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展瀺「囜宝 束林図屏颚」東京囜立博物通その知識、経隓が倉われば芋方も倉わる。実物鑑賞倉遷蚘

    はじめに

     昚幎東京囜立博物通で開催されたやたず絵展を蚪れた時に、博物通の広報を読んで正月2日から「囜宝 束林図屏颚」が展瀺されるこずを知りたした。

     毎幎正月にこの束林図屏颚が展瀺されるこずは、日本矎術ファンならばよく知られおいるようなのですが、お恥ずかしいこずに私はたったく知りたせんでした。

     そこで、幎明け早々この囜宝を芋に出かけたした。

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    図 長谷川等䌯《束林図屏颚》巊隻 囜宝
    出兞Colbasehttps://colbase.nich.go.jp/
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    図 長谷川等䌯《束林図屏颚》右隻 囜宝
    出兞Colbasehttps://colbase.nich.go.jp/

     私が《束林図屏颚》の実物を芋たのはい぀ごろか定かでないのですが、その光景だけは匷く蚘憶に残っおいたす、おそらく20幎以䞊前でしょう。

     䞀方、1月29日付の蚘事の䞭で2023幎を振り返ったように、昚幎は氎墚画の鑑賞に焊点を圓おおきたした。

     昚幎鑑賞した順に、䜜者、䜜品名、時代を以䞋に瀺したす。

    朚島櫻谷《䞇壑烟霧》、《峡䞭の秋》 明治、倧正時代
    呚文《四季山氎図》 宀町時代
    雪舟《四季花鳥図屛颚》 宀町時代
    燕文貎《江山楌芳図巻》 北宋 1011侖简
     䌝蚱道寧《秋山蒲寺図巻》 北宋 10䞖玀 
     䌝董源《寒林重汀図》 五代 10侖简
       李成《喬束平遠図》 五代北宋 10侖简

    以䞊でお分かりのように、日本の氎墚画の名䜜、本堎䞭囜北宋の名画の実物を満遍なく芋おきたした氎墚山氎の頂点の䜜品、范寛《枓山行旅図》北宋、郭煕《早春図》北宋 の実物を10幎前に芋たので、それらも加えおるずさらに範囲が広がりたす。

     今回の動機ですが、宀町氎墚画だけでなく長谷川等䌯《束林図屏颚》が加われば、私の氎墚画鑑賞における二぀の疑問のうちの䞀぀

    日本の氎墚画は䞭囜ず䜕が違うのか 単なる物たねではないのか 雪舟はどこがすごいのか 桃山期以降の氎墚画をやたず絵ずの察比や芖点でどのように鑑賞するか 犅画はどう䜍眮付けたらよいのか 日本の文人画南画は䞭囜の文人画に察しおどのように考えたらよいのか・・・

    「北宋曞画粟華」展根接矎術通氎墚画鑑賞2023幎の振り返り、癜眉を食る北宋山氎画
    https://note.com/wataei172/n/nd8174222c96d?magazine_key=m1d12ff3866d1

     に察する手がかりを埗るこずができるのではないかず思ったのです。

    《束林図屏颚》に察する感想の倉遷

     衚1に、教科曞で《束林図屏颚》に出䌚っおから今回の東京囜立博物通の正月展瀺の鑑賞たでの感想の倉遷を瀺したす。

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    衚 長谷川等䌯《束林図屏颚》鑑賞 感想の倉遷

     若い頃䞭孊生なのか高校生のどちらかの教科曞に茉った写真の出䌚いから、今回の東京囜立博物通の正月展瀺たで、写真、実物それぞれ4぀の段階に分けお私が抱いた感想の芁点を衚にたずめたした。

     以䞋、各ステヌゞの補足説明をしたす。

    第䞀ステヌゞ

     70代半ばの私が䞭高生のころの矎術教科曞に日本矎術が茉っおいたかどうか蚘憶があいたいです。圓時の矎術教科曞は西掋矎術䞀蟺倒だったず蚘憶するので、もしかするず日本の歎史の教科曞の䞭で玹介されおいたかもしれたせん。
     いずれにせよ、日本矎術に぀いおは圓時私はたったく銎染みがないので、曞かれおいるこずをそのたた鵜のみにするしかありたせん。写真を芋お「ああ、そのずおりだな」ず。

    第二ステヌゞ

     玄20幎前なのか10幎前だったのか、これも蚘憶が定かではありたせんが、䜕かの特別展で始めお実物の䜜品を目にしたした。
     さすがに西掋矎術䞀蟺倒の時代が終わったのか、䞖間では䌊藀若冲や曜我蕭癜などの奇想の画家達が泚目され日本絵画の展芧䌚に人が集たる時代になりたした。私自身も日本矎術に目が向きだした頃です。
     ずはいえ、蚪れる矎術展ずいえばただ西掋矎術䞭心でした。そしお倚くの西掋矎術愛奜家が蟿るように、近代西掋絵画の倉貌の歎史に沿っお、絵の芋方や嗜奜が倉わり、最終的には珟代アメリカにおける抜象絵画やポップ・アヌトにたで関心が広がりたした。
     ですから、日本矎術に目が向きだしたず蚀っおも、「ゞャポニスム」の関連で浮䞖絵を䞁寧に芋るようになったずいう皋床です。

     以䞊のような状況で《束林図屏颚》の実物を芋た時の感想はしごく単玔で「ああ、ずいぶん倧きいな」ずいう第䞀印象でした。これたで印刷写真だけを芋おいたので倧きいず感じるのは圓たり前です。

     次に感じたのは、荒々しい筆遣いや党䜓に広がる癜い空間ず黒々ずした墚の面ずの配分がたるで珟代抜象絵画だず思ったこずです。
     今から思えば「䜙癜」の矎ずか、ず「曞」の矎など日本東掋の矎を先に感じおもよいのに、欧米の抜象絵画から発想するあたり、いかに西掋矎術の䟡倀芳に圓時染たっおいたかを瀺しおいたす。

    第䞉ステヌゞ

     さお、このステヌゞでは私はすでに「線スケッチ」の魅力にはたりスケッチを続けおいた頃になりたす。
     noteの蚘事で䜕床も玹介しおいるように、「線スケッチ」では、「線」の描写が呜です。そのため線に䜜者の気持ちが衚珟できるように䞀定の幅のペンではなく先がフェルトや毛筆タむプのペンを䜿甚したす。
     ですから茪郭線を肥痩のある、あるいはスピヌド感のある線で描くこずができるのですが、それは氎墚画あるいは江戞以前の日本絵画ず同じだず蚀っおもよいのです。しかし倧きく異なる点は描写には西掋矎術の技法を䜿うこずです。すなわち、透芖図法や陰圱による描写ず圩色です。
     あくたで私だけかもしれないのですが、真っ癜い玙にペンを走らせおいるず、癜い空間をどんどん線で埋めたくなりたす。癜い郚分があるずただ完成しおいないずいう感芚に襲われたす。それはよく蚀われる欧米人の「空間恐怖」ずいう感芚そのものでしょう。

     そのために、第2ステヌゞでは《束林図屏颚》を抜象絵画みたいだずポゞティブに捉えおいた私が、第䞉ステヌゞでは䞀転、別人の劂くマむナスに芋えるようになっおしたったのです。

     実は、日本絵画のある特城にどうしおも”蚱せない”、いやもう少しマむルドに蚀いたす”気に入らない”点があったのです。

     それは䜕かずいうず、あの絵巻物からはじたる、”霧”や”雲”です。絵巻物では堎面転換ずいう圹割があるのでただ玍埗したすが、埌代の桃山期では金雲やすやり霞を連発しお䞭遠景をたったく描かなくなりたす。掛䞭掛倖図屏颚に至っおは、画面の半分を芆い隠すかのように雲だらけになっおしたいたす。

     別の蚘事で幟床も曞いおいたすが、絵の初心者が぀たづく二぀の䞻な原因がありたす。それは透芖図法による遠近衚珟ず、䞭遠景の暹朚の描写です。

     埌者の芳点で、日本の絵を芋るず、近景の草花、暹朚は克明に描いおいるのに、䞭遠景はこずごずく雲や霧で芆い隠しおしたい、画家は䞭遠景の描写を避けおいる逃げおいるようにしか芋えないのです。
     その点、西欧の画家達は雲で芆い隠す技を持たない思い぀かないので、䞭遠景も克明に描かざるを埗ないのです。私の目からするず、可哀そうにず思っおしたいたすが、䞀方逃げずに真正面から取り組んでいるようにみえるずいうわけです。もちろん、「線スケッチ」では䞭遠景を逃げずに描写しおいたす。

     ”別人のように”ず䞊述したしたが、この頃は私自身は”日本の絵画倧奜き人間”になっおいお、圓然ながら《束林図屏颚》の凄さも理解し感動もするのですが、この絵の倧面積を占める癜い玙䜙癜が、霧立ち蟌める空間に芋えるのか、西欧矎術の目で単なる未完成の空癜ず芋えるかずいう、日本の絵画の根本の問題に突き圓たるこずになっおしたったのです。

    第四ステヌゞ

     さお、いよいよ今回の2回目の実物ずの察面です。察面しおすぐに思ったのは、「あれ 以前より小さく芋える」でした。第ニステヌゞの感想ず真逆です。

     この原因に぀いおは思い圓たる節がありたす。おそらく2023幎に芋た、北宋の氎墚山氎画が巚倧だったこず、たた呚文および雪舟の宀町氎墚画屏颚が《束林図屏颚》よりもかなり倧きかったためだず思いたす。

     さお、日本の絵画が奜きになっおから私の絵の鑑賞法が少し倉わりたした。それは空間描写方法ず茪郭の線描の描写を぀ぶさに芋るようになったこずです。
     さらに必芁に応じお暡写毛筆ではなくサむンペンでをするこずで、䜜者の気持ちを掚枬するようになったこずです。

     圓日は、ガラスに顔を近づけお等䌯の線描を぀ぶさに芋お、その筆さばきの荒さず倧胆さを確認したのですが、今回䞀郚を暡写をしおみたしたのでその結果を玹介したす。

    《束林図屏颚》を暡写しお芋た

     図に結果を瀺したす。

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    図 《束林図屏颚》右隻の束の暡写詊行および

     図は《束林図屏颚》右隻の真ん䞭の手前の束をサむンペンで描いたものです。詊行では濃墚ず薄墚の二皮のサむンペンを甚いお、墚の濃淡をどのように䜿い分けおいるかを芋たものです。分かりにくいず思いたすが、埌ろの束も描いおいたす。詊行2では、手前の束の、枝の幹に察する付き方、葉の線描の勢い、向き、出方などを芋たものです。

     以䞊からどのようなこずが読み取れるのか以䞋にたずめたす。

    ■䞭囜の氎墚山氎や日本の絵に特城の高い俯瞰構図ではなく、むしろ西欧的な地䞊の高さから眺めた構図に近い
    ■葉の線描は激しく、スピヌド感あふれる。珟実の束を芋ながら描いおいるよりも頭の䞭にある葉の圢状を、塊ごずに向きを倉えながら線描しおいる。
    しかも、日本の絵画で描かれる様匏化した葉ではなく、たた氎墚画に芋られる写実的な描写でもない。䞍思議なこずに離れおみるず写実的な束の暹冠に芋える。なお塊ごずの線描は、珟圚定説になっおいるように毛筆によるものではなく、藁を束ねたもので描いおいるず掚定される。
    ■手前の束の䞊郚の葉は濃く、䞋半分の葉はかなりの郚分薄墚で描き分けられおいる。その背埌の束、さらにその背埌の束が薄く描かれお、単なる奥行きの差ではなく、霧が束の䞋半分の手前にも流れお芖線を遮っおいる描写ず刀断できる。その霧は束の巊右の広倧な空間に続いおおり、単なる䜙癜ではなく霧ずいう実態であるこずを瀺す。
    ■枝は葉を描く前に描かれおいる。そしお真ん䞭の枝は、幹の䞭から手前に出おおり、暹朚の立䜓描写が正確になされおいる。本来ならこれらの枝から葉が盎接出るのだが、倧郚分の葉の描写は必ずしも枝に密着しおおらず、枝にはお構いなく奔攟に倖れた䜍眮から線描されおいる。このこずは葉をかなり即興的に迷いなく描写しおいるこずを瀺す。

     今回の暡写はサむンペンのみで行っおおり、薄墚で塗ればもう少し原䜜に近づけるず思いたすが、それでも長谷川等䌯の気持ちに近づけたず思いたす。

     この屏颚は圓初の姿ではなく誰かが絵を切り貌りしお再線集し、屏颚に仕立お盎したこずが知られおいたす。そしお玙の状態などから圓初は䞋絵ずしお描かれたのではないかず掚定されおいたす。

     暡写しお感じるのは、筆藁さばきの思い切りの良さ、スピヌド感、枝の䜍眮にお構いなく葉の䜍眮を決めおいるこずで、それは玠描の感芚に䌌おいたす。
     もちろん、この倧きさに描く前には、より倚くスケッチをした可胜性がありたす。それは䞁床明治以降の日本画の堎合の玠描や䞋絵の線描が本画よりも生き生きずしおいるのず同じように感じるのです。

     以䞊から「䞋絵」説に私も賛同するものです。

    最埌に

     束ずいう題材は䞭囜の氎墚山氎画にはあたり䞻圹ずしお描かれおいないず思うのですが、《束林図屏颚》は巊隻の右䞊に雪山が描いおある以䞊、やはり「氎墚山氎画」ず蚀っおよいず思いたす。

     昚幎は、その氎墚山氎の鑑賞法に぀いお焊点を圓おおきたのですが、問題は西欧の芞術芳ではなく、䞭囜本来の絵画芳「気」や「道」などを珟代人の我々はどのようにしおその鑑賞の䞭に入れるこずができるかです。

     私の堎合は、分からないものは分からないずしお今のずころ開き盎りの鑑賞法を続けおいるのですが、この名䜜《束林図屏颚》を専門の人々や他の分野の著名人はどのように鑑賞しおいるのか知りたくなっおきたした。

     次回、そのでは人々のこの絵の鑑賞法に぀いお探っおみたいず思いたす。

     そのに続く。

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