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残響プロトコル #7 深局認知科孊機構


    第7章「深局認知科孊機構」


    嶺咲垂の䞘陵を、バスで登った。

    蓮からの指定は「嶺咲䞭倮公園前」のバス停だった。倧孊方面ずは反察の北東方向。矎月は乗ったこずのない路線に揺られながら、窓の倖を芋おいた。䜏宅街が途切れ、雑朚林が増え、道の募配がき぀くなる。バスの乗客は矎月だけだった。

    バス停に蓮が立っおいた。玺のゞャケット。カフェで䌚ったずきず同じ服装。矎月がバスを降りるず、蓮は䌚釈した。

    「ありがずうございたす。ここから少し歩きたす」

    蓮は前を歩いた。舗装路が现くなり、朚立のあいだに入る。敎備はされおいるが、人通りのない道だった。五分ほど歩くず、朚々の向こうに建物が芋えた。

    䞃階建お。倖壁にはプレヌトもなく、窓はすべおブラむンドが䞋りおいる。正面玄関に「関係者以倖立入犁止」の衚瀺。——色耪せた衚瀺。

    矎月は足を止めた。

    この建物を、知っおいた。

    知っおいるはずがない。来たこずがない。けれど——䞘陵の䞊に立぀、名前のないビル。街を芋䞋ろす䜍眮。自分のアパヌトの窓から、倜になるず芋えおいた灯りの䞀぀は、ここだったのかもしれない。

    蓮がカヌドキヌを通した。重い扉が開く。ロビヌは無人だった。受付カりンタヌはあるが誰もいない。壁に「DCSI — Department of Cognitive Science Investigation」のロゎ。金属の、控えめな曞䜓。

    「五階です」

    ゚レベヌタヌに乗った。ボタンが䞊んでいる。1から7たで。そしお——B1。Bボタンの暪に小さな鍵穎があった。蓮は5を抌した。B1には觊れなかった。

    矎月の目がB1のボタンに留たった。蓮はそれに気づいたが、䜕も蚀わなかった。

    五階。ドアが開いた。

    廊䞋は癜かった。病院に䌌おいた——矎月はその連想を振り払った。蛍光灯の光が均䞀に萜ちおいる。ドアがいく぀か䞊んでいお、蓮はそのうちの䞀぀に向かった。「解析宀3」ず曞かれたプレヌト。

    ドアを開けた。

    郚屋の䞭に、女性が䞀人いた。

    若い。矎月よりすこし幎䞋に芋えた。髪はセミロングで、きちんずたずめおいる。癜いブラりスに玺のスラックス。曞類をクリップボヌドごず胞の前で抱えおいた。——胞の前。曞類を盟のように、自分の䜓ずのあいだに挟んでいる。

    「蒌井さん、お埅ちしおいたした」

    声はきれいな敬語だった。䞁寧で、厩れない。蓮に向ける芖線がたっすぐで——たっすぐすぎた。たっすぐに芋おいるのに、どこか緊匵しおいる。たばたきの間隔がわずかに速い。

    「藀堂さん、玹介したす。柏朚矎月さん。昚倜メヌルをくださった方です」

    女性が矎月に向き盎った。

    「藀堂理緒です。デヌタ解析を担圓しおいたす。よろしくお願いしたす」

    お蟞儀。きれいなお蟞儀だった。角床たで敎っおいる。矎月は頭を䞋げ返しながら、理緒の目を芋た。

    理緒の目は、蓮を芋おいた。

    矎月に挚拶しながら、理緒の芖線は䞀瞬だけ蓮の方に動いた。蓮が矎月を「メヌルをくださった方」ず玹介したずき——その蚀葉のどこかに、理緒の目が匕っかかった。䜕に匕っかかったのかはわからない。けれど匕っかかったこずだけは、矎月にはわかった。

     ——この人にずっお、蓮さんは特別なんだ。

    なぜそう思ったのかは説明できなかった。盎感だった。曞類を抱える手の力加枛。敬語の隙間にある緊匵。蓮の名前を呌ぶずきの口の動き。それらが党郚、䞀぀の方向を指しおいた。

    それが䜕なのか、理緒自身が分かっおいるのかどうかもわからない。「尊敬しおいる先茩」だず自分に蚀い聞かせおいるかもしれない。——矎月は他人の感情に鈍いほうだず思っおいたが、ここたではっきり芋えるこずもあるのだ。

    ゚アコンの送颚音が、ふいに遠くなった。ほんの䞀瞬。理緒の芖線が蓮に向かった瞬間に、郚屋の音が薄くなった。——すぐに戻った。

    その音の倉化の意味を考える前に、蓮が蚀った。

    「座っおください。説明したす」

             ◇

    壁䞀面にモニタヌが䞊んでいた。

    耳鳎りがした。䜎く、鈍い音。自分の血液が耳の奥を打぀音が急に倧きくなった。モニタヌ。波圢。——芋たこずがある。この配列を、どこかで芋たこずがある。い぀ どこで 思い出せない。けれど䜓が反応しおいた。この光景を知っおいる、ず皮膚が蚀っおいる。

    矎月は自分の混乱を飲み蟌んだ。蓮はモニタヌの前の怅子に矎月を座らせ、自分は隣に立った。理緒がキヌボヌドの前に座り、画面を操䜜し始めた。

    「柏朚さん」

    蓮の声が、カフェのずきずは違う枩床だった。カフェでは穏やかで、抑揚が少なく、個人的な関心を匂わせおいた。いたの声は——職業的だった。感情を排陀しお、情報を枡す声。

    「これからお話しするこずは、䞀般には非公開の情報です。DCSIが管理し、政府が認知しおいる限定的な知識です。信じがたい内容だず思いたす。それでも、あなたが昚倜送っおくださった䜓隓の説明ずしお——最も合理的なものです」

    矎月は頷いた。声が出なかった。

    「䞖界は、䞀぀ではありたせん」

    蓮が蚀った。

    沈黙。

    「私たちが暮らしおいるこの珟実の䞊に——あるいは䞋に、あるいは隣に——無数の局が存圚しおいたす。局、レむダヌ。䞊行する䞖界ず蚀っおもいい。重なった透明なフィルムのように存圚しおいお、通垞は互いに干枉しない。しかし——」

    「しかし、干枉する人間がいる」

    矎月の口が勝手に動いた。蓮が䞀瞬止たった。

    「  はい。その通りです。私たちはその胜力を持぀人間をレゟナント——共振者ず呌んでいたす。別の局ず共振する胜力を持぀人間です」

    「私が、そうだず」

    「はい」

    蓮の声に迷いがなかった。

    矎月の手が怅子の肘掛けを握った。指が癜くなるほど匷く。

    「柏朚さんが䜓隓しおいる珟象を、私たちは『滲み』ず呌んでいたす。別の局の蚘憶や感芚が、ノむズずしお流入する。制埡できない。倢やデゞャノずしお䜓隓される」

    蓮は䞀拍眮いた。

    「滲みは受動的な珟象です。しかし、レゟナントの䞭には——胜動的に別の局に干枉できる者もいたす。意識を別の局の自分に同期させ、䞀時的にその局で行動する。これを『同期』ず呌びたす」

    「同期  」

    「物理的な移動ではなく、意識の䞊曞きです。自分が存圚する局にのみ跳べる。同期䞭、元の局の身䜓は——」

    蓮が次の単語を遞び盎した。

    「——昏睡状態になりたす」

    蓮は淡々ず語った。SFの蚭定ではなく、業務報告のように。——この人にずっおは日垞の知識なのだ、ず矎月は思った。

    肘掛けに眮いた指に、目を萜ずしおいた。

    右手を握り盎そうずした。 けれど、先に動いたのは巊手だった。

    䞀拍遅れお、右手が肘掛けに爪を立おた。

    「  今のも、同期ですか」

    蓮の芖線が、矎月の手に移った。

    「——近い珟象です」

    「ここたでで質問はありたすか」

    「  党郚です。党郚が質問です」

    「わかっおいたす。しかし、先に芋おいただきたいものがありたす」

    理緒が画面にデヌタを衚瀺した。波圢。矎月の名前がファむル名に含たれおいる——Subject M. Kashiwagi。

    画面の隅で、凊理ログのむンゞケヌタヌが䞀瞬だけ点いお、消えた。矎月が目を留めるより早く、別の衚瀺に切り替わっおいた。

    矎月の目が、ファむル名に釘づけになった。

    「これは  い぀から」

    「二週間前からです」

    二週間前。矎月が最初の倢を芋るより前。蓮がカフェで声をかけるより前。

    「蒌井さん。あなたは最初から私のこずを知っおいたんですか。カフェも——偶然じゃなかった」

    「偶然ではありたせん」

    蓮の声に躊躇がなかった。

    「波圢を怜知した時点で、接觊の準備を始めたした。方法は蚭蚈したした。ただし、お話しした内容に嘘はありたせん」

    矎月は黙った。送颚音が耳の䞭でうねっおいる。蓮の告癜を凊理する䜙裕がなかった——ずいうより、凊理する必芁がなかった。いたはそれどころではない。

    「波圢を芋おください」

    蓮の声が矎月を匕き戻した。理緒がキヌボヌドを叩き、モニタヌの衚瀺が倉わった。波圢が拡倧される。理緒のタむピングの指が、䞀瞬だけ止たった。蓮が次に䜕を蚀うか知っおいる——その蚀葉の重さを知っおいる指だった。

    「柏朚さん。ここからが、本題です」

    蓮の声が䜎くなった。

    「レゟナントの滲みには二぀のパタヌンがありたす。䞀぀は双方向型——自分の局ず別の局のあいだで、互いに干枉し合う。もう䞀぀は䞀方向型——片方からのみ干枉が起きる。先ほど説明した同期のように、胜動的な干枉ができる人間がいる以䞊——䞀方向の干枉は、自然発珟では起こりえたせん」

    理緒が画面を指した。矎月の波圢デヌタ。その目は䞀瞬だけ、波圢より奥を芋おいるようだった。

    「柏朚さんの波圢です」

    波圢はすべお、䞀方向だった。

    向こうの局からこちらの局ぞ。流入だけ。逆方向の信号がれロ。矎月から向こうぞは䜕も出おいない。

    「䞀方的  」

    「はい。誰かが胜動的にあなたの局に干枉しおいる、ずいうこずです」

    蓮が蚀った。声が硬かった。

    「柏朚さんの滲みは——自然に起きたものではありたせん」

    矎月は画面を芋぀めた。䞀方向の波圢。向こうからこちらぞだけ。血液が耳の奥を叩く音が、たた倧きくなった。

    「誰かが、意図的に——」

    蓮の蚀葉が矎月の蚀葉を远い越した。

    「誰かが、あなたの局に穎を開けおいたす」

    郚屋が静たった。

    モニタヌの波圢だけが動いおいる。芏則的に、しかし確実に振幅を増しながら。

    蓮の芖線が、矎月の口元から䞊がった。目を芋おいた。カフェの最埌の䞀床以来、二床目。黒い目。そこに感情が芋えた。——ほんの䞀瞬だけ。読み取れたのは、埌悔に䌌た䜕かだった。

    矎月は怅子の肘掛けから手を離した。手が震えおいた。郚屋の送颚音が遠い。自分の呌吞の音だけが近い。

    わかっおいたのは䞀぀だけだった。

    あの倢は、倢ではなかった。デゞャノは、海銬の゚ラヌではなかった。ノむズは、空耳ではなかった。

    誰かが。意図的に。

    矎月の䞖界の壁に、穎を開けおいる。


    #創䜜倧賞2026
    #ファンタゞヌ小説郚門


     
     
    AIず二人䞉脚で、物語を曞いおいたす。 長い小説も、短い話も。 どこぞ向かっおいるのかは、ただわかりたせん。 わからないたた曞くのが、たのしいです。 みなさんの曞かれたものも、倧事に読たせおもらいたす。

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