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無菌室の観察者たち―ロマンス詐欺とチェスの駒―

    【この作品について】
    チェスの駒が揃わぬうちにの関連作。
    違うキャラ2名で恐怖の正体を解いていく、ある意味「目明し編」です。
    魅力のない50代ソロから、20代理系女子にキャラチェンジ。
    展開と結末が、ちょっと違います。

    チェスの駒が揃わぬうちにのネタバレ要素がありますので、気になる方は注意。

    【あらすじ】
    田舎の研究所で絶滅危惧種の植物を育てる研究員歩々子(ぽぽこ)と理々美(りりみ)。
    「体は忙しいが頭は暇」な日々、生態学の癖でSNS観察を始めた歩々子に、ロマンス詐欺師が接触してくる。正体を見抜いた二人は逆に観察を開始。
    「いいね」を手がかりに、集団をポーン・ビショップ・キング・クイーンと駒に見立てて構造を解き明かしていく。だが気づけば、観察していたはずの自分たちが観察される側に回っていた。
    叫んでも無音のネットの海、中身のないアカウントの群れ。やがて現実と認識が静かに侵食され、理々美が「壊れた側」へ追いやられる。
    チェスの駒は最後まで揃わなかった。二人が気づいたのは、その事実と、残された「思いがけない感情」だった。

    【本文】
    あたし鹿毛野歩々子(かげの ぽぽこ)、田舎の研究所の研究員。
    この前インスタ始めた。

    インスタでアカウント観察してるんだけど、初観察だったのが、これ。

    外国人のようだ。
    日本語で、お弁当とおやつの鳳梨酥(オンライソー)を撮影した画像にコメントを入れてきた。

    「このおいしそうなものはなんですか?」
    そうか珍しいお菓子見て名前知りたくなったんだなとあたしは思い、

    「オンライソーと言って、台湾のパイナップルのお菓子です。」
    と答えた。すると彼は言った。

    「ちがいます、このおいしそうなお弁当は何というごちそうですか?」

    「待ってムリありすぎ......。」

    で、いまツッコんだのが同僚の干刈理々美。

    こんなアカウント観察してる理由、まずあたしの自己紹介してから説明する。
    自己紹介が苦手。中高一貫ひきこもり卒。
    6年間ネットの大海でおっさん達に育てられた結果、時々話し方が終わる。20代のワイ涙目。

    一念発起して一浪して地方の大学に補欠合格!森林環境学の大学院修了!公的機関に就職!

    しかし、あたしは研究成果を論文にするのが苦手。で、さっさとやめた。
    だいぶ引き止められたが、「研究と現場を橋渡しする研究所」だと論文書かなくていいらしいので転職した。
    今の職種は「なり手が少ない。」と前職でも聞かされていた。

    集団の動態を観察するのが大得意なのだが……データを取ると満足してしまい、放り投げてしまう悪い癖がある。

    干刈理々美(ひかり りりみ)。
    中高一貫校卒、ええとこの国立大学を出て、国立の研究機関に数年在籍してたらしいが、なぜかここにいた。

    仕事上先輩だけど同い年。
    このまえ軽く「なんで前職辞めたん?」て聞いたら顔がモンハンのオドガロンみたいになった。絶対聞いちゃアカンやつらしい。メモメモ……。

    理々美は絶滅危惧種の植物をバイオテクノロジーで増やし、外の環境に慣れさせ、栽培する。希少品種の病気の治療経験もある。機器のメンテナンスから除雪、除草作業まで全部自分でやっている。

    あたしは隣で「もう休憩しようよ。」言う係。

    2人で培地作って、除草して、植物のバイタルチェックをする。
    一日が肉体労働で終わる。
    悪い仕事じゃない。やりがいはある。

    要するに……「体が忙しいが、頭が暇」な仕事。

    そんな時、SNS眺めてて、これあたしの得意な「集団の動態の観察」、個体群生態学に置き換えて観察できるんじゃないかな?て思った。

    そういう研究、社会学とかで普通にあると思うよ。でもあたしの悪い癖で「生態学で全てを説明出来る」ていう持論があった。

    ちょっと試してみたくなった。

    最初に試してたのはX。あたしは観察者なのでとにかく気配を隠す。このSNSは訪問者数がアナリティクスで分かる。非公開アカウントで十分に誰からも見られなくなったところで観察を開始。様々なクラスタを観察しまくったら、ちょっと飽きてきた。

    同じSNSだと面白くないな。

    そこでインスタ始めた。

    しかし自撮りとかして露出するのは嫌。そこでごはんと弁当をアップにすることにした。
    だから投稿画像はテーブルとごはんと弁当の画像しかない。

    あたしはここで自分に誓いを立てた。
    「フォローされてもフォローバックしない。」

    目的はステルス化。あたしはインスタで観察がしたいのだ。
    最初は訪問者がいた。いいね、フォロー、コメントがあった。

    初心者?のせいか、フォローしつつ、「いいね」も10個くらい付けてくる人がいた。
    でもあたしは「フォローされてもフォローバックしない」を徹底した。するとみんな怒ったように「いいね」もフォローも取り消した。

    1か月以上経過した頃、ついにあたしは新規訪問者数連続0を達成した!
    ステルス化成功である。

    「そうかな?」
    喜ぶあたしの隣で理々美が言った。

    「インスタて、Xと違ってアナリティクス見えてないじゃん?」

    「ぐぬぬ。」

    「歩々子はコメントとDMの挙動と『いいね』からしか訪問者数を推定してないし、本当に訪問者数が0なのかどうかは不正確、怪しい。」

    「うるさいうるさい!」

    「Xみたく非公開にすればいいのに。」

    「いきなり非公開にしたらデータが取れなさすぎた。」

    「あーね。」

    「アナリティクスないタイプ、むつかしい。」

    2か月ほど経過した頃、この状態のあたしのアカウントに新規訪問者が現れた。ステルスのはずなのに……。

    それがさっきの外国人だ。そこでこいつを観察する事にした。

    その後もアップするたびに飯をほめる。その焼き魚一匹90円だぞ。
    そのうち彼は聞いてもいないのに自分語りを始めた

    「私、シンガポールの貿易会社の社長です。まだ20代なのですが、父親の会社を引き継ぎました。」

    休憩時間にこれが来て、理々美と爆笑した。
    「初手からあーやーしーいー!」

    「いきなり『シンガポールの貿易会社社長』はアクセル踏みすぎ。もう少し段階を踏むべき。」

    「なに指南しとんねん!」

    「あーしロマンス詐欺いけんじゃね?」

    夜もトークは続いた。あたし寝るの早いのに通知で起こされた。
    「日本語を教えてほしいので、お話しさせてもらってもいいですか?」

    「いいよ!」

    「日本のグルメに興味があります。讃岐うどんについて教えてください。」

    LINEで理々美に聞く。

    「じゃあこれ貼って」

    秒で讃岐うどん情報の返信。理々美有能。
    さっそくあいつにレクチャーした。

    「日本国内でも讃岐うどんと自称できるのは香川県の手打ちに限られる。味は製麺所によって違うが、製麺所で直売されている茹でたての釜揚げが最も美味とされる。チェーン店の丸亀製麺は実は香川県発祥ではないため推奨できない。讃岐うどんに最も近く、しかも手軽に入手できる方法としては、日本国内のセブン・イレブンにある冷凍讃岐うどんが実は麺の質が本場に近い。」

    「むずかしいです。」

    業務中にも通知が来た。

    「今何しているの?」
    早速無菌室に戻り理々美に報告。

    「通知切るの忘れてた。『今何しているの?』だって。」

    「またあいつか!ふざけんな!無菌操作中だぞ!おててが汚れる!」

    「しずまりたまえ。」

    「まあこの職場、休憩時間が毎日変動するし、ロマンス詐欺としてもON・OFFの時間帯が分かりにくい。だからこうやって、探ってる。」

    「さすが姐さん。」

    「年違わない。」

    こんな感じでロマンスぽい流れには全然なっていなかったのだが、LINE教えろとか、仕事は何かとか、いろいろ聞いてくる。

    日中は植物体の入った数万の試験管があたし達にプレッシャーをかけてくる。
    早く植え替えないと成長が止まってしまう。
    同じ作業を延々繰り返す。

    無菌操作といえば聞こえはいいが、「バイオ土方(どかた)」て言われる作業。でも今はバイオ事業も下火になって、そういうスラングも通じなくなったっぽい。

    手はせわしなく動いている。
    だが頭は余る。
    考える癖は行き場を失う。

    結局通知は来なくても「あいつ」の話ばかりしてた。

    「何を間違えてロマンス詐欺を始めたのかな?」
    とか、

    「もう怪しいの分かってるし、いつこっちがそれを伝えるかだね。」
    とか。

    また寝る前に通知が来た。その時の会話の中で、
    「シンガポール在住だから英語しか使えない。」
    て言い出した。

    あたし、大学の研究室にシンガポール出身の人がいて詳しかった。
    そこで聞いてみた。

    「じゃあマレー語は?」

    「話せない。」

    「おかしい、マレー語が国語でしょ?」

    そしたら、なぜか焦りだした笑

    実はシンガポール、英語以外に中国語・タミル語・マレー語と、主に四か国語が混ざる国だから、英語しか話せない事は十分あり得るのだ。

    さっそく理々美にLINEで転送。

    「焦りがむしろ怪しい」

    「未熟なのかな?」

    ……実は、ロマンス詐欺来るまで、理々美へのLINEは業務連絡以外ひかえてた。

    理々美には他に友人がいるみたいだった。あたしはいない。
    オフ時間にお邪魔しちゃいけないかな?と思ってた。
    でも面白がってくれてるので、ヨシっ!

    業務時間は無菌室で何時間も二人でいる。何も考えずに出来てしまえる操作なので雑談が増える。あたしはリアルでのコミュ力ない。だからこのロマンス詐欺のおかげで理々美と話せるネタが出来た。それを知って理々美も話を振ってるっぽい。

    「考え過ぎかもだけど、彼がロマンス詐欺に関わるのは、貧困が原因じゃないかな?」

    「理々美姐さん、貧困に詳しいの?」

    「どん底の経験あるよ。実家会社経営してるんだけど、資金繰りが行き詰まって、ATMにされた事ある。いろいろやられて全財産を家族に奪われた。……けどまあ、あーし名義での借金までは勝手に作られてなかったから『どん底』でもないか。」

    「まじすか。」

    「あいつの話に戻そ。まだ若いけど、境遇に恵まれない、もしかすると貧困国で、犯罪組織にそそのかされて『金持ちの国の馬鹿な奴から大金を手に入れられる。』とか言われたのかも?なら乗っちゃうよね。」

    それよりさっきの理々美家族とのエグい金銭トラブルの方が気になるんですけお?
    そんなあたしを置き去りにして理々美は力説した。

    「あーし、境遇ゲーってあると思う。それでも学歴を得た事で、今もどうにか生活できてる。……でも彼はもうロマンス詐欺師になってる。」

    「うんうん。」

    「もう普通に何を伝えても聞く耳持たないとおも。日本て金持ちの国だと思われてるし。」

    「で、どうするん?」

    「いや犯罪はダメなんだけどさ。でも頭いいやつが、アホ騙して金取るのって、完全悪とも言い切れなくね?……いや良くないけど。……で、これ伝えたら、あいつ聞く耳持つかも。」

    「思想やばない?」

    「かも知れない笑」

    ロマンス詐欺師のなにかが理々美に本音を語らせたっぽい。普段明るいのにダークみあった。

    一週間も経った頃、
    休憩時間にシンガポールの貿易会社の彼ピ(笑)からまた通知が来た。

    「昔、なにやってたの?」

    あ、この前つい「昔の仕事ではー……」て言ったとこをガッツリおさえられてる、やば……。

    そこで理々美に相談。

    「適当な経歴伝えれば?」

    「リアルじゃないとマジ疑われるー。」

    「べつにロマンス詐欺相手だし、心配せんで良くない?」

    「いや!このおもちゃを手放したくないのだ。」

    「ならあーしの経歴と混ぜて適当な経歴つくろ。」

    「わーい。」

    こうしてあたしの経歴は、
    「一浪して、いいとこの国立大学を出て、すんげー研究所にいたけど論文書くのが苦手だからやめて、いまここ。」
    となった。

    この設定で彼ピ(笑)に伝えた。
    しかし……。

    「うは!通知止まんね。」

    「どしたん?」

    「こまかい経歴めちゃ聞いてくる、LINE教えろ圧がすごい、きもい。」

    「歩々子もう相手するのやめな。」

    「やだー!」ぴえん。

    理々美からLINE。
    「これロマンス詐欺に送って もう通知来なくなると思う」

    「私はI don’t think it’s all that bad for smart people to swindle money out of stupid Japanese people.だけど、そのお金は学校に行くために使ってほしい。いろいろ学ぶために使ってほしい。」

    あたし英語よくわかんないけど送った!
    そしたらなぜか、これが強烈に相手に刺さった。

    相手からは、思ってたのと全然違うリアクションが返ってきた。
    まずは日本語で、

    「お前の事は知ってるぞ!」

    次に台湾語で、

    「大学の運営に強く抗議する。」
    て叫び始めた。

    それから時間をおいて「どこの研究機関」「何の研究」とだけ聞いて来た。

    「急に情緒ジェットコースター……。なんか途中、台湾語っぽい。」

    理々美も確認した。

    「マ?……ごめ、これヤバ、刺さりすぎてる。途中から『中の人』が入れ替わってる。クエスチョンマークなし、これネイティブな日本人の集団じゃないかも。歩々子、ブロックした方がいい。」

    「うん!」

    あたしも分かった。相手はチームプレイだった。

    無菌操作に戻った。
    閉鎖空間にブロー音だけが響く室内は、慣れると徐々に静寂同然に感じるようになる。
    そしてまた、手は忙しいのに脳が暇になる。
    しばらく無言だったけど理々美から話しかけてきた。

    「やば。」

    「やばーいねぇ。」

    「マジで、歩々子を危険な目に遭わせるつもりじゃ……。」

    全然そんなことないので笑いながらあたしは言った。

    「全然!それより台湾!」

    「それな。」

    「あとチームプレイ、あたしも分かった。明らかトーン違かった。」

    「ロマンス詐欺だけど『国際ロマンス詐欺』かな?台湾だし。」

    理々美は続けた。

    「あーし、高校生くらいかと思ってた。けど多分、台湾人の大学生。変な事伝えて余計な動揺させてしまった……マジで。」

    「かまへんかまへん。」

    「ああー!伝えたいこと全然刺さらんかったー。」

    「そっちかーい……あ!そんな感じの曲、知ってるお。」

    「知ってる……『お』?」

    「ひきこもりの6年間で色々いい曲を知ったのだ。えっとね、鬼束ちひろのArrow of Pain!」

    理々美はAIに聞いて確認してた。

    「……昔の曲?」

    「うん!知ってる曲大体古いやつ。」

    6年間ネットでおっさん達の中に紛れて暮らしていたからな。

    Arrow of Painは、

    相手の思惑なんて早々に見えていた。それでも矢を放ったのは自分で、刺さらなかったのに痛かったのも自分だった。

    そういう曲だ。
    あたしは泣けた。

    我ながらこの曲はぴったり、と思った。
    んで、国際ロマンス詐欺師の皆さんにも聴いてもらいたく、理々美には内緒でインスタに貼った。

    そしたら、とんでもない反響があった。

    さっそく理々美に報告したが秒で叱られた。

    「かまうなっつったろーが!あぁん?」

    「でも最初に『いいね』してきたの、台湾の大学院生だよ?」

    「そマ?見せて。」

    ふっ、理々美ちょろいぜ。

    半日もしないうちに1つ「いいね」がついた。その後すぐ連続で4つくらい付いた。
    最初の「いいね」は「台湾の地方大学の大学院生」だった。
    どこにでもいるメガネ男子の大学院生だった。最近はレーシックをやって視力回復していたり、いいアパートに引っ越したり、羽振りが良さそうな割に大学の話は出てこない。そんな感じだった。

    「これたぶん本垢だよ。」

    「でもフォロー・フォロワー数が少ない。怪しい。」

    彼がフォローしていたのは4アカウントだけだった。しかもフォロバされてなかった。

    「でね、フォローの中に日本人がいる!『串橋太蔵』、この日本人の手引きで、あたしのインスタアカウントに……。」

    「いや、これIDが注音符号、つまり台湾語の読み仮名『ツンキォ・タイツォン』になってる。これ台湾人のアカウントだと思う。」

    「まじすか。」

    「しかも残り3つのアカウントも同じ傾向にある。日本人はいないっぽい。繋がりは一方向だけしかない。」

    「なんかあってもトカゲのしっぽ切り?」

    「まじそれな。」

    その日は培地調製作業だった。
    栄養源の入った液体に寒天を溶かし、試験管にそれを次々流し込んでく……。
    公的機関の実験操作と違って、厳密さが要求されない。その代わり、ただひたすらたくさん作る必要がある。これもまた、頭は使わない流れ作業だった。

    2人で培地を作りながら、またロマンス詐欺の話になってしまった。

    「やばいねー、反応エグいねー。」

    「でもこれで断定しちゃまずいよ。事実ベースで考察しないと……。」

    「いやどー考えても台湾っしょ?」

    「うん。あーしも台湾で繋がってる、とはおも。多分5人でひとつの台湾系小集団のグループ。」

    培養液の分注作業を行いながら更に2人で話をつづけた。

    「この台湾系の小集団だけだと、歩々子の言った『日本との接点』が希薄。大量の日本人アカウントの中から、歩々子みたいな孤独そうな女性をスクリーニング出来ないと、国際ロマンス詐欺は成立しない。」

    「今さらっとなんか言った?」

    「歩々子のインスタを下見してた日本人がいたと思う。」

    「無視かい。」

    結局話のネタになるし盛り上がるので、終業後もしばらく国際ロマンス詐欺の話になった。

    理々美、中高一貫校でちょっとだけチェス部に所属してたらしい。でも受験勉強で結局辞めたっぽい。
    で、この大学院生を、
    「役割が明確。チェスの駒に置き換えて呼びたくなった。」
    と言い出した。あたしはネーミングを任せた。

    「ポーン01。」

    「ポーンてなに?」

    「一番下っ端の駒、だけど敵陣の最深部まで入り込めば最強の駒に成り上がれる。歩兵とか農民の意味。」

    「将棋の『歩』?」

    「歩々子将棋は分かるんだ。そそ、将棋の『歩』。多分ポーンは他にもいる。これから見つかるかも知れない。だから『01』。」

    理々美は続けた。

    「1人目の『いいね』の検証を終えた事になるね。その個体のフォロワーは4、全体で5の小集団。主に台湾のIndividuals。」

    「かっけえ。なんかよく分んないけど。」

    結局理々美の方が解析を楽しんでる気がする。

    翌日も、また理々美のチェス部の話になった。
    クリーンベンチのブロー音が響く無菌室内で、ちょっと声を張りながらあたしは理々美に聞いた。

    「チェス上手いん?」

    「ほぼほぼ知らない。」

    「チェス部じゃなかったっけ?」

    「それな。」

    理々美は中高一貫一年の時、チェス部に入部。進学校だけど成績余裕だったし、自分で選んだっぽい。

    「歩々子と一緒で将棋は知ってたし。で、行ったらすぐ駒の名称と動きを教えられた。初日に同じ日に入部した初心者と初めてチェスの対戦した。」

    「ほうほう。」

    「チェスは将棋より簡単に相手の駒が取れるから、取れそうな駒を取っていった。そしたらギャラリーが『大胆なチェスをするね。』て。相手もあーしの駒を取る。相手も『将棋は得意です。』言ってた。」

    「で、理々美勝ったん?」

    「どっちもキングだけになって、相手が逃げるのを追いかけてたら『ドロー』判定になった。」

    「すっきりしませんな。」

    「ほんそれ。」

    休憩時間もチェス部の話だった。
    ていうかあたしが話を振った。気になる。

    「理々美追い込んでるし、初回の結果としてはいい感じなのかな?」

    「上級生も指導教官も『大胆なチェスだな。』とか言ってくるだけで何も教えてくれない。悔しいから部活終わってすぐ調べた。『リスクを恐れず駒を犠牲にするプレイスタイル』らしい。」

    「ほめてる?」

    「ほめてない、初心者にありがち。将棋と違って駒は捕虜ではなく殺害される設定なので手駒に出来ない。目先の駒を取ろうとするのは初心者。上級者は『キングをどうやって取るか?』だけを考えて逆算して駒を進める。」

    「へぇーへぇーへぇー……20へぇ。」

    そしたら理々美がまたAIに聞いてた。

    「……不動産物件?」

    「20平米じゃないお!『トリビア』だお!」

    理々美がAIに確認した。

    「『トリビア 〜素晴らしきムダ知識〜』2000年代の番組……歩々子幾つ?」

    「その件はいいからチェス部。」

    「うん……。」

    何か思い出したのか、少し理々美の表情が曇った。

    「初級から中級のチェス戦の予習をして、来週こそ一勝!と思ってた。けど親が勝手にその日に塾を入れて、退部させられた。つらみ。」

    「わかりみ。……でもそれ親の愛情かも。うちお金ないから塾も予備校もムリだった。」

    「うん……。あの頃は親を尊敬してたし、大好きだった。愛情なんだろうなて。」

    なんか理々美がまたオドガロンになってきた。

    「後から知ったんだけど、親戚中にあーしの成績ネタでマウント取ってた。なんでいとこ達が冷たくなったのか後で知った。それだけじゃない。」

    「なんかあったん?」

    「……ちょっと話が長くなるから、一緒にどっかご飯食べ行こ。」

    「えっ……。話聞きたいけど外食怖い。」

    「怖くない!行こ!」

    「じゃあ行く。任せていい?」

    研究所を出て着いた場所は、完全個室型の和風レストランだった。

    「チルい。」

    「ここスイーツもおすすめ。」

    「まじすか。」

    「和ッフルとか。」

    あたしデザート和栗白玉和ッフルだな、と選んでると、理々美が切り出した。

    「ずっと誰にも言えなかったけど……重い話、いい?」

    「いいよー。」

    めちゃ重かった。

    「前職辞めた理由。」

    おう!オドガロンの理由。

    「実は家族。」

    「まじすか?」

    理々美には大学の時から交際してた彼氏がいた。三か国語堪能で、タイのドン・パヤーイェン・カオヤイ森林群で植物の生態を研究してた男性と遠恋だったっぽい。
    婚約して、理々美の両親に挨拶する事になった。
    でも理々美の親は会うなり急に「顔と年収と学歴が気に入らん!」とか言い出して一方的に破談にした。

    「ありえん。」

    「両親ずっと反対してなかった。急だった。」

    「二人だけで勝手に結婚しちゃえばいいのに。」

    「うん……。すぐ彼を追いかけて一緒に出て行こうとしたら弟に羽交い締めにされて、スマホとか財布とか勝手に取り上げられて、連絡も移動もできなかった。その間に家族が……全部なしにされてた。」

    「……あ、待って。エグすぎるからあたしの暴露話で中和したい。」

    「なにそれ。」

    聞いてられんくらい空気が重い。
    そこであたしは「重い過去対決」を挑むことにした。

    「あたしが6年間引きこもりになった理由。」

    「ああそれ絶対聞いちゃダメだとおもったやつー。」

    あたしは理々美になんで前職辞めたん?て聞いてた……。

    「初恋の相手が……。」

    「うん。」

    「担任だった。」

    「まあ普通じゃね?」

    「52歳独身中学理科教師。」

    「……。」

    「いまこめかみに力入れてなくない?なんかこらえてない?」

    続けてあたしは同級生男子に言われた言葉を伝えた。ありえんレベルの年上好きをそう呼ぶらしい。

    「……枯れ……専?」

    「そそ、枯れ専。初恋だったもんで、分かりやすく周りに即バレ。で、付いたあだ名が『加齢臭』。」

    「ストップ。聞いてらんない。次あーし。まだ辞めた理由まで終わってない。」

    破談になった後、理々美の母親は理々美に国立の研究所を辞めるように何度も勧めてきた。

    「彼がまた接触してくるかもしれない、ストーカーになるかも知れない言い出した。ありえんて今なら分かる。」

    でも破談のショックで判断力を失ってた理々美は、尊敬する親の言うとおりにした。

    「ありえん……。エグ過ぎる。」

    もう自分の話で止めるしかないでしょ。

    「はい次あたしの番!もう恥ずかしくて学校行けない。両親がいじめを疑って、担任がわざわざ家まで来て、『調査の結果、歩々子さんはカレー臭というニックネームで呼ばれていましたが、これはカレーせん(ほんとは枯れ専)から付いたあだ名でカレーせんべいのにおいがするという意味で、いじめの意図はありませんでした。』とか言ってた。」

    「隠蔽……。」

    「あたしの初恋は終わった。」

    「マジつらみ。」

    「じゃあ、あーしの番ね。」

    理々美は親に言われて前職を辞めた。そしたら理々美の母親が「会社のピンチ」と泣きついてきたらしい。
    必要な金額を聞くと、理々美の口座に入ったばかりの退職金と共済積立金の合計額ぴったりだった。

    渡した総額は1,000万以上になった。

    これ全部、理々美の母親が持って行って、お金はどこかに消えた。
    理々美の母親は親戚に、
    「あんないいとこ、なんで辞めたのかしらね?」
    とか言って回ってたらしい。

    「やめろー!マジつれーわ!はい!次あたし!」

    あたしは強引に入り込んで続けた。

    「理想のおっさんに出会うため、あたしはネットの奥地へと向かった。」

    「そっち行くんだ。……JCだし、幾らでも寄ってくんじゃね?」

    「あたしはエロ目的で寄ってくるおっさんはやだった。ふつうのおっさんに会いたい。てかおっさんを見てたい。愚痴言ってたり『ワンカップとさきいかの旨さにようやく気付いた。』とか呟いてるおっさん。」

    「マジでおじ好きなんね。」

    「なんならおっさん達の中に紛れ込みたい。んで、おっさん達の会話を暗記して意味を調べて使い方覚えて完コピできるようになった。」

    「熱量エグい。」

    「でも会話するとなぜか女子バレする……。」

    「わかりみがすぎる。歩々子かわちいし。じゃ次あーし。」

    理々美の母親は、放漫経営で一時期会社の資金繰りをショートさせてて、消費者金融みたいなとこにまで手を出してたことを、理々美にだけこっそり白状したらしい。
    それでも会社の売り上げ自体は好調で、経理に疎い父親が気付いてなかったっぽい。
    このままでは破産するのに、理々美の母親はけろっとしていた。

    「『ママね、いいこと思いついたの!』言い出した。」

    「どのような?」

    「消費者金融数社から借り入れ限度額いっぱいまで借りる。その中の一社だけ3万返済する。」

    「すると?」

    「そこの借入枠が3万円戻る。そこですぐ3万円借りる。」

    「ちょ……。」

    「引き出した3万円を二社目に入れて返済して借入枠が3万円戻るのですぐ3万円借りる。」

    「やばい予感しかしない。」

    要するに、理々美のママの思いついた「いいこと」とは、借金を繰り返して毎月返済額の3万円分だけは返済を済ませるという自転車操業だった。

    「AIに聞いたら金融界隈で『枠回し』言うっぽい。」

    「やばみが深い。」

    「でも母は『こうすると3万円手元に残るの!』て喜んでた。」

    「それだと何も返済できてないんじゃね?」

    「金利で借金が雪だるま式にふくらむ。」

    「それで毎月3万円理々美におねだりしてたのか。」

    「お嬢様っぽいところがあるなとは感じてたけど、ここまで母が頭悪いとは……。」

    そういえば、とシンガポールのあいつの事を思い出した。

    「……だから、ロマンス詐欺にも『そのお金は学校に行くために使ってほしい。いろいろ学ぶために使ってほしい。』なの?」

    「うん……。でも母のことなら、実はもっとある。」

    「怖いよう。」

    「目先の大金に目がくらんだのかな?」

    ドリンクバーの紅茶オレを飲みながら、理々美はそう呟いた。

    「辞めさせるより長く働いてもらった方がお得なのにね。」

    「……昔から、親戚といつも張り合ってた。小学生の頃はクルーザーとか持ってた。」

    「クルーザー!」

    「今はもう無いと思う。実家とは縁を切ったから、分からない。」

    「そっか。」

    あたしは白玉団子をもぐもぐしながら相槌を打った。

    店の外に出た。
    なんかもわっとした夜の風がいい匂いだった。
    前から聞きたかったことがあるんだけど、と理々美が聞いてきた。

    「大検受けたの?」

    「ちがうよ。あれ難しい。ネットのおっさん達から引きこもり専門の高校があるって教えてもらった。」

    「引きこもり専門?」

    「うん、でも取得単位の中で体育がやばい。」

    「どやって取るん?」

    「合宿があってそこで一気に体育の授業日数分稼ぐ。だけど全員引きこもりだから集まりが悪い。」

    「ウケる。」

    「『バディ組んで。』言われてまじむりと思ったけど勇気を振り絞って残ってた男子に声かけたら秒で断られた。ワイ、引きこもり界隈からも弾かれソロ活。結局先生と組まされた。」

    「なんでぇ?」

    「でも高卒資格は取れた。ネット民のおっさん達にあたしは育てられたと思ってる。」

    「めちゃリスペクトしてんね。」

    「うん。英数死んでて国語と理科と世界史だけでどこか入れる大学あるか聞いたら、としあきが……。」

    「としあき?」

    「知らんでいいやつ。おっさんの誰かが二次試験理科と小論文だけの学部を見つけてくれた。」

    「森林環境学部?」

    「そそ。んで一浪して合格した時、ちょっとそんな事書き込んだら『お礼がしたいなら二度とここに来んな。』とか『絶対卒業して就職しろ。そして納税しろ。その税金で俺は生活保護を受ける!』とか言ってた。」

    「……いい話かな?」

    エグい暴露話合戦だったけど、理々美との距離はかなり縮まった気がした。

    理々美と解散して帰宅後、あたしはずっと気になってたインスタの2人目の「いいね」を確認した。
    日本人アカウントだった。投稿内容を確認。好物はうどん。香川県在住。

    「うほー!うどーん!」

    偶然にしては出来過ぎ。
    なお3人目と4人目はふつうに「鬼束ちひろ」ファンだった……。つまらんのう。

    2人目の「うどん」には奇妙な追加属性があった。
    このアカウント、複数の自己啓発セミナーの主催者達にフォローされてて、フォロワーはみんな「うどん」に敬語つかってた。

    「『うどん』はたぶん、えらい人だな……。」

    更にこのアカウントは投稿内容で自己啓発セミナーの主催者達に「今日も頑張りましょう。」と朝の挨拶をする側だった。

    さっそく解析。
    すると意外な結果が出た。
    集団の規模は「ポーン01」よりはるかに大きく、余裕で1,000超えてた……。

    予想よりもずっと大きい。あたしはちょっぴり怖くなった。
    最後までこのアカウントの投稿を確認した。
    あたしは自分の目印用に「うどん」の最初の投稿に「いいね」を押した。

    つぎの日は屋外作業。ビニールハウス内で延々と培土を運んだ。
    約50袋の鹿沼土と赤玉土を2人で黙々と運ぶ。
    体は忙しいけど、また頭が暇になる。こんな時は悪いように物事を考えがち。

    そしたら理々美が心配してくれた。

    「歩々子なんかやな事あったの?」

    「……相談していい?」

    昨日家に帰ってからまたインスタのデータを解析した事を伝えた。
    理々美は慎重論だったのであたしは熱く語った。

    「ほぼほぼ『ステルス』だったし、あたしのインスタに新規で来れるの、大体『ロマンス詐欺』関係者だよ。」

    「でも、鬼束ちひろファンかも知れないよ?」

    「まあちょっぴりだけ鬼束ちひろファン来てた。けどすぐスクリーニングで落とせたよ。」

    「そっかー。」

    「でー、2人目が『自己啓発セミナー』だけど『国際ロマンス詐欺』じゃない。『自己啓発セミナー主催者集団の統括者』にしか見えなかった。なのに『うどん』……。」

    「うーん、ちょっとデータの正確性を確認したいなー。」

    「あ、見に来る?」

    「いいの?」

    「きてきてー。」

    という訳で、初めて理々美をおうちに呼んだ。理々美とは外食行ったけど、家に呼ぶのは初めて。てか誰か呼ぶの初めて……。
    困ったのでお茶を出した。

    「韃靼そば茶とマテ茶とロンジン茶があるけど、どれがいい?」

    て聞いたらなぜか理々美はめちゃ笑って、

    「歩々子にお任せしていい?」

    と言ったので、韃靼そば茶にした。

    「……で、はっきりした理由が分からないままだけど、あたしアカウントのリンケージを確認した。」

    「うん。」

    「1,000超の規模があった。ていうか正確にカウントすると5,000くらいないかな?」

    「うーん、なにか間違ってる、と感じたんだけど……。」

    「ね?」

    「ていうか歩々子、うち帰っても解析ばっかやってるの?すごくない?」

    「ちがうよ!モンハンもするよ!」

    「ゲームするんだ。」

    「理々美は?」

    「ドラクエシリーズかな?メインのよりDQMが好き。」

    「ドラゴンクエストモンスターズですな。」

    「あ知ってた?」

    「うん知ってるー!」

    理々美の意外な一面を知ってしまった、モンハン誘っちゃおっかな?なんならオドガロン亜種狩りに行きたいかな?とか考えて、いかんいかん!自分のわがままをこうゆうとき通してはいけないのだ、と。

    「……DQMでなに強化してるん?」

    「見た目重視だから、そんなに強くないやつ。」

    「おおーいいねぇ。」

    「序盤から配合で仲間に出来るけど、強化すれば結構使えるよ。」

    モンハン一緒にやりませんか?て言いたくてしょうがないお……。

    お茶を飲みながらデータの話に戻った。

    「あたしこの『うどん』、中ボスじゃないかな?て思た。」

    「『うどん』て……。これもしほんとにロマンス詐欺のバックの人なら……足が付いちゃってる事にならない?」

    「うん、だからちょっぴり怖くなった。知っちゃった、って……コト?」

    「考え過ぎかも。……『うどん』て呼んでると関連付けちゃうから別の名前にしてみない?まんまだとなんか悪口みたいだし。」

    「うん、変えてみる。なんかいい候補ある?」

    「ここはチェスで統一するか。」

    理々美と相談の末、仮称「ビショップ」にした。「ナイト」かも知れないけど、良く分からないし、という事で。
    台湾の「ポーン01」とは無関係かもだけど、あたしのインスタに来たグループて事でまとめよ、となった。
    あとは雑談っぽくなった。

    「歩々子心配し過ぎだって。」

    「でもでもだって『うどん』だよ?うどん県だし。」

    「うどん県っ!」

    吹きながら理々美も復唱した。

    「確かにうどん県。シンガポールの貿易会社社長がグルメで初手『讃岐うどん』はムリあるよね?」

    「ね?偶然にしては出来過ぎ。」

    「でもあーしが引っかかってるのは、つながりが完全じゃないとこ。」

    「『下見役』でしょ?あたしみたいな『孤独な女性をスクリーニング』する!」

    「ごめごめ!」

    理々美が帰ってからもロマンス詐欺集団の事を考えながらベッドに入った。
    すると、あたしの体に少し、異変が生じ始めた。

    ああぐっすり眠ったな、と思って目が覚める。普段なら目覚めれば明るい室内で、そこからカーテンを開けて日差し浴びる……はずだけどこの日、時計を見たらまだ深夜だった。
    全然眠りが浅くなった。

    あたしが気になったのは、思ってたよりも「推定される集団の規模が大きい」事……。

    この時の不安はこれ一つだった。

    ビショップが来た辺りを境に、自己啓発セミナー関係者らしきアカウントが連続で幾つか「いいね」してきた。
    5人目以降はやはり『自己啓発セミナー』関係者。
    鬼束ちひろの放った矢は「拡散型」だったっぽい。

    やっぱ弓のさいつよは拡散弓やねー、じゃないわ!早速内容確認。
    総じて若かった。

    「……やばない?子分じゃないかな?これ。」

    あたしはアカウントからデータ分析、集団の規模を推定しメインアカウントかどうかを仕分けた。
    これらは主にメインアカウントと推定された。

    さっそくLINEで理々美に見せた。

    「したっぱ君かな?」

    「ポーンてこと?」

    「そそ、それ。」

    あたしはポーン02、ポーン03……と順に名称設定しつつ理々美とLINEを続けた。

    「怖いよう。」

    「怖くない、ほら、怖くない。」

    「ラン、ランララランランラン♪」

    「なにそれ?」

    「理々美知らんの?知らんで『怖くない、ほら、怖くない。』ゆったの?ナウシカ知らんの?うぇぇ……。」

    「泣くな歩々子……ていうかなんで?」

    集団の規模から、あたしは一つの仮説を立ててた。

    「これって表向き自己啓発セミナーの形式で国際ロマンス詐欺に繋がる集団じゃね?」

    「うん、それを主張するには、まずはそれを繋げる駒を見つけないとね。」

    「わかった。」

    あたしは日常の行動に少々ミスが出るようになった。
    今朝は研究所の冷蔵庫に通勤用のバッグが入っていた。

    いつも研究とかに夢中になると日常行動に気持ちが回らなくなり、上の空になってしまうのだ……。

    普通の人ならドン引きすると思う。
    でも理々美に

    「そんなとこがかわいい。」

    などと言われた。出来ればおっさんに言われたい。
    そして理々美はそう言いつつも庫内をエタノールで殺菌しまくってた。
    すまぬ……すまぬ……。

    という訳で、甘えついでにまた理々美に解析結果を見せて相談した。

    「だって怖いもん。」

    「うーん、でも、面白いんだけど、ビショップだけではまだ台湾と繋げにくいよ。歩々子のインスタの下見役のしっぽをつかまない限りなんとも……。」

    「そっかー。」

    2日後、急にインスタの流れが変わった。
    鬼束ちひろへの「いいね」は23になっていたが、そこからピタリと増えるのが止まった。

    ピタリと増えるのが止まってから2日後、遂に「やべえ奴」が来た。
    急にいいねが付かなくなって静かになり、その後このアカウントだけが「いいね」した。その後も「いいね」はしばらく付かなかった。

    なお、この「やべえ奴」が来た後、しばらくしてからいいねが再び増えた。強い。

    「もう登場の仕方から違う。」

    「考えすぎ。でもちょっと気になるね。」

    「実はあたし、このアカウント名見覚えある。下見役かも?」

    「そマ?」

    あれはまだ新規訪問者数連続0を達成していなかった頃だった。
    あたしのアカウントにしては珍しく2、3か所「いいね」を付けているアカウントがいた。
    プロフを見に行くと21才女子で「柔軟剤のにおいから逃亡中・・・」と書かれてた。それがこのアカウント。

    あたしはそれ読んで、

    「あー『あたおか』やん、はいはい触らんとこ。」

    と判断してノータッチにしてた。

    理々美と一緒に改めて投稿内容の詳細を確認した。

    良い曲の話題だと「聖子ちゃん」を連発。その他言動から推定50~70代男性。一人暮らし、住居は都内の古い一軒家。
    畳の上で古切手を撮影していた。バッと畳に置いて雑に2枚並べて撮影。

    あたしは理々美に、

    「これガチのコレクターあまりやらんやつ。」

    と伝えた。

    「そうなん?」

    「おっさんに切手趣味の人もいて、散々聞かされた。で、これ1969年の東京オリンピックの切手が中心。」

    そしてそれらの投稿には、必ず「いいね」とコメントが付いてた。
    全員がこのアカウントに敬語で、逆にこの人は崩した言葉を使ってた。

    画像ではふざけて手振れで古切手の「数字」を見えなくしてアップするのが定番の「いたずら」で、コメント欄には「もう勘弁してくださいよ」等で盛り上がるパターン。

    「ふう、あたま、つかれた。」

    「ちゃんと寝た方がいいよ。」

    「うん……。」

    最後まで読んだので、ここでも最後にだけ「いいね」した。
    いけない、いつもの仕事みたいに目印つけてた……。

    疲れてても翌日の無菌操作作業は容赦なくある。
    手を動かす。
    頭は使わない。
    やっぱり気になるので理々美に昨日の話の続きをした。

    「下見役かどうかは分かんなかったけど、なんかえらい人っぽい。」

    「うん。」

    「推測だけど、切手の数字がなにかの指示かも知れない。」

    「うん。」

    「それが見えないと困るので、部下達が『じらさないでくださいよ。』的な返しをしているんじゃないかな?」

    「そこまで断定は……考え過ぎだとおも。」

    「コメント入れた閲覧者全員が敬語だよ?」

    「うん……。」

    「さらにさらに!このアカウント『自己啓発セミナー』で作られた本をいっぱい献本される立場なんよ。家の中に溢れかえっていたのを本の買い取り店に依頼して買い取らせた話があった。」

    「再び『自己啓発セミナー』。」

    「そそ、それ!」

    あたし達はこのアカウントを仮称「キング」と名付けた。
    昼間そんな話をしたら、また夜眠れなくなった。

    そこで、ロマンス詐欺が来る前にキングがあたしのインスタに「いいね」した投稿内容を確認した。
    理々美が気にしてた「下見」の証拠が見つかるかも知れない。

    でも、一つは目玉焼きの投稿、もう一つは食器棚の投稿。
    一見「いいね」の理由がさっぱり分からんやつだった。

    あたしの食器棚はほぼほぼ100均なのだが、ちょっとだけ高級そうに見える食器があった。景徳鎮のお皿で就職祝いに誰かからもらったやつ。本物そっくりだけど、新作なんだって。で、本物はめちゃ高い。

    目玉焼き投稿には、ヴィンテージのかっこいいモーニングティーカップが写ってた。
    これメルカリで3,000円で買った。本物だけどカップのお皿にヒビあるやつ。超お買い得。ヒビ入ってないやつのお値段を確認したら爆死した。

    よく見たら、キングの投稿にすぐ続けて「いいね」している別のアカウントがあった。でもそのアカウントは「鬼束ちひろ」には「いいね」してなかった。

    食器がいいっちゃいい感じの投稿2件に、なぜかそろって2つずつ「いいね」があった事になる。

    キングに続けて2件とも同じく「いいね」していたそのアカウントに、あたしは早速チェックを入れておいた。あとで見よっと。

    もしかしたら、理々美の言ってた下見、ほんとにあったのかも知れない。
    そんなこと考えながら眠った。

    そしたら日中の無菌操作時にミスが出るようになった。今まで1,000本移植してコンタミ(雑菌汚染)は1本未満だったのが5倍に増えた。
    まずいな、集中しなきゃと思いつつも、チェックを入れたアカウントの事を思い出してた。あかん。

    早速おうちで分析!……しようと思ったけど怖いからまた理々美を誘った。
    来てくれた!よかった。

    もうひとりの「いいね」は北海道のマダムだった。それなりのフォロワーがいて、ここでもさっきのキングとほぼ一緒の会話しぐさがみられた。
    全員敬語だった。

    「怖いよう。」

    理々美にデータ見せながらあたしは尋ねた。

    「下見役っぽい?」

    「っぽい。」

    あたしの熱量のせいか、理々美も認めてくれた。
    このアカウントは仮称「クイーン」と名付けた。

    クイーンの投稿はこの後少しだけ追った。
    あたしが食事投稿でぬか漬けをインスタにアップしたら、その日「ぬか漬けを漬けました。」投稿あった、画像はなし。でも3日後に「ぬか漬けは腐ったので捨てました。」投稿があった。

    「ぬか漬け漬けてるの?」

    理々美がそこに食いついた。そっちかーい。

    「うん、おいしいお。でもクイーンの言ってることが変なんだ。あたし、大学で菌類の基礎知識も勉強したよ。ぬか床は3日では腐らないよ。腐らないというより腐る事が出来ないよ。」

    「おちつけ歩々子。」

    「ぬか床には乳酸菌、酵母菌、酪酸菌など複数の菌が共生してて、3日放置程度なら、ぬか床の産膜酵母が被膜を張って、それがバリアになるから……。」

    「大丈夫、大丈夫。まずね、産膜酵母の被膜を見たら、ふつうの人は腐ってると思う。」

    「あっ……そか。」

    「ね?落ち着いてデータ見よ?」

    「うん、そーする。」

    理々美が帰った後、ベッドの中でクイーンの事を思い出したが、この時はまだ理々美の言葉が効いてた。
    なのであたしはそのままぐっすり眠る事が出来た。

    翌日、作業合間の休憩時間、
    あたしは研究所の外をぼんやりながめた。
    ここは昔、誰かの邸宅だった。
    そこが本社所有地になって、むりやり研究施設を建ててあった。だから、なんかでっかい庭がある。

    「よき。」

    ぼんやり眺めながらまたクイーンの事を考えてしまった。

    どういう意味だろう?
    そう考えてはいけない事は分かっている。けど考えてしまう。
    クイーンは前後に一度もぬか漬けを漬けた事がなかったし。
    あたしがぬか漬けをアップした時だけ「ぬか漬けを漬けました」3日後に「腐ったので捨てました」て……。

    どゆこと?

    「あーまたなんか考えてるー。」

    「なんで分かるの?」

    「歩々子考え込むと顔がなんか『いたずらもぐら』に似てくる。ふふっ!」

    「あ。」

    もしかして、理々美もあたしのこと見てゲームキャラみたいって思ってた、って……コト?
    しかし、

    オドガロン vs いたずらもぐら

    言えぬ……いくらなんでも「顔がオドガロン」は言えぬ。

    キングが来て、鬼束ちひろへの「いいね」が止まっていたが、またふえた。それも急に23から54になった。

    「あやしいあやしい!うっほうっほ!」

    さっそく解析したら99%「キラキラ垢」だった。

    「やっぱりねー。」

    早速理々美にも伝える。

    「キラキラ垢?」

    「若いのに少ない資金で事業を立ち上げ大成功!みたいなやつ。個人で何かを経営している業務用アカウントっぽいんだけど、自撮りとかはナシ。」

    「ふつうのアカウントじゃないの?」

    「この傾向で全部そろってるの、コピーしたみたいに。で、全部投稿数が80~88で停止している傾向がある。飽きちゃうのかな?知らんけど。」

    「うーん。」

    「で、その事業用キラキラアカウントには、プライベートアカウントとのリンクが一個だけとかあって、誰かに教えられないと分からない。」

    「うん……。」

    「まるで隠してあるようなそのリンクからプライベートアカウントを確認すると、全員美男美女!」

    「あーね。」

    「これ全部パターナライズされとる。」

    あたしは読み終えた目印だけではなく、そのリンクポイントにも「いいね」しといた。

    昼食休憩。
    理々美とお弁当を食べながらインスタの実況をした。

    キラキラ垢たちが続々フォローしてきたのだ。フォローされてもブロック。
    その行動を理々美は疑問に思ったっぽい。

    「なんでフォローしてくるのかな?」

    「多分ね、偽装垢であたしを釣りたいのだ。」

    「……で、歩々子いま何やってるの?」

    「投稿を全て読み終えた後、一番最初の投稿に『いいね』付けてる。うっかりまた同じやつ読むのやだから目印。」

    「それ、やばない?」

    「なんで?」

    「もしあっち側が歩々子の言うとおりロマンス詐欺のグループで、全員のアカウントの一番最初の投稿に『いいね』されてたら『俺たちの投稿全部読まれてる!』ってならないかな?」

    「あ、そか。」

    「『いいね』するの、よそう。」

    「うん……。でも、間に合うかな?……あっ!」

    「なに?」

    「また鬼束ちひろに『いいね』来た。これヤバい。」

    「刺激しないようにね。」

    「えっとね、美女4人!」

    「ネカマ疑惑かな?」

    「あとね、イケメン外科医!顔見えないけど!」

    「そこは見てから言おう。」

    「それがな、まずアイコンからいけないのだ。」

    理々美にアイコンを見せながら説明した。
    そのアイコンは手術着に手術帽を被った横顔だった。

    「おかしい!これどうやって撮影したん?手術前に!」

    「あー!」

    ここからあたしは語った。

    「あたしXで医療アカウントも散々観察したから、本物かどうかすぐ分かるのだ。そこでも『なんちゃって医療垢』問題があって話題になってた。」

    「あーね。」

    「本物はむしろ、疲れがち、忙しい中のカップ麺とか撮影しがち、愚痴つぶやきがち。外科医っぽさが出せるアイコンは、頑張っても『スクラブ衣自撮り』が限界。ソースは医療関係者!」

    「強い。」

    さらにプロフィールを確認すると明らかな違和感があった。

    「出愛(であい)を大切にしています」や「仕合せを」の当て字があった。

    「こっ、これはっ......!」

    「何?」

    「自己啓発セミナーでよく使う当て字ではないですかぁー!?」

    「それは考えすぎ。お医者さんでもこういうの好きな人いるかもよ。」

    「じつは理由よく分かんないけど、医療垢の人達はこうした当て字を不思議とそろって嫌ってたよ。医療垢でこのプロフィールはありえん。」

    「うーん。でもそれだけだと、まだ詰めが甘い気がする。何か決定的な証拠があれば話は変わるけど。」

    午後の休憩中、インスタ外科医と理々美の言葉を思い出しながら古い庭を眺めた。

    「もしあたしの考えてる通りなら、『自己啓発セミナー』から外科医のインスタに誘導され『ロマンス詐欺』でカモられた女性の痕跡が見つかるんじゃないかな?」

    隣で理々美も、

    「証拠あればそうかもだけどねー……。」

    と言ったので、かなり理論が飛躍したが、確認作業だけはした。

    「なんかあった。」

    「マ?」

    まず外科医の投稿は、手術匂わせ、生活キラキラ、好きなお酒(超高級)、と来て、けっこう更新頻度は高かった。誰かに向けて話しかける投稿は一切なし。

    そこに、一投稿だけ「今日は会えてよかったよ。」と書かれたインスタ投稿があった。

    それは夜の公園......黄色い紅葉が綺麗なイチョウ。
    まあ「普通の夜景」だし、よく見ないと見落とすとこだったけど、ベンチにぽつりと、短髪の中年女性が写ってて、満足げに夜空を見上げてた。

    両足を揃え、両腕を伸ばした感じで体の脇に揃えてた。

    「この姿勢、ちょっと意識している姿勢だね。」

    理々美もそこは同意してくれた。

    「確かにちょっと違和感ある。これって偶然撮れるものなのかな?」

    「だいたい夜ベンチに腰掛けているのは酔っ払いのおっさんだし。あと大体寝転がっているし。」

    「おっさんしか見てない……。ベンチでスマホ触ってる人もいるよ?」

    「それと、ここまでの投稿、結構あるけど人は一切写っていなかった。写り込みもなかった。」

    「これ自分の彼女を写したにしてはおかしくない?画像の隅っこだよね?」

    インスタで彼女が出てきたのはそれっきりだった。 後は「忙しい」という投稿、更新頻度は落ちた。そして唐突に「今日は大好きなお酒をプレゼントで貰いました。」と、これまでの投稿で何度か上げていた高級酒が投稿された。

    そしてさらにガクッと更新頻度が落ち、最近の投稿は横断歩道のアスファルトの端っこ。

    それだけだった。

    あたしは理々美に、これがロマンス詐欺の被害者の可能性があるのか尋ねた。

    「どう思う?」

    「分かんない。」

    しかしなぜこうも「自己啓発セミナー」と「ロマンス」が露骨にキーワードに出てくるのだろうか?

    「あ、美女と外科医がフォローしてきた。」

    「ブロックブロック。」

    あたし達は無菌室に入り、猛烈な勢いで無菌操作を行った。
    自分を忙しくすると脳が徐々に休まり、空になっていくのを感じた。
    手は忙しい。
    脳は、この時だけは静寂だ。

    「むしろ落ち着く。」

    「歩々子、科学者は憶測でものを考えてはいけないぞっ。」

    「でも明らか物語があったよね?」

    自己啓発セミナーで偶然出会ったイケメン外科医。なぜか意気投合し、インスタを紹介される。忙しそうだ、でも逢ってくれた。帰り際、夜の公園で空を見上げる。写真を撮らせて、と彼は少し離れる。そんな瞬間。

    しかし理々美はそんなあたしに釘を刺した。

    「生態学の重要な大前提に『物語を作ってはいけない。』という言葉があるよ。」

    「まじすか。」

    そういう理々美でも、気になった事があるっぽい。

    「でも……大好きな彼女なら、なぜ大写ししなかったのかな?」

    「うん……。」

    あたしやっぱりロマンス詐欺だと……て言いたかったけどやめた。
    そしたら理々美の方から声をかけてきた。

    「もし、やじゃなければ、今夜うちくる?」

    「いいの?」

    「この前のお茶のお礼。」

    「いや、あのお茶は、そのような大層な物ではござらん!」

    「急に武士……。おいしいあんみつ買ったけど、消費期限が2日しかない『あんずのあんみつ』なんよ。2個あるから一緒にたべよ?」

    「あんみつっ!行きまーす!」

    という訳で理々美のおうちまで付いて来てしまった。

    「なんかいい匂いがする。」

    「男子かよ。」

    あたしの部屋よりなんかキラキラした感じだった。照明もなんかおしゃれで黄色っぽかった。

    ぶっちゃけ居心地が悪い、早く逃げ出したい、あたしには、強すぎる……。

    だがあんずのあんみつはうまかった。

    「杏みつ最高。」

    「あんずヤバくない?」

    「蜜もあんずだし、羊羹?もあんず、丸ごとあんずも入ってる。」

    あたしはおいしいものに釣られちゃうのだ。

    ……もしかして、理々美にあたしの攻略法がばれてる?

    まいっか。

    逆にあたしも、理々美があたしを誘う時の理由がなんとなく分った。

    理々美は他の友達にはダークな打ち明け話をしてないらしい。

    だから……。

    「うおーやめろー!重すぎるー!」

    なんでDQMを始めたのか理由を知った。

    元彼が大好きだったのがドラゴンクエスト。理々美はそばで見てただけ。
    理々美は破談になって実家に戻った後、何もすることが出来なくなった。で、偶然DQMを知った。入手してプレイ開始。でも何も考える事が出来ないから、ひたすら、偶然捕まえて配合して生まれた「ブラウニー」を育成してた。他に何も育成しないでブラウニーばっかり育てた。

    だから、ブラウニーめちゃ強くなった。

    DQM、理々美は今もうプレイしてない。

    ブラウニーが育った分、理々美は考える事も動く事も出来なかった。
    その時期が重なってた。

    思い切ってあたしは切り出した。

    「あのうー……。一緒にモンハンしませんか?」

    「あのタイプのゲームやったことないし、きっと足引っ張っちゃうよ。」

    「全然いいっす!人数いた方が盛り上がるんでってかずっとソロだったんで!誰かいると助かります!お願いします!」

    「ほんとにいいの?」

    「いいよ!色々教えるよ!」

    おっけーもらった。次の約束も取り付けた。

    帰宅後、あたしは爆睡した。

    が、インスタの方でまた新しい動きがあった。

    あれだけ「いいね」されていた鬼束ちひろの投稿に「いいね」がぜんぜん付かなくなった。
    代わりに無関係な投稿に付くようになった。

    「なんかおかしい……。」

    「どしたん?」

    理々美が声をかけてきた。
    またあたしが休憩時間に「いたずらもぐら」顔になってるのに気づいたっぽい。

    「あたしね、あさごはん、オリーブオイルだけはいいやつ使ってた。前からオリーブオイルのショップから『いいね』があったんだけど……。」

    「それあるある。」

    「けど、今『いいね』してるショップ、全部なんか変。ネットでしか確認出来ない謎の会社で、最近ついでにオリーブオイルの販売も始めました!みたいな。」

    「インスタの仕様じゃね?」

    「考えすぎかな?でも空気感変わった。」

    ホットサンドの投稿をすると、「ホットサンドが趣味です!」みたいなメガネ男子の「いいね」が付いた。だけど5日もたつとそいつ、ホットサンドの投稿止める。

    サラダを投稿すると、やはりサラダをアップしているアカウントからいいねをもらう。だがそいつも2日で投稿が止まる。

    「いや好きなんじゃないんかい?」

    「ウケる。」

    で、昼食休憩の時に、めちゃ違和感ありまくりのやつが「いいね」してきた。
    さっそく理々美にも見せた。

    「なにこれ?」

    オリーブオイル会社なのに、見に行くと動画しかなくて、そこでフィフィみたいな女性がなぜか不機嫌そうにオリーブオイルを顔にバシャバシャ塗りたくってる動画だった。

    「もうちょっとなんか出来んかった?みたいな。」

    「ほんそれ。」

    一緒に笑ったけど、実はちょっぴり怖かった。
    だってなんか急に中身空っぽのアカウントだけになったから。しかも大量に。

    土曜日。

    この日は理々美が来るので午前中お片付けとお掃除をがんばった。

    ロマンス詐欺のこと少し怖くなってたから、一緒にモンハンする予定組んでて良かったなと。

    あたしは、「いいね」を付けてるアカウントが皆、衝立みたいな薄いパネルみたいに感じた。それがあたしを完全に囲い、外界から遮断されているみたいな感じ。そんなのがいっぱい。

    あやしい、怖い。

    「あれだけ大量にいるから、超巨大組織?」

    でも自分の判断に自信ない……。

    「……っしゃ!」

    そこであたしは決意した。
    あたしの大事なXアカウントを公開アカウントにする!そしてみんなの反応を見る!

    だいぶ迷った。この完全無欠のステルス機をあたしは失うのか?

    だが今は発信せねばならない。みんなに、
    「ロマンス詐欺と自己啓発セミナーのグループ詐欺って……ありゅ?」
    と聞かねばならない。

    そんな使命感からあたしはシュババっと投稿した。

    「……あれ?おかしいな。」

    いくらたっても反応がなかった。

    Xで検索したら「鍵垢を公開アカウントにすると、しばらく外部から見えない事があります。」とあった。

    なあんだ、そうかそうかと思った。

    新たな投稿では、日頃培った観察力で知った数々の「みんなに見てもらうテクニック」を駆使してみた。
    画像付きで投稿し直し、自分でRT、読みやすく書き直し等々……。
    反応はなかった。

    少し不気味になり、一度ログアウトして自分のアカウントを確認した。

    「歩々子さんはポストしていません。」

    と表示された。

    そして小さく、

    「ポストがあるとここに表示されます。」

    と表示されてた。

    画面を更新した。

    変わらなかった。

    もう一回更新した。

    「歩々子さんはポストしていません。」

    「いや!ポストしてるって!」

    そこからあたしは色々とあがいてみた。サブ垢作って「いいね」してみたり、人気アカウントの投稿にコメント入れて反応期待したり。とにかく承認欲求の塊のように活動した。

    しかし、誰も無反応だった。

    あたしの投稿は、いくらやっても何をしても、一切表示されなかった。
    あまりに長いことステルスしてたら、シャドバンされたっぽい。
    それに気づいた瞬間、あたしはめっちゃ怖くなった。

    あたしが何か訴えても、その叫び声はネットの海では無音になってる。そしてこれからも無音のままだ。

    「やだー!」

    そんなことやってたらもう夕方になってた。

    「あ、いたずらもぐら発見!」

    「バレた?」

    そんなタイミングで理々美がうちに来た。
    めちゃ救われた。

    理々美が買ってきてくれた知らないお店のフルーツサンドを一緒に食べた。
    めちゃウマだった。
    あときゅうりサンドとかもあって、これもめちゃウマだった。きゅうりなのになんで?

    で、なんかさっきまでめっちゃ悩んでたのに、秒で忘れた。
    なんかあったら理々美に相談すればいいじゃなーい。

    早速モンハンなのだが、理々美は完全初心者なので、遊び方を教える事にした。
    先日誘ったけど、理々美に合うゲームかどうかは分からない。
    そこでまずお試しでプレイしてもらってーにしたのだ。

    チュートリアルを終えて、理々美は、

    「双剣にする!」

    て言った。

    「なんか両手でぺんぺんするのかわいい。」

    理由はなんでもいいのだ。好きな武器で戦えばいい。うむ。

    よぉし理々美を育てるぞ!と教官気分でいたのだが……。
    プレイするうちに、

    「ちょっと待って!」

    と、理々美はプレイを中断して、自分でも調べるようになった。
    あたしとAIを交互に使う感じ。

    終盤理々美は、

    「……回避大事だね。」

    て言い出した。

    完璧じゃないけどジャスト回避を体感で覚え、鬼人化と鬼人回避も出来るようになってた。

    「わ、わぁ……。」

    で、どんどん上達してった。

    「楽しかったー!これいいね!ストレス解消した!あとあんま頭使わないゲームだけど反射神経めちゃ使うね!」

    いや理々美さんめっちゃ頭使ってましたがな……。
    いい感じだったみたいで、理々美もモンハン買う事に決まった。

    今度一緒に狩りに行こうかな?ていうか多分装備の素材が足りなくなるだろうから、その頃に声かけてみよっかな?
    そんな事を思ったけど言い出せずに、帰宅する理々美を見送った。

    日曜日、屋外は徐々に暑くなっていた。

    なのにあたしはカーテンを閉めて暗い部屋の中にいた。
    遮熱カーテンなのでこの方が冷房が効く。

    また心配になってて理々美にLINEしたけど、他の友達と一緒なのか反応が鈍かった。
    そのせいか、あたしは昨日の不安がもっと大きくなってきた。

    インスタでは、たくさんの偽装アカウント達があたしを囲んできて、続々フォローしてきた。それらをフォロー解除しつつ、あたしは怖くなってた。
    「すごくいっぱいいる……。」
    中身のないものに囲まれて、あたしをどうにかしようっての?中身のない偽装アカウントが「フォロバ欲しい」ってか?
    「そっか。」

    思い切って、この時あたしはキングをフォローした……。
    今は反省している。

    そしたらピタッと、鬼束ちひろにも他の投稿にも「いいね」がされなくなった。

    その後、「養鶏場などの産業廃棄物を処理する会社で、ついでにオリーブオイルも輸入販売してる」という謎の会社アカウントだけが「いいね」してきた。

    養鶏場の、廃鶏つまり死んだ鶏とかを、完全に処理して、堆肥にする会社……。
    あたしは恐れていた何かが「来た」感じがした。

    月曜日、起き上がろうと思ったけど、なぜか体が動かなくなってた。
    勤怠管理アプリから体調不良で有休休暇を取得した。

    お昼休み、理々美からLINE。

    あたしは助けを求めた。

    「あたし完全に処理されて堆肥になる!」

    「普通の産業廃棄物処理会社だと思う インスタの仕様で会社の傾向が多分変わっただけ」

    「でもあたしの個人情報ぽい投稿だけ『いいね』するんだよ?なんでや!あんたオリーブオイルやろ?怖い怖い怖い!」

    そしたら電話の着信あった。理々美だった。

    「落ち着いて。どうしてほしい?」

    「家来てほしい……。」

    「じゃ行くね。」

    夕方理々美がやってきた。

    話し合った。てかあたしが一方的に話した。
    全部聞いてくれてから理々美は話し始めた。

    「歩々子落ち着いて。……実はずっと気になってた。最初の『推定される集団の規模が大きい』という歩々子の解析結果。かなり数値が大きかったよね?」

    「うん。」

    「あれ、1アカウントを1個体として算出してない?アカウントは水増しできる。途中から歩々子はちゃんと偽装アカウントと本垢を分け始めたけど、最初の計算が、間違ってる。そんなにこの集団、大きくないはずだよ。」

    「あっ!」

    あたしの「呪い」が解けた。

    理々美が切り出した。

    「じゃあ、次どうしよっか?」

    「万が一、相手がロマンス詐欺の集団だったら、逆にあたし、ちょっと怖がらせたかも?」

    「お互いに無視しようってメッセージ、送ってみる?」

    「できるの?」

    「これ貼って。」

    理々美はささっと入力して転送してきた。

    「異種の猛獣同士は、知能が高いため無用な接触を避けるよう気を遣っています。
    ですが草むらなどでは偶然近距離で急に出くわす場合もあります。
    そんな時にどうするか?実は彼らは『互いに無視』します。
    はたから見ると滑稽ですが、まるで相手が見えていないかのように互いにわざとらしく別の方向を見ながらゆっくりと通り過ぎていくのです。」

    あたしはこれをインスタに貼った。

    するとなぜか妙な静寂が起きた。

    その直後だったかな?翌日だったかな?
    「廃鶏堆肥システムの会社」のアカウントがこの投稿に「いいね」した。
    そしてそれから、誰もあたしのインスタに「いいね」しなくなった。

    良かった、終わった……と思った。

    でもまだちょっと怖かったので、また理々美に一緒にいてほしくなった。

    「……モンハン一緒にしよ?」

    「いいよ。」

    モンハンして、時々休憩して、あたしはその中で理々美に打ち明けた。

    「例の初恋。」

    「うん。」

    「あたし耐え切れずに自殺未遂したんね。でも死ななかった。」

    「ああ……。」

    「あっ!けど、いい事いっこあった。親は今までひきこもりで適当な病院の精神科通わせてたけど、あたしすごくいい病院に転院になった、救急車で!」

    「おいっ!ふふっ。」

    「施設がめちゃいい。明るくって、患者専用のカフェまである。あとスタッフもいい。プログラムが自由選択で、筋トレとかエクササイズとか料理とか、好きなことできる。」

    「へえー。」

    「主治医が『現状維持でなく、積極的に回復させる』系の珍しい感じの医療方針で、精神科の部長で、57歳、眼鏡、白衣。どストライクです!」

    「そこか!」

    「あたしもがんばった。んで『ひきこもり自殺未遂』からのー『大学進学、院卒、研究機関就職』という、ひきこもりの星として、けーちゃんの論文になった。」

    「けーちゃん?」

    「イニシャルがK。入院患者からそう呼ばれてた。」

    「そーゆことか。」

    そこは「きさかた医療センター」っていう、みんなが知ってる「あたおか病院」だった。

    「けーちゃんは、『何かあったら、どんなことでもいいから必ず連絡ください。』て何度もゆってた。『頼っていいんですよ。』て。」

    「そっかー。」

    2人でモンハンやりながら、いろんなことを話した。

    「歩々子、陰キャって自分で言う割に話しかけてくタイプだなって感じてて不思議だった。」

    「うん。それも入院中のプログラムにあった。」

    「そっか。」

    「でも、できるかどうかは本人次第だよ?」

    「うんうん。」

    「プログラムの中には、過去のつらかった経験を集まった患者に打ち明けるのもあったよ。」

    「それはきちい……。」

    「で、あたしの枯れ専ネタはみんなを笑わせられるネタになるって知った。」

    「強い。」

    翌日からあたしは元気に出社した。

    でも今度は、理々美が体調不良を理由に休んだ。
    何日経っても理々美は研究所に来なかった。
    「なんで?」
    ずっとLINEで「お大事に」て送ってたけど、多分これ違う。

    理々美にLINE。返事が来た。
    「社会的に死んだ」
    「どしたん?」
    「救急車も警察も拒否られた」
    「キャパい」

    直接話した方がいいと思ってLINE電話。
    何言ってるか分らんかった。
    ので、勇気を振り絞って、
    「会いに行っていい?」
    て聞いてみた。もうね、拒否られるの慣れた。

    「来てくれるの?おねがい。」
    「ありがと!行くね。」

    夕方、理々美の家に行った。
    あたし、この顔の人いっぱい見てきたから、実は知ってる。
    理々美、精神崩壊してる……。

    ゆっくり話を聞いた。
    理々美は「猛獣」の話を昔一度トピックで書いてた。
    それは理々美の本名書いてある昔のブログに掲載されてた。
    更新してなかったけど、Wkipediaとかに記事が幾つも引用されてたので、そのままにしてたらしい。
    で、理々美は「猛獣」の話で検索されたら身バレする可能性に気付いた。
    急いでブログを削除することにした。

    理々美は久し振りに自分のブログにアクセスした。
    そしたら、登録した覚えのない有料登録ユーザーになっていた。

    削除画面には「決済パスワード入力フォーム」が表示された。
    そこには見た事のない「秘密の合言葉」が並んでいた。

    「母の旧姓と好きな食べ物」
    「最初に見た映画とペットの名前」
    「保険証の番号の下4桁と生年月日」
    なにこれ?てなって、理々美はすぐスクショしてた。
    あたしも見せてもらった。
    「なにこの連続して質問するやつ……。」
    「きもい。」
    「これ、絶対おかしいよ!」
    「でもね……。」
    理々美はすごく辛そうだった。
    その話は後でするから、と言って話を続けた。

    更に、そこには理々美が入力した記憶のない「秘密の質問」まであった。
    「ドラゴンクエストモンスターズで一番気に入って育てているかなづち族のモンスターの名前と種類」

    「はあ?」
    「でもね、あーし、『あっ!見ててくれたんだ。』て思っちゃった。」
    理々美は、元彼がこっそり理々美をずっと見守っていた痕跡だと思った。一番気に入って育てているのがブラウニーだってことは、理々美のことずっと見てなきゃ分からないはず。

    理々美は元彼の名前で急いでフェイスブックを検索した。
    「今までずっと封印してた。でも、ずっと見てくれてたんだって。」
    彼のフェイスブック、伝統的なタイ式の結婚式の画像がトップに貼られてた。
    仲間に囲まれてくちゃくちゃの笑顔で、現地のかわいいタイ人の女性と一緒に……。

    理々美はその日、ショックで動けなくなった。それでも、我に返った。
    「決済パスワード……。」
    理々美が一番気に入って育てたモンスターの種類はブラウニー、名前は「やきぐり」。

    ここで急に理々美が早口で語り始めた。
    「ドラゴンクエストのモンスターは系によって分類される。族分類ではない。そもそもブラウニーは『かなづち族』ではなく『かなづち系』も存在しない。けもの系。ブラウニーは大きな『きづち』を持っている。だがそれは『かなづち』ではない。私はこんな間違いしない。」
    「分かってる。これ理々美が入力して忘れたやつじゃない。」
    「歩々子、分かるんだ。」
    「うん!」

    あたしも過去に色々あったから、理々美が今なってる状態も、すごく分かるのだ。
    とにかく話を聞くのだ。

    理々美は早速「やきぐりブラウニー」と入力した。だが通らない。
    「やきぐりとブラウニー」と入力しても通らない。
    「やきぐり ブラウニー」「やきぐり、ブラウニー」「やきぐり・ブラウニー」「やきぐり&ブラウニー」……通らない。

    そして理々美はもっと怖い事に気付いた。
    この文章、理々美が何も考えられなくてブラウニーだけ育ててた時の事を知ってる。

    「誰かが見てたの?」

    「……。」

    「なぜそんなことがここに?」

    「……。」

    「見られてた?誰に?」

    「……。」

    「どういう事?」

    答えが出ない……。

    「そういえば、さっきスクショ撮影してた。思い出して、確認したら、幻覚じゃなかった。」

    その時点でもう、理々美の精神は限界に達していた。

    理々美は、ブログ全削除出来ないので、投稿記事を一つずつ削除してた。
    ロマンス詐欺グループのせいではない事にしなければ、と思ってたみたいで、「女医に嫉妬し批判的な事を書いた。」という、架空のでっち上げ謝罪文を作ってあって、それだけ貼ってあった。
    あたしは慌てて消させた。

    「さっき後でするって言ってた話、するね。」

    これは警察案件だろうと理々美も思った。
    ブログサイトの決済フォームの改ざん。これは強い。
    理々美は110番に連絡する前にこの状況をメモにまとめようと思った。
    だが1字も書くことが出来なくなってた。
    なら、と頭の中で説明文を構築しようとした。

    「普段ならすぐ思い浮かぶ。むしろ得意な方。だけど、ダメだった。」

    すると理々美は、心拍数が徐々に上がってきて、頭を締め付けられるような激しい頭痛に襲われたっぽい。

    「孫悟空の輪のように頭蓋骨が脳を締め上げてくるような激しい激痛。」

    吐き気がして洗面所で鏡を見たら、顔が赤くなってたらしい。
    声に出して伝える練習しようとしても声が出なくなって、声が出ても支離滅裂になってた。めまいがした。

    「これは高血圧と頻脈のサインだ、と。しかも危険なサインだと……。」

    理々美は、警察じゃない!救急車だ!と。

    「そのままスマホから要請した。でもね……。」

    暑い日だというのに日中カーテンを閉めた室内に、救急隊員が数名入室した。

    「土足で入ってきたから最初怒ってしまって……初手印象最悪。」

    さらに理々美は、何か言えなくなる前に伝えなければと思い、PCの画面を指して警察に「この内容を伝えてほしい。」と先に言ってしまった。
    それでも救急隊員は理々美の訴えに応じ、一人はPCの画面を確認しながら専用無線で読み上げてくれた。もう一人は血圧を測定してくれた。

    「血圧正常値ですね。」

    そして隊員は、

    「あなたを病院に連れていくことはできません。」

    と言い、その理由について丁寧に説明した。血圧も脈拍も正常値である事、暑く締め切った室内だが水分は補給しているようで脱水症状でもない事、警察の件は、相談したいなら本人が署まで来るように、と言われた事、そして、

    「あなたは今、しっかりとお話されています。」

    ろれつが回らないという電話での訴えは嘘であろう、というかのように、厳しい表情で理々美はそう伝えられた。

    ここまで話した理々美は、少し穏やかな表情になってた。
    「あー『あたおか』やん、はいはい。」
    と、救急隊員が感じたのを察した、と。

    「あーし、社会の迷惑には絶対なりたくないと常に思ってた。出来れば役に立ち続けたい。それが基本だと。……このとき、それが崩れ始めたんだなって。」

    それでも理々美はスクショをプリントアウトし、地元の警察署に事前連絡を入れてから向かった。

    到着すると、奥にいた担当署員が現れ、近くのソファーに座るよう促された。理々美は別室に案内されなかった事を不思議に感じたっぽい。
    理々美は事情を詳細に、丁寧に伝えた。これが尋常ではないハッキングや遠隔監視である可能性を必死で伝えた。
    でも担当の署員は、お話を聞いてあげます、という態度で終始徹底していた。

    理々美は、救急隊員からおそらく状況が伝わっている、と。
    「あー『あたおか』やん、はいはい。」
    という反応だった、と呟いた。

    救急隊と警察で情報共有されている事を察した理々美は、
    「社会的に自分は死んだ。」
    とLINEしてきた。
    「行動データが公的に記録されてしまった。」
    ともLINEに書いてあった。
    そういう意味だったのか、と理解した。

    理々美は諦めたように呟いた。

    「同じ目に遭ったら、誰もが社会的に死ぬんじゃないかな?」

    でも、それを聞いたあたしは、全力で理々美を助けようと思った。

    「ちょっと待ってて!」

    あたしは玄関のすぐ外で電話した。

    受付から診察番号と名前を言って、主治医に繋いでもらった。

    「もしもし、けーちゃん?」

    これは、あたしの唯一のコネ?みたいなやつだった。
    もちろん無理言ってるのは知ってた。少し時間が掛かったけど、でも何とかなった。けーちゃんから他に電話回してもらって、手続き申請した。
    よかった。

    あたしは理々美に、今理々美のメンタルが壊れてることを伝えた。
    理々美もそれを認めた。認めてくれるなら後は早かった。

    「えっとね『きさかた医療センター』覚えてる?」

    理々美はしんどそうにAIで調べた。

    「昔の呼称は国立精神医療センター。最新の医療体制。……だけど、昨今患者数の増加で予約6か月待ち。初診は基本受け付けていない状況?」

    あ、忘れてるって気づいたけど、あたしは話をつづけた。

    「そこ、行こ。」

    「無理だって、書いてある。」

    「だいじょぶ。とりま時間作ってもらった。」

    「え?」

    「でも、ちょっと日数あるから、できるだけ、一緒にいよ。」

    理々美は嫌がらず、時々あたしが理々美の家に行っても受け入れてくれた。差し入れしたりするうちに、ちょっとずつ理々美は回復してきた。

    理々美は最初、

    「経緯を説明できるようにまとめる。」

    て言って文章を打ち込んでたけど、あたしと一緒にモンハンするようになった。

    数日経って、ようやく病院に行く日になった。
    もう理々美はだいぶ回復してる感じだった。

    病院に到着した。

    「NHOきさかた医療センター」

    アカマツ林に囲まれた閑静な土地に不相応な、最新の医療施設。

    「すごく混んでると思ってた。時間帯のせい?」

    「違うんね。あとで話すね。」

    担当医(けーちゃん)はこの日、休みの日だった。
    理々美の為に休日返上で診療してくれてた事を後で知った。
    すまねえ……。マジで無理言ってた事に後から気づいた。

    受付を終え、待合室で待つと、程なく診察室に呼ばれた。あたしも同行した。

    最終的に理々美は「急性一過性精神病性障害」と診断された。
    症状は落ち着いているとも伝えられた。

    結局症状は診察時には寛解してたから、通院3回目で理々美は完治の太鼓判をもらい、終診した。

    あたしと理々美はこれ以来、どっちかの家にいる事が多くなった。

    結局「誰が理々美のブログの決済フォームを改ざんしたのか?」は分からないまま終わった。

    ていうか、ロマンス詐欺だって、もしかしたらあたしの見立て通りかもしれないし。

    チェスの駒は揃わなかった。
    揃わなくて、良かったのかもしれない。

    あたしはいけないものに首を突っ込んだからこうなった。

    でも、理々美は全然悪くない。

    理々美は、見たものに応じて行動しただけだった。

    理々美はすごく強くて、ありえん理不尽にもずっと耐えてた。

    なのに限界の理々美を見た社会は、あたしよりも理々美を先に「壊れた側」へ分類した。

    「同じ目に遭ったら、誰もが社会的に死ぬんじゃないかな?」

    ていう理々美の問いかけに、あたしは今も答える事が出来ない。

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