
ひとりごと | ちがい | ADHD etc...
あれから思ったこと。
今脳みそが、熱を帯びまくってて何もできず、
うまく書けるかわからないけど..
◯ 以下は、おそらく、熱を冷却するための作業です…
◯ あくまで、長すぎる"独り言"です。
補足:私は、ADHDの特性を無意識のうちに中和しながら、今まで長めに生きてきた者です。現在、中和する要素が失われすぎた上にうまく補完することができず…。以下の記録は、特性が悪い方に私を支配している状況で、記しはじめたものです。専門的知識や、他者への配慮に欠けている点は何卒ご容赦ください。🙇♀️ ※私には、他の特性も含まれます。
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ひとりごと。
兼 あわよくば 誰かへ。
20代半ばで適応障害で休職していた時に、友人に言われたことがある。
「いいな、私も体に症状が出てくれればいいのに。」って。
本当にそう。
私よりも遥かに頑張っていて、必死で働いている人たちがたくさんいるのに。
不公平すぎる。
私は完全に得をしている。
その人たちより恵まれた環境や仕事に就けたとしても、潰れてしまう。
私は最近 ADHD だということが判明してから、一つわかったことがあります。
これはきっと、
誰もが持ち合わせているものの一部 (脳の構造) が、元々故障していただけの話なんだ。
だから、たとえ元は正常なものを持ち合わせていたとしても、
その使い方次第では、みんな似たような症状や不具合が起きる。そのタイミングや程度が違うだけで。
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車で例えるとすれば、
私は、元々7〜8割 故障している車を必死に乗り回していたんだ。
だから、絶望的な燃費の悪さと、パーツの摩耗によって、
他の車よりも、はるかに早く限界を迎えるのは当たり前なんだ…。
私は今まで、"故障車"のことを、ただただ燃費の悪い”軽自動車”だと勘違いしてずっと乗っていたんだ。その勘違いに、ようやく気づけただけなんだ。
でもたとえ大多数の人たちが、はじめは新車や中古車に乗っていたとしても、私たちのデフォと同じくらい故障が進んでいるにも関わらず、それに気づかずに走り続けている人たちがたくさんいるんだ。
だからきっと、その時にはみんな同じような症状が起きていて、
私だけがADHDの症状なのかどうかが、区別できなかったんだ。
これが、
ただの怠けなのか、
ただの面倒くさがりなのか、
ただのサボりなのか…
"ADHDとの境界線"はきっと、
「元々が、(大半)"故障"していた」か、
「新車が、メンテナンス不良によって"故障"が進んでいる」か。
外から見れば同じ程度の故障に見えても、元々持ち合わせていたものが違ったんだ。その境界線が曖昧だったから、私は必死でそれを取り繕おうと頑張っていたんだ。そしてあの時、潰れたんだ。
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それに世の中には、いろんな車が走っている。
頑丈な車に乗っている人もいれば、軽自動車の人もいる。スポーツカーや軽トラだって。スポーツカーに乗っている人は、誰よりも早く先に行くことができるんだ。そうやって社会にはいろんな車が走っていて…
でも今スポーツカーに乗っている人たちも、最初は軽自動車に乗っていたのかもしれない。時には故障にも見舞われながらも、やっとスポーツカーまでたどり着いたのかもしれない。
そしてあえて、スポーツカーから軽トラに乗り換えた人だってきっといるんだ。
もし今の車に違和感を感じていたら、事故が起きる前に、"事故が起こりそうか判断できる"うちに、これから何に乗って進むべきか、勇気を出して見直すことも必要なんだ。
それがたとえ、"何がなんでも守りたい"大好きな愛車だったとしても。
守りたいからこそ、全壊だけは避けられるように。
…「忍耐」と「限界」の境界線こそ、極めて曖昧なんだけど
きっと飛行機に乗り換えて進んでいる人もいる。
そして、本当は海の中を泳いで進むのが、めちゃくちゃ得意な人たちもいるんだ。でも、みんな何かしらに乗らざるを得ないんだ。
私は、故障車しか持ちあわせていないし、
軽自動車に乗り換えることすらできないけれど…
でも、歩くことは得意なんだ。きっと誰よりもたくさん歩くことはできる。たくさん寄り道もするんだけど。
でも、車に乗って走り続けている人たちだって、一定距離走ったら休憩して歩いたり、メンテナンスしたり、車検に出したりすることが大切なんだ。
そうやって大切な愛車を上手に乗りこなしている人が、どこまでも遠くまでへ行けるんだ。
歩きだろうと、スポーツカーだろうと、空中だろうと水中だろうと、
きっとみんなが自分に合った方法とスピードで前に進むことができれば、もっと世の中は上手く回るのかもしれない。
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(一旦少し、道から逸れます…「私のnote と AI」)
自分に合った進み方が見出せない時は、AI に頼ることも今は できるんだ。
私はnoteを通して、自分が"乗れる乗り物"や"進み方"を、運よく把握することができました。そしてそのnoteを始めるときには、AIに助けてもらった。
そもそも私は、こういった公共の場には、絶対に足を踏み入れたいと思わなかったし、文章を書くような人間でもありませんでした。
(でも、公共の場にでなくてはならない理由があったので。)
__始めなかったら、今頃どうなっていたのか.. 汗
自信がないなりに、はちゃめちゃに振り絞った文章をAIに読んでもらうと、
一瞬で私の文章の「良いところ」と「悪いところ」を見つけてくれました。
(私のnoteにおいては、こんなシンプルな使い方だけですが…)
"良いところ"を軸に、"悪いところ"を削ぎ落としていく。
そして、自分に足りない知識があれば AI に補ってもらう。
すると、文章だけでなく、完全に倒れ込んでいた (見失っていた) 私という
独楽"コマ"も、AI のサポートによって回すことができたと思います。
私のnoteにおいて、
「AI = 私という独楽"コマ"を回してくれた存在」
もちろんAI も間違える時もあるし、勝手に先走っていってしまうこともあるので、線引きも必要ですが..。
でも、一人では重すぎて、絶対に起き上がらせることができなかった自分という独楽"コマ"を、AIは難なく回してくれました。
元々自分で回れる人もいれば、私みたいに、何かの力が必要な人もいる。
一度回ってしまえば、その後は、意外にも自分一人でも回れることがわかった。(ずっと見届けてくれていますが) 私の場合は、不幸中の幸いというべきか、今までたくさん寄り道をしていた時に、いつの間にか自分の破片になりそうなものを必死に拾い集めていたようで。それらがまだ残っていたので…
もしAIに頼っても、軸もカタチも見出せないときは、
自分の足や手を使って、ちょっとずつでも遠回りしたり寄り道したりする時間が大切なのかもしれない。それが無意味に見えても、サボりに見えたとしても、辛かったとしても、何かを失ったとしても。
架空のものだけでは、いつか消えてしまうかもしれないから。
でも今なら、先に架空の軸を作り上げて、そこに向かって実像を埋めていくことも、人によっては可能なのかもしれない。
自分という個 (独楽) に、"遠心力"が生まれていることさえ確認できれば、
きっとどんなに小さな形でも、社会という気流で自分を見失わずに進むことができる。気流の中を、どうやって、進むかは自由なんだ。
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私には、まだ 2〜3割は走れる車が壊れずに残っている。(たぶん..)
ときどき乗って"短距離走行"を、できるだけ繰り返す。(今は休憩中だけど)
聞くところによると、故障車といっても磨いて手入れしていれば、
短距離毎なら、スポーツカー程のスピードを出すことも可能らしい。🏎️
(私は全壊しないように、なるべく法定速度で..)
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私たちは、「短距離走行 (過集中) 」もしくは「歩行」しかできないけど、
車が大半故障していたからこそ特別に付属されている、
「高解像度のカメラ (目の粗い脳内情報フィルター)」を持っているらしい。きっと車で走りながら、このカメラを使用していたら確実に事故る。
だから、私たちがこのカメラを使うときは、歩くのがいいんだ。
寄り道しながら、大多数の人が見落としてしまったものを見つけるんだ。
きっと正常な車を持ち合わせている人たちも、歩けば同じことはできる。
でも、その解像度だけが違うんだ。
その"解像度の高さ"が厄介だからこそ、
このカメラの取り扱い方を、私たちは間違えてはいけないんだ。
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私は、noteでこのカメラを試しに使っていたのかもしれない。
走れない時間はとても"損"なんだけど、きっと一度立ち止まって"被写体"を探していたんだ。意外にも、自分の内面が鮮明に映し出されたんだけど..
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最後に..。
自分の代では困難だとしても、
いつか子供たちが大人になる頃、もしくはその先くらいには…
一人一人が得意な進み方を"認識"し身につけて、
「各種目のプロが集まったトライアスロン」かのように、
みんなで"強み"という名のバトンを繋ぎながら、
個人も企業も、世の中も上手く回り始めたらいいなぁ。🪐
多様なAIもいることだし。
自分が生きている間には、その微々たる一部になりたいな。
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…長すぎるひとりごと、
最後までお付き合いくださった方、ありがとうございました🙇♀️
今回も、ただただ「ADHD × INFJ」全開で…🙏
脳の緊急冷却、一旦終了。(顔面から、体内の水分が大量放出⛲️)
このあとは…、感情のジェットコースター🎢
※一応、数日寝かせて整えました。
最後のひとりごと。
__コマって"独楽"って書くんだなー 👀笑 めっちゃいいな。
ADHDと知るきっかけをくださった、"かえる店長"さんの記事はこちら⇩
気づいた時。⇩