
レースのリボンが消えた夏ー帽子と私のどうでもいい大?事件 ー
顔を洗わない日はあれど(穢)、帽子を被らない日はないという宿命を背負った私の夏の定番帽子は『コカゲル』帽子。
※宿命についてはこちら
コカゲル帽子の売りは、
「かぶるだけで木陰にいるような感覚・体感温度-10℃」である。
もしかしたら、発案者が木陰さん、とかMr.コカーゲもしくはMs.コーカゲということもあるかと思ったが、普通に「木陰」だった。
だが、木陰帽子ではなく木陰る、と動詞にしているところにメーカーさんの理想の高さが見える。
コカゲル帽子をかぶったならば、
木陰らない、ってことはまずない。
木陰ります 絶対に。
木陰る に決まってる。
木陰るとき 四六時中。
木陰れば 幸せ。
木陰れ 木陰れ! そうよ、わたしはコカゲルハット!
という、
ラ行四段活用に高く熱い理想を感じずにはいられない。
その謳い文句どおり、かなり涼しいと思う。
機能としては、熱反射力にすぐれたアルミを加工した生地を使い、紫外線カット率99%だそう。他にも「両脇にあしらったスリットからも風をスーッと通してくれます」などと長々と説明があるが、大雑把にいうと「色々な工夫により、とても涼しい」ということだ。
口コミとしては、とても涼しい、思ったほどじゃない、とか評価はさまざまだ。
これは初期の期待値の大きさによると思う。
なんと言っても昨今の夏は暑すぎる。
猛暑日は当たり前で、地域によっては四十度越えもある。
だいたい公式気温なんて、風が通る日陰の百葉箱的な非常に条件が整ったところで測定したものだ。
当てになるかよ(口悪)
実際はアスファルトの照り返しだの、遮るもののない直射日光だので焼かれた場所は体感40℃など軽々と超えているはずだ。
であるものですからして……実際は帽子を被ったとこで「うわー 涼しぃ」 なんて木陰るほどではないのだ。
それでも、この帽子は明らかに涼しい。と、春夏秋冬帽子を被り続けている私は、声を中ぐらいにして言いたい。
遮熱効果か何かは知らないが、頭のてっぺんの熱が普通の帽子に比べて少ない。
そしてサイドにあしらったスリット。
このあしらったと言うのが、つけた、とか、作った、とかいうよりオシャレに感じるのなぜだろう?
パセリをあしらったらなんだか洋風、パセリのっけといたから、というと湧き上がる庶民の芋多めコロッケ感というのと似ている。
具象としては同じなのに、ものもいいようである。
それはともかく、このあしらったというスリットから結構風が入ってくる。
風がまだ冷気を含んでいるうちは本当に心地がいい。
これが真夏になると入ってくる風は
熱風だ。
ああ、情熱★熱風セレナーデ。元気か、マッチ(何故上から目線)
こうなると風が入った方がいいのか入らない方がいいのか迷うところだが、なんか風っぽいと感じるだけで、一瞬頭皮の汗が引く感じがあるので、多分いいはず。
そんなわけで機能的には満足しているのだが
問題は機能ではない、そのデザインだ。
コカゲルハットを買ったのは、忘れもしないあれは三年前。
いつものように夏が来て、誰にも止められなかったけど、
私は悩みに悩んで、通販サイトからこの帽子を買った。
何を悩んだかというと、
黒地の帽子周りに同色のレースのリボンが付いていたからだ。
年柄年中Tシャツとカーゴパンツで暮らしているのに、レースのリボン?
おしゃれと言っても襟のついたポロシャツだよ?
なのにレースのリボン?
何度も自問自答を繰り返した。
昔、背中までのカーリーヘアにフリッフリのワンピをお召しの先生がいた。
最初はおったまげたが、毎日それなので、いつしか普通になった。
あの先生にとってフリフリは日常着であって特別なものではなかった。
あの先生なら「あら、このお帽子、レースが足りないわ」と言いそうであり、納得する。
だが、Tシャツが制服の私にはレースのリボンはハードルが高すぎる。
買うべきか買わざるべきか、ツービーオアノットツービー、というかそれぐらい悩んだ末に、「木陰りたい」欲求に負けた私は帽子を買った。
お届けされた帽子は少し生地がツヤッとしていて、レースのリボンが付いていた(だからそうだって言ってるだろうが!)
諦めきれない私はリボンを取り外すことも考えたが、不器用でセンスレスの私がやったら取り返しのつかないことになるのは想像に難くない。
どうせ頭の上に乗っていたら自分には見えないじゃん!
とかぶること三年。
涼しさに納得し、レースリボンにも慣れた頃、汗で帽子が色褪せてきた。
黒が部分的に茶色くなってきたのである。全体的に色がかわったならそれでいいのだが(そうか?)、一部分は目立つ。
これはやはり買い替え時だろう、と思った私は、何も迷うことなく2代目コカゲル帽子を探した。
え???
ええ???
えええ???
レースのリボンがない!
コカゲル帽子はすっかり普通の帽子になっていた。
レースのリボンもなく、材質も艶消しのマット調である。
うん。これは最初私が望んだ帽子だ。
だが、だが、
この三年、レースリボン付き帽子をかぶっていた私は、なぜか寂しかった。
ついてる意味がいまいち不明なレースのリボンは、どうした?
艶感はどうした?
「これが膨らんだ袖だったらいいのに」
とマリラが新調してくれたワンピースを見たアン・シャーリーの気持ちが、もしかしたらわかったかもしれない。
人は不要なものが必要なときがあるのだ。
それが当初は毛嫌いしていた意味もないレースのリボンであろうとも。
馬には乗ってみよ、人には添うてみよ、帽子はかぶってみよ。
ちょっと待て、馬と人と帽子が一緒の価値観ってどうよ?
どこを探してももうレースのリボン付きがなかったので、
諦めてごく普通のコカゲル帽子を買った。
360度スタンダード。Tシャツでもカーゴパンツでも、違和感0。
このままヤクルトレディのお仕事に紛れてもわからないスタンダードハット。
新しいのが来たなら処分しようと思っていた色褪せたコカゲル帽子を私はもう一度クローゼットにしまい、新しいコカゲル帽子をかぶっている。
涼しい。
頭も
そして何故か心も。
この夏私は、ささやかな喪失感という新たな涼しさを手に入れたのかもしれない。(無駄にポエミー)
※イラストACのフリー画像を使用しています。