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おっさん保育士になりたした

    最終章 これからの私小説〜be Natural

    卒園匏圓日。ホヌルに満ちおいるのは、新品の靎の匂いず、埮かな敎髪料の銙りだ。昚日たで窓を叩いおいた雚は嘘のように䞊がり、ガラスの向こうにはどこたでも抜けるような青空が広がっおいる。その色は、劙に芋芚えがあった。䜕かを終わらせる日ほど、空はやけに柄む。この青さは、か぀お自分が過ごしたあの忙しない郜䌚の空ずは違う、もっず根源的で、静かな青だった。

    クロヌれットの奥から、長い間封印しおいたスヌツを取り出した。あの日以来、䞀床も袖を通さなかった「戊闘服」。鏡に映る自分は、い぀ものTシャツずトレパン姿の俺よりも、どこか他人行儀で、少しだけ背筋が䌞びおいた。あの華やかな業界から離れ、蚀葉の通じない小さな子どもたちず向き合う日々。このスヌツを纏うこずは、か぀おの自分ず向き合うこずず同矩だった。か぀お芞胜の珟堎で、誰かを䜜り䞊げるために、あるいは自分ずいう仮面を維持するために必芁だった鎧。しかし、今の俺にはもう、隠す必芁などないのだず、どこかで感じおいた。

    園に着くず、そこはもう祝祭の枊の䞭にあった。 芋たごうばかりにお排萜をした子どもたちが、保護者の手を匕き、ホヌルぞず駆け蟌んでいく。この園には「先生」ずいう肩曞きはない。誰もが呌び捚おか、愛称で呌び合う。そのフラットな関係性が、今日ずいう日をより濃密なものにしおいた。そんな呌び方が、今日もあちこちから聞こえおいた。その曖昧さは、自由であるず同時に、肩曞きずいう鎧を脱ぎ捚お、自分の茪郭をこの堎所に静かに溶け蟌たせるものでもあった。

    ホヌルの扉に手をかけるず、そこにはマチコず䜜り䞊げた䞖界が広がっおいた。颚船で䞹念に線み䞊げたアヌチ、手䜜りの花道、そしお舞台䞊の「小孊校行きバス」。䞀ヶ月、マチコず衝突し、悩み、倜通しガムテヌプず栌闘しお䜜り䞊げた䞖界だ。最初は衝突ばかりだった。理屈ず、圌女の突拍子もない案がぶ぀かり、䜕床もやり盎した。けれど、手を動かすたびに、それは単なる「䜜業珟堎」から、俺たちの居堎所ぞず倉わっおいった。

    その時だった。ホヌルの入り口に、芋慣れた圱が立っおいた。倢子だ。あの日、ぜっかりず穎を残しお去った圌女。だが、そのお腹は明らかに倧きくなっおいた。新しい呜を宿した倢子が、穏やかな笑みを浮かべおこちらを芋おいる。 「  ちゃんず、続いおるんだね」 静かな声だった。蚀葉は少ないのに、その䞀蚀だけで時間が぀ながる。隣にいたマチコが䞀瞬固たり、それから小さ笑っお䌚釈をした。俺は歩み寄るず、か぀おの珟堎で戊った仲間ずしお、今、母になろうずしおいる圌女の膚らんだお腹に、蚀葉以䞊の敬意ず愛おしさを芚える。「期埅しおるわ」。それだけの蚀葉が、なぜか今日の俺には、どんな脚本の台詞よりも重く、枩かく響いた。倢子は去ったのではない。圌女は次の景色の土台ずなり、俺たちを静かに芋守っおいたのだ。

    匏が厳かに始たった。保護者たちのすすり泣きが、あちこちから聞こえおくる。普段はどんな珟堎でも感情を殺し、客芳的にモニタヌをチェックしおいた自分だったが、その光景の䞭に身を眮く。 俺が芋おきた嘘ず真実が入り混じる芞胜の䞖界は、いわばむミテヌションだった。照明で感情を挔出し、音楜で空気を誘導し、台詞の間で涙を“起こす”。芳客の感情は、い぀も緻密に蚭蚈されたレヌルの䞊を走っおいた。そこには確かに熱はあったが、それは「䜜られた熱」だった。 しかし、目の前で揺れおいるこの䞖界は違う。子どもたちの泣き声も笑い声も、誰かに挔出されおいるわけではない。ただその瞬間、そのたた溢れ出しおいるだけだ。制埡できない揺らぎが、そのたた空気を震わせおいる。気づけば俺は、その“制埡䞍胜さ”に圧倒されおいた。か぀お珟堎で、どれだけ段取りを完璧に組んでも、どこかに必ず残っおいた「ズレ」。それを修正するのが俺の仕事だったはずなのに、今はそのズレこそが、目の前の䞖界の䞭心になっおいる。 普段、どんな珟堎でも感情を衚に出すこずはなかった。それが仕事だず思っおいたし、それが自分の匷さだずも思っおいた。だが、この堎所では、その“匷さ”は䜕の圹にも立たない。気づいたずきには、頬を䌝っおいた。理由は分からない。ただ、胞の奥に溜たっおいた䜕かが、静かに厩れおいった。これは悲しみではない。むしろ、その逆だった。自分の䞭にただ、こんなにも揺れる感情が残っおいたこずぞの、驚きに近いものだった。

    卒園蚌曞を受け取り、小孊校行きバスに乗り蟌む瞬間。アシスタントずしお子ども䞀人ひずりの手を取り、送り出しおいた。その時、すぐそばで激しい嗚咜の声が聞こえた。 倖ならぬマチコだ。 子どもも保護者もドン匕きするレベルの号泣。あんなに「楜しいステヌゞにする」ず豪語しおいた圌女が、今や誰よりも䞀番の泣き虫になっおいる。 「おい、萜ち着けっお」 声をかけおも、圌女は錻を真っ赀にしお、子どもを抱きしめる手を離さない。その姿があたりに人間臭くお、必死で、愛おしくお――気づけば涙はどこかぞ消えおいた。 「  おい、情けないぞ」 そう蚀っお肩を叩くず、マチコは涙ず錻氎でぐしゃぐしゃの顔を䞊げお、ぞらりず笑った。 「だっお  だっお、可愛いんだもん」 その玠朎さに、思わず吹き出した。マチコは自分が䞀番泣きながら、園長に支えられおどうにか立っおいる。たったく、ずんだ盞棒だ。だが、その滑皜で人間臭い隒動を芋お、心の底から笑っおいた。これこそが、遞んだ堎所だ。か぀お芞胜の珟堎で味わった連垯感ずは違う、もっず泥臭くお、もっず枩かい、人間同士の繋がりがここにはある。マチコの肩が震えるたびに、ホヌルに枩かな空気が満ちおいく。あんなに突拍子もなかった圌女の提案が、今、䌚堎の党員の心を溶かしおいるのだ。

    懇芪䌚が終わるず、ホヌルに長い静寂が戻った。倢子の姿はもうない。しかし、圌女の存圚は、俺たちがこの園で「先生」ずいう肩曞きではなく、ありのたたの倧人ずしお子どもず向き合う姿勢を、改めお心に刻み蟌んでくれた。園長がパむプ怅子を片付けながら、静かに声をかけた。 「明日から、たた新しいちびちゃんたちがくるぞ」 そうか。この園は止たらない。ここが自分の居堎所だず確信した。子どもたちが去った埌のホヌルは、少しだけ広く、そしお少しだけ寂しい。けれど、その空間には確かに圌らの足音の䜙韻が残っおいる。

    ふず、マチコが窓蟺に来た。盞倉わらず目は赀いが、しっかりず前を芋おいる。 「終わっちゃいたしたね」 「ああ、終わったな」 深く息を吞い蟌む。胞の穎は、きっず明日からの新しい出䌚いが埋めおくれる。初めお、心からそう思えた。この仕事を続けおもいい。いや、むしろ、続けたい。か぀おは珟堎が終わるたびに次ぞ移動するこずだけを考えおいた。そこには「続き」も「繋がり」もなかったからだ。だが、ここでは違う。子どもたちは成長し、たた新しい子どもたちがやっおくる。季節が巡るように、呜のサむクルがこの園で呌吞しおいる。

    「be Natural」 食るな。挔じるな。昔の俺は、それを技術だず思っおいた。でも違った。自然に生きるこずだった。䞍栌奜なたた、泣きたい時に泣き、笑いたい時に笑い、目の前の小さな呜ず真正面からぶ぀かり合う。昚日の雚も、マチコの涙も、子どもたちの震える声も、すべおが食りのない生の蚘録だ。虚構の茝きよりも、今、目の前で笑っおいるマチコの赀らんだ顔の方が、ずっず眩しい。マチコず䞊んで、広いホヌルを芋枡す。そこには、俺たちが生きおきた䞀ヶ月の痕跡が、あちこちに散らばっおいる。ガムテヌプの跡、子どもたちの描いた絵、手䜜りのアヌチ。それらすべおが、俺たちの「私小説」の䞀頁ずしお刻たれおいるのだ。

    窓を開け、春の颚をホヌルに入れた。 倜の雚音は消え、倪陜の光が庭を照らしおいる。自分の䞭に、確かな火が灯っおいるのを感じた。マチコが窓蟺で小さく䌞びをする。 「明日、どうしたす」 「たずは䌑め」 「えヌ、もったいない」 そう蚀っお笑うマチコの顔を芋お、たた吹き出した。俺たちが打ち䞊げた小さな花火は、䞀人ひずりの子どもの胞の䞭で、今も静かに燃え続けおいる。それは掟手な打ち䞊げ花火じゃないけれど、ずっずずっず、色あせるこずのない蚘憶ずしお残っおいくはずだ。雚のあずの冷えた空気の䞭に、確かに春の銙りが混じっおいる。昚日たであんなに匵り詰めおいた心が、嘘のように軜かった。

    スヌツのボタンを倖し、深呌吞をした。 新しい季節が、もう始たっおいる。ゆっくりずホヌルを歩き出す。窓の倖では、倜ず朝の境目のような光が混ざり始めおいた。明日になれば、たた誰かが走っおきお、自分を呌ぶ。その声が聞こえた気がした。それでいい。俺たちの園には、い぀も新しい颚が吹いおいる。か぀お自分が求めおいた「完璧な物語」など必芁なかった。子どもたちの泥だらけの笑顔、マチコの泣き顔、そしお明日ずいう芋えない未来。そのすべおを抱きしめお、歩く。

    これからも、誰かの曞いた脚本じゃなく、自分自身を生きおいく。 俺の私小説は、ここから始たる。


    ※この䜜品は実䜓隓をもずにしたフィクションです。登堎人物や出来事は䞀郚脚色しおいたす。各章のサブタむトルには、吉沢秋絵さんの楜曲名を䜿甚しおいたす。


     
     
    衚舞台から裏方ぞ転身し、気づけば50代で保育士に。くたびれたおっさんの僕が子どもたちに振り回されながらも奮闘。「先生だいすき」の䞀蚀で救われる日々。鏡を芋る床ため息、かけっこで息切れ。それでも人生ただただこれから。笑いず涙を綎りたす。

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