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『正解の檻』 #6



    番倖線透明な芳察

     攟課埌の図曞宀。静寂が支配するこの堎所で、あたしはずきどき「人間芳察」ずいう悪趣味な愉悊に浞るこずがある。䞭でも、あたしの芖線を惹き぀けお離さないのは、い぀も窓際の垭で完璧な姿勢を保っおいる同玚生の氷宀結衣だった。

     圌女は、たるで粟密な機械そのもの。開くペヌゞを捲る指先の角床、呚囲に向けられる理知的な芖線。そのすべおが、䜕おいうか、あたりに「正しすぎる」のだ。

     ある日のこずだ。あたしは圌女が䞀人で、返华されたばかりの画集を眺めおいるのを芋かけた。その時、圌女の衚情から䞀切の「蚘号」が消えた瞬間があった。

     あたしも退屈なずきには、ボヌッずしたりするこずはあるけど、あれはそんなんじゃない。ただ、そこに魂が存圚しないかのような、䞍気味なほどの真空。

      もしかしおこの人、䞭身空っぜなんじゃない

     唐突にそんな䞍躟な考えが脳裏をよぎり、あたしは背筋に冷たいものが走るのを感じた。圌女が挔じおいる「正解」は、内偎から溢れ出たものではなく、ただ倖偎から完璧に暡写されただけのもの。空っぜの自分を隠すためのバリアなんじゃない

     だが、あたしはすぐにその考えを打ち消し、自嘲気味に銖を振った。

     なんおね、そんなのあり埗ない。もし圌女が本圓に空っぜなのだずしたら、あんなにも長く、あんなにも完璧に、呚囲の期埅に応え続けられるはずがない。

     だっお人間は、それほど匷くはないもの。

     空っぜに耐えながら、あれほどたでに緻密な挔算を繰り返せるはずがない。時折目にするどこか危なっかしい埌茩ちゃん。あの子の狂信的な県差しも、氷宀さんの䞭に「本物」があるこずを蚌明しおいる。空っぜの噚に、人はあそこたで熱狂的にはなれない。

     きっず、圌女のあの無機質な瞬間は、人䞀倍匷い自制心の裏返しなのだろう。あたりに高朔で、あたりに繊现な「本物」を守るために、圌女はあえおあのように振る舞っおいるに違いない。

    「氷宀さヌん、閉通だよ」

     あたしが声をかけるず、圌女はハッずしたように顔を䞊げ、即座に「い぀もの圌女」を再生した。「  ありがずう。気づかなかった」

     その、あたりにも矎しい埮笑みを芋お、あたしは確信する。

     圌女が空っぜだなんお、あたしの読みすぎ。こんなに完璧な人間が、ただの暡倣品だなんお。そんなこず、あるわけないんだから。



    番倖線お節介な玄束

     文化祭を䞉日埌に控えた校内は、ペンキの匂いず段ボヌル、そしお青春ずいう名の熱量で満ちおいた。

     あたしは、自分の担圓である図曞宀の掲瀺物䜜成を早々に終わらせ、受付カりンタヌの奥で䞀人、遠い喧隒を感じおいた。

    ​みんな、あんなに熱くなっお、あずで恥ずかしくならないのかな

    そんな冷めた思考を巡らせおいるず、ポケットのスマホが短く震えた。

    『先茩、迷子の雛が図曞宀方面ぞ行きたした。お願いしたす、助けおあげおください』

    ​ 送り䞻は芋なくおも分かる。䞭孊の時からそうだ。あい぀はい぀も、自分が抱えきれない面倒事を「先茩ならいけたすっお」ず調子よくあたしに投げ぀けおくる。

     既読だけ぀けおスマホを攟り出すず、ほどなくしお図曞宀の重い扉が、音もなく開いた。

     珟れたのは時折芋かける埌茩ちゃんだった。

    どこか焊点の定たらない目し、フラフラず窓際の垭に瞋るように座った。たぶんこの子は熱量に匱い。喧隒から逃げおきたのだず芋圓を぀ける。

     あたしは、少し逡巡した結果、話しかけるこずにした。

    「確かヒナちゃん、だよね。あっち、うるさいでしょ」

     ヒナちゃんはびくりず肩を揺らし、恐る恐る顔を䞊げた。

     芖界がただ濁流のような熱気に焌かれおいるのか、圌女は䜕床か瞬きを繰り返し、ようやくあたしの姿を捉えたようだった。

    ​「  図曞委員の、えっず」

     消え入りそうな声。い぀もは凛ずしお、誰よりも真っ盎ぐに「あの人」を远いかけおいる圌女の瞳が、今は迷子の雛のように泳いでいる。

    「春名、ちなみに名字ね。ホントは飲食犁止なんだけど特別ね」

     あたしは圌女の隣に移動し、こっそりストックしおいるペットボトルの氎を手枡す。

    「  ありがずうございたす」

    ​ ヒナちゃんは、震える指先でペットボトルを受け取った。キャップを開ける力さえ足りないのか、しばらくそれを䞡手で包み蟌むようにしお、冷たい露の感觊を確かめおいる。

    ​「苊手なんです、ああいうの。みんなの、色んな感情で溢れおお。耳の奥が、ずっず痺れおるみたいで」

    ​ 圌女は、瞋り付いおいた窓際の机を指先でなぞった。氷宀さんがよく座る、あの静止した聖域。

     ヒナちゃんは自分に蚀い聞かせるように呟いた。

    ​「  結衣先茩なら、こんな時――」

    ​「はい、そこたで」

     氷宀さんの名前が出た瞬間、反射的にそれを止めおいた。

    ​「  えっ」

     ヒナちゃんが驚いた顔で私を芋䞊げる。

    ​「今、その名前犁止」

    ​ あたしは、圌女の錻先に人差し指を突き぀けた。前々から思っおいた。氷宀さんを芋るあの瞳。憧れるのは結構だけど、この子は少し危なっかしい。

     郚掻ずいう枠組みがあったうちは、あたしみたいな「䞍玔物」が口を出すべきじゃないず思っお黙っおいた。けれど、氷宀さんが匕退しお、あの子の背䞭が遠くなった今、この子は呌吞の仕方も忘れたみたいに挂っおいる。

       わざわざメヌルを寄越したあい぀の䞍安が、今ならはっきりずわかる。

     それに、目の前にいるあたしではなく、氷宀さんの名前を出したこの子に、ちょっず意地悪したかった。盞倉わらず、性栌悪いな。あたし。

    ​「どうしおですか 結衣先茩が、䜕か  」

     ヒナちゃんの真ん䞞な瞳に、あたしの指先が映り蟌んで、さらに混乱を深めおいる。

    ​「違う違う。信心深いのは結構だけど、氷宀さんがどうこうじゃなくお。今は、あんたの心を萜ち着かせるのが先決でしょ それに頌るなら、目の前にいるあたしでしょヌが」

    ​ あたしは指を匕っ蟌め、わざずらしくため息を぀いお、圌女の隣に腰を䞋ろした。

     氷宀さんに憧れお、その背䞭だけを指暙に走っおきたこの子が、今、こうしおあたしの前で脆く厩れおいる。

    この子には、圌女ほどの「完璧さ」もなければ、あたしほどの「噚甚さ」もない。でも、あたしたちにはない「たっすぐさ」がある。あたりにも䞍噚甚で笑っおしたいそうなたっすぐさが。

    ​「  あたしは、氷宀さんずは違うから、あの子みたいに、あんたを静かに芋守っおあげられない。いい みんながあの子みたいに完璧じゃないし、あの子にみたいになれるわけじゃない。あんたは、氷宀結衣じゃなくお、ヒナちゃんでしょヌが。もっずさ、自分らしさっおのを倧事にしおもいヌんじゃないかな」

    ​ 「自分らしさを倧事に」なんおポ゚ムかよ、ず心の䞭で苊笑する。あたしは圌女の手から、ただ開けられおいないペットボトルをひったくるず、手慣れた動䜜でキャップを捻った。パキッ、ずいう也いた音が、静かな図曞宀に響く。

    ​「ほら、飲みなよ。  あんたの喉を焌いおるのは、青春の熱量かもしれないけど、ずりあえずは氎分補絊。  でしょ」

    ​ 差し出したボトルを受け取る圌女の指先が、少しだけあたしの手に觊れた。

    ​「  春名先茩。  先茩っお、意倖ず」

    「優しいでしょ」

    「いえ、お節介ですね」

     そう蚀っおヒナちゃんは、クスッ笑った。

    「あははっ 蚀ったな。お姉さん、傷぀いた」

    ​ お節介。

     心倖だず蚀わんばかりに肩をすくめおみせたけど、図星を突かれたあたしの内心は、少しだけ居心地が悪かった。確かに、䜕をしおるんだろう。柄でもない。

     そうだよ。あたしは、ただの性栌の悪い傍芳者でいたかっただけなのに。なぜだかこの子が、攟っおおけなかっただけ。

    ​ ヒナちゃんはペットボトルを口に含み、ゆっくりず喉を鳎らした。

     冷たい氎が、圌女の䞭にある「過剰な熱」を物理的に冷やしおいくようだった。

    ​「  萜ち着いた」

    ​「はい。なんだか、少しだけ、楜になりたした」

    ​「ならよし。  ねえ、ヒナちゃん」

    ​ あたしは、圌女がなぞっおいた机の衚面を、わざず雑に手のひらで叩いた。氷宀結衣の残圱を、物理的に远い払うみたいに。

    ​「文化祭が終わったらさぁ、䞀緒にアむスでも食べようよ。その時は、氷宀さんの話なんお䞀秒もしないで、ただのアむスの味に぀いお文句蚀い合うの。あんたがバニラが嫌いだずか、チョコは甘すぎるずか、そういうどうでもいい話。  いいでしょ」

    ​ ヒナちゃんは、驚いたようにあたしを芋぀めた埌、今日初めお、迷いのない小さな頷きを返した。

    ​「  はい。玄束です」

     圌女の小さな笑顔を芋ながら、あたしは心のどこかで、なんお無責任なんだろうず自分を嘲笑った。氷宀さんの代わりに圌女を導く぀もりなんお、さらさらないし、あたしにはできない。圌女の未来に責任を持぀芚悟だっお、これっぜっちもありはしない。

     ただ、あたしの収たりが悪かった。それだけの気たぐれで利己的な動機。この子にいた必芁なものは、䞀時の喉の最いだず自分を正圓化する。

    ​ 窓の倖では、ただ吹奏楜郚の䞍揃いなファンファヌレが鳎り響いおいる。喧隒は盞倉わらずで、䞉日埌にはもっずひどくなるだろう。

     ああ、青春だな、ずあたしは䞍意に感じた。今日のあたしは、最高に自分勝手で、少しばかり熱すぎた。い぀かきっず、恥ずかしくなる。


     
     
    旅行や読曞、カメラが趣味です。 マむペヌスにやっおいたす。

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