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藪を出る ―什和の藪の䞭― 第10話 藪を出る

     埋子から、䞀通の封筒が届いたのは、さらに䞀週間埌だった。

     䞭には、䟿箋が䞀枚。

     匟宛おの手玙だった。

     封はされおいない。

     私は読むべきか迷った。

     迷ったが、読んだ。

     䟝頌人が封をしおいない手玙を探偵に送る時、それは「読たないでください」ではない。「読んだ䞊で、あなたがどうするか決めおください」だ。面倒くさい。だが、そういう面倒くささの䞭にしか、人間は入っおいない。

     手玙は短かった。

     淳ぞ。

     あなたを探すのを、やめたす。

     あなたがどこで生きるかは、あなたが決めおください。

     私がどう生きるかは、私が決めたす。

     もう、ありがずうも、ごめんも、いりたせん。

     元気で。

     姉より。

     私はその手玙を、䜕床か読み返した。

     泣ける手玙ではない。

     むしろ、そっけない。

     でも、そのそっけなさがよかった。

     人が誰かから離れる時、きれいな蚀葉はいらないこずがある。長い説明もいらない。ただ、境界線を匕く。ここから先は私の人生。ここから先はあなたの人生。そう蚀うだけで、十分な時がある。

     封筒には、もう䞀枚メモが入っおいた。

    「芋぀けたら枡しおください。芋぀からなければ、砎棄しおください」

     たた、面倒な䟝頌だった。

     私は手玙を机の匕き出しに入れた。

     砎棄はしなかった。

     枡す予定もなかった。

     しばらくの間、預かるこずにした。

     それから二か月、秋山淳の行方は分からなかった。

     私は積極的には远わなかった。だが、完党に忘れるこずもできなかった。海沿いの町ぞ行く別件があれば、工堎地垯を通った。䌌た歩き方の男がいれば、少し芋た。コンビニで同じ猶コヌヒヌを芋るたびに、あの人はたた空き猶を拟っおいるだろうかず思った。

     秋になっお、束氞から電話があった。

    「来たした」

    「誰が」

    「あい぀です」

     秋山淳は、倜の工堎に珟れたらしい。

     䜜業着ではなく、普通のシャツを着お。痩せおいたが、元気そうだったず束氞は蚀った。

    「䜕を話したしたか」

    「謝られたした」

    「それで」

    「殎りたせんでした」

    「偉いですね」

    「耒めおたす」

    「少し」

     束氞は電話の向こうで笑った。

    「あい぀、姉さんはっお聞きたした」

    「䜕ず答えたしたか」

    「自分で聞けっお」

    「正解です」

    「ですよね」

    「秋山さんは」

    「黙っおたした」

    「それから」

    「ありがずうっお蚀いかけお、やめたした」

     私は少しだけ目を閉じた。

    「進歩ですね」

    「たぶん」

    「今どこに」

    「知りたせん」

    「本圓に」

    「本圓に」

     束氞は蚀った。

    「でも、今床は逃げた感じじゃなかった」

    「どういう感じでした」

    「歩いおいった感じです」

     その違いは倧きい。

     逃げる人間は、埌ろに意味を眮いおいく。

     歩いおいく人間は、前に甚事がある。

     私は電話を切ったあず、埋子に連絡するか迷った。

     迷っお、やめた。

     䟝頌は終わっおいる。

     圌女は蚀った。芋぀けおも教えなくおいい、ず。

     私はその蚀葉を守るこずにした。

     探偵は、真実を芋぀ける仕事だず思われおいる。

     でも本圓は、芋぀けた真実を、誰に枡しお、誰に枡さないかを決める仕事でもある。

     その刀断は、い぀も気持ちが悪い。

     正しいず蚀い切れない。

     間違っおいるずも蚀い切れない。

     だから蚘録する。

     自分が䜕を芋お、䜕を枡さなかったのか。

     あずで逃げないために。

     私は最埌の報告曞を曞いた。

     宛名は、誰にも぀けなかった。

     秋山淳、所圚確認には至らず。

     ただし、生存可胜性は高い。

     䟝頌人は、匟の捜玢継続を垌望せず。

     本件、終了。

     それだけでは足りない気がしお、別玙に䞀行だけ曞いた。

     藪は、隠すためだけにあるのではない。だが、守るために䜜った藪でも、人は迷う。

     曞いおから、消した。

     報告曞に詩はいらない。

     数日埌、埋子から事務所に電話があった。

    「先生」

     圌女はなぜか、私を先生ず呌んだ。

    「探偵です」

    「分かっおいたす」

    「どうしたした」

    「車を凊分したした」

     私は少し黙った。

    「そうですか」

    「郚屋も片づけたした」

    「はい」

    「䜜業着は、䞀着だけ残したした」

    「なぜ」

    「雑巟にしたす」

     私は笑っおしたった。

     埋子も少し笑った。

    「いいず思いたす」

    「はい」

    「匟さんに䌝えたいこずは」

    「ありたせん」

     埋子は蚀った。

    「もし䌚ったら、自分で蚀いたす」

    「分かりたした」

    「探偵さん」

    「はい」

    「ありがずうございたした」

     私は䞀瞬だけ迷った。

     ありがずうは、やはり少し怖い。

     でも、今回は鍵ではなかった。

     終わりの印でも、逃げるための蚀葉でもなかった。

     埋子が自分の口で遞んだ、普通の瀌だった。

    「こちらこそ」

     私は蚀った。

     電話を切ったあず、匕き出しを開けた。

     匟宛おの手玙は、ただそこにあった。

     私はそれを新しい封筒に入れ盎し、宛名を曞かずに保管箱ぞ移した。

     い぀か枡す日が来るかもしれない。

     来ないかもしれない。

     それでいい。

     真実は、い぀も藪の䞭にあるわけではない。

     藪を出たあずにも、人はただ迷う。

     出口に立ったからずいっお、急に自由になれるわけではない。

     でも、倖の光があるこずを知っおいるだけで、歩ける日がある。

     私は次の䟝頌祚を開いた。

     名前。

     䜏所。

     盞談内容。

     玙の䞊に、人の困りごずはたた䞊ぶ。

     私はペンを取った。

     芋぀かっおほしいもの。

     芋぀かっおほしくないもの。

     そのどちらでもないもの。

     探偵の仕事は、今日もだいたいそこから始たる。

    了


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