
📖おつくんの、あたためる手🌛 喫茶HIKARITOKAGE物語
窓辺に、ひかりが入ってくる。
きょうのひかりは、少しだけ、はちみつみたいだ。
とろりとしていて、ゆっくりで、
カーテンのすきまから、床の上にこぼれている。
ぼくは、そこに前足をそろえて座る。
あったかい。
喫茶HIKARITOKAGEの朝は、
いつも、音が小さい。
くぅは、窓辺でサンキャッチャーを見ている。
小さな虹が、壁をのぼって、棚の上でゆれている。
しぃは、丸い背中で、レースを編んでいる。
糸がすうっとのびて、また、きゅっと結ばれる。
ぼくは、目を細める。
きょうも、お店がはじまる。
そのとき、奥のほうから、
ことん、
かちゃん、
と、小さな音がした。
厨房にいるのは、おつくんだ。

おつくんは、喫茶HIKARITOKAGEのシェフ。
白いからだに、しましまのしっぽ。
おでこにも、耳にも、少しだけしましま。
目は、まあるくて、まっすぐで、
なんでも見のがさない目をしている。
おつくんは、いちばん若い。
でも、厨房に立つと、
だれよりも、きっちりしている。
お皿の向き。
スプーンの場所。
パンのならび。
火の強さ。
ぜんぶ、ちゃんと見ている。
ごはんを食べるときも、そうだ。
おつくんのお皿は、いつもきれいになる。
おトイレも、ちゃんと掘る。
ちゃんと隠す。
まるで、小さな職人みたいに。
ぼくは、それを見るたびに思う。
おつくんの中には、
「きちんと」が住んでいるんだなあ、って。
でも、おつくんは遊ぶのも大好きだ。
ひもがゆれたら、目が変わる。
紙のはしっこが動いたら、しっぽがぴんとなる。
クールな顔をしているけれど、
ほんとうは、いちばん先に走りたい。
それに、
ぼくのことが、大好きだ。
たぶん。
いや、きっと。
ぼくが厨房の入り口に行くと、
おつくんは、すぐには見ない。
見ていないふりをする。
でも、耳だけが、こっちを向く。
しっぽの先が、
一回だけ、
ちょん、と動く。
「見てるよ」
ぼくが小さく言うと、
おつくんは、鍋のそばで、
すこしだけ背すじをのばした。
きょうの鍋には、あたたかい色が入っている。
たまご色。
トマト色。
バターの色。
朝のひかりみたいな色。
おつくんは、材料をひとつずつ見て、
ひとつずつ、そっと置いていく。
切ったものは、だいたい同じ大きさ。
丸いものは、丸い顔のまま。
やわらかいものは、つぶさない。
かきまぜるときも、急がない。
ぐるり。
ぐるり。
鍋の中で、湯気が立つ。
白くて、やわらかい湯気。
それは、まるで、
だれかの肩にかける毛布みたいだった。

おつくんは、鍋のそばから離れない。
火が強すぎないか。
焦げていないか。
ちゃんと、あたたまっているか。
何度も、何度も、見ている。
ぼくは、厨房の入り口で、
その横顔をながめていた。

おつくんの目は、真剣だった。
おなかを満たすものを作るとき、
おつくんは、
ただ料理をしているんじゃない。
その人が、今日、どんな顔をして来るのか。
どれくらい疲れているのか。
どんなふうに、ひと息つきたいのか。
そんなことまで、見ている気がする。
だから、おつくんの盛りつけは、やさしい。
スプーンですくいやすい場所に、具がある。
最後のひとくちまで、さみしくならないように、
色が残っている。
お皿のふちについた小さなソースも、
おつくんは、きれいにぬぐう。
きっちり。
でも、つめたくない。
きちんとしているのに、
どこか、ふわっとしている。
「あったかそうだね」
ぼくが言うと、
おつくんは、やっとこっちを見た。
まあるい目で、
ちょっとだけ、びっくりした顔をした。
それから、すぐに、すました顔にもどった。
でも、耳が赤い気がした。
猫の耳は、ほんとうは、赤くならないかもしれない。
でも、ぼくには、そう見えた。
おつくんは、最後に、
お皿をそっと前へ出した。
湯気が、ゆらゆらのぼる。
くぅの虹が、その湯気にふれて、
しぃのレースの影が、テーブルに落ちる。
喫茶HIKARITOKAGEの朝が、
お皿の上で、ひとつになった。
ぼくは思う。
あたためる、って、
火にかけることだけじゃない。
よく見ること。
待つこと。
急がないこと。
だれかのために、
今ここにあるものを、
たいせつにすること。
おつくんは、今日もそれを知っている。
小さな手で。
まっすぐな目で。
すました顔で。
そして、たぶん、
ぼくのことが大好きな顔で。
だれかのためにあたためたものは、
食べおわっても、なくならない。
お皿がからっぽになっても、
湯気が消えても、
そのあたたかさは、
おなかの奥で、ずっと、ずっと残っている。
だからぼくは、
おつくんの料理が好きだ。
喫茶HIKARITOKAGEの朝が、
また、少しだけあたたかくなる。