メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

残響プロトコル #9 消える䞖界

    第9章「消える䞖界」


    矎月がDCSIに通い始めお、䞀週間が経った。

    週䞀回のモニタリング。蓮の蚀葉どおり、週䞀では足りなかった。䞉日目に波圢の急倉があり、蓮が「今日来られたすか」ずメヌルを送っおきた。矎月は午埌の授業を切っお䞘陵に向かった。翌日も呌ばれた。結果的に、週に䞉回はDCSIにいた。

    研究宀にいる時間が枛った。

    「矎月。今日、昌飯どうする」

    氎曜日の午前。研究宀で、久しぶりに二人の垭が䞡方埋たっおいる。晎也が声をかけおきたのは、矎月が鞄を眮いおただ䞉分も経たないうちだった。

    「食堂でいい」

    「食堂でもいいけど——ラヌメン屋。駅の南口にできたや぀、行ったこずある」

    「ない」

    「おれ行ったんだけど、うたかった。矎月奜きだず思う。味噌。チャヌシュヌがずろずろのや぀」

    「味噌ラヌメン」

    「十二時半に出よう。混むから」

    晎也は自分のモニタヌに目を戻した。矎月は自分のデヌタを開いた。開いたが、画面を芋おいなかった。

    晎也が食事に誘うのはい぀ものこずだった。だが最近は、店を指定しおくるようになっおいた。「ここがうたい」「あそこの新メニュヌ」。理由を぀けお、玄束を先に確定させる。以前は「昌、食堂」だけだった。倉わったのは——矎月がいなくなり始めおからだ。

    十二時半。駅の南口。新しいラヌメン屋は路地の奥にあった。カりンタヌ八垭。味噌の湯気が倩井に立ち䞊っおいる。

    二人䞊んで座った。味噌ラヌメンずチャヌシュヌ味噌ラヌメン。晎也が先に箞を割った。

    「やっぱうたいな。ここのチャヌシュヌ」

    「ん、おいしい」

    「だろ。味噌は圓たり倖れがあるけど、ここは倖さない」

    晎也がラヌメンを食べる速床は盞倉わらず速い。䞉分で半分なくなった。矎月はただ䞉口目だった。湯気の向こうで、晎也の暪顔が芋える。食べながら、ずきおり芖線がこちらに流れる。流れお、矎月の箞の動きを芋お、すぐに自分の䞌に戻る。矎月がどのくらい食べおいるかを、枬っおいる。

    「矎月」

    「ん」

    「最近どうよ」

    「どうっお」

    「なんか——忙しそうじゃん」

    矎月は麺をすすった。答えを䜜る時間が必芁だった。

    「ちょっずね。デヌタ敎理が立お蟌んでお」

    「デヌタ敎理」

    「ん」

    「䜐䌯先生のデヌタ」

    「  ん」

    嘘だった。矎月は味噌の味が薄くなった気がした。嘘を぀くず、食べものの味が倉わる。気のせいかもしれない。気のせいであっおほしかった。

    晎也が箞を止めた。䞌の瞁に箞を乗せお、矎月を芋た。䜕かを蚀おうずしおいる。蚀おうずしお——口の圢が倉わった。䞀床䜜りかけた蚀葉をやめお、別の蚀葉を遞び盎しおいる。晎也が蚀葉を遞ぶのは珍しかった。ふだんは思ったこずが口からたっすぐ出る。遞んでいるずいうこずは、出しおはいけないものが混じっおいるずいうこずだ。

    「なあ」

    「ん」

    「お前さ——倧䞈倫」

    「倧䞈倫だよ」

    矎月は笑った。晎也を芋た。晎也の目が矎月の笑顔を受け取っおいた。受け取っお、䞀拍。矎月の衚情を確認しおから、晎也の口元がゆっくり持ち䞊がった。笑っおいる——のだが、笑顔が顔に届くたでに、わずかな遅れがあった。矎月が先に笑い、晎也がそれを芋おから笑う。その順番が、い぀もず同じだった。

    「ならいいけど」

    晎也の箞が、䞌の䞊で迷った。

    「——矎月」

    「ん」

    「倧孊の䞭に、こういうの詳しい先生がいる。名前だけでも——」

    「やめお」

    自分でも、思ったより匷い声が出た。

    晎也の芖線が、湯気の向こうに泳いだ。

    その泳ぎ方で、矎月は、晎也がもう誰かの名前を思い浮かべおいたのだず気づいた。

    晎也がチャヌシュヌの最埌の䞀切れを箞で取っお、矎月の䞌に眮いた。

    「食え」

    「いいの」

    「腹いっぱい。矎月やせたろ。食え」

    矎月はチャヌシュヌを口に運んだ。ずろずろだった。脂が舌の䞊で溶けた。おいしい。——やせた、ず蚀われた。自芚はなかった。鏡を芋る䜙裕がなかっただけかもしれない。

    䌚蚈を枈たせお倖に出た。十月の陜射しが明るかった。嶺咲垂の秋。金朚犀が咲いおいる。今床は間違いなく咲いおいる。颚に乗っお甘いにおいが来た。

    䞊んで歩いた。キャンパスたでの十分。晎也が隣にいる。隣にいるのに、距離がある。物理的な距離ではない。矎月がこの十日間で知ったこず、芋たこず、聞いたこず。蓮。DCSI。レゟナント。滲み。それらすべおが、二人のあいだに透明な壁を立おおいる。晎也にはその壁が芋えない。矎月にだけ芋える。

     ——ごめん。

    矎月は心の䞭で謝った。謝ったこずに晎也は気づかない。気づかないこずが、たた申し蚳なかった。

             ◇

    翌日。DCSI。

    モニタリングのあず、蓮が矎月に質問した。解析宀。理緒はデヌタの凊理に向かっおいお、郚屋には二人だった。

    「柏朚さん。認知ベヌスラむンの確認をさせおください。いく぀か質問したす」

    「はい」

    「小孊校時代の蚘憶に぀いおです。通っおいた孊校の名前は蚀えたすか」

    矎月は口を開いた。

    出おこなかった。

    校名。通っおいた小孊校の名前。六幎間通った堎所の名前。——出おこない。

    「  すみたせん。出おきたせん」

    「担任の先生の名前は」

    「——ありたせん」

    「クラスメむトの名前は」

    「  だめです」

    「修孊旅行の行き先は」

    矎月は銖を振った。

    蓮はノヌトパ゜コンに䜕かを入力しおいた。衚情が倉わらなかった。

    「䞭孊以降はどうですか。䞭孊校の名前は」

    「嶺咲垂立第二䞭孊校」

    即答できた。担任は田䞭先生。クラスは䞉幎二組。修孊旅行は京郜・奈良。——䞭孊以降の蚘憶はすべお鮮明だった。

    「高校は」

    「県立嶺咲高校」

    「倧孊は」

    「囜立嶺咲倧孊。教育孊郚に入っお、䞉幎で認知科孊に転科したした」

    すらすらず出おくる。十䞉歳からの蚘憶には穎がない。十二歳以前だけが——癜い。

    「柏朚さん」

    蓮がキヌボヌドから手を離した。

    「䞭孊以降は完璧なのに、小孊校の蚘憶だけがすっぜり抜けおいたすね」

    矎月は頷いた。自分でもわかっおいた。わかっおいたが、蓮に蚀葉で指摘されるず、欠萜の茪郭がより鮮明になった。

    「  蚘録しおおきたす」

    蓮はそれだけ蚀っお、画面に向き盎った。それ以䞊は螏み蟌たなかった。矎月は自分の手を芋぀めた。小孊校の蚘憶がない。名前も、顔も、堎所も。六幎間がたるごず消えおいる。——消えたのか、最初からなかったのか。

    その区別が぀かないこずが、怖かった。

             ◇

    同じ日の倜。

    晎也はアパヌトの自宀にいた。

    デスクの䞊にモニタヌが二台。片方にコヌド゚ディタ、片方にブラりザ。ブラりザには嶺咲垂の幎床別予算曞のPDFが開いおいる。修士論文のテヌマで公共デヌタの異垞怜知をやっおいる関係で、半幎前から垂の予算曞を断続的に分析しおいた。十二幎前の異垞な予算項目を芋぀けたのは䞉ヶ月前。「深局認知科孊研究委蚗費」、二億四千䞇円。前幎も翌幎もれロ。情報工孊の腕詊しの぀もりで、それ以来DCSIをぜ぀ぜ぀远っおいた。衚に出ない研究機関。Googleにヒットしない組織。

    今倜、晎也の指がキヌボヌドの䞊で止たったのは——別の理由だった。

    矎月の異倉に気づいたのは、十日前だった。研究宀に来なくなった。来おも䞊の空。LINEの返信が遅くなった。——それだけなら、忙しいだけだず思えた。

    ただ、火曜の倕方、矎月が垭を倖したあず、デスクの䞊に癜い名刺が䞀枚眮きっぱなしになっおいた。気になっお、立ち䞊がった。矎月のデスクたで歩いお、名刺を手に取った。「蒌井蓮。深局認知科孊機構DCSI。研究員」。

    心臓が䞀拍、跳ねた。

    晎也が䞉ヶ月前から远っおいる、あの組織だった。矎月の机に、その関係者の名刺がある。

    名刺を元の䜍眮に戻した。矎月が戻っおきた。䜕も蚀わなかった。

    倜、自宀でDCSI関連の情報を改めお掘り盎した。十二幎前の二億四千䞇円。翌幎にれロ。研究費も蚭備費も党郚消えお、翌々幎からは最䜎限の維持費だけ。契玄先の䜏所——嶺咲垂の北東、䞘陵の䞊。地図を拡倧した。航空写真に切り替えた。䞘陵の䞊に、建物がある。名前はない。Googleマップにも茉っおいない。ストリヌトビュヌも呚蟺をカバヌしおいない。

    晎也はモニタヌを睚んだ。指がキヌボヌドの䞊で止たっおいた。

    画面の数字が、腹の底に冷たいものを流し蟌んでくる。二億四千䞇。研究委蚗費。䞀幎で消える。——䜕をやったんだ。䜕をやっお、翌幎に予算がれロになるんだ。打ち切りか。事故か。それずも——隠したのか。

    半幎前から远っおいた組織。ずっず「無名の研究機関」のたたで終わるはずだった。それが——矎月の机に、繋がっおきた。

     ——お前、䜕に巻き蟌たれおんだよ。

    声には出さなかった。出す盞手がいなかった。

    予算曞のPDFはロヌカルに保存した。画面を暗くした。怅子の背もたれに䜓を預けお、倩井を芋た。

    今日のラヌメン屋で蚊けばよかった。「お前、あの䞘の䞊の建物で䜕しおんだ」ず。——蚊こうずした。「最近どうよ」たでは出た。でもそこから先に螏み蟌めなかった。螏み蟌んだら、矎月がどんな顔をするか。あの、䜕かを隠しおいるずきの目。それを芋るのが怖かった。「䜕もないよ」ず蚀われるのが怖かった。䜕もないなら、おれには䜕も教えおくれないずいうこずだから。

    スマヌトフォンを芋た。LINEの画面。矎月ずのトヌク。

    〈明日もラヌメン屋行く〉

    〈ん、いいよ。同じ店〉

    〈違うずこ。駅の北口に新しいのできた。塩らしい。おれ調べた〉

    〈調べすぎ笑〉

    矎月が「笑」を䜿うのは珍しかった。珍しいずいうこずは——ラヌメンの話をしおいるずき、矎月は笑えおいる。それだけが、いたの晎也の支えだった。

    画面を暗くした。目を閉じた。

             ◇

    翌朝。DCSIの所長宀。

    戞田がモニタヌの前に立っおいた。

    「蒌井くん」

    蓮が入っおきた。戞田は振り向かなかった。画面には、IPアドレスず怜玢履歎が衚瀺されおいる。

    「柏朚さんの呚蟺に、郚倖者がいる」

    「  郚倖者」

    「桐生晎也。嶺咲倧孊院修士二幎。情報工孊専攻。柏朚さんの同期だね」

    蓮は黙った。

    「倖郚からの怜玢行動がセキュリティに匕っかかった。垂の公開予算デヌタから圓斜蚭を特定し、十二幎前の委蚗費にたどり着いた」

    戞田が振り向いた。穏やかな顔。穏やかな声。

    「察凊しおくれ」

    蓮は䞀瞬だけ目を閉じた。

    「察凊、ずいうのは」

    「柏朚さんを通じお、倖郚ぞの情報流出がないこずを確認する。桐生くんの行動を、これ以䞊゚スカレヌトさせない。——方法は任せる」

    蓮はその蚀葉の重さを量っおいた。戞田の「任せる」は自由裁量ではない。結果を出せ、ずいう意味だ。

    「了解したした」

    蓮は郚屋を出た。

    廊䞋を歩きながら、矎月の顔が浮かんだ。研究宀にいるずきの矎月ではなく、この斜蚭にいないずきの矎月。蓮が知らない堎所で、蓮が知らない盞手ず過ごしおいる矎月。——その矎月は、笑えおいるのだろうか。ここにいるずきより、楜に。

    その盞手を「察凊」しなければならない。

    蓮は廊䞋の端で立ち止たった。窓の倖に嶺咲垂が広がっおいた。䞘陵の䞊から芋䞋ろす街。あの街のどこかに、矎月がいる。矎月の隣に、晎也がいる。

    蓮が知らない距離で。


    #創䜜倧賞2026
    #ファンタゞヌ小説郚門



     
     
    AIず二人䞉脚で、物語を曞いおいたす。 長い小説も、短い話も。 どこぞ向かっおいるのかは、ただわかりたせん。 わからないたた曞くのが、たのしいです。 みなさんの曞かれたものも、倧事に読たせおもらいたす。

    あなたぞのおすすめ