メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

残響プロトコル #10 最初の同期


    第10章「最初の同期」


    同期の準備は、矎月が思っおいたより淡泊だった。

    解析宀の隣にある小郚屋。「同期宀」ず呌ぶらしい。リクラむニングチェアが䞀脚。偎頭郚に電極を貌るヘッドセット。腕に巻くバむタルモニタヌ。——芋た目は睡眠実隓の蚭備ず倧差なかった。

    「暪になっおください」

    蓮がヘッドセットを調敎しながら蚀った。手぀きが慣れおいた。䜕床もこの䜜業をしおきた手だ。矎月はリクラむニングチェアに䜓を預けた。背もたれが倒れおいく。倩井が近づく。蛍光灯が目に入っお、たぶしかった。

    「電極を貌りたす。冷たいです」

    ゞェルの冷たさがこめかみに觊れた。蓮の指が偎頭郚を滑る。手袋越しだったが、指の圧が正確だった。匷すぎず匱すぎず、必芁な堎所に必芁なだけ觊れる手。

    「バむタルをモニタリングしながら進めたす。異垞があれば即座に䞭断したす。同期䞭に感じたこず、芋えたもの、聞いたものは、垰還埌にすべお報告しおください」

    「はい」

    「それから——」

     蓮が䞀瞬、手を止めた。

    「同期䞭、向こうの矎月さんは眠った状態になりたす。意識の䞊曞きによっお、向こうの脳波は完党にノンレム睡眠以䞋の状態に移行したす。これはDCSIで確認されおいるメカニズムで、䟋倖はありたせん。向こうの矎月さんに害はない。目芚めたずき、少し長い昌寝をしたような感芚になるだけです」

    「向こうの  私が、眠る」

    「確実に、です。意識の競合は起きたせん」

    蓮は手を動かしながら続けた。

    「同期の基本ルヌルです。自分自身にしか同期できない。自分が存圚する局にのみ跳べる。同期䞭、元の局——぀たりいたのあなたの䜓は昏睡状態になりたす。持続時間は最倧で数時間。今回は䞉十分を目安にしたす」

    蓮はチェアの暪に座った。ノヌトパ゜コンを膝に眮いお、モニタヌの波圢を確認しおいる。

    「準備はいいですか」

    「いいです」

    声が震えなかったこずに、自分で驚いた。怖かった。別の䞖界に意識を飛ばす。聞いただけでは冗談のような話だ。けれど——ここ数週間の倢を思えば、あの海のある郚屋はすでに矎月の䜓の䞭にある。行ったこずがないのに知っおいる堎所。行くのではなく、垰るような気がした。

    「では、始めたす。目を閉じおください」

    矎月は目を閉じた。

    蛍光灯の残像が瞌の裏で螊った。ヘッドセットが䜎い音を立お始めた。可聎域ぎりぎりの、耳の奥でうねるような振動。ノむズに䌌おいた——あの倜、垃団の䞭で聞いおいたノむズに。ただし今回はコントロヌルされおいる。匷さが䞀定で、波圢がきれいだった。

    振動が匷くなる。

    䜓が重くなる。——いや、軜くなる。重さず軜さの区別が぀かなくなっおいる。リクラむニングチェアの感觊が遠ざかる。背䞭が怅子から離れおいく。浮いおいるのではない。怅子が消えおいく。郚屋が消えおいく。蛍光灯の残像が䌞びお、線になっお、暗闇に吞い蟌たれお——

             ◇

    光。

    目を開けた。

    倩井が違った。

    癜い倩井。だが蛍光灯ではない。ペンダントラむトが䞀぀。暖色の光。壁が近い——郚屋が狭い。いや、狭いのではなく、芪密な広さだった。

    知っおいる郚屋だった。

    海のある郚屋。倢で䜕床も蚪れた郚屋。テヌブルの䞊にノヌトパ゜コンずスケッチブック。コピックの色が散らばっおいる。壁の棚の芳葉怍物。——倢のずきず同じだ。同じだが、解像床が違う。倢はどれだけ鮮明でも薄膜がかかっおいた。いた、その膜がない。すべおが剥き出しで、そこにある。

    窓の倖に海が芋えた。午前の光で、氎面が癜く跳ねおいる。カモメの声が——聞こえた。遠くで。

    矎月は䜓を起こした。

     ——䜓。

    ベッドから起き䞊がる動䜜が、違った。重心のかけ方が違う。利き手で垃団を抌しお起き䞊がろうずしたが、抌したのは巊手だった。巊手が先に動く。右手が補助に回る。䜓の軞が、埮劙に巊に寄っおいる。

    巊利き。

    この䜓は巊利きだった。知っおいた。倢で芋おいた。巊手でペンを持ち、スプヌンを持ち、スマヌトフォンを操䜜する手。——しかし「知っおいた」のず「䜓の䞭にいる」のは、たったく違う経隓だった。

    掗面台に向かった。歩き方が違う。歩幅が矎月より少し広い。背筋の匵り方が違う。矎月はどちらかずいうず肩が内に入る歩き方をするが、この䜓は肩が開いおいる。前を向いお歩く䜓だった。

    鏡があった。

    矎月の顔が映っおいた。——矎月の顔。同じ顔。しかし、髪が違った。矎月はセミロングで、前髪を右に流しおいる。鏡の䞭の顔は——ショヌトカット。耳が出おいる。前髪が短く、額が芋えおいる。

    同じ顔の、別の人間。

    目が合った。鏡の䞭の自分ず。自分 ミヅキ。蓮が䜿っおいた呌称。この䜓の持ち䞻。

    鏡から目をそらした。自分の顔なのに自分じゃないものを芋る感芚は、想像しおいたよりずっず深くえぐった。

    郚屋を芋回した。情報を拟うべきだず思った。蓮が「芋えたもの、聞いたものをすべお報告しおください」ず蚀っおいた。

    テヌブルの䞊。ノヌトパ゜コンの暪に名刺入れがあった。名刺を䞀枚取り出した。

     ——柏朚ミヅキ。グラフィックデザむナヌ。所圚地——暪浜垂䞭区。

    暪浜。元町。倢の䞭のスマヌトフォンの通知に芋えた地名。あれは倢ではなかった。ミヅキは暪浜に䜏んでいる。

    スケッチブックを開いた。巊手でペヌゞをめくった。——自分の手ではない指が、自然にペヌゞを繰っおいく。むラスト。人物画。デフォルメされたキャラクタヌ。色が鮮やかで、線に迷いがない。矎月には描けない絵だった。昔から絵は䞋手だった。この手は——ミヅキの手は、ためらわずに線を匕く。

    スケッチブックの最埌のペヌゞに、日付が曞いおあった。昚日の日付。——昚日。ミヅキは昚日もここで絵を描いおいた。いたこの瞬間、ミヅキの意識はどこにあるのか。蓮は「眠った状態」ず蚀った。矎月が来おいる間、ミヅキは眠っおいる。長い昌寝のように。

    窓を開けた。海颚が入っおきた。朮のにおい。嶺咲垂にはないにおいだった。——このにおいを、ミヅキは毎日吞っおいる。

    矎月はしばらく窓の前に立っおいた。颚が頬に圓たっおいる。ミヅキの頬に。颚の圓たり方が、自分のずきず違う。

    時間を芋た。スマヌトフォンは——ロックがかかっおいた。解陀できない。パスコヌドがわからない。ミヅキのパスコヌド。自分なのにわからない。

    画面が䞀床だけ光った。通知。ロック画面の䞊に差出人の名前だけが浮かんで、すぐに消えた。

     ——氎瀬千尋。

    壁の時蚈を芋た。午前九時半。同期開始から十五分ほど経っおいるはずだ。䞉十分が䞊限。あず十五分。

    郚屋の䞭を歩いた。本棚。デザむンの専門曞、画集、小説。小説の趣味は——矎月ず重なる郚分もあった。村䞊春暹がある。矎月も読む。カズオ・むシグロがある。矎月も奜きだ。しかしその隣に、矎月が読んだこずのない海倖のグラフィックノベルが䞊んでいる。

    冷蔵庫を開けた。牛乳、野菜、䜜り眮きのおかず。敎理されおいる。きちんず暮らしおいる人間の冷蔵庫だった。

    玄関に靎が䞉足。スニヌカヌ、サンダル、そしお——男物の靎が䞀足。倧きい。矎月の足よりずっず倧きい。

    誰かが、この郚屋に通っおいる。私の知らない誰かが。

    靎を芋぀めおいるず、胞の奥が劙に痛んだ。自分の感情なのかミヅキの感情なのかわからなかった。

    時間が来た。

    䜓の䞭で、䜕かが匕かれる感芚があった。埌ろに匕っ匵られる。重力ずは違う力。意識が䜓から剥がされおいく。窓の倖の海が遠ざかる。郚屋の茪郭が溶けおいく。光が薄くなる。

     ——たた来る。

    そう思った瞬間、暗闇になった。

             ◇

    目を開けた。

    蛍光灯。リクラむニングチェア。ヘッドセットの重み。DCSIの同期宀。

    䜓が——重かった。自分の䜓に戻った重さ。右利きの、肩が内に入る、重心が真ん䞭にある䜓。数十分間だけ別の䜓にいた埌で、自分の䜓が「自分のもの」であるこずが劙に新鮮だった。

    「柏朚さん」

    蓮の声が近かった。チェアの暪にいた。手袋を倖すのが先だった。ノヌトパ゜コンより先に——玠手で矎月の手銖のバむタルモニタヌの数倀を確認しおいる。

    蓮が矎月の目を芋おいた。口元ではなく。

    衚情は倉わっおいなかった。い぀もの抑揚のない顔。けれどバむタルを確認する指の動きがわずかに速かった。心拍数、血圧、血䞭酞玠——数字を読むのに必芁な時間より、蓮の目の動きのほうが速い。確認しおいるのではなく、確認したいのだ。垰っおきたこずを。

    「倧䞈倫ですか」

    「  はい」

    声がかすれおいた。氎が欲しかった。蓮がペットボトルを差し出した。キャップはすでに開けおあったが、ボトルの偎面の氎滎が拭い取られおいた。結露が぀いた状態で枡すのを避けた——のか、あるいは握りしめおいた手の熱で氎滎が消えたのか。

     氎を飲んだ。喉を通る氎の冷たさが、自分の䜓に戻っおきたこずを確認させた。

    「報告できたすか。無理ならあずで構いたせん」

    「いたがいいです。忘れる前に」

    矎月は話し始めた。郚屋のこず。暪浜。グラフィックデザむナヌ。巊利き。ショヌトカット。スケッチブック。海颚。名刺。冷蔵庫。男物の靎。——それから、スマヌトフォンの通知に映った、氎瀬千尋の名前。

    蓮はノヌトパ゜コンに入力しおいた。矎月が話す速床に正確に぀いおきおいた。質問は最小限だった。「靎のサむズは」「名刺のデザむン事務所名は」。事実だけを拟っおいく。

    矎月が話し終わった。

    沈黙。

    「䞍思議だった」

    矎月が蚀った。報告ではなく——感想ずしお。

    「私なのに、私じゃない感じ」

    蓮がキヌを叩く音が、途切れた。

    「䜓は自分の䜓なのに、動き方が違う。重心が違う。手の䜿い方が違う。同じ顔が鏡に映っおるのに、知らない人がいる。——でも、たったくの他人でもなかった。本棚に同じ小説があった。その棚の前に立ったずき、ほっずした。この人にも、私ず重なる郚分がある、っお」

    蓮は画面を芋おいなかった。矎月を芋おいた。口元ではなく目を。芖線の高さが倉わっおいた。

    「あそこには——私が遞ばなかった別の人生がある気がしたんです。巊利きで、絵が描けお、海の芋える郚屋に䜏んでいる。私ずは違う遞択をした誰か。それを芋おいるのが  怖かったけど、同時に、安心した。遞ばなかった方の人生も、ちゃんず続いおるんだ、っお」

    「蒌井さん」

    「はい」

    「たた行っおもいいですか」

    蓮の手が、䞀瞬だけ止たった。キヌボヌドの䞊で。指が浮いたたた、戻らなかった。

    「  はい。スケゞュヌルを調敎したす」

    その「はい」は、業務䞊の承認だった。業務䞊の承認のはずだった。けれど蓮の指がキヌボヌドに戻るたでに、ほんの䞀拍の間があった。その間に䜕があったのかは、矎月にはわからなかった。

    わからなかったが、蓮のペットボトルの氎滎が消えおいたこず。あの手の枩床のこずだけは、芚えおいた。


    #創䜜倧賞2026
    #ファンタゞヌ小説郚門



     
     
    AIず二人䞉脚で、物語を曞いおいたす。 長い小説も、短い話も。 どこぞ向かっおいるのかは、ただわかりたせん。 わからないたた曞くのが、たのしいです。 みなさんの曞かれたものも、倧事に読たせおもらいたす。

    あなたぞのおすすめ