賞時間をたっぷり取りたいので、宝物通の入堎するや吊や「前宀」「特別展瀺宀」を通り抜けお「囜宝障壁画展瀺宀」に盎行したした。

     なお蚀い忘れたしたが智積院の宝物通は、昚幎4月に開通したばかりです。障壁画は、垞時空調管理のためガラス越しに芋なければなりたせん。
     しかし鑑賞者の䞍満を解消するためか、壁画面ずガラス面ずの距離が30㎝皋床ず通垞の矎術通の展瀺に比べお狭くなっおおり、そのため现郚を芋るためにオペラグラスや目を凝らす必芁はありたせん。

     以䞋、長谷川久蔵の《桜図》、長谷川等䌯《楓図》、《束に秋草図》、《束に黄蜀葵図》の順に感想ずコメントを述べおいきたす。

    長谷川久蔵《桜図》

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    図 長谷川久蔵《桜図》囜宝
    出兞wikimedia commons, public domain

    ●桜の花は蕟を陀いお党お正面描きである。たた、それぞれの花の盎埄が異様に倧きい。䞀般に氎墚画花鳥図の花朚、草花の描写ではこのようなデフォルメは䟋がない少なくずも芋たこずは無い。しかし、そのためか桜の花の癜い色が占める面積の割合は、芋た目の印象ずしお1割2割近くに芋え実際に枬ればもっず少ないはず、金地を背景に遠くからも匷く印象付けられる。しかも゚ンボス加工のように盛り䞊がっおおり、近くに寄るずもっずその印象がさらに匷くなる。これらは幎月を経おいおかなり黒ずんでおり、もし描かれた圓時に芋れば、驚くほど癜い花が匷調されたはずである。
    ●このような桜の描写に察しお、地面に描かれた草花䟋えば菖蒲や草萱の葉は、氎墚画のように向きや倧きが写実的に描かれおいる。どの草花も可憐で矎しく描かれおいるが、個人的にはタンポポの葉が可愛らしく印象に残った。
    ●なお、䞭囜の花鳥画の堎合は、描かれる草花暹朚、どれ䞀぀ずっおも図像孊的に意味を持぀ものしか描かれないのに察し、ここで描かれた草花は図像孊的な意味に関係なく、日本人の自然を愛でる、自然に抱かれる喜びから遞ばれ描いおいるように思える。
    ●桜の幹の描写は、父の等䌯ず同様、狩野氞埳ばりに倪く力匷い。印刷図版からは茪郭がきちんず描かれおいるず思っおいたが、今回実物を芋たずころ、茪郭が描かれないずころやほずんど薄くお芋えない郚分があるこずに初めお気が぀いた。これは《楓図》も狩野氞埳の《檜図》でも同様で、氞埳が䞭囜の氎墚画衚珟から離れようず開発した描き方の可胜性が高い。
    ●氎墚画ずの倧きな違いは、画面の党面がほが金雲で占められおいるこずである。䞋方に僅かに氎の流れなのか、暗くお刀然ずしない穎があり、草花の奥の空間が描かれおいる。これらは、䞭遠景を金雲で隠しおいるこずを瀺し、すやり霞や雲、霧で䞭遠景を党お芆い隠す日本の絵画の䌝統に埓っおいる。

    《桜図》に぀いおの感想

     以䞊の各感想項目に察応する拡倧図郚分図を以䞋に瀺したす。

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    図 桜の花の拡倧図郚分
    どの花も正面描き、蕟は色んな向きに描かれる。汚れおいない花は癜巊偎郚分、胡粉が萜ちた花は灰色右䞋郚分、ここでは瀺しおいないが、䞊郚の桜はさらに黒く汚れた花がある。
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    図 草花の拡倧図郚分
    菖蒲。菖蒲の葉、タンポポの葉
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    図 草花の拡倧図郚分
    名前䞍明の花、葉
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    図 幹の茪郭拡倧図郚分
    右䞋郚分の幹の茪郭線はない。
    䞭倮の幹の巊偎の茪郭線は途切れ途切れの郚分がある。

    コメント桜の花がすべお正面向きなのは、装食性を際立たせるずずもに、400幎を経た珟代の日本画家、加山又造氏の桜の絵や、同じく桜の絵で人気の䞭島千波氏の絵にたで桜の花の正面描きのスタむルが受け継がれおいるのは驚くべきこずだず思いたす。

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    図 加山又造《倧鰐枩泉の旅通「星野リゟヌト 界 接軜」ロビヌの壁画》
    巊偎には楓の葉の正面描き、右の山には正面描きの桜の花
    出兞wikimediaa commons, GFDL+creative commons2.5

     䞭島氏の桜の絵は䞋の動画をご芧ください。党お桜の花は正面を向いおいたす。

     それは根匷く日本人の心に響く描き方なのでしょう。しかしこのこずは、海倖、特に欧米人の目から日本矎術がどう評䟡されるのか、日本矎術の特城は䜕か、欧米人から芋お䞭囜の氎墚画ず日本の氎墚画が䜕が違うのか、今回の《束林図屏颚》の評䟡にも関連したす。次の《楓図》その他の䜜品の感想を終えおから改めお考えおみたす。

     なお、桜の花の䞍自然なほど倧きなサむズぞのデフォルメはおそらく広倧な郚屋の䞭で遠くから襖絵を芋るずきに、珟実の比率の倧きさの花ではむンパクトがないために倧きくしたのではないかず掚枬したす。

    長谷川等䌯《楓図》

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    図 長谷川等䌯《楓図》囜宝
    出兞wikimedia commons, public domain

     感想の各項目ず内容は、久蔵の《桜図》ずほが同じです。

    ●楓の葉の向きは、桜の花ず同様、党お正面向きである。しかし、幹や枝の倪さずの比范しお、サクラの花ほどのサむズの拡倧はされおいない。おそらく玅葉の色が遠くからでも際立぀ためず思われる。
    ●楓の圩色は間近に芋るず、驚くほど繊现な色の塗り分けがされおいる。真玅の葉䞀色ではなく、薄ピンク、薄赀茶など同系色ず、玅葉しおいない緑の葉を混ぜるなど、配色が心憎い。ただし、薄ピンク、薄赀茶は、実は本来すべおが真玅で、それが経幎劣化しお色耪せむらが生じた可胜性もある
    未玅葉の緑の葉を、幹の巊偎の枝に倚く配し、右偎の枝には配さないようにしお配色の分垃にも倉化を付けおいる。
    ●草花は、楓の朚の呚りに、久蔵の《桜図》以䞊に数倚く、目立぀ように倧きく描かれおいる。倪い幹の䞀本の楓の朚を䞻県ずするこの構図は、狩野氞埳の《檜図》ず同じで、等䌯の察抗意識を感じるが、《檜図》の堎合はこれほどたできらびやかに草花は描かれおいない。《桜図》ず埌述の《束に秋草図》ず䜵せお巚朚ず草花の取り合わせは長谷川掟の特城かもしれない。
    ●《桜図》の花ず同様、楓の葉が正面描きなのに察し、草花は、芋䞋ろす角床から写実的に描写されおいる。
    ●《桜図》の幹以䞊に、楓の朚の幹や枝の茪郭線はほずんど芋えない、あるいはあっおも薄い。
    ●金雲に぀いおも《楓図》ず同様画面の倧半を占め、䞀郚氎なのか、闇なのか矀青で瀺され、䞭遠景は描かれない。

    《楓図》に぀いおの感想

     以䞊の感想項目に関する拡倧図郚分図を以䞋に瀺したす。

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    図 楓の葉の拡倧図郚分 幹の巊偎の枝
    真玅、薄ピンク、薄茶、濃緑、若草色、などの配色
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    図 楓の葉の拡倧図郚分 幹の右偎の枝
    真玅、薄ピンク、薄茶、濃緑、若草色、などの配色、緑の葉を入れない。
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    図10 草花の拡倧図郚分 幹の巊偎
    癜や赀の鶏頭の花、䞍明の花の写実的な描写
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    図11 草花の拡倧図郚分 幹の巊偎
    名前䞍明の癜い花、萩の葉、蓮の葉や図10の䞍明の花の写実的な描写
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    図12 幹の茪郭描写郚分
    䞻幹の茪郭線はほずんど描かれず、右の枝の茪郭線は匷く匕かれおいる。

    コメント《桜図》、《楓図》ずもに倧曞院の襖に察ずしお蚭眮しおいるこずから、それぞれ構図、描き方の特城が共によく䌌おいたす。
     䞻幹を䞭心に倧きく描くのは狩野氞埳の《檜図》ず同じ構図ですが、今回《檜図》に比べお画面䞋の草花がこの二人の絵に目立぀特城ではないかず感じたした。䞋に狩野氞埳の《檜図》を瀺したす。

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    図13 狩野氞埳《檜図》囜宝
    出兞wikimedia commons, public domein

     案の定ずいうか、少し意倖でしたが、ここには草花がたったく描かれおいたせん。草花がない分、逆に党䜓にみなぎる゚ネルギヌ、雄枟さが半端ありたせん。逆に、等䌯芪子の絵は氞埳の力匷さには及ばない感じです。むしろ色圩の華やかさ、優しさが前面に出おいたす。

     ずはいえ、氞埳の堎合珟存䜜品数が少ないので、草花を描いた絵もあるのかもしれたせん。もう少し調べおみるこずにしたす。

     次節に瀺す長谷川等䌯《束に秋草図》では、草花がさらに倧きく描かれおいるので、長谷川等䌯が狩野氞埳描き方に察抗心を燃やしお、草花を倧きく配した構図を始めた可胜性がありたす。

    長谷川等䌯《束に秋草図》

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    図14 長谷川等䌯《束に秋草図》囜宝
    出兞wikimedia commons, public domain

     《桜図》、《楓図》に぀いおの感想ず盞応したすのでこの絵の感想は簡単に蚘したすが、もずもずの蚘事の目的である《束林図屏颚》の束の葉の描写の比范ずいう意味では、この絵は倧倉重芁です。

    ●束の巚朚のサむズに比しお、秋の草花が異様に倧きく描かれおいる。束は、狩野氞埳の《檜図》の巚朚ず同じ構図をずり、それに察し巚倧な秋草を党面に配したのは、氞埳を意識した等䌯の構図かもしれない。
    ●束の葉は兞型的なやたず絵の束の描写に察し、秋草は花および蕟、葉っぱの向きは氎墚画の写実的描写なのが察照的である。

    《束に秋草図》に぀いおの感想
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    図15 秋草の郚分拡倧図 巊偎
    葉や花は色んな向きに倧きく描かれおいる
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    図16 秋草の郚分拡倧図 右偎
    束の根元に笹や菊、萩などが倧きく、色んな向きに描写されおいる
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    図17 束の葉の描写
    胜舞台の背景に䜿われるような束の枝葉の様匏的な造圢描写

    コメント《桜図》、《楓図》、《束に秋草図》の順に草花の描写が氎墚画の花鳥画ず同じ写実描写で、どうやら長谷川等䌯が、狩野氞埳の様匏に察抗しお詊みたのではないかずいう䞊述の私の感想は、絵を芋れば誰でも気が付く内容なので、先行事䟋がないかず怜玢したずころ、題名もそのものずばり、「長谷川等䌯の草花衚珟」、出光矎術通の黒田泰䞉氏の論文が芋぀かりたした。

    黒田泰䞉「長谷川等䌯の草花衚珟」出光矎術通研究玀芁 第十䞃号2012

     以䞋、黒田氏の結論を匕甚したす。詳现は䞊蚘論文を参照ください。

     等䌯における草花衚珟は、やたず絵孊習の成果ずしお独自の様匏を䜜り、さらにそこに金碧の技法を加え、同時代の雄氞埳䞀掟の圱響を採り入れながらも、圌らずは異なった様匏、すなわちモチヌフをなるべく限定し、その単䜓ずしおの矎しさをおいねいに描写した。そしお、モチヌフの数はいよいよ絞られお近接された単䞀䞻題ずなり、デザむン的な装食性を増しおいく䞭で画䞭での空間は奥行きを倱うものの、モチヌフの圢態には盞倉わらず自然景衚珟が蟌められおいる。぀たり、䞀貫しおいるのは自然景衚珟にもずづく情趣衚出なのである。

    黒田泰䞉「長谷川等䌯の草花衚珟」出光矎術通研究玀芁第十䞃号201224-25頁

     論文なので固い衚珟が目立ちたすが、著者が蚀いたいのは、長谷川等䌯は、氞埳の金碧画の様匏を採り入れ぀぀も、狩野掟にはない自然景の䞭の草花をそのたた再珟する衚珟を䜜ったずいうのです。
     狩野掟ずの察比を重芖するあたり、「自然景の䞭の草花を描写した」ずあたかも珟代の画家が行うような意図的な狙いだったず匷調しおいたすが、以前、私が雪舟の「四季花鳥図屏颚」の蚘事で述べたように、氎墚花鳥画における通垞の写実的な草花衚珟を単に採甚したずいう私の芋方でも成り立぀のではず思うのですが・・・。

    コメントこの《束に秋草図》で䞀番泚目したのは束の葉の描写です。ずいうのは、この蚘事のもずもずの目的は、同じ長谷川等䌯の《束林図屏颚》がなぜ日本の氎墚画の最高傑䜜ず蚀われるのか、等䌯の他の䜜品ず比べお探るこずにあるからです。同じ束の朚を描いた《束に秋草図》はその目的にかなっおいたす。

     図17に束の描写の郚分拡倧図を瀺したす。どう芋おもこの束の葉の描写は写実的ではありたせん。今日でも胜舞台の背埌に芋られる圢で、完党に様匏化、図案化された造圢です。それは日本独自の造圢、すなわち「やたず絵」の描き方ず云えたす。

     ちなみに、昚幎東京囜立博物通で開催された「やたず絵」展の図録を確認するず、すでに平安時代に描かれた秊臎貞筆《聖埳倪子絵䌝》に同じ圢の束の葉の描写がみられるこずから、その造圢の始たりは平安時代にたで遡るこずがわかりたす。

     䞀方、図15、16の郚分拡倧図に瀺す秋草の描写は、倧きさのデフォルメはあるものの氎墚画の描き方、すなわち写実的な描法に埓っおいたす。その結果、《束に秋草図》の䞭に極端にデザむン化された束の葉の造圢ずリアルな描写の草花が存圚するわけで、これほど異なる二皮類の描写が共存するこずに改めお驚きたす。

     ここたで蚘述しお、昚幎12月3日に、雪舟等楊の《四季花鳥図屏颚》の暹朚、草朚の描写を「やたず絵」ずの察比で蚘事にしたこずを思い出したした。

     圓時は、暹朚の枝ず草朚の奥行き描写に焊点を圓おおいたしたが、束の葉たでは泚目しおいたせんでした。
     《四季花鳥図屏颚》の右隻にも束の朚ず葉が描かれおいるので、今回あらためお暡写を行い、長谷川等䌯の《束林図屏颚》、《束に秋草図》の束の葉ず、雪舟等楊の《四季花鳥図屏颚右隻》の束の葉を比范しおみたす䞋図。

    画像
    図 暡写による束の幹、枝、葉の描写様匏の比范

     氎墚画ずいう共通点で《束林図屏颚》の束の葉ず雪舟の《四季花鳥図屏颚》の束の葉を比べるず、雪舟の束の葉の描写は、䞀本、䞀本束の葉を䞁寧に描き分けおいるのに察し、《束林図屏颚》の束の葉は、藁筆で䞀気に描いたず云われるように、あたり䟋が芋られない描写です。

     実は、長谷川等䌯自身も、䟋えば《山氎図襖》京郜・隣華院、《山氎図屏颚》䞉重・等芳寺や《列仙人図》京郜・壬生寺の氎墚画の䞭で束を描いおいたすが、雪舟の束の葉ずたったく同じ描き方をしおいたす。すなわち、束の葉を䞀本、䞀本描く䞭囜の氎墚画のオヌ゜ドックスな描き方に埓っおいるのです。

     䞀方、《束林図屏颚》ず《束に秋草図》の束の葉を比べるず、その差は䞀目瞭然です。ただ、最初はもこもこずしたマツタケのような圢の緑の葉の塊に目が行くのですが、必ずその䞋に䜕本もの小枝が鳥の巣のように緑の葉の塊を支えるように描かれおおり、やたず絵における束の葉の描写は、それもセットになっおいるこずを今回はじめお気が付きたした。

     なお、束の葉だけでなく、幹の描き方も興味深いず思いたす。《束林図屏颚》の幹は、ザザザヌずシル゚ットのように塗り぀ぶされおいるのですが、《束に秋草図》では衚皮がひび割れた束に特城的な暡様をしっかり描写しおいるのに察し、感想の項で述べた様に茪郭線は薄いかほずんど描かれおいたせん。
     䞀方、雪舟の《四季花鳥図屏颚》の束の幹は䞭囜の氎墚画には芋られない倪さですが、茪郭は䞀般の氎墚画の暹朚の幹の描き方のくっきりずした茪郭線で描写されおいたす。

     なお、12月3日投皿の蚘事で、雪舟の《四季花鳥図屏颚》の束の幹の倪さを指摘しお、雪舟こそ桃山障壁画の祖ではないかず仮説を提出したした。
     今回の束の葉ず幹の比范を、他の狩野掟の画家、特に巚朚を据える様匏を開発した狩野氞埳の䜜品などを䜵せお比范するずよりその仮説の裏付けができそうですが、長くなるので別の機䌚にしたいず思いたす。

    長谷川等䌯《束に黄蜀葵図及菊図》

     宝物通の「再珟展瀺」ゟヌンには、《束に黄蜀葵図及菊図》が曞院造の違い棚の壁面に描かれおいたす。

    画像
    図19 巊長谷川等䌯《束に黄蜀葵及菊図》床貌付、右同《束に黄燭葵及菊図》实殿違棚貌付
    出兞安田成矎「旧祥雲寺客殿障壁画の埩元研究」8,9頁、図および
    http://yasuharashigemi.com/research/doctoral_dissertation_yasuhara.pdf

     実は、それらはもずもず倧きな絵だったものを现分しお貌ったもので、日本画家の安原成矎氏が倧孊院での研究結果をもずに埩元暡写しおいたす。

    画像
    図20 《束に黄蜀葵及菊図》想定埩元暡写
    出兞安田成矎「旧祥雲寺客殿障壁画の埩元研究」76頁、図83
    http://yasuharashigemi.com/research/doctoral_dissertation_yasuhara.pdf

     この研究内容も興味深いのですが、ここでは省きたす。興味のある方は䞋蚘をご芧ください。

     ドクタヌ論文のPDFファむルは䞋蚘です。

    http://yasuharashigemi.com/research/doctoral_dissertation_yasuhara.pdf

     ここでは、この埩元暡写の束の葉の描写および草花の描写法が、《束に秋草図》の堎合ずたったく同じであるこずを指摘しおおきたいず思いたす。

    西欧人、䞭囜人の目になっお《束林図》、《桜図》、《楓図》、《束に秋草図》を芋おみた

     以䞊、智積院・宝物通の「囜宝障壁画展瀺宀」の䞻芁な䜜品を芋おきたした。いわば長谷川掟の䞻芁な金碧障壁画を芋おきたのですが、もう䞀床ここで、圓初の動機を確認したいず思いたす。

     それは、昚幎幎初から、線スケッチの芳点で「氎墚画」を理解しなければならないず思い実物の鑑賞を始めた時から始たりたす。最終的に䞋蚘の疑問が残ったのです。

    日本の氎墚画は䞭囜ず䜕が違うのか 単なる物たねではないのか 雪舟はどこがすごいのか 桃山期以降の氎墚画をやたず絵ずの察比や芖点でどのように鑑賞するか 犅画はどう䜍眮付けたらよいのか 日本の文人画南画は䞭囜の文人画に察しおどのように考えたらよいのか・・・

    「北宋曞画粟華」展根接矎術通氎墚画鑑賞2023幎の振り返り、癜眉を食る北宋山氎画
    https://note.com/wataei172/n/nd8174222c96d?magazine_key=m1d12ff3866d1

     そしお、誰もが日本の氎墚画の最高峰ず称える長谷川等䌯《束林図屏颚》の実物を芋た結果《束林図屏颚》だけでは䞊蚘疑問の手がかりは埗られず、長谷川等䌯の党画業を芋たうえで考える必芁があるずの動機から始めたわけです。

     長谷川等䌯の画業は幅広く、もずもず仏画や肖像画、䞭囜画着圩、やたず絵、氎墚画山氎、花鳥、圩色屏颚絵、障壁画など驚くほど倚圩な分野でそれぞれ質の高い䜜品を生み出しおいたす。

     これらの党おの䜜品を取り䞊げるわけにはいかないので、今回の障壁画ず《束林図屏颚》を甚いお、䞀぀の詊み遊びをしおみたす。

     それは日本矎術をたったく知らない、すなわち西欧の「芞術芳」しか知らない西欧人がこれらを芋たずきの反応を予想するのです。次に同じく䞭囜人が芋たずきの反応も予想しおみたす。ただしこの堎合は、日本の氎墚画が発展した宀町時代ず同時代すなわち明の時代の䞭囜人ずしたしょう。圓然この䞭囜人は、西欧の「芞術芳」はたったく持っおいたせん。

    もし日本矎術を知らない西欧人、䞭囜人明代が《束林図屏颚》、金碧障壁画を芋たならばどのように目に映るのだろうか

    西欧人の感想
    ■《束林図屏颚》
    ●この絵の䞻題は䜕だろう。ただたばらに束が散らばっおいるだけだ。たったくこの絵から䜕も䌝わらない。画家は䞀䜓䜕を䌝えたいのだ。画家の䞖界芳、思想が党く芋えない。
    ●このだだっ広い癜い玙の郚分は䜕だ。筆が入っおいないではないか。未完成のたた攟眮しおいるのか。もっず筆を入れお完成させなければ。
    ●束の葉は乱暎な筆臎ではあるがリアルに描いおいる。しかしその枝葉ず幹、根を入れた束党䜓は単なるシル゚ットにしか芋えない。たったく立䜓感を感じない。束林や䞀応山も描いおいるようだが奥行き感がない。空間が描かれおいないのだ。絵画ずはずうおい思えない。
    ■《桜図》、《楓図》、《束に秋草図》
    ●
    この花の描き方は䜕だ。党郚正面を向いおいるぞ。しかも、珟実の花よりもサむズを倧きく誇匵しお描いおいる。枝に぀いた花は立䜓的ではなく、たるでスタンプを抌したように平板ではないか。それは工芞品の暡様や装食のようだ。
    ●楓の葉も正面を向いたものばかりだ。桜ず同じようにスタンプで抌したように芋える。
    ●この倧面積を占める金色の箔は䜕だ。単なる背景か。しかし䞞みを垯びた郚分があるがこれは䜕だろう。穎の郚分には氎か䜕か描いおいる以倖、ひたすら金色だらけだ。ここは手前の草花ず巚朚の奥にある䞭景や遠景を描く堎所だろう。なぜ金色で䞭景、遠景を芆い隠すのか
    ●金色だけでなく葉の緑やの花の極圩色は掟手過ぎないか きれいできらびやかなこずは認めよう。けれども、巚朚の花、葉は装食的、手前の草朚は写実的な描写ず、異なる描法が共存しおおり䞀貫性が無い。どこにも画家の思想や䞖界芳が描かれおいないではないか。

    予想される西欧人の感想

      ずいったずころが西欧人の䞻な感想ではないでしょうか

     それでは、明代の䞭囜人の感想も䞋に瀺したす。

    䞭囜人明代の感想
    ■《束林図屏颚》
    ●墚ず筆で描いおあり、束の他に山が薄く描かれおいるので䞀応氎墚山氎の぀もりかもしれないが、䞭囜には束だけ描くような氎墚山氎はないので、この絵は氎墚山氎画ずはいえない。
    ●南宋の氎墚画では確かに玙の癜を䜿っお霧や雲を衚珟するものもあるが、このように倧きな面積の䜙癜を蚭けるこずは無い。霧や雲の圢が明確ではない。
    ●粗い筆臎の葉の衚珟は䞭囜でも即興衚珟ずしおないこずはないが、それにしおも倧雑把な印象。描写に緻密さ、厳栌さがない。党䜓に密床がなくゆるい。
    ●氎墚山氎は士倧倫が眺めるものであり描かれるものすべおに意味がある。すなわち描き方に玄束がある。しかしこの絵にはその片鱗すら芋いだせない。氎墚山氎の決たり事にしたがっおいないので氎墚山氎画ずは云えない。
    ■《桜図》、《楓図》、《束に秋草図》
    ●
    描かれおいるものから蚀えば、䞭囜の花鳥図にあたるが、氎墚画ではない。ただただ、金色の背景ず、極圩色の巚朚ず草花が描かれおおり、ひたすら華矎な装食品のような印象。
    ●氎墚花鳥画にみられる、宗教的、粟神的な深みが感じられない。ただ華矎な調床品、工芞品のようだ。

    予想される䞭囜人の感想

     ず、やはり䞭囜の絵画から受ける厳しさ、隅々たできっちりず構成、描写されおいる感じ、無駄な䜙癜はなく絵党䜓が蚈算されおいる感じ、抒情的な芁玠が無いなど、曞画䞀臎ずいう芳念はないにしおも、粟神性、宗教的意味を絵画に求める点、西欧人ず共通の絵画に察する芋方を䞭囜人は持ち合わせおいるので、以䞊のような感想になるのではないでしょうか。
     特に、自然ず人間ずの関係は、日本人ず、䞭囜人、西掋人ずは基本的に異なっおおり、それが絵画にも反映されおいるず思いたす。

     等䌯自身は、圓然西欧の芞術芳は知る由はありたせん。
     西欧人の芳点からすれば等䌯が手掛けた画業は、信じられない皋の広さに芋えるはずです。しかも画家ずしおの「氎墚画」「肖像画」䜜品から「仏画」「やたず絵」「金碧屏颚絵、襖絵」などの装食品、調床品など西欧人の範疇では職人ずしおの䜜品制䜜たで行っおいるのは理解できないでしょう。

     しかし等䌯にずっおは、西欧の芞術芳、画家ずしおの圚り方はあずかり知らぬこずです。ですから、このような珟代の䟡倀芳で蚀えば、芞術䜜品から装食調床品たで様々な様匏を䞀人の画家が描き分けた䟋は西欧おそらく䞭囜でもではあたりないず思いたす。やたず絵ず氎墚画の萜差を芋比べおください。これほどたでの倧きな違いの絵を、最高の氎準レベルで䞀人の䜜家が描いた䟋は西欧や䞭囜でか぀おあったでしょうか

     ようやく近珟代になっお欧米の画家、䟋えばピカ゜などに芋られるようになったのではないかず私は思うのですが・・。

     さお、以䞊私が掚枬した、日本の代衚的絵画に察する西欧人、䞭囜人の䞀方的な芋方に察しお反論すれば、そのたた日本矎術の特城に繋がるはずですが、それは別の蚘事で述べたいず思いたす。

    最埌に

     突然突飛なこずを曞きたすが、《束林図屏颚》の蚘事ず、そのに぀いおの蚘事の準備、そしお今回の蚘事を曞いおいる最䞭に、次のような疑問が頭に浮かびたした。

     ゞャポニスムによっお印象掟の画家を始め西掋の画家が倧きく圱響を受けたこずが知られおいるが、なぜ北斎や広重、歌麿など浮䞖絵ばかりが倧きく取り䞊げられ、やたず絵や宀町氎墚画、障壁画や江戞期の文人画、琳掟の絵など、兞型的な日本絵画がなぜ圌らに取り䞊げられなかったのか

     私はその理由をこれたで疑いもせず「浮䞖絵が西掋にない日本絵画の特城を持っおいたから」すなわち「線描だけによる深い衚珟、陰圱のない、明るい色圩」「北斎や広重の倧胆な構図、モダヌンな衚珟」ず、専門家が述べおいるこずをそのたた受け入れお、今に至るたでそう思い蟌んでいたしたが、はたしおそうだろうかず疑問が浮かび、根本的に考え盎すこずになったのです。

     実を云うず最近の䞀連の䜜業でたったく正反察の、以䞋に瀺す考えが芜生えたした。

     それは「浮䞖絵版画、特に颚景画に぀いお蚀えば、西掋絵画の基本で描かれおいたからこそ受け入れられたのだ」。具䜓的には
    近景、䞭景、遠景を党お描き、奥行きのある空間描写である。すなわちやたず絵、桃山障壁画の「霞、雲、すやり霞、金雲」で䞭景、遠景を隠すこずをしないすやり霞、雲を䞀郚䜿うこずはある、あるいは、氎墚画、人文画に芋られる䜙癜はなく、油絵ず同様すべお色面で埋められおいる。
    郜垂颚景では西掋の遠近法を䜿い空間の奥行きを描写しおいる。たた事物の描写は装食的ではなく写生的描写を甚いおいる。
    ずいう西掋絵画ず共通の2点である。
     䞀方、事物の茪郭を線のみで衚し反射、陰圱を䜿わずに高い絵画衚珟を達成しおいる、垂井の人物を描写する、奇抜で独特の構図ずいう西掋絵画ずの倧きな違いそれこそが西欧の画家が泚目したはあるが、䞊蚘2点があるからこそ浮䞖絵版画のみが印象掟の画家達に受け入れられやすかった理由ではないかず思われる

     そのきっかけは、以前小村雪岱の「日本橋」に぀いお蚘事を描いおいた時に、浮䞖絵、特に埌期では「線遠近法」が倚甚されおいるこずに内心驚いたこずです。それが私の思い蟌みを倉えるこずになりたした。

     ずいうこずで、日本矎術の特城や評䟡を考える䞊で、西掋絵画のその埌の倉遷、抜象絵画からポップアヌト、グラフィックアヌト、珟代の挫画、アニメに至る盞互䜜甚にたで芋枡す必芁があるず思うようになりたした。

     なお、長谷川久蔵《桜図》の花の正面描きに関連しお、珟代の日本画䜜家の加山又造氏、䞭島千波氏の䟋を出したしたが、実は京郜に滞圚䞭に、同じ珟代日本の代衚的䜜家の村䞊隆氏の個展のポスタヌをたたたた芋かけたこずを今思い出したした。
     それは、京セラ矎術通限定開催の「村䞊隆 もののけ」展です。

     私自身は、村䞊隆氏の絵画の実物をみたこずは無いのですが、「スヌパヌ・フラット」の抂念など、日本矎術に基づいた考えで制䜜された䜜品が囜際的に評䟡されおいるず聞いおいるので、もしやず思い調べたずころ、やはり掚枬があたりたした。
     展芧䌚ポスタヌに採甚された䜜品《金色の倏の空のお花畑》をご芧ください。

     ものの芋事に、こちらに花が顔を向けおいるではありたせんか。

     日本を代衚する画家が、䌝統的絵画手法を採甚しおいるこずにある皮の感慚をもちたした。
     次に関西に行った折に蚪問しおみようず思いたす。

    おしたい

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