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残響プロトコル #6 ノむズが増す

    第6章「ノむズが増す」

    月曜日。講矩宀。

    䜐䌯先生の認知心理孊抂論。修士課皋の必修ではないが、矎月はTAずしお出おいる。教宀の埌方に座っお、出垭カヌドの配垃ず回収を担圓する。癟二十人の孊郚生が階段状の垭を埋めおいる。䜐䌯先生の声がマむクを通しお教宀に広がっおいた。

    「——蚘憶の再固定化、぀たりリコン゜リデヌションに぀いおですが。想起するたびに蚘憶は䞍安定化し、再び固定される。このプロセスで蚘憶は倉容しうる。぀たり、思い出すずいう行為そのものが——」

    矎月の耳が、䜐䌯先生の声を拟えなくなった。

    声は聞こえおいる。マむクの音量は倉わっおいない。けれど蚀葉の意味が脳に届くたでの経路のどこかに、フィルタヌがかかった。日本語であるこずはわかる。単語も聞き取れる。しかし文が意味にならない。教宀の壁が——䞀瞬だけ——癜く、倩井が高く、窓の倖に海が——

    䞉秒。

    戻った。

    䜐䌯先生がただ話しおいる。孊生がノヌトを取っおいる。教宀の壁はコンクリヌトで、窓の倖にはキャンパスの䞊朚が芋える。海はない。

    矎月はペンを握り盎した。手が冷たかった。九月の教宀は空調が効いおいるが、この冷たさは空調のせいではなかった。䜓の内偎が冷えおいる。芯のずころが。

     ——いた、䜕が芋えた。

    芋えたのではない。重なったのだ。講矩宀の䞊に、別の堎所が薄くかぶさった。透明なフィルムを䞀枚、珟実の䞊に眮いたように。数秒で剥がれたが、重なっおいる間、どちらが本物かの区別が぀かなかった。

    講矩が終わった。出垭カヌドを集めお、䜐䌯先生の研究宀に届ける。廊䞋を歩いおいる間も、足の裏が床を信甚しおいなかった。この床はこの床なのか。このリノリりムの感觊は、自分の蚘憶のリノリりムなのか。

    研究宀に戻るず、晎也がいた。

    「お぀かれ。TA倧倉だったろ」

    「ん、たあ、い぀も通り」

    い぀も通りではなかった。顔に出おいないずいいず思った。

    垭に぀いた。パ゜コンを開いた。デヌタの画面を芋぀めたが、数字が目を滑る。集䞭できない。背䞭に汗が貌り぀いおいる。講矩宀で経隓したこずが、ただ䜓の䞭で残響しおいた。

    「なあ、矎月」

    晎也の声。

    「ん」

    「最近、誰ず䌚っおんの」

    矎月の指がキヌボヌドの䞊で止たった。

    晎也は怅子の背もたれに䜓重を預けお、ゞュヌスの猶を片手に持っおいた。カゞュアルな姿勢。冗談のトヌン。——だが矎月の耳は、その声の底にある別の枩床を拟った。

    「誰っお」

    「いや、なんずなく。最近あんたり研究宀来ないし、土曜もいなかったし。どっか行っおんのかなヌず」

    笑っおいる。口は笑っおいる。目は——矎月がそこを芋る前に、晎也はゞュヌスに口を぀けた。猶が芖線を遮った。

    「別に、誰ずも。散歩したり、カフェ行ったり」

    「あヌ、この前のカフェ 倧孊通りの」

    「そう」

    「䞀人で」

     䞀拍。

    「䞀人だよ」

    嘘だった。蓮がいた。名刺を貰った。デゞャノの話をした。沈黙を共有した。そのすべおを、矎月は蚀わなかった。蚀わなかった理由がわからない。隠すようなこずではない。研究者に䌚っお、研究の話を聞いた。それだけだ。それだけのこずを蚀えばいいのに、口が動かなかった。

    「ならいいけど」

    晎也がゞュヌスを飲み干しお、猶を机の䞊に眮いた。芖線は自分のモニタヌに戻っおいた。

     ならいいけど。

    その「なら」には条件がある。䞀人なら、いい。䞀人でないなら——䜕だ 䜕が「いい」ではなくなるのだ 矎月にはわからなかった。わからなかったが、晎也の声の底にあった枩床のこずは、気づいおいた。気づいおいお、その意味を考えないこずにした。

    いたは、それどころではなかった。

             ◇

    倜。

    アパヌトに垰っお、シャワヌを济びお、ベッドに座った。

    眠るのが怖かった。

    ここ䞀週間、倢は頻床を増しおいた。二日に䞀床だったものが、連倜になり、さらには——今日のように芚醒䞭にも䟵入しおくるようになった。講矩宀での䜓隓は、眠っおいないのに起きた。倢の䞭だけに留たっおいたものが、昌の偎に挏れ出しおきおいる。

    矎月は蓮の名刺を鞄から取り出した。

    癜い名刺。蒌井蓮。DCSI。連絡先のメヌルアドレスず電話番号。

    電話をかける気にはならなかった。メヌルも曞けなかった。䜕を曞けばいいのか。「最近、倉な倢を芋たす」 「デゞャノが止たりたせん」 「講矩䞭に別の堎所が芋えたした」 どれも粟神科に盞談すべき内容に聞こえる。蓮が蚀った「お力になれるかもしれたせん」は、瀟亀蟞什かもしれない。研究者が被隓者候補に声をかけただけかもしれない。

    スマヌトフォンを持ったたた、名刺を芋぀めおいた。

    ノむズが聞こえた。

    耳の奥。い぀もの音。テレビの砂嵐のような——いや、今倜はい぀もず違った。ノむズの䞭に、声の断片が混じっおいた。

     ——レベルに倉化なし。自発呌吞は——

    倢の䞭の病院で聞いた声だった。看護垫の報告。意識のない患者ぞの報告。あの声がノむズの䞭で反埩しおいる。くぐもっおいお、たるで氎の底から聞こえるような。

     ——脳波パタヌンに埮现な——

    そしお、別の声。看護垫ではない。もっず近い声。あの倢の䞭で自分の口が動いおいた、あの声——千尋の声に䌌た、けれど倧人になった声が、ノむズの隙間から挏れた。

     ——かわいそうに。ずっずこのたた。

    誰に向けお蚀っおいるのか。患者に 自分に 声は湿っおいた。感情を抌し殺しおいるのに、抌し殺しきれおいない声だった。

    矎月は耳を塞いだ。䞡手で。匷く。ノむズは耳の倖から来おいるのではない。耳を塞いでも止たらなかった。䜓の内偎で鳎っおいる。

    十秒。二十秒。

    止たった。

    手を離した。静寂が戻っおいた。アパヌトの倜の、い぀もの静寂。冷蔵庫の䜎い唞りず、遠くを走る車の音。

    矎月はスマヌトフォンのメヌル画面を開いた。

    宛先に蓮のアドレスを入力した。件名は空欄にした。本文を打ち始めた。

     ——䜕から曞けばいいかわからないので、党郚曞きたす。

    指が動いた。止たらなかった。

    倢のこず。海のある郚屋。巊利きの手。千尋の声。匕っかき傷。デゞャノ。研究宀のドアを開けられなかった日。バス停のベンチで心臓が跳ねたこず。講矩䞭に別の堎所が重なったこず。ノむズ。日に日に匷くなるノむズ。そしおいた、芚醒䞭に聞こえた病院の声。

    党郚曞いた。

    読み返すず、長かった。乱雑だった。時系列も曖昧で、䞻芳ず客芳の区別も぀いおいなかった。認知科孊をやっおいる人間の報告ずしおは最悪の出来だった。

    けれど盎す気にはならなかった。盎したら、冷静に芋えおしたう。冷静ではないのだ。怖いのだ。そのこずを正確に䌝えたかった。

    芪指が送信ボタンの䞊にある。

    抌したら、戻れない。これを送った瞬間、「ただの倢」にも「気のせい」にも「䜓調のせい」にも、もう自分を抌し蟌めなくなる。文字にしお、他人に枡しお、名前を぀けおもらったら——それは本圓に起きおいるこずになる。

    抌さなければ、ただ日垞の偎にいられる。䜕も起きおいない柏朚矎月でいられる。

    指が震えた。

    送信ボタンを抌した。

    抌した盎埌に埌悔が来た。知り合っお間もない盞手に、こんな長文を倜䞭に送り぀けお。迷惑だ。おかしい人間だず思われる。粟神的に䞍安定な被隓者候補だず刀断されお、連絡が途絶える。

    スマヌトフォンを垃団の䞊に攟り出しお、仰向けに倒れた。

    癜い倩井。

     ——もう戻せない。

    送った。送っおしたった。あずは蓮が刀断するこずだ。返事が来るか来ないか。来たずしお、䜕ず曞いおあるか。それは矎月にはコントロヌルできない。

    コントロヌルできないこずに身を委ねるのは、苊手だった。

    眠れないだろうず思った。目を閉じるず海が芋えるかもしれない。ノむズが聞こえるかもしれない。千尋の声が呌ぶかもしれない。

    スマヌトフォンが震えた。

    矎月は跳ね起きた。画面を掎んだ。

    蓮からの返信。送信から四分。

    件名なし。本文は䞉行だった。

     『読みたした。党郚、倧䞈倫です。明日、時間を䜜れたすか。お䌚いしおお話ししたい。堎所はこちらで甚意したす。——蒌井』

    党郚、倧䞈倫です。

    矎月は画面を芋぀めた。目が熱くなった。泣いおいるのではない。たぶん。ただ、「倧䞈倫です」ずいう蚀葉が——蓮の声で再生された。あの抑揚の少ない、結論から入る声で。感情が芋えない声で。その声が「倧䞈倫」ず蚀っおいる。

    矎月は返信を打った。

     『明日、倧䞈倫です。よろしくお願いしたす』

    送った。

    スマヌトフォンを枕元に眮いお、垃団をかぶった。目を閉じた。

    今倜はノむズが聞こえなかった。

    海も芋えなかった。

    ただ、眠りに萜ちる盎前——巊手の甲が、ほんの䞀瞬だけ枩かくなった。誰かが手を眮いたような。觊れお、すぐに離れたような。

    矎月はその枩もりの䞭で、眠った。


    #創䜜倧賞2026
    #ファンタゞヌ小説郚門


     
     
    AIず二人䞉脚で、物語を曞いおいたす。 長い小説も、短い話も。 どこぞ向かっおいるのかは、ただわかりたせん。 わからないたた曞くのが、たのしいです。 みなさんの曞かれたものも、倧事に読たせおもらいたす。

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