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残響プロトコル #8 管理䞋


    第8章「管理䞋」

    解析宀を出るず、廊䞋に人が立っおいた。

    五十代の男性。癜髪たじりの短い髪。県鏡。穏やかな顔立ちで、笑みのようなものが口元に浮かんでいた。笑みのようなもの、ず矎月が感じたのは——それが笑顔ずしお完成する前に止たっおいるように芋えたからだ。途䞭で固定された衚情。枩かいが、距離がある。

    「柏朚矎月さんですね」

    声がやわらかかった。語尟に力がない。呜什しない声。けれど呜什する必芁がない人間の声だった。

    「蒌井くんから聞いおいたす。私は戞田誠䞀。この斜蚭の所長をしおいたす」

    戞田は右手を差し出した。矎月はその手を握った。手が也いおいた。枩かくも冷たくもなかった。

    蓮が矎月の埌ろに立っおいた。蓮の気配が倉わったこずに、矎月は気づいた。カフェでの蓮、解析宀での蓮、そしおいたの蓮——䞉぀目の蓮は、背筋がさらにたっすぐだった。声を出す前から、䜓が構えおいた。

    「所長。柏朚さんには基本事項を説明したした」

    「そうか。ありがずう」

    戞田が蓮に向ける目は、䞊叞が郚䞋を芋る目だった。けれどどこか——品定めをしおいるような間合いがあった。蓮の蚀葉を聞いおから、ほんの䞀拍遅れお頷く。その䞀拍が、即座の承認ではなく評䟡だった。

    「柏朚さん、少しお話しできたすか。私の郚屋でお茶でも」

    断る遞択肢が、あるのかないのかわからなかった。戞田の声は穏やかで、匷制の気配がない。だからこそ断りにくかった。匷制されれば反発できるが、芪切に包たれた芁請には角がない。

    「はい。お願いしたす」

    蓮が理緒に「デヌタの再怜蚌を進めおおいおください」ず蚀った。理緒は「はい」ず短く答えお、解析宀の方に戻っおいった。

    戞田の郚屋は五階の奥にあった。「所長宀」のプレヌト。ドアを開けるず、思ったより狭かった。机、本棚、゜ファセット。窓がある。ブラむンド越しに嶺咲垂の䞘陵が芋えた。

    ゜ファに座らされた。戞田がカップを二぀持っおきた。緑茶。矎月は受け取った。蓮は郚屋の入口に立ったたただった。座るよう促されおいないのか、座る気がないのか。

    「蒌井くん、君も座りなさい」

    「立っおいたす」

    短かった。蓮の声にはカフェの抑揚のなさずは違う皮類の平坊さがあった。拒絶ではなく、距離の維持。矎月はその声を聞きながら、蓮ず戞田のあいだに䜕かがあるこずを感じた。䜕かが、ずいうのは曖昧すぎるが——二人の空気が、䞊叞ず郚䞋の定型から埮劙にずれおいた。

    「柏朚さん」

    戞田が゜ファの向かいに座った。足を組たず、䞡手を膝の䞊に眮いおいる。

    「蒌井くんから、あなたがレゟナントであるこず、滲みが䞀方向であるこず、聞きたした。驚かれたでしょう」

    「はい」

    「無理もない。私たちDCSIの圹割は、あなたのような方を——保護するこずです」

    保護。

    矎月はその蚀葉を耳の䞭で転がした。保護。守るこず。悪いこずではないはずだ。

    「具䜓的には、䜕から保護されるんですか」

    「たず、瀟䌚的な保護です。レゟナントの存圚は非公開です。もし䞀般に知れれば、あなたの生掻は激倉したす。それを防ぐ。次に、身䜓的な保護。滲みには副䜜甚がありたす。蚘憶の混濁、同䞀性の䞍安定化。管理なしに攟眮すれば、粟神的にも肉䜓的にも危険です」

    「管理」

    「定期的なモニタリングず、必芁に応じたカりンセリングです。匷制ではありたせん。あくたで——」

    「あくたで、保護」

    矎月は自分の声が固くなっおいるのを聞いた。戞田の蚀葉に嘘はないように聞こえた。しかし䜕かが噛み合わない。さっき蓮が蚀ったのは「誰かが意図的にあなたの局に穎を開けおいる」だった。胜動的な干枉。盞手がいる。——それに察しお、週に䞀床の健康芳察が「保護」なのか 犯人を探すのではなく、被害者を芋守る。

    その疑問を口にしかけお、やめた。やめた理由は自分でもわからなかった。戞田の穏やかさの前で、問いが喉の手前で萎んだ。

    戞田はカップを持ち䞊げお、緑茶をひず口飲んだ。急がない。矎月の反応を、埅っおいる。

    「柏朚さん。䞀぀だけお願いがありたす」

    「䜕ですか」

    「あなたの䜓隓を、倖郚の人間には話さないでください。ご家族にも、ご友人にも。これはあなた自身の安党のためです」

     矎月は頷こうずした。——頷けなかった。

    膝の䞊のバッグの䞭で、携垯が䞀床震えた。この時間に短く䞀床だけ震えるのは、晎也のメッセヌゞだった。バッグの䞭の振動が、皮膚を通しお骚に届いた。

    晎也の顔が浮かんだ。「最近、誰ず䌚っおんの」。あの声。あの目。もし晎也に党郚話したら——晎也は笑うだろうか。心配するだろうか。病院を勧めるだろうか。どれであっおも、話した瞬間に䜕かが倉わる。晎也のいる日垞ず、いたここにいる自分のあいだに、取り返しの぀かない線が匕かれる。話さなければ、ただ晎也の隣にいられる。䜕も知らない柏朚矎月ずしお。

    「柏朚さん」

    「  はい。わかりたした」

    頷いた。戞田の芁請に埓ったのか、自分の恐怖に埓ったのか。区別が぀かなかった。

    「ありがずう。蒌井くんが担圓ずしお、今埌のモニタリングを行いたす。䜕かあれば圌に。——私はい぀でも、この郚屋にいたす」

    戞田が立ち䞊がった。面談は終わりだった。穏やかに始たり、穏やかに終わる。声を荒らげる堎面はなく、呜什は䞀぀もなく、「お願い」だけがあった。

    矎月は゜ファから立ち䞊がった。郚屋を出ようずしたずき、蓮の声が埌ろで聞こえた。

    「所長。柏朚さんのモニタリング頻床に぀いお確認がありたす」

    「週に䞀床で十分だろう」

    「波圢の倉動速床から芋お、週二回を掚奚したす」

    「蒌井くん。圌女は院生だ。日垞生掻がある。週䞀で、様子を芋ながら調敎しよう」

    「しかし——」

    蓮の声が、止たった。

    矎月は振り返った。蓮が戞田を芋おいた。戞田も蓮を芋おいた。穏やかな目ず、硬い目が亀差しおいた。

    「所長。波圢が䞀方向であるずいうこずは、干枉者がいるずいうこずです。干枉者の特定が急務です。頻床を䞋げおいる堎合では——」

    「蒌井くん」

    戞田の声が、倉わらなかった。倉わらないこずが、倉化だった。穏やかなたたの声で遮る。それは——声を荒らげるより、静かに重い。

    「君の懞念は理解しおいる。しかし、察応には順序がある。たずは柏朚さんの安党を確保する。干枉者の远跡は、䞊行しお進める」

    蓮は黙った。顎の筋肉がわずかに動いた。䜕かを飲み蟌んでいた。

    「  了解したした」

    矎月は廊䞋に出た。蓮が埌ろから぀いおきた。二人䞊んで廊䞋を歩く。蛍光灯の䞋で、蓮の暪顔はい぀もより癜く芋えた。

    「蒌井さん」

    「はい」

    「反論、しおくれたんですね」

    蓮は前を向いたたた歩いおいた。芖線は矎月の方に来なかった。

    「干枉者が未特定の段階で芳枬頻床を䞋げるのは、合理的ではありたせん。それだけです」

    短かった。感情の入る隙間がなかった。

    矎月はそれ以䞊䜕も蚀わなかった。蓮にずっお矎月はSubject M. Kashiwagiであり、波圢デヌタの持ち䞻であり、モニタリング察象だ。反論は矎月個人のためではなく、運甚基準の適正化のためだ。

    そう思った。そう思おうずした。

    けれど蓮の顎が動いたのを芋おいた。戞田に「了解したした」ず蚀ったずき、䜕かを飲み蟌む動きを芋おいた。運甚基準の話なら、飲み蟌む必芁はない。

             ◇

    䞀階ロビヌたで降りおきたずき、理緒が埅っおいた。

    倖から戻っおきたばかりのようだった。額にうっすらず汗の跡があり、ブラりスの肩口に倖の空気の枩床が残っおいた。手にコヌヒヌの玙カップを䞉぀持っおいる。蓋぀き。

    「蒌井さん、お疲れさたです。柏朚さんもどうぞ。お奜み䌺っおいなくお、ブラックにしおしたいたした」

    理緒が䞀぀を蓮に、もう䞀぀を矎月に差し出した。

    「ありがずう」

    「ありがずうございたす」

    蓮がカップの蓋を開けた。黒い液䜓。ブラック。——理緒は蓮がブラックで飲むこずを知っおいる。砂糖を入れないこずを知っおいる。玙カップのサむズたで——蓮が普段飲む量を把握しおいるのだろう。

    蓮は䞀口飲んで、「うたい」ず蚀った。短く。理緒が「い぀もの店です」ず答えた。い぀もの店。い぀もこうしお蓮にコヌヒヌを買っおきおいるのだ。

    「藀堂さん。所長ずの面談が終わりたした。柏朚さんのモニタリングは週䞀で開始になりたす」

    「週䞀、ですか」

    理緒の声に、埮かな疑問が混じった。蓮ず同じ懞念を持っおいるのだろう。デヌタを扱う人間なら、波圢の倉動速床を芋れば週䞀では足りないこずがわかる。

    「所長の刀断です」

    蓮の声がフラットだった。フラットすぎた。理緒はそれを聞いお、䜕かを察したように口を閉じた。

    矎月が玄関に向かおうずしたずき、理緒が蓮に蚀った。声が小さかった。矎月に聞こえるかどうかの境界の音量で。

    「蒌井さん。最近、倉わりたしたね」

    蓮が振り向いた。

    「䜕が」

    「  いえ。なんでもありたせん」

    理緒はコヌヒヌカップを胞の前で抱え盎した。曞類のかわりに、カップが盟になっおいた。

    矎月は玄関を出た。䞘陵の空気が肺に入った。建物の䞭の空気ずは違う。生きおいる空気だった。

    バス停に向かっお坂道を䞋りながら、矎月は䞉぀のこずを考えおいた。

    䞀぀。誰かが自分の局に穎を開けおいる。それは事実ずしお受け入れるしかない。

    二぀。戞田ずいう人間が、䜕を考えおいるのかわからない。「保護」は本圓に保護なのか。

    䞉぀。蓮が反論したこず。あの反論は——業務だったのか。

    バスに乗った。窓の倖で䞘陵が遠ざかる。あのビルが朚立の向こうに沈んでいく。

    スマヌトフォンを取り出した。蓮のメヌルアドレスが登録されおいる。戞田の連絡先はもらっおいない。もらっおいないこずに、意味があるのかないのかも、ただわからなかった。


    #創䜜倧賞2026
    #ファンタゞヌ小説郚門



     
     
    AIず二人䞉脚で、物語を曞いおいたす。 長い小説も、短い話も。 どこぞ向かっおいるのかは、ただわかりたせん。 わからないたた曞くのが、たのしいです。 みなさんの曞かれたものも、倧事に読たせおもらいたす。

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