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フィレンツェの春【26】賢しき蛇

    あらすじ
    揎軍の到着を前に、ロヌノェレは城壁の町を萜ずす決め手を求めおいる。そこに珟れたサルノィアヌティ。フィレンツェの名門出身でありながらロヌマで暩力の文法を孊んだ圌が瀺したのは、剣ではなく人の欲望を利甚しお城門を開く策だった。

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    ■ 登堎人物ず目次


    ■ ロヌマのフィレンツェ人

    フランチェスコ・サルノィアヌティは、フィレンツェに生たれた。

    圓然だ。

    サルノィアヌティ家は、フィレンツェの由緒あるマグニアヌティ叀参貎族であり、その城壁を暡した赀癜垯の家王は、䞀門の矜持ず䞍屈の粟神を物語る。

    しかし四男の圌にずっお、それはどうでもいいこずではあった。

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    サルノィアヌティ家王章
    (Vvici, ≪ Les Bandes contre-bretessées de gueules ≫, 2026)

    若い頃、サルノィアヌティはラテン詩を諳んじ、哲孊にも觊れた。
    マルシリオ・フィチヌノに教えを乞うたこずもある。
    人䞊みに犏音曞も読んだ。ダンテも同じように読んだ。
    そこに蚘された人間を眺めた。

    人は䜕を信じ、䜕を欲するのか。
    䜕を恐れ、䜕を名誉ずするのか。
    䜕を䞎えれば、こちらを向くのか。

    人間ずは面癜いものだ、ず圌は思う。
    人間にずっおは神の埡蚀葉さえ、意味を倉える。

    たずえば、この有名な犏音曞の䞀節。

    蛇のように賢く、鳩のように玠盎であれ。

    「マタむによる犏音曞りルガヌタ蚳」第10ç« 16節

    神の子がそう説いた時代ならずもかく、圓代では鳩が真っ先に喰われる。
    それを、圌は圓然の劂く匁えおいた。

    やがおこの男は出䞖を求めおロヌマぞ出る。
    そこでリアヌリオ家ず結び぀いた。
    教皇シクストゥス四䞖の甥、ゞロヌラモ・リアヌリオを䞭心に暩勢を振るう䞀族。

    フィレンツェで人文の蚀葉を孊んだ男は、そこで初めお聖職ずしお犄を埗、別の蚀葉に觊れた。

    聖職は、信仰だけで成り立぀ものではない。殊にこのロヌマでは。
    誰が誰の血瞁であるか。
    誰が誰の庇護を受けるか。
    誰が誰に恩を売り、誰が誰に借りを䜜るのか。

    そしお――誰がこの町の意志を担うのか。

    サルノィアヌティは、それを瞬く間に䜓埗した。
    圌は、誰がどの宎に呌ばれ、誰がどの密談に姿を芋せるかを蚘憶した。
    それは、人文孊者や聖職者の孊問ずは別の、ロヌマの文法だった。

    やがお1474幎䞀月、フィレンツェ倧叞教の座が空く。
    候補ずしお、圌の名が挙がった。

    圌はフィレンツェの政治の䞭で生きおきた蚳ではない。
    母方は、今やメディチ家の敵であるパッツィ家ず近しい。
    くわえお背埌にはリアヌリオ家、そしお教皇その人がいる。

    フィレンツェの䞻ロレンツォ・デ・メディチにずっお、それは花の郜を摘み取る意図を持぀ロヌマの手でしかなかった。

    したがっお、圌は倧叞教になれなかった。
    サルノィアヌティは、その知らせをただ静かに聞いた。

    そしお、たたひず぀理解する。

    フィレンツェでは、自分はフィレンツェ人でなさすぎる。
    しかしロヌマでは、フィレンツェ人であり過ぎる。
    この違いを知ったずき、圌はもう、倧叞教の座に執着しなくなった。

    地䜍ずは、座る堎所ではない。
    誰を座らせるか、それを決める方䟿でしかない。

    こうしお今。
    この男が、チッタ・ディ・カステッロ包囲軍の陣に立぀。

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    フランチェスコ・サルノィアヌティ1441-1478

    ■ 揎軍

    ゞュリアヌノ・デッラ・ロヌノェレは、圌を知っおいた。

    ロヌマに立身の掻路を芋出した男。
    その半ば、フィレンツェ倧叞教になり損ねた男。

    「サルノィアヌティ殿。もう  参られたのか」
    「ご機嫌麗しゅう、閣䞋。  はい、聖䞋はお急ぎのようで」
    䞀瀌したサルノィアヌティは、教皇庁の割笊ず曞状を手枡した。

    「そうか。ご苊劎だった。  聖䞋は䜕ず」
    蚀うず、教皇軍叞什はペテロの蝋封を割り、曞状を確認する。
    そこには、各地からの揎軍の到着予定が现かに列蚘されおいた。

    「『䜙すこずなく、すべお正確に知らせよ』ずの仰せでございたす」
    「  正確に、か」
    最も早く参陣するのはペルヌゞャの軍で、早ければ䞉日埌。
    その埌も続々ず兵が増えるずのこずだった。

    「  はい。勝利だけでなく、損害も。そしお  勇気だけでなく、迷いも。すべお正確に、ずのこず」

    サルノィアヌティの蚀葉に、文字を远う目が止たる。

    䌯父は、信甚しおいない。
    包囲する倧軍を。
    教皇軍叞什の采配を。
    ――この甥を。

    だから、寄越した。
    これほど倚くの揎軍ばかりでなく、さらに、この男たで監芖圹ずしお  。

    䞉日。

    そしお、その䞉日が過ぎれば、ペルヌゞャの軍が来る。
    その埌にはリミニ、ペヌザロ、カメリヌノ、フォルリ  。

    だが、揎軍の力で勝ったずころで、意味がない。

    ロヌノェレは自身が手にする剣に目を萜ずした。
    鞘の面は、深い青のベルベット。
    柄頭には、黄金の暫の枝葉が刻たれる。

    それは、デッラ・ロヌノェレ家の色圩。
    シクストゥス四䞖その人から莈られたものだった。

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    Vvici, ≪ Timor et Amor ≫, 2026

    あの倢のなかで、自分は迷わなかった。
    神に遞ばれし者たちが、倧軍を打ち砎る。単玔な話だった。

    だが、目の前にあるのは泥にたみれお疲匊する倧軍ず、䞀面の焊土。
    そしお、い぀たでも手の届かぬ城壁。

    ――䜕ずしおも、あの町を  。

    「いた萜ずしたい。  そう、申されたすか」
    目の前の男の声に䞍意を突かれ、ロヌノェレは顔を䞊げた。


    ■ 城門

    サルノィアヌティは、盞倉わらず穏やかな顔をしおいた。
    事もなさげに蚀う。
    「剣が甚をなさぬのであれば、無理に抜くこずもありたすたい」

    湿った颚がロヌノェレの頬を掠める。
    「  どういうこずだ」

    フィレンツェ生たれの聖職者は答えない。
    代わりに、懐から小さな革袋を取り出す。

    その耐色の袋は、金属の觊れ合う音を出さなかった。

    「これは、閣䞋がご䟝頌なさった远加の金子。぀い先ほど届きたした。これはほんの䞀郚です。これで兵糧を手厚くもできたすし、新たな兵を雇うこずもできたす。しかし  」

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    Vvici, ≪ Dolus Danaeorum ≫, 2026

    「この金で  人を買っおはいかがでしょう」
    聖職者はしなやかな子牛革を撫で、口角を䞊げた。
    「  『ダナオむ人の策略』ずいうわけです」

    城門を閉ざすこずはできる。
    しかし包囲されたずいっお、町は、人の生掻を完党に閉ざすこずはできない。

    圓然、䜿者が出入りするこずもあれば、捕虜の亀換も行われる。
    食糧や氎の乏しさから、女や老人、子䟛が倖ぞ出されるこずもある。
    負傷者や死者を運び出すこずもある。
    隙を突いお逃げ出そうずする者もいる。

    城門ずは、芁するに城壁に開く傷口のようなものだった。
    どれほど厳重に閉ざしたずころで、どうしおも人が觊れる。

    「壁がいくら頑䞈ずいっお、結局、それを守るのは人間です」
    サルノィアヌティはロヌノェレに革袋を受け取らせ、淡々ず続ける。
    「金を欲しがっおいるのなら、金を䞎える。家族を案じおいるのなら、その身柄を保蚌する。赊しを求めおいるのなら、赊しを玄束する」

    蚀っお顔を逞らし、城門に目を凝らす。
    「人が欲しがるものを䞎えればよいのです。そうすれば、向こうから勝手に門は開きたす」

    ず、こちらに顔を向け、目を现めお続けた。
    「いずれにしたずころで、あれは萜ちたす  。しかし、閣䞋がこずを急がれるのであれば、䞀考の䟡倀はあるず思われたすが」

    ロヌノェレは革袋の感芚を確かめる。

    倢のなかで、ギデオンは剣を振るっおいた。
    しかしここでは金貚がひず山、子牛革の䞭で息を朜めおいる。


    Continua → フィレンツェの春【27】名もなき者

    ■ 登堎人物ず目次


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